ぶつぶつ日記
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2002年10月11日(金) 難しい仕事

ようやく、その本を手にした。
ずっと、何年も、ある本を読んだ時から、
名前も知らないその本を読みたくて読みたくて。
しかしその本は、それを私に教えてくれた人の訳ではなく、
全く新しい本として再度登場してきた。

「翼よ、北に」アン・リンドバーグ。

これを訳した人のプレッシャーはどんなものだったろうと、
「サヨウナラ」と題された最後の章を開いて思う。
多分、この本を買った人のかなりの数の人が、
まさに、この章を待っていたのだ。
そしてほとんどの書評も、この章にふれている。
「須賀敦子」という人の名と一緒に・・・。

須賀さんが私たちに残してくれたたくさんの、
形容しがたい宝物のような記憶の断片。
その中でもひときわ鮮やかに記憶される、
アン・リンドバークの「さようなら」。
私たちはアンが書いたのでもない、
そして多分一番最初にその本を訳した人の文章でもない、
須賀さんの記憶の言葉として語られた文で、
「さようなら」の意味を知った。

他の章は多分、訳者にとっても楽しめたのではないかと思う。
でもこの章を訳す時、その人はどれだけ緊張しただろうか。
どれだけの言葉が書いては消され、消されては書かれただろうか。
英語で書かれたものは1つしかない。
でもそれが日本語に訳される時、
訳し手の言葉を選ぶ感覚、受け取り方、言葉の配置、
そんなもろもろの事で、同じはずの文の印象は
天と地ほども変わることがある。
ましてや、これを読むだろう未知の読者のうち、
一体何人が須賀さんを通してこの本を読むことを待っていたか考えた時、
筆の進みが速くなったとは到底考えられない。

比べるのはやめよう。
須賀さんの文章と、今回の訳と。
いつだって、思い出の中の文章の方が美しいものなのだ。
訳者の緊張を伴った難しい仕事、
それがあるから、私たちはこの本に出会えたのだから。
そして出来たら、
アン自身の言葉を読んでみたいと思う。
私自身の、言葉の理解で。


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