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しもさんの「新聞・書籍掲載文」
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2008年01月18日(金)
立派な新成人 教育充実実感 (49歳)

静岡新聞 朝刊(ひろば)

毎年、全国で物議を醸す「成人式」。
わが町もここ数年、残念なことに式の最中に、
わずかながら騒ぐ若者がいた。
実は、今年も白の羽織はかまをまとった若者が、
例年以上の人数でゾロゾロと受付をしている光景を目にした時、
もしかしたら今年の成人式は荒れるかも・・と私を不安にさせた。
しかし私の心配をよそに、終始、誰一人、無駄口をする若者もなく
やや長めの主催者や来賓のあいさつにも、しっかり耳を傾け、
拍手する時は拍手し、自分達の成人式を真面目にとらえて
出席していた気がする。
そんな彼らの様子から、あることに気が付いた。
中学を卒業してから「五年後」の成人式であるが、
逆に「五年前」の中学校時代、きっと、団結力のある、
まとまった学年だったんだろうな、と想像できる。
だから「成人式」を素晴らしい式にするためには、
五年前の中学校時代に、
彼らにどれだけ落ち着いた学校生活を過ごさせてやれるか、
それにかかっているかもしれないな、という気付きである。
私にとって、あらためて「義務教育」の重要性を実感させられた
成人式であった。  



2007年08月19日(日)
社会全体で意識改革を  (49歳)

静岡新聞 朝刊(トークバトル)

身勝手な親が増えたのは、
家族を顧みず仕事に力を注いだ終戦後の高度成長から、
そんな彼らの子供が退職を迎えた現在まで、
長い年月の結果、と考えることはできないだろうか。
最近の「身勝手な親」をテーマにした話題も、その親を育てた親、
さらには身勝手な親を育てた親を育てた親にまで
原因追求がされていない気がしている。
今の親たちをしっかりしつけてこなかった親には本当に責任がないのか、
そのしつけができない親をしかれないその親にだって。
人の意識は、そう簡単に変わると思えないし、
長い年月をかけて変わってきた「教育」が、
ここ数年で、突然がらっと変わるとは思えない。
私は同じくらいの年数をかけて戻していくしかないだろうと思っている。
だからといって手をこまねいているわけにもいかない。
さてどうするか。
津田塾の創始者、津田梅子さんが、男女差別の厳しかった時代に
女子大を建設したときの苦労を
「意識を変えるのではなく、雰囲気を変えるのです」
という言葉でまとめていた話を思い出した。
身勝手な親の意識を無理やり変えようとするのではなく、
社会全体で「それは身勝手な行動」だと気づかせる
雰囲気作りから始めてはどうだろう。すぐに変化を求めずに。



2007年06月21日(木)
仕事を終え なぜかウキウキ 勉学だ (49歳)

毎日新聞 朝刊(みんなの広場)

六十の手習いではないが、49歳の誕生日を過ぎ、
無性に勉強がしたくなった。
同年代である東国原英夫・宮崎県知事の著作を何冊か読み終え、
彼に刺激されたのかもしれない。
そこで、せっかく心の底からわき出てきた学習欲だからと、
学生時代に一番苦手で嫌いだった英語を学び直そうと思い、
英会話教室へ通い始めたが、私の気持ちに変化が起こった。
今でも苦手ということでは変わりないが、
あれほど嫌いだったはずの英語が楽しいのである。
仕事を終え、教室へ向かう自分がなぜかウキウキしているのである。
社会人になって自由になる時間が少ない方が、
学びたいという意欲が強くなってきた気がするのは、
その裏に「自己満足」という喜びがあるからかもしれない。
よく否定的な場面で使われる「自己満足」と言う言葉。
実は、他人に迷惑がかからなければ、最も行動につながるようだ。
1年後の自分が楽しみである。



2007年06月17日(日)
富士山の魅力をあらためて考える (49歳)

静岡新聞 トークバトル

前々回のトークバトルで富士山の魅力を語ってくれた、
大山行男さんの顔を紙面で拝見して、
2005年春、長泉町「ヴァンジ彫刻庭園美術館」で開催された
「富士山曼荼羅」と題する彼の写真展を思い出していた。
そこには、青空に白い雪をかぶったきれいな富士山ではなく、
もっと人間味のある、いろいろな表情の富士山を撮り続けてきた 彼と
富士山との対話が聞こえてきそうな写真があふれていたからである。
偶然、会場で大山さんご本人と話しをする機会に恵まれたのだが
「遠くから望遠レンズで撮るのではなく、広角レンズを使い、
できるだけ近づいて撮るんですよ」と熱く語ってくれた。
写真の撮影テクニックもさることながら、
わが子のように富士山の話をする大山さんのうれしそうな表情が、
富士山の魅力を一番物語っていたように思う。
いつも富士山と親しんでいる人たちが、
富士山になじみみのない誰かに「富士山」を語る。
その人の言葉・表情こそ、富士山の魅力ではないだろうか。
そういえば、富士山初冠雪には、
必ずメッセージを添えて全国のメル友に写真を送ってしまう私がいる。



2007年06月16日(土)
熟慮したい言葉「国とは人」 (49歳)

産經新聞 朝刊(談話室) 2007年6月15日静岡新聞と同日掲載のため

「それがしにとって、国とは人でござる」
NHKの大河ドラマ「風林火山」の一場面であった。
「国とは人。人とは国」というせりふは、
現代の自治体首長に受け継がれ「まちづくりは人づくり」という
フレーズで口にされる。
しかし「人材発掘」「人材育成」は、
たやすいことではなく、時間がかかる。
ある人物が無名のときはその力を認めず、支援もせず、
有名になると「おらがまちの出身者」と町のPRに利用するパターンの多い。
「私にとって、国とは、そこに住んでいる人であります」
「その地域には、大切な人、愛する人、尊敬する人達が住んでいる。
だから、私はこの国が好きなんです」
山本勘助は、そう言いたかったに違いない。
われわれは「まちづくりは人づくり」というフレーズの使い方を
間違えていないだろうか。
もう一度、その意味をじっくり考えたいと思う。



2007年06月15日(金)
恥と思いたい 王子騒動過熱 (49歳)

静岡新聞 朝刊(ひろば)

この「王子」騒動は、いつまで続くのだろうか。
私はあえて「フィーバー」という単語を使わず
「騒動」という単語を使いたいと思う。
「フィーバー」とは、極度に興奮すること、熱狂すること。
だから国民がフィーバーすることは、決して悪いことではない。
しかし「騒動」とは、多人数が騒ぎたてて秩序が乱れること。
また、そのような事件や事態を意味する。
「ハンカチ王子」から「ハニカミ王子」まで、
ここ数年、好青年を見つけては「王子」と名付け、
マスコミも一緒になって秩序を乱している。
今後「王子」の生写真が高く売買される風潮が根付き、
モラルは無視され、彼らのプライバシーすら守られなくなり、
あらゆるシーンで、写真が撮られ続けることになるだろう。
ダイアナ妃が、パパラッチの執拗な取材を振り切ろうとして
亡くなった時、彼女の死を悼み涙し、
外国人はなんとひどいことをするんだと、怒りを覚えた国民が、
今、彼らと同じことをしようとしていることに、
私たちは気付くべきだろう。
十五歳の少年に「もう少しマナーを守って欲しい」と
言われた日本の大人たち、
教育再生計画の対象は、私たちなのかもしれない。
心から恥じ、反省したい。



2007年04月15日(日)
地域に根ざした経営が鍵 (48歳)

静岡新聞 朝刊(トークバトル)

「高校野球は郷土との一体感ではぐくまれる」。
常葉菊川が優勝した選抜高校野球大会。
閉会式での脇村日本高野連会長のこの講評に、
高校野球だけでなく、プロ野球復活のヒントが隠されていると思う。
北海道・九州地域を本拠地にした球団が優勝するようになった現在、
日本全国の野球レベルに差はないといっても過言ではないと感じている。
そこであえて、愛するジャイアンツも含めた野球界に、
「地域限定の入団条件にしたら?」と提案したい。
球界を代表する選手を全国からお金をかけて集めるよりも、
本拠地の地域で、小さいころから育った選手を集めた方が、
野球ファンも応援のしがいがあると言えないのだろうか。
地区予選の決勝で負けて甲子園に行けなかった選手の中にも、
きっとプロ野球界で活躍できる高校生はいるだろうし、
あいつを少年野球、リトルリーグから指導してきた・・と
自負する監督・コーチもサッカー界以上に多いはずだ。
自分の住むまちの選手がプロ野球選手になったら、
バスを貸し切ってでも球場へ応援に駆け付けるに違いない。
復活の動きは、テレビ放送よりも、
球場を満員にするところから始まるだろう。
その時、どれだけプロ野球選手に親近感を覚えるかが
鍵となるに違いない。
ちなみに、横浜ベイスターズの石川雄洋選手は、わが町清水町の出身。
ジャイアンツのライバルだけど、彼だけはずっと応援するつもり。
だって、彼だけでなく、彼のお母さんまで知り合いだから・・。



2007年03月08日(木)
本の借り逃げ 現代風の象徴 (48歳)

静岡新聞 朝刊(ひろば)

「本返さないと卒業させない」
ある新聞の夕刊で見つけた見出しである。
大学図書館の「借り逃げ」横行の対応策ということだ。
在学している大学の図書館から本を借りたまま返さずに、
そのまま卒業する学生が後を絶たないらしい。
こんな学生がいること自体、私としては不思議であるが、
今回の「卒業証書を授与しない」と言う強硬策は、大賛成である。
卒業できなければ、せっかく内定した就職だって
取り消しになることも考えられる。
少しは事の重要性に気が付くと思うから。
借りた物は返さなくてもいい、という意識を持った若者が、
罪の意識もなく社会人になったらどうなるか。
税金は払わない、年金も払わない、当然、給食費も払わない。
適当に過ごしていれば、それで済んでしまう、という
現代の風潮に拍車をかけることは明白である。
今、全国の自治体でも、あまりに増え続ける町税等の滞納者に対して、
住民サービスの制限を検討し始めている時代である。
氏名公表までは個人情報保護としてなかなか実施できないだろうけれど、
借りたものを返さないことは大したことではない、という考え方は、
図書館に限らず、これからの人生、いろいろな場面で
本人の判断材料とされるのだから、
ぜひ、社会人になる前に改めてほしいと願う一人である。



2007年01月18日(木)
「懐かしい」は未来に生きず (48歳)

静岡新聞 朝刊(ひろば)

沼津の西武百貨店で「近くて懐かしい昭和展」を開催していたが、
最終日の日曜日、やっと見に行くことができた。
約五十年の沼津市と西武の歴史が、当時の街並みの再現や暮らしの道具や写真で
私たちにも手に取るように分かる楽しい企画だった。
しかし、気になったことが一つあった。
見に来ていたお客さんが異口同音に「懐かしい〜」を連発していたこと。
誰からも当時の苦労話が聞こえてこなかったのである。
「昔は良かったよ」「あのころに戻りたいね」のせりふばかり耳にすると、
本当にそうだろうか、とへそまがりの私は思ってしまう。
五十年と言う時間が、つらいことも悲しいことも、
みんな楽しい思い出に変えてしまうけれど、本当の意味で懐かしむのであれば、
もっともっとリアルに、皆が貧しかったころの話を聞きたいと思った。
この企画をきっかけに、これからの十年、これからの二十年をどう生きようか、
ということにまで話が進むといいのにな、と感じながら会場を後にした。
大切なことは、あのころの自分や父・母に出会って、
これからどう行動するかである気がしてならない。
懐かしいものを見た、だけでは終わらせてはいけないと思う。



2006年09月20日(水)
同級生と合唱 夢へまず一歩 (48歳)

静岡新聞 朝刊(ひろば)

仲の良い同級生数人が声をかけ合って
映画「ALWAYS/三丁目の夕日」を見に行ったのは昨年11月。
確か「懐かし〜い」の連発で誰からともなく
「ねぇ、何かやってみない」と声がかかり
「混声合唱」が現実となった。
月に1度だけと決めた練習も今月で10回を数え、
とりあえず「合唱らしく」なった気がする。 
ピアノを弾ける人がいない状態から始めたとは思えない、
その上達の秘訣は「詳しいより好き、好きより楽しい」にあると思う。
48歳になったというのに練習中は「男子・女子」と呼び合い、
音がズレているといっては笑い、
楽譜の見方がわからないといっては、またまた笑う。
練習が終わると笑いじわが増え、
情報交換を理由に場所を移すこともまた楽しい。
そんな彼らに、町の藝術祭へ参加しようと提案したところ
「そうだね」と賛同が得られ、現実のものとなりつつある。
先日聴いた、両足義足のランナー島袋勉さんの講演
「夢をあきらめない」のメッセージが思い出しながら
「やってみるもんだな」と実感した。