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 リンリスゴー

リンリスゴーパレスは スコットランド歴代の王妃の館で
悲劇の女王メアリー・スコットの生誕地
    −旅名人ブックスよりー

グラスゴーから電車で30分ほど。小さな駅で
片側は駐車場になっていて 反対側に お約束の彫刻が
真ん中にある小さな広場がある。
広場の周囲は 椅子とテーブルを外に置いた
レストランや喫茶店が並ぶ。

広場を横切って 狭い坂道を右に上がっていくと
片側が石の塀になっていて そこに歴代の王 女王の
名前と生没年が彫られたレリーフが ずらりと並ぶ。

正面がパレスの入り口。右側に教会。




入り口を入ると中庭のような広場があり 四方を
建物が囲んでいる。

受付とおみやげ物やさんがあり 入場料を3ポンド
(だったとおもう)はらう。
おばさんとの会話
「どこからきたの?」
「日本から」
「うちの息子が名古屋にいたのよ」

このたぐいの会話が とても多い気がする。
いまどき 日本に行く人がいっぱいいるんだなぁ。

ここで 一大事勃発
まずはこの写真の丸い塔を見てください。




上に金網の手すりがあるのがわかると思います。
何人か この上に上っているのを見て
「よし 私もやったろうじゃないの」と思ったのが
間違いの元。

狭い石の螺旋階段を登っていったのはいいのですが
突然目の前がひらけ 4階分くらいの高さの階段に
立っているのに気がつき しかもこれ以上は
両側が金網の手すりのふきっさらしを登らなくてはならない。

あと4段登ると てっぺんにいける のは
わかっていても こわくて階段に座り込んでしまいました。

上から降りてきた男性が「ちわ!」と声をかけてくれたが
階段に座り込んで「こわい、こわい」とつぶやいている
私に困ってしまって 「やったじゃないか!」と
なぐさめてくれているつもり。

とにかく やるだけやってみようと 立ち上がって
手すりにしがみつきながら 2段あがったところで
足が震えて 動けなくなる。
必死で写真だけでも とシャッターを押したのが これ




実際 はじめて足が震える という経験をしました。

さて 宮殿の話。
周りは広い芝生になっていて リンリスゴー湖が広がり
私が行った日は いいお天気だったので
ヨットが何艘か浮かんでいました。きれいだった。




ボニー・プリンスもこの宮殿を一時住まいとしていたため
イングランド軍が火をはなって 住めなくしたそうで
それ以来廃墟となっている。

回廊 




帰りに かわいいスコティッシュなんとかテリアをみかけ
写真を撮らせてもらいました。
飼い主さんもすてきな女性でした。




リンリスゴーパレスは 観光客というよりは地元の人が
ピクニックを兼ねて 遊びに来ている という感じの場所。

お城の写真はいっぱい撮ったけど K's Travels で。

次にいったのは スターリング城
大きなお城で 中をある程度当時のままに
修復してありました。

2011年10月06日(木)



 エディンバラ

グラスゴーを拠点として 電車であちこち移動しました。
まずエディンバラ。電車で1時間余。近いです。

停車駅 Falkirk High   Polmont  Linlithgor
一生懸命 駅名の下のゲール語を書きとめようと
したのですが リンリスゴーの Gleann Iucha のみ。
なんとよむんでしょうね。


駅について 列車の案内所みたいなところに行って
地図などありますか? と聞いたら
あっちのどこかにあるんじゃないの、とのこと。
指さされたあっちへ行ってみると 観光案内パンフレットがあり
ありがたくそれをもって外に出る。

出たところで この道はどれ?
わからないときは「聞く」のがモットーの私は
所在無げな女性に 早速「エクスキューズミー」
地図をみながら教えてくれて 最後に「ジャジャーン」
うれしくなって私も 「サンキュー ジャジャーン」

トコトコ歩いていると後ろから追いついて
サイトシーングのバスがあるから 乗って回ったほうがいいよ
と教えてくれた。親切だなぁ!
というわけで 12ポンド払って乗ってきました。

ちなみに 今は1ポンドいくらかな?112円くらい?
ポンドが安いから出来た旅行です。
5年前は200円以上していましたから。

バスから撮ったエディンバラ城の裏側。
崖っぷちに建っています。




正面。イヴェントがあるようで 足場をくんでいました。




エディンバラ城からホリールードハウス宮殿までの
ロイヤルマイルは お土産ものやさんと
ストリートパフォーマーがいっぱい。

5ポンドで一緒に写真をとります のおじさんたち。
さすがプロ 絵になりますね。お金は払わなかったけど。




透明人間




おなじみ バグパイプの演奏。うまいかどうかはわからない。




外で食べたブレックファーストとスープ







典型的なスコットランド風朝食を食べたくて頼んでみたけど
誰が食うんだ?こんなに。

エディンバラの印象 観光地 陽気 ざわざわ 混雑

もういいや とお城には入らず お土産だけ買って帰りました。

次に行ったのが リンリスゴー

ここは 良かったです! いよいよ古城めぐりに突入。

2011年10月05日(水)



 グラスゴー

グラスゴーは 純粋な観光地ではありません。
観光地というよりは グラスゴー大学で学んだ
ジョージ・ワットの蒸気エンジンの発明 
アールヌーヴォーの奇才といわれる
建築家マッキントッシュの作品で知られる・・・そうです。

つまり スコットランドで セント・アンドリュー大学に
次いで二番目に古い グラスゴー大学や マッキントッシュ
デザインの スクール オブ アートなどを擁する
学術都市なのです。

私は ちっちゃいけれどスコットランドの歴史にそって
絵などを展示しているケルヴィングローヴミュージアムが
一番好きでした。

旅の最初に歴史を描いた作品や展示物を見ることができて
その後の旅の方向が決まった といっても良いでしょう。

絵画の展示のなかに「晩鐘」がありました。
一点だけ 別室のような囲いの中にポツンと。

ものすごい感動でした。しばらく動けなかった。

もう一点「ハイランド・クリアランス」作戦で
ハイランドを追われて グラスゴーやイングランドに
旅立つ人々を見送る家族を描いた作品。

作者は知りませんが スコットランドでは有名なのでしょう。

旅立つ船や人々は描かれていませんが 岸辺で見送る
人の悲しみが ものすごく伝わってくる作品でした。

ただ 絵の中の女性たちの服装がきれいすぎて
ひょっとして身分の高い人なのかな? などと
考えてしまいました。

というわけで ミュージアムの写真です。




次に クイーンストリート駅
ここから あちこちに出かけました。
グラスゴーには セントラル駅というのもあります。




駅の表示の英語のしたの文字は 多分ゲール語。
他の駅でも 駅名のしたに表示してある。

駅を出ると ジョージスクエア。奥に見えるのが
多分商工会議所。




グラスゴー大聖堂と中から見たステンドグラス










といったところ。

大聖堂と名のつく建物はあちこちにあり 古くもあるのですが
あまり興味がわかず。
でもお城に関しては 話が別。

これから後は 多分古城めぐりと題しても良いかも。

いかにもスコットランドといったお城をめぐってきました。

グラスゴーの次に行ったのは エディンバラ です。




2011年10月04日(火)



 おひさしぶりです

今 日記を見返したら 4月が最後でした。
ということは 約半年放置。よくぞ残っていてくれました。

さて ことしの激動 その2・・・

8月末から約一ヶ月 スコットランドに行ってまいりました。

なんで スコットランド? という疑問はさておき・・

私の前世はスコティッシュである、と判明・・したと
思い込んでいる。

でも まだ「ここがふるさと!」と感じる場所は
みつけていない。が、絶対あるはず。


さて 行った場所 
グラスゴー エディンバラ リンリスゴー スターリング 
アバディーン インヴァネス ドーノッホ
フォートウイリアム グレンコー オーバン 
ポートアッピン(このあたりになると かなりマニアック)

実は 前もって「読むべし」といただいた 旅名人ブックス
「スコットランド」にそって めぐってみたもの。
良い本です。わかりやすいし 写真も充実 おまけに名所の
歴史的背景を解説し 最後に年表まで載せてくれてある。

前回のスコットランド旅行は ネス湖でネッシーに会いたい
というのがテーマだったので ネス湖 アーカート城
カローデンをめぐるのが せいいっぱいだった。

前回行かれなかった場所をめぐりつつ 
スコットランド北部を旅したい が 今回のテーマ

島巡りを除いて ほぼ達成出来たんじゃないか と。

この次に行くチャンスがあるとするならば
北部からシェトランド諸島へ スター島へ 行きたい。

写真もそこそこ撮ってきましたので
いやおう無く載せていきたいと思います。
他人の旅行記ほどつまらないものはないけど
そこはそれ 我慢のしどころ。

まずは グラスゴー からあちこちへ。 








2011年10月03日(月)



 いつまで続く?

先ほど 大きな地震があり すぐにTVをつけたら
すでに東北地方の地震速報を放映していた。

夫が起きてきて「津波警報」という報道を聞くとすぐ
パジャマを洋服に着替え 床に置いてあった掃除機を
ソファに乗せ 自分も座り込んでニュースを見始めた。

実は掃除機のヘッドが海水に浸かり 部品が錆びてしまって
取り替えてもらったばかりなのだ。

千葉は出てこず(この前も同じ)東北 茨城ばかりだったので
津波到達時刻まで待って 再び着替えてベッドへ。

「単一の電池を買っておけばよかったなぁ」と反省しきり。
この前は 一晩中ラジオをつけっぱなして 大津波警報を
ずっと聞いていたし ランプも必需品だった。

私は リュックに七つ道具をつめながら 思わず
「もう いやだ!」と 叫んでいた。
東北地方の方は もっともっと 叫びたいことだろう。

半壊の家は 我が家を含め なんとか通常生活に戻そうと
必死になっている。
全壊の方々は よそに家を借りたり アパートを借りたり
引越していった人もいる由。


いったい これからどうなるのだろう?
この恐怖は いつまでつづくのだろう?



外で 壁になにかがぶつかる音がするので
窓を開けてみたら ガレージのドアだった。
ガレージのシャッターが流されて 開けっ放しなので
強い風にあおられて 壁にドンドンぶつかっている。

もしかして津波がきたときに 今夜のような
強風だったらどうなるのだろう? 

外に出て ドアを閉めてこよう。
夜は 波の音がよく聞こえ それがこわい。










2011年04月08日(金)



 お湯ありがたし

お湯が出るようにしてくれました。
シャワーが大丈夫になったので 早速モカを洗いました。
海水で泳いでから ざっと水をかけただけだったので
さぞかゆかったろうと しっかりあらってあげました。

まだ追い炊きができないので お湯をためて急いで入ります。

でも 自宅のお風呂は 天国です。
昨日寝る前に入ったら 12時から朝8時まで熟睡。
余震もなかったし。

我が家ほど恵まれていない方たちには 本当に申し訳ないと
思います。

「お風呂に入れなくて 銭湯に行ってるの」
「うちに はいりにこない?」と言って下さった方がいました。
同じ被災地域なのに ありがたかった。

うちも 追い炊きができるようになったら ご近所のかたに
声をかけてみます。

  ・・・・・・・・・


「何か欲しいものない?」
「大丈夫 全部たりてるから」
「うちのほうはねぇ あれがなくて これがなくて大変なの」
「そう・・・・」


「落ち着いたら みんなで行くから」
「・・・・」



2011年03月31日(木)



 床上浸水の現状

床上浸水 住人(犬も含め)の命別状なし
といった状態がどんなものか とくとご覧あれ。

網戸に残る水位のしるし 私の首くらいまである


 



裏庭にあった いつもBQなどを楽しんだベランダ
半分流されてフェンスを倒す




思い出したくもない風呂場 ただただスコップで掻きだした




当日の夜の食事 冷蔵庫の中身を早くあけなくては・・
ローソクは危ないので 余震がくると必死で消す





いまだに怖くて 海には行けない。
あんなに大好きな海だったのに・・・・

生活に与えたダメージも大変なものだけど
精神的に立ち直るには 大分かかりそう。


2011年03月30日(水)
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