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旧あとりの本棚 〜 SFブックレヴュー 〜
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著者:ロバート・A・ハインライン 出版:東京創元社 [SF] bk1
【あらすじ】(カバーより) スチュアート家のペットは、ばかでかい宇宙怪獣だった。その名もラモックス。ある日、彼は飼い主のジョン・トマスの留守をいいことにつまみ食いに出かけるが…初めて目にする怪物の姿に、街はたちまち一大パニック。おちゃめでとぼけたラモックスと、ジョン・トマスが巻き起こす大騒動の顛末は?ハインラインの傑作ユーモアSF、待望の完訳。
【内容と感想】 ジュブナイルとして名高いSF。『宇宙怪獣ラモックス』として岩崎書店から以前刊行されていて、今回『ラモックス』として新しく翻訳し直された。調べてみたところ【SFロマン文庫】として全30巻のシリーズのうちの一冊として出版されていたようだ。私も昔読んだことがあった。この30巻はいずれも子供の頃に図書館で借りて読んだもので、非常に懐かしい。
主人公の少年ジョンは、父親から譲り受けたラモックスという名のペットを飼っていた。ラモックスはジョンの曾祖父が宇宙探検に出かけた時に連れ帰った未知の生命体だ。ラモックスは頑丈なうえ長命で、ジョンの父親の代からは言葉を覚えて喋るようにもなっていた。地球に来た当初は小犬くらいの大きさだったラモックスだが、今ではすっかり大きく育っていた。ジョンのいない隙に散歩に出かけ、隣家のバラやブルドッグなどを味見したラモックスは、街をパニックに陥れてしまう。
訳者後書きによると、『宇宙怪獣ラモックス』では宙務省常任次官閣下ヘンリー・キク氏の活躍が大幅にカットされていたそうだ。今回原作をそのまま訳す形で出版されている。確かに子供向けの小説としては、こういったお役所仕事がカットされたのはしかたなかったのかもしれない。しかし今こうして読んでみると、キク氏の優秀な切り盛りぶりや、部下や上司との駆け引きなど、なかなか面白い。当初単純な事件と思われたラモックスの騒動だが、重大な外交問題にまで発展してしまい、キク氏の辣腕が発揮される。
筋としてはわりあい単純なものなのだが、ジュブナイルとはいえ名作だけあって、じゅうぶん面白かった。はらはらさせるストーリー展開は、巨匠ハインラインならではである。また、子供は主人公ジョンの視点から、大人はキク氏の視点から読んで楽しめる。一方ラモックスはラモックスなりの論理で人間の行動を分析していて、そののんびりぶりが面白い。こんなペットを飼ってみたいと思う子供はいっぱいいることだろう。
ただ、ラモックスのイラストが漫画チックなキャラクターとして描かれているのが、イラストレーターの方には申し訳ないが個人的には残念だ。くだけた書かれ方とはうらはらにこの作品はしっかりしたSFなので、丸っこいデフォルメされたイラストでは合わないと思うのだ。やはり『宇宙怪獣ラモックス』の表紙にあったようなリアルな感じのイラストの方がイメージが湧く。今回その表紙をもう一度見てみたいと思って検索してみたのだが、探し出せなかった。
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編者:ロヴァート・シルヴァーバーグ 出版:早川書房 [SF] bk1
【あらすじ】(カバーより) SFの人気シリーズ外伝をすべて書き下ろしで著者の序文とともに収録したアンソロジー第一弾―『闇の左手』と同じ宇宙を舞台にしたル・グィン「古い音楽と女奴隷たち」、『終りなき戦い』のその後を描くホールドマン「もうひとつの戦い」、『エンダーのゲーム』のエンダーの若き日の姿を活写するカード「投資顧問」、ブリンが〈ストリーカー〉乗員の冒険を描く『スタータイド・ライジング』続編「誘惑」など6編を収録。
【内容と感想】 ロバート・シルヴァーバーグが編集したSFアンソロジー。人気SFシリーズの続編・外伝が、全作書き下ろしで収録されている。彼はファンタジーの分野でも同様のアンソロジーを編んでいる。
収録作品は以下のとおり。 「古い音楽と女奴隷たち」:(ハイニッシュ・ユニバース/アーシュラ・K・ル・グィン作) 「もうひとつの戦い」:(終りなき戦い/ジョー・ホールドマン作) 「投資顧問」:(エンダー/オースン・スコット・カード作) 「誘惑」:(知性化宇宙/デイヴィッド・ブリン作) 「竜帝の姿がわかってきて」:(永遠なるローマ/ロバート・シルヴァーバーグ作) 「眠る犬」:(無眠人/ナンシー・クレス作)
この中で私が関連作品を読んだことがあるのは、カードの『エンダーのゲーム』とその姉妹作『エンダーズ・シャドウ』、ホールドマンの『終りなき戦い』の姉妹作『終りなき平和』だけだ。実際には『エンダーズ・シャドウ』はこの短編の後に書かれている。また『終りなき平和』は当初このアンソロジー用に書かれ始めたものだったが、長編になりそうだったので急遽アンソロジー用には別の話が書き上げられたのだそうだ。アンソロジーが新作の書かれるきっかけとなり、ファンにはうれしい話だろう。
こういったアンソロジーでいいのは、中・短編ばかりなので気軽に読みはじめられることだ。長いシリーズだと躊躇してしまうが、興味が持てるかどうかをまずこちらの外伝で読んでみて、面白そうなものを試すことができる。また、名作のファンにとっては主人公のその後の活躍などを読むことができる。また作者による序文が各作品についていて、各シリーズのおおまかなあらすじも楽しめる。ただし元の設定を知らないと、事情がよくわからないこともある。
読んでみて、ブリンの知性化シリーズを今度きちんと読んでみようと思った。彼の作品はちょっと理詰めなイメージがあって『ガイア』くらいしか読んでいないのだが、知性化シリーズもなかなか面白そうだった。 また『エンダーのゲーム』の続編『死者の代弁者』は未読なのだが、これも読んでみようと思った。『終りなき戦争』は現在読んでいる途中である。
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著者:ニール・スティーヴンスン 出版:早川書房 [SF] bk1
【あらすじ】(カバー折り返しより) 日常に普及したナノテクノロジーが、文明社会を根底から変容させた21世紀中葉。世界は、多種多様な人種・宗教・主義・嗜好の集まりからなる〈国家都市(クレイヴ)〉に細分化されていた。 文化の坩堝・上海でヴィクトリア時代復興を願うフィンクル=マグロウ卿は、孫娘の教育のため、〈若き淑女のための絵入り初等読本(プライマー)〉の開発をナノテクノロジストのハックワースに依頼した。ナノテクの粋を集めた〈プライマー〉は、読み手を主人公とし、その境遇を“物語”に取り込みながら教育していく、究極のインタラクティヴ・ソフトだった。 しかし、ハックワースが自分の娘のために不正コピーした〈プライマー〉は、ある事件をきっかけに、貧困と虐待の境遇にある少女ネルの手にわたってしまう。〈プライマー〉をめぐる複雑な陰謀が渦巻くなか、そのささやかな物語によって育てられたネルは、己の人生という大いなる物語を切り拓き、その物語の力は、やがて激動の世界そのものを変えてゆく。 『ニューロマンサー』の“近未来”に『ハイペリオン』の“叙事詩”をリミックスし、デジタル仕様の世界観を華麗かつ過激に超越する、SF新紀元のパラダイムシフト。
【内容と感想】 ナノテクノロジーが浸透した未来を描いたSF。作者スティーブンスンはSFデヴュー作の『スノウ・クラッシュ』でもポストサイバーパンクの旗手とうたわれていたが、今回の『ダイヤモンド・エイジ』ではさらにポストサイバーパンクぶりを発揮していて、新しさを感じさせるなかなかよくできた未来像を作り上げている。『スノウ・クラッシュ』ではポップなアメリカのスピード感のあるイメージだったが、『ダイヤモンド・エイジ』では一転して、ヴィクトリア様式の厳格さと緻密で高度なテクノロジーが融合したイメージとなっていて、作品の幅広さを感じさせる。
このヴィクトリア様式とナノテクノロジーの融合した世界観はなかなか魅力的で、古風な生活様式を最先端のテクノロジーで復興させている。ネオ・ヴィクトリアという、株主達やプログラマーなど上流階級が属する部族(クレイヴ)の目指す生活様式だ。シルクハットに懐中時計型携帯端末、シェヴァラインと呼ばれる機械の馬、ナノテクノロジーで顔の回りに膜を張るヴェールといった具合で、礼儀作法なども厳格である。
ナノテクノロジーもなかなか面白い。物は分子レベルでプログラミングされ、物質組成機(マター・コンパイラー)で実際の物に組み立てられる。原料となる分子は物質源(ソース)と呼ばれ、巨大な貯蔵タンクに集められていて、フィードと呼ばれる分子ベルトコンベアで各家庭に送られる。紙の代わりにスマートペーパーが使われ、ラクティヴと呼ばれる自分の好きな役柄を演じられるインタラクティヴ・メディアが娯楽や教育の中心となっている。
ナノテクノロジストのハックワースは、ネオ・ヴィクトリアの大物のフィンクル・マグロウ卿の依頼で、本の形をしたラクティブをコンパイルする。マグロウ卿の孫のためのその本は、幼い少女を認識し、その少女の成長を助け教育するものだった。少女の生活をお話の中に取り入れ、その少女を主人公とした物語を読み聞かせる。わからない言葉や文字を物語のなかで教え、勉強しなければいけないものも学べるようになっている。一見魔法の本のようである。
主人公の少女ネルは貧しい家庭に生まれ虐待されていたが、偶然この本のうちの一冊を手に入れ、これに育てられた。本はプリンセス・ネルの冒険物語を語る。囚われた兄を助けるため、プリンセス・ネルは13本の鍵を求めて様々な相手と戦い、知恵を絞って一つづつ手に入れていく。この物語を通して現実のネルもさまざまなことを学び、やがて若い女性に成長した。そして現実世界で闘争の熾烈なナノテク戦争を切り抜けていく。
プリンセス・ネルの童話と反して、現実世界でのナノテクを使った部族間の闘争はハードだ。舞台は上海。さまざまな部族が勢力を競い合っている。ナノテク戦争の主流は、人工ダニ(マイト)で、さまざまな働きをプログラミングされて空中にばらまかれ、目に見えない熾烈な闘争が繰り広げられている。特定部族にのみ反応して攻撃するものや、人間の体内に入って無数に穴をあける〈クッキーカッター〉。果ては巨大なシステムをウェットウェアで作り上げようとする部族のたくらみに、ネルとハックワースは巻き込まれていく。
面白いのは物語の中の城の一つにチューリング城という機械の城があったことだ。『ダイヤモンド・エイジ』のあとにスティーブンスンは暗号をテーマにした『クリプトノミコン』を書いているのだが、それと似た内容がここで出てくる。牢屋に閉じ込められたプリンセス・ネルは暗号を読み解いて自由の身になるのだが、かたや童話でかたや戦争ものと、同じテーマを使いながらもこれもまったく違った味付けになっている。おそらくこの作品を書きながら、暗号をテーマの作品を書きたくなって『クリプトノミコン』が生まれたのだろう。
ストーリーの最後の方はかなり駆け足で、ネルの行動や会話も最小限の説明になっている。もう少しディテールがあっても良かったのではないかと思うが、そうするとさらに長い話となってしまったのだろう。
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