「硝子の月」
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2004年06月21日(月) <災いの種> 瀬生曲

「それにしても……」
 黙って騒々しい青年の後ろ姿を見送っていたリディアが口を開く。
「お嬢様が人にお気付きにならないなど、珍しいですね」
「そうなのか?」
「お嬢様は常人よりも感覚が鋭くていらっしゃるのだ」
 グレンの問い掛けに素っ気なく応え、それとは全く違う態度で主の顔を覗き込む。
「どこか具合でもお悪いのですか? そうであれば今日の式典はお休みになるほうがよろしいのではありませんか?」
「リディアは心配性ね」
 対するアンジュはくすくすと笑う。
「私の感覚は、貴女が思う程には鋭くないのよ。ドアの向こうに人がいるかとどうか、わからないことだってあるわ」
「ですが…」
 尚も言いつのろうとする少女に、アンジュはにっこりと微笑み掛ける。
「大丈夫よ」
「……はい」
 それ以上は何を言っても聞かないとわかったのだろう。リディアは苦笑して頷いた。


2004年06月18日(金) <災いの種> 瀬生曲

「大丈夫ですか?」
「もちろんだとも。これも愛の試練だからね。というわけで、ルウファはどこかな?」
「さあ……私も朝食の時にお会いしたきりで……」
 アンジュは表情を曇らせる。
「何、どうということもない。何故なら僕は僕自身の愛の力で彼女を捜し出すからだ。待っていておくれ僕の仔猫ちゃん」
 本人とアンジュを除くその場の全員が「じゃあ最初から人に訊くなよ」というツッコミを心の中で入れる中、青年は足取りも軽く外へ飛び出していった。
「そのうち馬車にでも轢かれそうだな」
「世界が少しは静かになるぞ」
 カサネの感想に、ティオはそう応えた。


2004年06月09日(水) <災いの種> 瀬生曲

「あら、ごめんなさいわたくしったら!」
 その場に倒れ伏した青年の傍らに、深青色ディープブルーの瞳のお嬢様はおろおろと屈み込む。
「お嬢様、そのようなことは私が」
「でも、ドアを当ててしまったのはわたくしです」
 ティオとしては胸中でお付きの少女に同意していたのだが、わざわざ口を挟むことはしなかった。
 建国祭は1日では終わらない。今日も彼女等は正装していて、これから出かけるところらしい。朝食時には昨日と同じく「夕方はご一緒しましょう」と言っていた。


2004年06月05日(土) <災いの種> 朔也

「というわけで僕の愛しい仔猫ちゃんはどこかな?
 キリキリ答えてくれたまえ」
「お前のいない所だろ?」
 わかりきったことを投げやりに答えながら、ティオは心底興味なさげにアニスの首元を撫でた。アニスは甘えるように目を閉じて、うっとりとその指先を受け入れている。
「僕のいない所……はっ! そうかこの僕に見つけ出しておくれと?
 これが俗に言う『捕まえてごらんなさいウフフ』ってものかそうなんだねルウファ!」
「なーアニス、今日は久しぶりに一緒に散歩でもするかー?」
「ピィ」
「よーしわかったよルウファ!
 すぐにでも君を見つけ出して『つかまえたぞコイツ☆』と額をつんと」
 ごっ!
 話に熱中していたシオンの額を、何の気なしに開けられたドアがまともに直撃した。


2004年06月03日(木) <災いの種> 瀬生曲

「別に……そうなれって言うならなってやってもいいけどさ」
 溜息をついたのは、呼吸をすることを億劫に思ったからだった。
 この僕が、あいつ等と同じ人間だなんて。
 けれど、それもまた僕が機械の王になるには必要なことだったのだと思うことにする。幾ら『機械王国』と呼ばれるこの国の技術でも、人間並みの思考力を持った機械は生み出せていない。
「そんなものはいらないけどね」
 僕のしもべであり友でもある機械達。曖昧な思考力なんか無いだけに純粋で、正直だ。
「さて、と」
 ついと眼鏡を押し上げる。
「そろそろ行こうかな。大切な僕の分身も壊されちゃったし」
 外に出るのは随分と久し振りな気がした。


2004年06月02日(水) <災いの種> 朔也

 コードの血脈、歯車の内臓、銀色の滑らかなボディ。それらは僕の玩具であり道具だった。
 どんな難解な仕組みでも理解することができたし、僕の手を拒む機械などというものは存在しなかった。奇怪で矛盾した人間などよりよっぽどよく理解できたし、それらはいつでも正直で誠実だった。
 しもべであり友。国も王冠もなかったが、機械の中にあって僕は王だった。唯一の主であり、支配者だ。

「災いの子だ」

 そして僕をそのように呼んだのは、やはり人間という生き物だった。


2004年06月01日(火) <錯綜> 瀬生曲

「気まぐれな月が誰を選ぶのか、それは妾にもわからぬ。恐らくは月にもわかるまい」
「月にも……?」
「そう。だからそなたは変わらず紡ぐがよい」
「でも…」
 尚も言い募ろうとする少女の可憐な唇に、赤く塗られた爪の先が触れる。手入れの行き届いた長い爪である。
「そうごねるでない。そなたの花のかんばせが歪むわえ」
 白い布に覆われる少女の素顔が見えているかのように、女はくすくすと笑った。


紗月 護 |MAILHomePage

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