ぶつぶつ日記
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2002年10月31日(木) 愛がなくっちゃね

これ、私とある人の銀粘土制作上のモットーです。
こんなことは、もの作りをしている人なら
誰だってわかっていること。
極当たり前のこと。
でも、私が企業内でデザイナーをしている時は、
こんなことは感じられなかったし、
そんな事が嫌で、結局もの作りを生業にするのを
あきらめてしまった経緯がある。

当時はこんなに気楽にインディーズで作品を発表する場もなく、
フリーターっていうカテゴリーもまだなかった。
インディーズで作品を発表できていたのは、
もともと何らかの知名度や財力のがる人たちだけで、
一般学生にとってはブランドに入社するよりも
もっともっと難しいことに思えた。
専門学校に通っていたから、それなりに就職口はあったし。
でも問題は私や同じ学校を出た後輩は、
バックをそれなりに愛していたことだったのだ。
これが、もともとバックをそんなに愛していなくて、
デザインつながりで就職した人だったら、
矛盾は感じていても、それなりに「お金のため」と
割り切って考えられたかもしれない。
でも私たちはこだわって作りたかった。
営業の人たちが持って来て頼むような
「今売れているもののコピーライン」なんて作りたくなかったし、
作れなかった。
日本の企業内デザイナーは私が考えていたもの作りとは
あまりにもかけ離れていたので・・・。
こんな気持ちで一生働くことは出来ないし、
いいものなんて出来ないって思った。
ヨーロッパのブランドのように、腰を落ち着けたもの作りをしたかったのだ。
何年も使ってもらえるような、息の長い物を作りたかった。

後輩は先に会社を辞めた。
何とか自分で自分のものを造れる道を模索すると言った。
私は仕事以外にはけ口を求めた。
それがアラビア語で、
結局もの作りの仕事が2度と出来なくても良い、
とまで思ってカイロに行くことにした。

でもやっぱり・・・。
「何かを作る」ということにとても愛があり、
何かを作らなくてはいられなくて、
アラビア語のカリフラフィーをやったり、
イタリアにモザイクを作りに行ったり・・・。
莫大な時間とお金を費やして、
そうして出会ったものが、私にとっては銀粘土だった。

今、私の胸には銀粘土への愛が満ち満ちていて、
作っていてとても楽しい。
そしてそれをほしいと言ってくださる人もいて、
これまたとってもうれしい。
家内制手工業、
イタリアやフランスがモードの王国なのは、
今も小さなアトリエがたくさんあるからだとも言われている。
そして日本でも、ネットの普及で作品発表の場が
飛躍的に増えてきた。
あらたな家内制手工業の形態が生まれてきているのかもしれない。
小さくてもいい。
ずっと愛があるものを作っていきたい。


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