皇帝の日記
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昼にカンバセーション・パートナーの人と会った。 彼はもともと善意のボランティアで、このわけのわからない外人と毎週2時間くらい話をするという苦行を自ら買って出ているのだ。 キリスト教社会って不思議ですね。 与え続けなさい、痛みを感じるまでは(BYマザーテレサ)って心境なのでしょうか。 相手の痛みには結構鈍感だけど。 自分が我慢できるから、相手もそうしろというのか。
まあ、恩恵を受けている立場でとやかく言うことは義に反する。 アメリカ人になじめないのは、恩義の観念がないからだ、と最近結論に達しつつある。 こっちが向こうから受けた恩を覚えているのに、向こう様は忘れちゃうし。 恩着せるためにしたわけではないけど、してあげたことが忘れられちゃうってとても切ない。 ほんのりうまく行かない感じが漂う草の根国際交流。
この「奉仕」の精神と「恩義」の精神が不協和音なんじゃないか。
ところで、こういう語学教育に関係ない人と話をすると、一体今なんの話をしているのか、会話が迷子になることがよくある。 原因を考えてみたのだが、どうも、時制のせいじゃなかろうか。 アジア人と話しなれてる人は、自然に時制を取っ払う癖がついていて(どの道相手が理解できないから)、それがなくてもいつ起こったことなのか相手がわかるように、物事の発生時間を統一して話しているんだと思う。
ようするに、今日彼が何を言ったのかわかりませんでした。 明日昼飯食いに行こうって言った気がする。 でもこないだ昼飯食べた時の話題だったのかもしれない。
皇帝

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