ぶつぶつ日記
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2004年03月13日(土) 届かない声

スペインのテロの犯人については、
なんだか通常よりももっと、玉虫色になっている気がする。
と言うのも、スペイン政府自体はどうも、
犯人にETAが絡んでいたほうが、どうも都合がいいような感じで、
クルアーンと起爆装置が乗った車の発見も、
「コーランは誰でも買える=絶対的物的証拠ではない。」
というように、妙に冷静に受け止めている。
こういうのを見ると、本当にやりきれない。
殺された人たちの命ってなんだろう。
誰に殺されたか。
それすら、政治家や一部の人間が
自分の立場を守るために、
改ざんしたりお茶を濁したりする。
正義って何のためにある言葉かなと、思う。

そんな中で、どちらかと言うと(いや、完全に、か)、
イスラムよりの人間として、
もし、東京で同じようなテロがあった場合、
そして、私の家族や知り合いがそれに巻き込まれた場合、
私は、イスラムを憎むようになるのか、考えた。
多分、いや、絶対に、自分自身が被害に遭い、
怪我をしたり、そしてそのために障害をおったり、
死んだりした場合は、憎まないような気がする。
因果応報ではないけれど、
自分自身がイスラムというものをある一定評価している部分があり、
それがその結果なのだとしたら、
それこそが、マーシャアッラー(神が望みたもうたこと)。
そういう気がする。

家族や友人知人が被害に遭った場合、
これは私にはよくわからない。
もしかしたら、憎むようになるかも知れない。
やっぱり憎めないかもしれない。
60%くらいの気持ちで、
それでもやっぱり、イスラム=悪という風には
思えないだろうなと想像する自分がいる。
そんな時、私はどうするだろう。
家族や、知人に、イスラムは悪くないんだと、
言い続けるのだろうか。
イスラムや、全てのムスリムを憎むようになってしまった人を、
説得しようとするだろうか。
理解してもらえるように、言葉を尽くすのだろうか。

多分、私にはそれもできない。
憎むことで、悲しみを紛らわせようとする人に、
私にはかける言葉もないだろう。
「違うんだよ、本当のイスラムは、違うんだよ!」
という届かない声を抱えて、
私は、彼らから離れていくしかないような気がする。
声が、届くとは思えないし、
届かなくても、仕方ないと思うから。

そして、
「違うんだよ、本当のイスラムは、違うんだよ!」
という声は、当のムスリムにすら、届かない。


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