ぶつぶつ日記
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| 2003年04月17日(木) |
はっきりしている1つの大罪/誰が言えるだろう? |
【はっきりしている1つの大罪】 どうやら人間は相変らず歴史から何も学んでいないようだ。 この戦争が正しかったか、劣化ウランは本当に「安全」なのか、 あらゆるものが長い歴史の評価を待たなくてはならないのかもしれないが、 今回の米英+αが犯した犯した罪の1つだけははっきりしている。 それは、何もせず、ただ略奪を見ていただけのことだ。 現場の兵士はそんな命令を受けていなかった。 だから博物館はやりたい放題だった。 でも、少なくとも内務省と石油省を警護する命令は出されていたわけだ。 だったら短時間の間に、主要な文化的建物や病院に 兵士を回すことも出来たはずだろう。 それくらいの数を動かせずに戦争なんてできるか。
戦争直前のことだが、 アメリカの辛口トーク番組の司会者が、 かなりの数の観光客が毎年イラクを観光として訪れているということを 「あんな何もない所に何を見に行くんだろうね?」 と、自分の知識のなさを丸出しにした番組があったそうだが、 イラクという国は人類の曙からずっと、 文化的に高度に発達してきた国だった。 そこには人類の遺産が大小取り混ぜてたくさんある。 それらは、散ってしまった。 アンダーグラウンドな好事家の世界に入ってしまったら最後、 私たちが目にする機会は完全に失われてしまう。 ましてや、イラクの子供たちから、 先祖の誇りを奪う権利が、そんなハイエナにあるのだろうか? そしてそれは明らかに、米英+αの落ち度である。 そしてそれも「仕方のないこと」と片付けてしまうのだろうか? じゃあ、何が、仕方がなくないんだろう。 教えて欲しい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (抄訳・パンタ笛吹・TUP) ★博物館の略奪を見て見ぬふりをしたわけ?
イラク侵略が始まる前、アメリカ文化財政策委員会(ACCP)は米国防省高官と数度 の話し合いを持った。このグループは、裕福な古美術品収集家や古美術商の集まりで、ナ チスの略奪品を収集していることでも知られている。
かけがえのないメソポタミア美術品の国外流出は、今までサダム政権が厳しく取り締ま ってきた。だからACCPは、イラク戦争後には、古美術品の輸出規制を緩和するように 米政府に強く働きかけてきたのである。
ケンブリッジ大学の考古学者、カイムストン教授は、「イラクの古美術品規制法は、歴 史的財産を今日まで守ってきた。もしアメリカの古美術商たちがそれらに手を出せば、途 方もなく馬鹿げた結果を招くだろう」と警告している。
http://www.sundayherald.com/32895
★石油のための戦争ではない?
病院から国立博物館まで略奪され尽くしたバグダッドで、米軍戦車と何百人という米兵 に守られて、無傷に残っているビルが二つだけある。それは、石油省ビルと内務省ビル だ。
なぜ内務省ビル?もちろんそれは、中に膨大な機密情報が蓄えられているからである。 石油省ビルは説明するまでもないだろう。イラクの最も価値ある財産、油田についての資 料の宝庫だからだ。それらを、米石油会社に引きわたすまでは、略奪者たちから守らなく てはいけなかったのだ。
http://www.wsws.org/articles/2003/apr2003/iraq-a15_prn.shtml
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 【誰が言えるだろう?】
届いたメールを読んで、朝から泣いてしまった。 職場だというのに。 これを読んで、一体誰が彼らに、 「イラクが『民主的な』国になるためには、仕方ないことなんだよ。」 と言えるだろうか。 この国は、湾岸戦争以前は豊かさで世界20カ国にはいる国だった。 それが今では、最低20カ国に成り下がった。 フセインが湾岸戦争をはじめたから、と理由をつけることは簡単だけれど、 そのフセインに莫大な力をつけさせたのはアメリカであることを 忘れてはならない。 自分たち(アメリカ)がまいた種を刈るには、 あまりにもイラク側の被害が大きすぎる。 人は自分がした事はすぐに忘れてしまうが、 された方はそれを水に流す事はできないものだ。
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★墓穴を掘るナースたち キャシー・ブリーン(4月13日)
昨日、今日と、略奪でめちゃくちゃになっている市内を廻ってみた。焼けただれた 車があちこちにちらばり、いくつかのビルはまだ燃え続けていた。道ばたでは、銃が なんと3ドル(約360円)の安さで買えるのだ。
パトカーや救急車までが盗まれてしまい、病院も略奪のせいで、ほとんど機能して いない。怪我人やひん死の病人たちでさえも、玄関払いをくらっている。道ばたに5 人の死体が転がっているのを見たと、知人は言った。
アル・モンスール小児科病院の前庭では、看護婦が墓穴を掘っている。看護婦たち には、子供たちの死体を墓場まで運んでいく手だてがないのだ。
バグダッド・バレー音楽学校もまた略奪された。教師は米兵に学校を守ってくれと 何度も陳情に行ったが、米兵は聞く耳を持たず、結局、銃を手にした群衆がすべてを 奪い去っていった。
荒れ果てた教室を歩いていたとき、廊下の向こうからピアノの音が聞こえてきた。 重すぎて運べなかったのだろうか、傷ついたピアノの前で、音楽教師のマジードが立 ったまま、呆然としてつま弾いていた。
私が壊れた椅子を見つけて差し出すと、マジードは黙って座り、魂を震わせるよう な悲嘆のメロディーを弾き始めた。そして彼は、いつまでもいつまでも、深い嘆きの 調べを弾き続けた。
宿舎に帰る途中、友人のアマルの家の前を通った。部屋という部屋が美しい芸術品 だったこの家は、爆撃で見るも無惨に穴だらけになってしまった。アマルと共に、何 度楽しい時間をこの家ですごしたことだろう。この1月には、私の誕生日をこの家で 祝ってくれたのに・・・
なぜこんなひどいことが起こったのか、どうしてこんな悲劇が起きえたのか?私た ちには分からない。このやさしくて、面倒見が良くて、誇り高いバグダッドの人たち が、どうしてここまで無惨に引き裂かれなくてはならなかったのかと・・・。
★もう踊れないの? キャシー・ケリー(4月15日)
今日、アル・キンジー病院にジャミラ・アッバスを訪ねていった。ジャミラの12 歳の甥、アリ・イスマエルは、爆撃で両腕を失い、身体中火傷をして病室に寝込んで いる。
今日、アリが目を覚まし、泣きながらジャミラに聞いたそうだ。「ボクはこんな体 のままで、ずうっと生きていかなくちゃあならないの?」と。
ジャミラは今となってはアリの一番近い家族になってしまった。だから彼女がアリ に、「おまえのお父さんもお母さんも、兄さんも姉さんも、みんなあの爆撃で死んだ んだよ」と伝えなくてはいけないのだ。
担当医のドクター・ハミードは、「アリが快復する見通しは、明るいとはいえな い。敗血症で身体中が感染しはじめているからね。もう手の施しようもないだろう」 と教えてくれた。
すでに25年間、戦争状態の中で治療を続けてきたというドクター・ハミードは、 別れる前にこう言った。
「湾岸戦争の時には、それこそ多くの人々が死んだよ。私にとっては異常な悲惨さが もう日常になってしまっていてね。苦しみが心の底まで染みついてしまった。だか ら、もしあなたが今、私をアメリカに連れていってダンスパーティーに招待してくれ ても、私には断ることしかできない」
ブッシュ大統領は、イラクの人々が踊りと花で米兵を歓迎すると、本気で思ってい るらしいが、実際のバグダッドではその反対のことが起こっている。もしこの現実を 歌にするなら、私はアイルランドのフォークソング、「ジョニーはどこにいった」を 歌うだろう。
この歌は、戦争で腕と足と目を失ったジョニーを抱きかかえ、嘆き悲しむ妻の気持 ちを歌ったものだ。
いつも走っていたあなたの足はどこへいったの? あなたはもう、踊れなくなってしまったの? 腕もないの?足もないの? お椀を前において、物乞いをするしかないの?
(抄訳・パンタ笛吹・TUP)
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