ネガティ部 May日記

2005年08月02日(火) 
やっぱり馬鹿だ。
私は馬鹿だ。
常々そう思っていたが、今ほど(というより今夜ほど)自分の馬鹿さ加減にほとほと呆れた日はないんじゃなかろうかというくらい自分が馬鹿で愚かしくて、腹立たしくて、悔しかったことはない。
「さあ殺せ。さあ殺せ」
と畳の上で大の字になって叫びたい気分だ。
他人に斬ってもらおうというくらい浅薄な根性の持ち主である自分にも反吐が出そうだが、今の私には自分の反吐を始末することもまして自刃する(気分的には切腹の作法を踏まえて準備する)気力なんてものもありはしないのだ。
だから大の字に寝転んで叫ぶ。(イヤ実際にしたりはしないけどさ)





もーちょっとね・・・
なんというか腹括ってたつもりだったんだけどなぁ・・・。
ホント、ざまァねーですよ、おねーさん。いや、この場合、おかーさん。かな・・・。




***


人それぞれに事情とか、思惑とか、事態の推移とかあるわけですが、私ってば全然そういうものを考慮しないで、放置しておけばそれがいついつまでも続くと思い込んで、思い込みたくてむしろ目を逸らすようにして過ごしてきたんだな、とつくづく。
見なければ無いと同じ。
そう信じていたければ見なければ良かったのに。
身に過ぎた独占欲は身を滅ぼす。
そう思っていればこそ、当たらず触らず壺中を覗くようにしてきたのに。


まぁ、壷自体は私が投げつけるでもしなけりゃ割れるもんじゃないようなのですが・・・。でも、それもなんだかねぇ?






***




人様に文章読んでの講評を求められたので口先上等で言いたい放題言ってしまった。
えーえー私はひとさまにアレコレ言える様な立場じゃァござんせんともさ。あまり気にしないでくれるといいなあと思いつつ、そんな風に言ってもらえるのが嬉しくてついつい。
(最近いろんなところで卑屈になっているので(↑のは別件だけど)何を偉そうにと鼻で笑っちゃった人もここはスルーでよろしく。)
それでも楽しく書いているのは充分伝わってきたので、今更ながらいいなぁと思ってみたり。
ぼんやりしてちゃいけないんだな。
いけないって思っててもぼんやりしちゃうけど、それでもいけないんだって思うことが大事なんだよな。とふと。





***



・・・えー。
いろいろと取り乱しておりました。
全くもって申し訳ない。  つーか不覚。
自分がいかに一つの事柄に深く依存しているかということを知らされた一日でありました。
あーあー脆いなぁ。


友情と愛情と親愛の、その微妙なバランスの上に成り立っている関係は、成立してる時点では既成事実として如何様にも割り切れるものですが(その辺屁理屈つけるのは得意だもんね)、別の要素が入り込んだ時いかに不安定極まりないかを露呈してしまったといえます。
つまるところ常識的枠内で考えれば歪な友愛関係を続けているわけで、それを正当化するために四苦八苦していたり(少なくとも私は)しているだけなのですが。

言葉で全てを解決できるわけではないけれど、重ねる言葉は必要です。
言葉に重きを置き過ぎるというのは羊さんに呈された苦言ですが、だからこそその隙間に垣間見える言葉以外のものの重要性というものもあるわけです。
どのように言葉を連ねようと、「私はこうしたい」「私はこうでありたい」という欲求を妨げることは出来ません。
それ故その後に続く論理は偏狭な思い込みであろうと屁理屈であろうと自分を納得させるための「理屈」でなくてはなりません。筋を通すことが私には必要なように、相手にとってもそれは必要な行為なのです。
例えそれが砂上に築かれた楼閣のようなものであっても。






来週末、会いに行きます。











ところで、ある意味これは「実践的やおい」(笑)ではないかと常々密かに思っていたりします。
もしくは始まって既に終わった関係の姑息な落しどころ。
     
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