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2003年05月17日(土)
■『オブザーバーの鏡』 ★★★★★

著者:エドガー・パングボーン  出版:東京創元社  [SF]  bk1

【あらすじ】(扉より)
地球には、実は三万年も前から火星人が暮らしていた。心臓の鼓動は一分間に一回きりで、独特の匂いを放つ。だが彼らは匂いを消し姿を変えて、ひそかに人間たちの社会に入りこんでいる。いつか人類が精神的に成熟し、彼らと「合同」できる日がくるまで、監視をつづけているのだ。彼らは自らを〈オブザーバー〉と呼んだ。しかしこうして人類と共に歩もうとする理想主義に反し、彼らの中には地球人を目の敵にし、絶滅を望む者たちがいた。愛惜に満ちた、国際幻想文学賞受賞作。

【内容と感想】
 設定や文章はすでに古くさいながらも名作。書かれたのは1954年、邦訳の初版発行は1967年である。時代を感じさせる訳文ではあるが、これがなかなか感動的だ。SFの中には科学的な要素が古くなるとたちまちつまらなくなってしまうものもある。しかしこの作品は人間という不変のテーマを扱った優れた作品であるため、時間が経過してSFとしてのアイデアが陳腐化してもじゅうぶん名作として通用していると思う。


 物語は、火星人の〈オブザーバー〉エルミスと、彼が観察している少年アンジェロ、その友達の少女シャロンとの心の交流を描いたもの。エルミスがオブザーバーの派遣団の団長に宛てた報告書として書かれている。しかし事務的な無味乾燥なものではなく、とても情緒豊かで活き活きとした文章だ。特に大人になったシャロンのピアノコンサートの様子はすばらしい。

 血液がオレンジ色で4本指をもち700年以上生きる火星人が、手術で姿を変え人間に紛れて暮らしているというのは、今ではさすがに無理がある。しかしこの作品にとってそういう設定は些末なことにすぎない。火星人という人間以外の目を通して、人間を見つめ、人間を描いた作品である。

 人間を見限り悪意を持って滅ぼそうとする火星人ナミールに、そうではないと説得するエルミスの演説が心を打つ。人間がつまづくのは努力して正義に近づこうとしているからこそだ。一生をかけて人間の中に悪を探したナミールの行為は、宝の山の中で偽札を捜し求るようなものだ。自分は善を捜し求め、溢れんばかりの山と積まれた善を見つけたと。


 全体を通して少し重苦しい雰囲気だが、ラストでは希望と愛情に満ちていて、瑞々しい。
 うるわしき地球よ、人間界の嵐が吹きすさぶ絶頂においても、わたしは一度とておまえを忘れたことはない、わたしの惑星「地球」よ、おまえの森、おまえの野原、おまえの海、おまえの山の静穏、牧場、流れ続ける河、めぐりもどる春を告げる不屈のきざし、それをどうしてわすれられようか。(本文より)



2003年05月06日(火)
■『遠き神々の炎』(上・下) ★★★★☆

著者:ヴァーナー・ヴィンジ  出版:東京創元社  [SF]  bk1bk1

【あらすじ】
(上巻カバーより)
高度に発達した通信ネットワーク銀河の片隅で、人類の考古学者が発掘したもの―それは超太古に封印された邪悪な情報意識体だった。解き放たれた邪悪意識は恐るべき速さで銀河を蝕み、数多くの星系文明を滅ぼしていく。一方、唯一の希望だったワクチン搭載船は、とある惑星に不時着してしまう。そこは犬型の生物が複数匹集まって一個の知性体となる中世地球レベルの文明世界だった。

(下巻カバーより)
犬たちの星で、対立勢力に別々に捕われてしまった姉と弟。人類のテクノロジーを手中にせんと、両派の抗争は激化する。そしてネットワーク宇宙では、邪悪意識が銀河機構の中枢部まで消滅させていた。虚偽と悪意の情報が乱れ飛ぶ宇宙を、姉弟の救出をめざして一隻の船が送られるが…。奇想SFとスペースオペラの醍醐味をあわせもつ、驚異の大型SF。ヒューゴー賞受賞作!

【内容と感想】
 壮大な宇宙設定の下、銀河系を破壊する古代の邪悪意識を阻止するために活躍する冒険SF。奇抜なアイデア、計算された伏線が盛りだくさんに詰め込まれたプロットは見事である。また危機一髪の状況が次々に起こる波乱万丈のストーリー展開は飽きさせない。


 物語の核となる設定は、知的生命体の思考速度やコンピュータ等の演算能力が銀河系の外側(上側)に行く程早くなるという奇抜なものである。宇宙空間は銀河の中心から「無思考深部」「低速圏」「際涯圏」「超越界」と空間の性質で別れている。ちなみに地球のある場所は光速以上の速度の出せない「低速圏」である。

 時代は今より何万年もはるか遠い未来。物語の主な舞台は「際涯圏」で、知的生命体はこの空域に巨大で複雑なネットワークを構築して繁栄していた。ここでは多種多様の文明が何万年単位で興亡を繰り広げている。人類文明もここでは後発組みで少数派の部類でしかない。


 「際涯圏」の外側(上側)の「超越界」では、精神は超越して神のような存在の「神仙」へとまれに進化する。下位超越界にあるハイラブで、人類は古代のアーカイブを発掘していたが、結果的に古代に葬られた邪悪な神仙を目覚めさせてしまった。それに気付いた一家は対抗策を船に載せ、脱出を試みる。しかし見つかって妨害され、宇宙船は際涯圏の底にある未知の惑星に不時着した。

 その惑星では「鉄爪族」と名付けられた犬に似た知的生命体が、中世レベルの文明を築いていた。二つの勢力に別れて抗争を繰り広げていた鉄爪族に一家の大人は殺されてしまい、幼い姉弟、ヨハンナとイェフリは別々の勢力に捕われてしまう。

 一方際涯圏では、邪悪な神仙「奇形体」による破壊が進んでいた。イェフリの救難信号をキャッチし、ラヴナは蘇生させられた3万年前の原人類ファムやスクロードライダー達と共に救出に向かうことになる。それを阻止しようと追い掛ける奇形体。数々の危機を乗り越えての救出劇は息もつかせず読みごたえがある。


 この話には人類の方が珍しいくらいさまざまな生命体が登場しているのだが、中でも大きな役割を果たしている「鉄爪族」と「スクロードライダー」がよく描かれていて興味深い。

 鉄爪族はいくつかの個体の集まった群れで一つの人格を形成している。個体は死んでも群れとしての個性や記憶は維持し続けている。音により群れの中の個体同士は協調して動くため、他の群れが近くに寄り過ぎると思考が混ざり考えることができなくなる。そのため共同で作業することができず中世レベルの生活から成長できずにいた。鉄爪族の政治状況や陰謀など、人間くさい部分がありながらそうでない部分もあり、巧みに表現されている。

 スクロードライダーは6輪台車に乗った植物のような生命体だ。短期記憶を維持できないため、スクロードに短期記憶をバックアップさせている。ラヴナと共にイェフリの救出に向かうスクロードライダーの活躍ぶりは非常に印象的で心に残る。


 登場人物の中でも、ファムはとりわけ異色の経歴を持っている。3万年前に死んだ原人類を蘇生したという設定もそうだが、生存中もかなり数奇な運命をたどっている。この作品の後に書かれた『最果ての銀河船団』ではこのファムの生存中の活躍が描かれている。人類がまだ低速圏を光速以下で活動していた頃の話である。

 しかし、実は『遠き神々の炎』と『最果ての銀河船団』は大筋の構成がそっくりだ。未知の知的生命体が二手に別れて抗争を繰り広げているさまが活き活きと描かれ、そこに人類が危機的状況で接触するという構成に両者ともなっている。規模からすると『遠き神々〜』の方が圧倒的にスケールが大きいのだが、『最果て〜』ではファムの複雑な性格とそれを形成した彼の人生のディテールが描かれていて魅力的だ。非常に寡作な作者だが、彼を主人公にした作品をまた読みたいものだ。



2003年05月03日(土)
〜 更新履歴 〜 「vi05」他追加

「ギャラリー」に、ビーズアクセサリー「vi05」「bl06」「wh04」を追加しました。


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