皇帝の日記
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そんなわけで、30歳になりました。 フランスではようやく女性と認められる年齢。 日本ではおばちゃんと呼ばれても特に反論する筋合いはない年になり申した。 同時に、若いからとか子どもだからとかいう言い訳もできなくなってしまったわけですね(え?だいぶ前から?)。
20代は留学と就職と渡米と結婚と出産と部屋とワイシャツと私と、色々あったわけですが。 重大事件と言えば、もちろん一番大きかったのは母親が他界した事でありました。
思うに、その他の事全て、人生の岐路のような選択を迫られて時には、いつも頭の片隅に母親が「喜ぶ事」や「納得する事」という基準があったような気がします。 もちろん自分の人生なので、自分がしたいようにやってきたのですが、そこにははっきりとしたラインがあった。 母親が嫌がる事、悲しむ事を選択しない、という線引き。
だからヘソにピアスを開けると可愛いかと思っても開けなかったし、留学に2年かかったから大学を中退するかと言われたらしないで6年生になったのであります。 大学を卒業して、すぐにアメリカに行ってジャバ夫さんと暮らさず、一度就職したのも、母がキャリアウーマンに憧れていたからだと思う。 まあ、実際やってみたら、体が弱過ぎてバリバリ働くには向いていない事がわかったのですが。
ヘソにピアスを開けたら、太って後悔していたかもしれない。 大学を中退したら、きっと就職先はなかっただろう。 就職しなかったら、「自分はバリバリ働けるはず」という妄想をいつまでも抱いたままで、イライラした半端な主婦になっていたかもしれない。 ファッションを嫌いなままだったかもしれないし、きっと経済もマーチャンダイズのこともわからないままだったと思う。 だからまあ、母の存在が抑止力になっていたとは言え、そう悪い選択もして来なかったと言える。
結婚も出産も、自分以上に母親が喜んだから、嬉しさもめでたさも倍になったわけです。
さて母親がなくなって、普通女性がやりそうな人生のステージも半ばまでやって、さあ次は何をしよう、という段階。
ここんとこ、何をしたら自分が楽しいか、何をしたら家族の為になるのか、色々考えているんですけどね。
カート・ヴォネガットさんも言っていました。 人は無意識に特定の誰かを喜ばせる為になんかするって。 (カートさんは早くに他界したお姉さんに向けて小説を書いているって言ってた気がするけど、ちょっと調べたら見つかんなかったので、不明)
一番喜ばせたかった(楽しませたかった)母親はもういないので、これからどうするのか。 じっくり考えたいと思う誕生日なのでした。
ところで本当に体が弱いので、今年3度目の風邪っぴきです。 世界最弱の扁桃腺。
皇帝

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