moonshine  エミ




2003年01月14日(火)  そのときあなたが問われている。

 今日はシズラーっ子、ありさのお誕生日だったので、お友達4人で中華の食べ放題に行きました。
 プレゼントには、アロマキャンドルライトのセットをあげ、
 シズラーっ子恒例の、カードを添えました。
 いつもの仲間と、いつものようにたくさん食べて、しゃべって、楽しくて、
 でも、私たちも大人になってきたなあ、と、ふと思います。
 友達はみんな、いい道を歩いているので救われますが、いつまでも、「あのときのまま」ということはない。
 肌質も変わってくるはずです。(これは、関係ないけど・・・)
 変わることも変わらないことも、あたりまえに、自然に受けいれられたらと思います。
 

 最近、つらつらと考えるのは、
 その人の“人となり”を知っていれば、その人の行動には矛盾を感じないものだ、ということです。
 いいとか悪いとかに関係なく。
 逆に言えば、“人となり”を知らない人の行動が、一見、理解できないのは当たり前です。
 理解できないのは、自分の尺度でその人を測っているから。
 人だけでなく。物事についても、同じ。
 感覚的に「理解できない」と思ったことを、どのように受け止めるか。
 というのは、その人の咀嚼力が問われるところだと、思います。
 抽象的すぎましたかね。覚えがきです。
Mail Home

BBS blog






2003年01月13日(月)  スローライフでいきまっしょい。

 制服のブラウスにアイロンをかけていると、
「フー明日から仕事かぁ」
 という気分になります。

 さて、先日の日記でチラリと書いた、「スローライフ」について。
 この言葉、もうしばらく前からよく耳にするようになったよね。
 これからは、何でも「はやく」「効率よく」が素晴らしいとされる時代じゃあない、と。
 今月の日経WOMANのスローライフ特集、面白そうだったので買った。
 
 糸井重里氏によると、
「『スローライフとは〜だ』『スローライフは〜しなければ』
 と考えると、かえって大変になる。
 ギチギチに定義づけせずに、
 自分にとって気持ちいいと思うことをすればいいんだよ
 
 おお、この部分、まさにクリスマス付近に、ゆうきちゃんと話してたこと! 
 自分にとっての気持ちいいやり方を見つけること。

 さらに、
「同世代への羨望は、嫉妬を生み、勝負を挑むか真似で終わってしまう。
 それは建設的ではない。
 それより、まだ自分が到達していない、年上の世代に憧れて、
 自分の目標にするほうがいいのでじゃないか


 おお!!
 花の40代の人々を仰ぐ私は、なかなか建設的だってこと?
 
 スローキャリアについての記事。
「じっくり時間をかけて、自分だけのオリジナルテーマを見つけていく」ということ。

 これを実現できる人は、
自分がなりたいイメージをもっている(アイデンティティー)
 自分のキャリアに向き合う基準が明確で、逆風も跳ね返すパワーがある人。
周りに支援を求めるアクションを起こせる(社会性)
 周囲を巻き込む力は不可欠。
 ピンチのときなど、周囲の力を借りるよう、自分から働きかけられる柔軟性がある人。
じっくりガマンできるタフさがある(精神的安定)
 失敗したとき、必要以上に自分を責め、または他人を責めず、 
 冷静に問題解決できる力がある人。

 なんですって。
 なるほどねぇ。
 自分ってもんを、しっかり持つ。
 でも、自分の殻に閉じこもらず、積極的に他人に働きかける。
 そして、自分を責めるのでもなく、他人を責めるのでもない、
「無罰型」の人間になって、客観的に問題を解決していく。
 ってことね。
 これは、難しいね。
 しかと、心に留めよう。うむ。

 2003年の初はしり。
 6.5キロ。これくらいがちょうどいいみたい。
 今日はランニングには、ちょっと暑かった。

 本屋さん、更新したばい!





↑エンピツ投票ボタン

My追加

 
Mail Home

BBS blog






2003年01月12日(日)  『ショコラ』 誰もかれも解放されうる

 休みの日、会社がある博多駅で降りずに、二つ先の箱崎まで乗っている電車は、何となくいい感じ。
 しんちゃんの家へ行く。
 シンザン記念などぼうっと見ながら、そのまま、何となく寝入ってしまう。
 時間がもったいないような気もするけど、しんちゃんちでする少しの昼寝は何だか心地いい。
 
 ビデオで『ショコラ』を見た。
 フランスの小さな田舎の村、強い北風の日に赤いマントを羽織った母娘がやってきて、チョコレートショップを始める。
 最初のほうで、すぐに「よその者(革新)―そこの者(保守)」のような対立の図が見え、その先の和解、という筋まで想像できるつくり。
 ヴィアンヌ、という名前からしてセクシーな、美しい未婚の母。
 壁に緑のペンキを塗り、呪いの道具のような民族調の置物を置き、魔法のように美味しそうなチョコレート菓子を作って、古くからの慣習に縛られて生きる人々の心を掴む彼女は、さながら魔女。
 でも、この物語のキモは、村から村へとさすらってきた母娘が、この村に腰を据えると決めるところで、
 それが和解でも母の勝利でもなく、解放だってことなんだろうな〜、と思った。

 定住しないから、しがらみや掟など関係なく自由に生きてきたヴィアンヌ自身も、
「さすらい」という生き方に囚われていた、ということ。

 このヴィアンヌの解放によって、大家のおばあさんや、暴力亭主に悩まされた妻や、急にラブラブになった夫婦、恋するおじいちゃんなどが、やけにあっさりヴィアンヌの術中にハマったのに、ぐんと説得力が増す、というか。
 ヴィアンヌは魔女でも伝道師でもなかったんだなー、てこと。
 外圧であれ内圧であれ、みんな、何か不自由なものに捕らわれている。
 そして誰でも、それから解放される可能性があるのだ。
 チョコレートとヴィアンヌは、ほんのちょっと、そのきっかけになっただけ。
「はじめから、何もかも元のままよ」
 村を出て行こうとしてそう言ったヴィアンヌも、村人に解放のきっかけをもらう。
 甘い美味しいチョコレートは、すばらしいだけの魔法の道具じゃない。
 良くあるきれいなおとぎ話のように見せかけといて、なかなかリアルな、骨のある物語でした。

 川から川を流れていくジプシーみたいな役のジョニー・デップ、すごくすごくかっこよかった。惚れる。ギターも良かった。
 でも、いちばん、必要性に疑問のある登場人物だったかも。
 娘の心のお友達、カンガルーの扱い方とかは、さすがによくできてるな〜と思った。

 この作品、私の大好きな『サイダーハウス・ルール』のラッセル・ハルストロム監督で、画面の雰囲気は良く似てたけど、サイダーハウス・ルールほどに胸が詰まる感じはなかったな。
 広い世界に出て行って、知らなかった世界を知り、純粋でも無垢でもなくなって、哀しくもなお美しい『サイダーハウス・ルール』。
 小さな村の小さな出来事の数々を通じて、人々の心が解放される『ショコラ』。
 やっぱり、青っぽいのって、せつなくて眩しいよね。
 うん、でも、この監督の作品は、好きだなあと思う。

 見終わった後で、しん氏がすぐに
「チョコレートってとこがミソやね。これが暴力ってのはよくあるけど」
 と言ったのも面白かった。最初、意味がよくわかんなかったけど、そう言われればそうだよね。こういうことを言ってくれるからしんちゃんがいないとつまんないよなー。
 
 夜は御島のちゃんこ鍋、いつもは鶏だしを頼むのだが、今日は味噌唐辛子のだしにしてみた。
 辛くて熱くておいしかった。





↑エンピツ投票ボタン

My追加
Mail Home

BBS blog


<< >>