ぶつぶつ日記
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2002年02月19日(火) 偽物と本物〜大好きな女4〜

どこでその人の名前を知ったのかは、実はよく覚えていない。
でも、本屋に行くたびに、ちらちらと横目で本を眺めていた。
すごく、読みたい。
でも題名を見ているだけで、ブレーキがかかる。
「まだまだ、私には早いぞ。」
そう言う気がしていた。
ようやく、読んでみよう!と思ったのは最近。
30歳をいくつか越えて、本物とか、品格とか、そう言うことの大切さを
理解したいと思うようになってからのことだ。
本の中から声が聞こえる気がする。
「背筋を伸ばして、しっかりものを見なさい。」

白州正子
1910年〜1998年
随筆家

この人はなんなのだろう?
本を読んでもよくわからない。一流の目利きであることは確か。
一流の書き手であることも確か。
でも、肩書きは?
1つの肩書きはつけられない。
華族の名家に生まれ、ティーンエイジャーをアメリカ留学で過ごし、
結婚後は一流の文士や収集家と交流を深め、自分自身も彼らと同じようになった。
いや、彼女は師事したどの人物よりも、今日私たちに知られていて、
私たちにいろいろなことを教えてくれる。
お能がまるでロックのように前衛的であること。
骨董収集の魅力と怖さ、だまされることもまた楽しいこと。
本物の『民芸』と民芸品の隔たり。
そして、古きよきブルジョワの生活の豊かだったこと。
森鴎外の読み方。
西行について。

今もたくさんの「奥様」が色んな事業をして本を書いているけれど、
この人には、そういった人たちの多くがが醸し出している
「奥様の」という雰囲気がほとんど感じられない。
夫君である白州次郎氏が言っていたように
「ばあさんはえらいよ。書く時は必ずその場所に行ってみる。
想像で書くようなその辺のやつらとは違う。」
自分が見たもの、さわったのも、聞いたもの、
そして、「良いと思った」ものを書く。
多分それ以外のものは書けなかったのではないだろうか。
無骨な、と言って良いような真剣さ。

とにかくたくさんの良いものを見ること。
人でもものでも、映画でも、なんでも、
見て見て見て、ようやく本物がわかるようになるのだろう。
でも、いくら本物でも、好きになれなかったらしょうがない。
嫌いな本物を箱にしまって持っているくらいだったら、
大好きな偽ものを大事にして使いたい。
彼女の収集が魅力的なのは、
「愛着」ということを私たちに教えてくれるからだと、
いたずらな表情の写真を見ていて思う。

偽ものでも、「本物」があると言うこと。
本物でも、偽物以下があること。
「本物」のブランド品を持っているのに、
全然「本物」に見えないたくさんの日本人女性を見たら、
彼女は何と言うだろうか?
きっと、鼻で笑って引っ掛けることもないに違いない。
「本物を持ったところで、自分が『本物』にはなれやしないのよ。」と。


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