「硝子の月」
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「危機……?」 呟いて、自分たちのいた広場が突然閃光に包まれたことを思い出す。 「あの光か……? ルウファは!?」 一緒にいた少女の姿はここには無い。 『言ったろう? 時間としては数億分の一の流れの中にいると。あの閃光はまだ君達に届いてはいない』 よくわからないが、とりあえず無事らしい。 『君に迫る危機には確かにそれもある。しかしそれは些細なことだ』 声は続ける。 『このステージをクリアすれば、我が儘な白いお嬢さんの攻撃くらい収束出来る』 「誰がやったか知ってるのか」 『そう言えばまだ知らなかったか。まぁいい。いずれ出会う』 感情も、関心も無さそうな声だった。
「おまえ誰だ! ここはどこなんだ!?」 思わず身構えて辺りを見回す。 東西南北天地中央。白、白、白――どこまでも続く純粋かつ空虚なパノラマ。 無人の雪原よりも冴えた静寂の中、応える声はただ一つだけ。いや…これは、 『一つ目の質問には残念ながらお答えできない。名乗らぬ非礼を許して欲しい』 やはり声ではない、とティオは確信した。これは“イメージ”なのだ。意味を持った情報の集積体がティオの理解できる最も単純な感覚として“言葉”の形を取っているに過ぎない。従来の世界とは法則が違う。 (待て…なんで俺にはそれが分かる?) 『二つ目の質問に答えるのは簡単だ。ここは第一王国アルティアの首都、ファス・カイザ。アンノートル通り第1区域中央広場前』 「そんなわけ…」 『そうなのだよ、ただし――』 ティオの声を遮って、“イメージ”は続ける。 『そこから空間としてほんの半歩ずれ、時間としては数億分の一の流れの中にいるのだがね』 「な…に…?」 今の自分はさぞ間の抜けた顔をしているのだろうとティオは思った。近頃では常軌を逸した事態が続いていたが。そろそろ勘弁して欲しいものだ。建国祭だろうがなんだろうが、知らぬ間に異世界に放り込まれることに慣れたくはない。 『“ようこそ”そして“来たね”と僕が言ったのは、場所に対してではないのだよ。ティオ・ホージュ』 (!) 「――俺の名を」 『驚くほどのことではないよ。ついに来たね、この段階に。第三の力のファーストステージ。硝子の月に至るために必要なのはまず時間と空間を御(す手がかりを掴むこと。まだ無意識ではあるだろうが、その素質は賞賛に値する』 (…………こいつ) 二の句が告げないティオだったが、同時に分かりかけてきたことがあった。すでに小難しい単語を理解する気はないし、見えない不安をうじうじ悩むのはやめている。そんな活動をシャットアウトし、今自分に出来ることを探し始めているから分かったことだ。『成長』と呼んでいい。母との出会いがくれたものかもしれない。 探り当てたのは違和感だった。その正体は情報の集積の中に微かに混じる既視感…自分は多分、このイメージの持ち主に触れたことがある。 『さて単刀直入に言おう。君に危機が迫っている』
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