ぶつぶつ日記
DiaryINDEXpastwill


2002年10月02日(水) 夕べと昨日の夜

日本語教師と言うものは、普通の日本人よりも
日本語に関しての些細なことが気になるものだし、
気にしていないといけないとも言える。
最近の携帯電話ではすでに、「食べられる」という正則日本語では、
変換がうまくいかないと聞いて、さすがにビックリした。
日本語の乱れの代表のように言われているいわゆるら抜き言葉が、
すでにスタンダード化していると言う事か。
いくら騒いだ所で、言葉が移り変わっていくのは誰に求められないし、
変わっていってもいいものだという気持ちもある。

ただ、やはり日本語の美しさというものはあり、
そう言う言葉は残って欲しい、残して欲しいと思う。
最近思ったのは、「ゆうべ」。
とある日本語の先生がとあるサイトに書いていたのだが、
彼はまだ20代なのかもしれない、「夕べ」という言葉を
古臭く感じ、自分では全く使わないと言う。
じゃあ何と言うかというと、「昨日の夜」。
私はこの辺の単語の選択というのは、
明らかに読書量の多少と、英語教育の弊害じゃないかと思っている。
今朝から読み始めた日本語関係の本にも、
「『〜た』は過去形とするのは英語文法の影響ではないかと思う。」
と書かれていた。
日本語の〜たは確かに完了を表すものだが、
過去だけを見ているだけではない、と言う事だ。
(例えば、「日曜日に雨が降ったら、運動会は順延です。」)

話が横道にそれたけれど、
どの国の言葉にもその国の風土や習慣にあった典雅な単語があり、
それを古臭いとしてしまうのは、
言葉を扱うものとしては多少危険ではないかと言う気がした。
自分は使わない=古臭いという価値判断も・・・。
自分は使わないけれど、と言う前置きをして説明することはよくある。
でも聞いた時にわかることは必要なので、勝手に飛ばしたりはしない。
そしてできれば学生には日本人が聞いても、
「きれいな日本語を話す」と思ってもらえるような日本語を
話して欲しいと私は思っている。


colacaco |HomePage

My追加