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俗物・厭世日記
MACK
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2000年09月21日(木)
英国へ

休暇を取り、英国へ向かう。

ロンドンのNI君のところで過した後、スコットランドへ。

59pでノート購入。
The Albert Memorial
a memorial to the Prince Consort ,an exceptional example of Victorian Gothic Architecture.

South Kensington まで歩く。
きっぷを間違って£2.1購入してしまい、払い戻して one day ticket にする。 この12時15分。

電車は違う駅に着き、折り返して Queens Park で乗り換えてパディントンへ。で、ハイストリート・ケンジントン。



1999年03月21日(日)
木更津いちご狩

会社のF家、S家と千葉にいちご狩り。

館山まで行く予定が大渋滞で木更津止まり。
文彦いちご86個食ったと大威張り。
回転寿司食う。帰りも渋滞。



1998年06月14日(日)
ジョイポリス

文彦とジョイポリス行き、東京駅まで送る。


1998年05月31日(日)
欧州へ

この日からロンドン、リバプール、ミラノへの旅に出る。


1998年03月26日(木)
引越し

浦安に引越し。


1997年12月13日(土)
六本木

文彦と中野大勝軒、キャバンクラブ。


1997年06月17日(火)
新宿

UHさんと新宿で飲む。


1997年06月06日(金)
ニューオータニ

ホテルニューオータニにクロアチア代表チームが宿泊しており、
テクニカルコーチに会う。明日の練習に招待される。



1997年05月18日(日)
ダウンタウンへ

朝、少し二日酔い。宮本娘(裕子さんというのだ)とダウンタウンに行く約束をしていたが、だるい。約束をしてしまったのだからこれは行かないわけにはいかない。スワンズタクシーという会社へ電話をし、車を呼ぶ。「クレハだ」といったら「クイワ?スペルはどうですか」といわれる。
タクシーでギルフォードという駅まで行き、電車を待つ。チケットを買おうとしたら、コインが足りなかった。改札はなく、ホームに券売機があるだけなので無賃乗車しようと思えばできないことはない。しかしそれはバレなければ何をしてもよい、という日本人によくある負の特有姿勢なので、ここは正義感を貫きたい。ううむと困っていたら親切なオバチャンが(勿論現地の人)10ドル札を両替してくれた。パースまでは2ブロックで2.3ドル。駅の数にすると10個位はあるが、20分少々で着く。簡単なガイドブックに沿って少し街を見てまわろうということにし、ヴィクトリア・スクエアの聖マリア大聖堂へ。礼拝が終わったとこらしく、大勢の人が出てきた。教会の中は荘厳な雰囲気で、おれはキリシタンではないので、作法も分からず、そのムードを心静かに受け止めた。外へ出て街の中心部へ戻る方向へ。ヘイ・ストリートを見て周り、ロンドン・コートという英風の小さなショッピングストリートなどを覗く。ショッピングに関しては、円安で値頃感が今ひとつなのと、特産のトパーズやアボリジニの民芸品がおれにとっては全く相場が分からず困ったのであった。裕子さんは前に見かけてどうしても欲しいというTシャツがあるというので、1時間勝手に探しますという。おれも本やシューズを見たかったので了解し、モールの終端を待ち合わせ場所にして別れた。ここまで名古屋の3バカ以外には全く土産も買っていなかった。これは単に儀礼的にモノを渡すことを善しと思わず、リーズナブルな価格で来れるのだし、スケールの大きさを簡単に味わってもらえるからという理由によるところが大きい。百聞は一見にしかず、思い立てばいつでも感動できるのだ。さらに印象とか、思いが欲しければわしがいくらでも語り尽くしてやろうではないか、と少し大袈裟に思ってしまってもいた。とはいえ、パソ通仲間にフリーマントルフットボールチームのデザインのボールを。家族、佳恵、文彦とその母へはアクセサリーやTシャツなどを簡単に買い散らかし、時間は過ぎた。



1997年05月17日(土)
ラグビー談義

ゴルフ組とテニス組に分かれ、それぞれ楽しむ。少し雨がパラついたりしたが支障なし。上原さん、宮本娘と3人でやるが、おれが一番へたくそだった。当然か。
別荘に戻りシャワーを浴びた後、暫くまどろむ。午後は猪俣社長と宮本母娘が乗馬へ行くという。パスしようと思ったが、写真とってよ、と猪俣社長にいわれてついてゆく。牧場には牛が見当たらず、競走馬を養成しているようでもあった。14歳だという牧場の娘が相手をしてくれて、馬具や馬のチョイスをしてくれた。庭のようなところで手綱を引かれながらぐるぐる回るくらいのことかと思っていたら、先の娘の姉さんが講師らしく、馬に乗った3人はあっという間に見えなくなるくらい遠くに連れてかれてしまった。おれは手持ちぶさたでそこいらにいる小学生ぐらいの女の子と話をしたり、犬コロ相手に木の枝を放ったりして遊んだ。乗馬組は小1時間して戻ってきたが、大変にスパルタの講師であったとのこと。料金はA$25each。帰りのタクシーを呼んでもらったがちっとも来なく、どうなっているのかと気を揉んだ。
別荘に戻りつくと髭氏、永野氏、エイコさんとその夫のピーターが来ていて、バーベキューが今まさに始まらんとしているところであった。乾杯をして肉を次から次に平らげる。ピーターはニュージーランド出身でオールブラックスジュニアかその候補くらいまでなったラグビー馬鹿で面白かった。エイコさんが試合を見たことがあるそうだが、ラックを解くと一番最後からボールをしっかり抱いて現れるとのこと。「小さいときに、そのテディベアを放しなさいと言われてとても悲しかったろう。ボールは私のテディベアみたいなもんさ」と語る。「クレハはバックスプレーヤーだな。バックスプレーヤーは試合でもストッキングにコーム(櫛)を差しといて、プレーの合間にこうやって髪を梳かしてるんだ。フォワードプレーヤーは密集に頭から突っ込んでばかりだから、このとおりだ」と自分の少し薄い頭をなでた。おれもがんがん飲み、ピーターとラグビー談義に花をさかす。用事のあるという永野さんと髭さんが先に帰り、室内で飲み直しをし、11時頃お開きになる。良く飲んだのですぐに寝る。