| moonshine エミ |
| 2003年05月05日(月) 動物園にて | ||||
| ゆうべのへにゃ日記について、ご自分の日記で触れてくれたお友だち、ありがとう。 なんかうれしいものです。 あの日記を書いたあと、村上春樹『風の歌を聴け』を読了。 長い小説ではないし、調子が出たら一気に読んでしまった。 すごく面白かった。 ほんと、風が吹いてるようでした。 1979年に書かれたもの。 同年代に書かれた、龍のほうの『限りなく透明に近いブルー』もそうだったけど、 すごくクールな感じ。いい意味で、重さがない。 この系統を受け継いだのが、保坂和志かなあ。 4月のはじめに、サニイサイドのかしわいさんが、 こないだのみどりの日には、マーブルが、 福岡市動物園に行ったとそれぞれのHPで書いていたが、 はからずも私も、本日、行ってきました。 シズラーッ子5人、よりちゃん、かなちゃん、みなちゃん、ありちゃん、えみちゃんで。 そういえば昨年の春にも、別のシズラーッ子たちと佐世保の動物園に行ったのだった。 ちょっと怖いような、深い光景も見たのだった。 「猿の心、人知らず」 大人になってから行く動物園って、とても興味深い。 童心に帰ってはしゃぐ部分と、 醒めた目で見てしまう部分と両方。 元気なく寝そべって、毛づやも悪い動物って結構いるのだが、 あんな狭い場所で一生を過ごすなんて、どうなんだろう。 と思わずにいられん。しかし、見に来た人間にそんな同情されても、動物達も大きなお世話だろう。 ツルがさかんに鳴いていた。 メスライオンの顔は優しかった。 ゾウの後ろ姿のしわしわを見て、つい○○の××を思い浮かべた。 さんざ迷った挙句、爬虫類館には入るのをよした。子供が泣いてるか、見たかったんだけどな。 フクロウはやっぱり、神韻縹渺。 ふれあい広場のヤギも、神さびている。 オラウータンときたら哲学者然。 生まれてまだ間もないだろう、ごっつ小さくてやんちゃで、 めいっぱい動き回り、大人ザルに絡んで子ザルを見て、 ありさ「なんか岡村(@ナイナイ)っぽい」 ひときわ歓声高い、縞模様も堂堂たる大トラの檻の前、カメラをかまえながら 「ああ、この檻が邪魔なんだよねえ」という私に、 「いや、えみちゃん、檻なかったら怖すぎるって」とよりちゃん。 そんなよりちゃんは、巨大なカバにひときわご執心であった。 ◆ありさに「ひからびすぎやない?!」と言われたゾウガメ ![]() この子もそりゃーでかかった。寒がりなんだって。 併設の植物園のほうで、野っぱらにビニールシートを敷いて、 スーパーで買ってきたおやつを食べて、ひとときのんびり。 バラがたくさん咲いていた。 天気もいいし子どもの日だしで、たくさんの人がごろごろ寝転んだり、 子どもたちが元気いっぱい走り回ったり、えんえん泣き叫んだり。 今日思ったのは、若いお母さんて、多いんだなーということ。 どう見ても私と同年代、みたいな夫婦が小さい子を連れてるのをたくさん見た。そうだよねー、そういう年頃さね。私らも。 誰でもいいから、10年ぶりくらいのかつての同級生が子どもを連れてて、バッタリ会って、なんて面白いことないかなー、なんて思ったがそれはなし。 ひととおり廻った後、 ありさがもう一回ペンギンと白くまを見たいというので、行った。 確かに、ずっと見てても、飽きない。 結局「閉園でーす」と言われるまで、そこにいた。 ちょっとおしゃれな浄水通りを下り、ロイヤルホストで夕ごはん。 シズラー(=ロイヤル系列)の仲間とファミレスに行くときは、検討することもなく、当然のようにロイホになるものです。 そういうのって、ちょっと面白い。 よう出歩いた11日間であった。 そして連休最後の夜は、締め切りを控えた通信講座の課題を必死にやった。 ぐすん・・・。ちゃんと提出しないと、自腹になるのです。(ちゃんとやったら、会社もち。) まだ終わらない。ぐすん。 |
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| 2003年05月04日(日) 血縁 | ||||
| 家族して、母方の祖父母の墓参りに行った。 今日は、祖母の祥月命日であったらしい。 らしい、というのは、それが23年前のことだからだ。 私は1歳と8ヶ月。物心もついてないよね、さすがに。 昭和55年の5月3日、私たち家族や他の親戚も祖母の家に集まったのだが、夜には散会になった。 祖母は元気だった。 が、4日の朝に亡くなってしまった。心不全だったのでしょう。 それでも78歳だったのだから大往生といえるだろうし、病床に伏すこともなかった潔さがうらやましい、などと母は言う。 祖父母というのは誰にでも(死別や離別にかかわらず)必ず4人いるわけだが、私には一人の記憶もない。 23年前の今日に亡くなったおばあちゃんが、最後の一人だった。 私の母は6人兄弟姉妹の末っ子、父にいたっては8人兄弟姉妹の末っ子である。 自然、両親ともに、自分の親と死別するのが早かった。 私の両親も比較的晩婚ということもあるし、そのうえ姉と5歳年の離れた子供なので、私は父方母方ともに従兄妹の中でも末っ子だ。 いとこは女の子の比率がものすごく高く、みなそれぞれにお嫁に行っているので、自然、親戚づきあいというのもだんだん疎遠になる。 そう、我が家は、かなりの核家族。 双方の実家ともたいした家柄でもないので、伝承すべき家訓とか土地とか歴史もそんなにない。 それはそれでサッパリしたものであるが、時々、「私のルーツって?」と思うことがあるのもまた事実。 なにしろ、「お母さんは佐賀で生まれたけど、お母さんのお父さんはどこで生まれたの?」なんて試しに聞いてみても、 「・・・うーん、さあねえ、広島だったような気がするけど、よくわかんない」という答え。これが末っ子の大らかさであろうか。 母は、祖父母が40歳をとうに越して生まれた子供であるので(そんな高齢出産が当時(=戦後ですらない)大成功していることすら結構オドロキである)、両親どころか兄姉すら数人は早く失っていて、自分のルーツを知る由もない、という部分もある。父もまた似たようなものだろう。父の部屋に飾ってある父の父の写真は、信じられないほど古いものなのだ。 まあ、どちらにしろ、声高に誇れるような万世一系(?)の家系でないことは明らかだ。 そして、あまりに少ないご先祖様の情報を寂しく思うことはあれ、それでも逞しく地面に根を張って生きてきた両親を、逆に強いと思ったりする。 実家の母に子供を預けて・・・なんてこと、ありえなかった我が家庭だ。 実家もない、学もない両親、そんな中で育てられてきたのが私たちだ。父親だってサラリーマンですらない。 (そういえば、父親の職業なんて、この日記で書いたことすらないよね。うちは零細自営業です。) お墓参りも久しぶりだった。 そのお寺が何宗であるかさえ知らなかった。この前に参ったときはそういうことにすら興味を抱かなかった年頃だったということだ。なんたることか、今日になって祖父の名前がこういう漢字を書くんだ(タケシ、とは知っていたが、猛であることは知らなかった。)、ということすら初めて知った私である。ちなみに、おばあちゃんは綾子。 祖父母のお骨が納めてある近くには、親戚のお墓もまたあった。 俗名 音市・静馬などと書いてある。 「音市おじさんは、お母さんのお父さんの弟よ。お母さんが子供の頃は、まだ生きとんしゃったもんねえ」 と言う母、そりゃー母が子供の頃に母の父の弟が生きているのは当然といえば当然なのだが・・・。 同じお墓の「静馬」氏は音市さんの息子であるという。享年二十八才と記されている。 「昭和二十年 八月十六日 戦死」と。 母の従兄にあたる人。終戦の翌日に戦死したなんて、国内で亡くなったのではないのであろう。大陸か、あるいは南洋の島か。母に聞いてももちろん知らなかった。 お墓をきれいにして、お供え物をささげ、お寺で飲み食いする(酒は飲んでません)。 そういう作業が新鮮だった。 そういう作業を、流れるようにする両親が新鮮だった。 私なんて、お線香のあげ方さえろくに知らなかったのだ。 ほろ酔っている今だからこんなこと書くのかもしれないけど、 うちの家庭は大きな海に浮かぶちっぽけな島だ、と思うことがある。 祖父母の記憶もない、親戚づきあいにも疎い私たち。父母がいずれ失われれば、私と姉には何が残されるだろう? 家系の記憶も頼るべき縁戚もない。 それでも、血縁というのは確かにある、もう失われていてしまっていても、私にも祖父母がいたし、父母にも叔父や伯母や祖父母がいたし、その記憶が失われているから何だというのだろう、 人間が生きた証なんて、たかが何十年かの差があるだけで、いつか必ず風化する、それはたいして寂しいことじゃないはずだ。 そんなことが頭をよぎった日。 アルバムに、祖母に抱かれた1歳の私がいる。一面のれんげ畑で。 |
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| 2003年05月03日(土) ゆうきちゃん邸、魚座、サニイサイドなど | ||||
| 三連休の始まり。よいお天気。暑いほど。 春ももう長くないなと思い、女学生テイストの春格好で家を出る。 浮かれた花柄のブラウスと、若草色のスカート。 スカートは最近新調した。友だちは「かわいい」と言ってくれるが母親には 「なんね、その制服みたいなハコヒダは?」と酷評されてるもの。 しかもアイロンをかけるのが超めんどくさい。 博多のゴールデンウィークといえばどんたくで、 しかし博多区在住の私だが未だにどんたくというものがよくわからないのである。 というか、「こんなもの」と言えないのがどんたくなのだ。 パレードには、花笠しゃもじのオバサンだけでなく、ちんどん屋さんもいるし、 リオのカーニバルみたいな一団もいるし、 阿波踊りしてる人たちも・・・というように、 なんでもありの、とにかく踊らんね歌わんねの、懐のふかーいお祭りなのである。 そして、中心地天神の各地に特設ステージがあり、パレードも中央の通りでやってるので、 「どこからどこまでがどんたく!」という境目が非常に曖昧で、 毎年、日本のGWいちばんの人出はどんたく!なんて全国ニュースでもやってるけど、 お休みなので天神にショッピングに来た〜、とかいうだけの人たちも、余裕で「どんたくの人出」にカウントされてる。絶対。 そんな、自由かつ大雑把なブラボォなお祭りです。 ◆今日は三越の中もどんたくです ![]() どんたくを横目で見ながら、けやき通りを通って赤坂へ。 ゆうきちゃん邸に遊びに行く。 いい環境! 天神まで徒歩20分以内で、緑が多くて、アパートの奥にはお地蔵さん?たちがいて。(註:お自動さんではありません) お布団が干してあるベランダには、ニョキニョキと竹が、私の背竹(まちがえた。背丈)よりも高く伸びている。 広さを感じる居心地のいい部屋。 いろいろ、二人で画策。格闘。共謀。 喫茶店でサンドウィッチを食べて、ライブハウスへ。 ゴールデンウィーク万歳の、ナイスブッキングなプレアデス。 入り口に魚座の藤井さんが立ってた。両手にスーパーの袋を抱えて。 中には、ものすごたくさんの、缶詰。 「・・・なんですか、それ?」 「差し入れでもらいました。」 だってー。さすが。 ライスボウル 初めて見たライスボウル。 とてもいい声のボーカル。 若者らしいセンシティヴな歌。 すごいインパクトがあったわけではないけど(なにしろ次が魚座だったからね) また見たいと思った人たちだった。 魚座 久しぶりに見た魚座。 演奏中、誰一人にこりともしない4人組。 クールというのとも違って、無愛想。 それでいて、詩情に溢れる歌の数々。ああ、これが魚座! 感動の『夏の踊り子』! 声がよく聞こえて歌詞がはっきり聞き取れて、涙モノのせつなさだった。 ああ、ああ、これを聞くだけでもライブ代の元はとれるってもんだ。 今日は『寺を燃やす』で暗ァく始まり、 中盤に『夏の踊り子』や『海』といったメロディアスなサビでキュンとさせ、 『(俺の)春』や『夜の二人乗り』で轟音の中で壊れて(いい意味ね。)終わった魚座。 「夜の二人乗り」は、これまで見た中でいちばん壊れ度が高かったかも。 初めて見たゆうきちゃんも、いたく感激したようす。 ライブ後、CDを買った。 アルバムタイトルは『小さな怒りの季節』。ったく、やるなー藤井くんて人は! ライブ後。 藤井 「メガネロックフェスのチケット買った?」 エミ 「あーマーブルから買った。売れてます?」 藤井 「いや、まだ一枚も」 エミ 「えーっ、売りましょうよー」 藤井 「マーブルと客層かぶってんだよね」 エミ 「あ、じゃあ、ゆうきちゃん、前売りで買っとく?いま」 藤井 「いや、今日、チケット持ってきてないから」 ・・・藤井さん・・・やる気って・・・。 サニイサイド お気に入りのサニイサイド。 魚座とは対照的に、みんなニコニコで演奏のサニイサイド。 今日はかしわいさんがアロハシャツじゃなくて普通のTシャツだった。 今日はたなかまさんがウッドベースじゃなくて普通のベースだった。 今日はみなみくんが・・・えーと? みなみくんのドラムが力強かった。ハイハットだけ叩いててもカッコイイ。 サニイサイドは本当に音楽が好きなんだなあって感じがする。 そんな音が出てる。 独特の存在感で、最初は「エ?」て思うんだけどハマッたら一直線。 何度も聞きたいバンド。噛めば噛むほど味が出るのよ。 今日は半分くらいが耳馴染みのない歌だった。 今日知らなかった歌も、もっともっと聞きたいもんだ。 ♪君から電話がこないこないと思ってたけど、 ♪よく考えたら、三年前から仲良くなかった〜 と、「三年前から○○だった」というフレーズ繰り返す歌が面白かった! 「ロックな曲を」といって、ゴリゴリいい音で始まった「ここで会いましょう」も良かった! たなかまさんが、わたしとゆうきちゃんの研究室の先輩にあたることが判明。(在学期間はかぶってない) 言語学専攻だったんだー! なんとなく理系のイメージがあったのだが、 そう言われると、あの日記の過不足ない言語感覚に納得いった。 博多・ザ・ブリスコ 博多のシーンに君臨し続けるブリスコ。 年齢のこと言うのはなんだけど、御齢40歳にしてあんなに暴れまくるジャガーさんという人のエネルギーにはいつも呆れる。これは感服するという最高にいい意味。 暴れまくるというのは文字通りで、 椅子を倒す、椅子に乗る、机に乗る、客に乗る(私の膝にも乗っていった 笑)。 走る、ジャンプする、滑りこむ、倒れこむ。 そういえば今日のプレアデスはお客さんが少なかったので、 ステージの領域を存分に拡大して、どこまでも暴れにいくジャガーさんであった。 ベースのわちさんの指使いはいつまで見てても飽きない。 ドラムのCHEEさんはいつもにも増してかわいかった。見るたびごとにドラムうまくなってる気がするし。 しかし、男客が少ないブリスコは、ちと寂しいものだ。プレアデス、立って聞く人少ないしね・・・。 終わったあと、「いろいろやってごめんねー」とジャガーさんに頭を撫でられる。 トチ狂った私は「いや、うれしかったです」とわけのわからん答えを。 同じ楽器でも、こうもいろんな表現ができるんだね。 という、すばらしーいパフォーマンスをする各バンド、各メンバーのひと夜。 |
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