ぶつぶつ日記
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2002年08月20日(火) 譲り合う心

異国から戻らない夫を50年間待ちつづけた妻がいて。
異国から来た夫を38年間守りつづけた妻がいて。
彼女たちが「夫」と呼ぶ日本人男性は、同一人物だった。
日本と、ロシアと。
誰が悪いわけではない、むしろ全員が、
戦争の被害者であった、戦後の50年と言う年月。

戦中、スパイ容疑で逮捕拘束された男性は、
強制収容所を生き抜き、
しかし戦後もスパイ容疑が晴れずシベリアに残らざるを得なかった。
娘を連れて日本に戻った妻は、
戦後もずっと帰ってこない夫の戸籍を抜かず、
女で1つで娘を育て上げた。
戸籍を抜かないこと。
それが彼女を支えていた50年という日々。

自身も無実の罪で強制労働の経験を持つもう一人の妻は、
40歳になってこの異国人である男性と結婚する。
まるで子供を守るように、
いつまたスパイ容疑で連行されるかわからない夫を守りつづける。
物音1つにも怯えるような、そんな38年間という日々。

やがてソ連がロシア連邦になり、
50年ぶりに男性は母国である日本と連絡が取れると、
そこには「妻」が自分の帰りを一人待っていた。
もう一人の「妻」はここで決心する。
男性を日本に帰国させることを。

戻ってきた夫が、見知らぬもう一人の女性の手紙を食い入るように読み、
文字の乱れに健康を案じ電話をかける姿を
「一人では生きられなかったと思う。
(ロシアの女性が)生かしてくれたんだと思います。」と
何も言わずにそっと見つめる日本の女性。

つかの間の再会と、もう二度と会えないかもしれない別れの後、
ロシアの女性は言う。
「私は38年間、ずっと彼と一緒にいた。
ロシアの餃子を一緒に作ったり、楽しい思い出がたくさんある。
でもその間、彼女は一人でずっと帰りを待っていた。
私は、思い出だけで十分、生きていけるのです。」

優しいからこそ、切ない瞳をした人たち。
3人が3人とも80歳を越え、死が目前に迫り、
それでも誰かを思いやり、
譲り合う心。

「美談を望んでいたわけではないのです。
でも、人の不幸の上に、自分の幸せは築けないのです。」

シベリアの本当に小さな村で。


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