ぶつぶつ日記
DiaryINDEXpastwill


2002年08月27日(火) 日常の中のカルト

最近、何人かの友だちとカルトの話しになった。
某世界宗教を信じているにもかかわらず、
その言動がいかにもカルトチックな人が多いよねー、
と言う話しだったのだが、
考えてみると、この「カルトチック」な人というのは
何も宗教関係者だけではなく、日常的にもたくさんいる。
その反面カルト的に扱われる宗教を信じている人でも、
全くカルト的ではない、普通の人もいる。
最近まで私の職場にバイトに来ていた女性は輸血しないことで有名な
とある宗教の熱心な信者だった。
大学を卒業して、週のうち半分くらいは布教活動をしたいので、
普通に就職できない、というかしたくない、
と言う話しこそするが、その他はいたって普通。
こちらに宗教をごり押しするわけでもなく、
こちらの無信心ぶりを見下すわけでもなく。
こう言う人だと、私たちも色々アドバイス的な話しもできるし、
どうしたら時間を有効に使うか、一緒に考えてみたりもした。
彼女が布教している時にはきっと、また別の顔があるのだと思うが、
布教と仕事と学校と、きちんと分けて考えられるのはとってもいいことだと思う。

翻ってみると、人にはそれぞれ「こだわり」というものがあり、
その自分のこだわりをあまりに周りまでに振りまき、
その反面、周りの人のこだわりを認めないような人は、
やはり「カルト的」人物であると言えるのではないだろうか。
もちろん、誰にでも自分のこだわりを守る権利はあるけれど、
それを理由に他者を見下したり、糾弾したりするのは、
心も視野もせまいとしか言いようがない。
概してそう言う人は、他人には他人の生活や考え方、
そして生き方がある、という至極簡単なことを
想像できない人が多いような気がする。

自分が一番正しい、
自分が一番頑張ってる、
自分の信じるものが一番素敵。

自分のこだわり(でも生活様式でもなんでもいいが)が
一番すばらしいと思うのは全く勝手だが、
それと同じように誰かの人生もまたすばらしいのだということを、
忘れたくはないと思う。
人は案外簡単に、日常的カルトに陥っていくから。


colacaco |HomePage

My追加