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2002年05月31日(金)
□『重力の衰える時』 ★★★★★

著者:ジョージ・アレック・エフィンジャー  出版:早川書房  [SF]  

【あらすじ】(カバーより)
おれの名はマリード。アラブの犯罪都市ブーダイーンの一匹狼。小づかい稼ぎに探偵仕事も引きうける。今日もロシア人の男から、行方不明の息子を捜せという依頼。それなのに、依頼人が目の前で撃ち殺されちまった!おまけになじみの性転換娼婦の失踪をきっかけに、血なまぐさい風が吹いてきた。街の秩序を脅かす犯人をつかまえなければ、おれも死人の仲間入りか。顔役に命じられて調査に乗り出したものの、脳みそを改造した敵は、あっさりしっぽを出しちゃくれない…実力派作家が近未来イスラーム世界を舞台に描く電脳ハードボイルドSF!

【内容と感想】
 近未来のアラブの架空都市、ブーダイーンが舞台のサイバーパンク。『重力が衰える時』『太陽の炎』『電脳砂漠』と、読み切りのシリーズになっている。サイバーパンクはあまり好きではないのだが、これはたいへん面白かった。


 ブーダイーンは犯罪の横行するうさん臭い都市で、そこでは他国が禁じているアドオン(通称ダディー)や人格モジュール(通称モディー)も合法化されていた。どちらも脳に配線した頭のソケットに差仕込むタイプの能力強化ソフトで、ダディーは特殊技術や知識を使えるようになるソフト、モディーは架空や実在の人物になれる人格モジュールソフトである。モディーの中には闇で流通している危ない裏モディーもあり、モディー中毒の起こした殺人事件の捜査を主人公のマリードがするはめになる。

 ブーダイーンの街のいかがわしさがいきいきと描かれていて、怪しげなバーやうさん臭い登場人物など、腐敗しきった感じが最高である。「マルハバ」「アッラーの思し召しがありますように」「商売は商売、遊びは遊び」などの挨拶に使われる決まり文句もエキゾチックである。アッラーの名を出せば出すほどうさん臭さが増しているのだ(笑)。


 主人公のマリードは一匹狼を気取る探偵である。ハードボイルド自立てなノリで、様々な種類のドラッグを常用しているヤク中である。ある事件をきっかけに街を牛耳るパパの目にとまり、イスラムマフィアの抗争に巻き込まれてしまうはめに。嫌っていた脳の配線までも無理矢理やられてしまうという、災難続きだ。

 面白かったのは捜査のために使ったモディー。危ないことから遠ざかっていられるようにと、部屋から出ずに事件を解決するので有名な、スタウト作の探偵ネロ・ウルフのモディーを使って事件を解決しようとする。おかげでネロ・ウルフ同様に黄色いパジャマや高価な蘭が欲しくなり、肉塊に埋もれた気分になるのである。私はネロ・ウルフのシリーズも好きなので面白かった。

 脇役も個性的で、尖った糸切り歯を見せて無気味に笑う人喰い人種のバーのママや、性転換した半玉の恋人のヤースミーン、ラリって妄想の中で戦いながら運転しているタクシー運転手など、皆いかにもうさん臭い。


 3作とも面白いが、特に本書が最初のインパクトもあったため面白かった。続く『太陽の炎』『電脳砂漠』でマリードはますます窮地に追い込まれてゆく。さらに続きが出るはずで楽しみにしていたのだが、いつまでたっても出ないと思ったら、すでに作者が亡くなられていたようだ。たいへん残念である。ご冥福をお祈りします。

 またこの作品自体も、現在すでに廃刊となってしまったようで、面白かったのに残念だ。しかしサイバーパンクもすっかり様変わりしているため、今読むとアナクロなイメージが拭えないかもしれない。すでに脳に配線することも性転換もヤク漬けなイメージも、SF界ではありふれた出来事となってしまった。



2002年05月26日(日)
□『レッド・マーズ』(上・下) ★★★★☆

著者:キム・スタンリー・ロビンスン  出版:東京創元社  [SF]  bk1bk1

【あらすじ】
(上巻扉より)
人類は火星への初の有人飛行を成功させ、その後、無人輸送船で夥しい機材を送り出した。そしてついに2026年、厳選された百人の科学者を乗せ、最初の火星植民船<アレス>が船出する。太陽嵐を越える9ヶ月の旅ののち一行は赤い惑星に到達した。この果てしなく広がる赤い大地に、彼らは人の住む街を造りあげるのだ。そして、大気とみずを。惑星開発をめざし、前人未到の闘いが始まる…。NASAの最新情報にもとづいて執筆され、発表されるやSF界の話題をさらい、ネビュラ賞・英国SF協会賞受賞の栄に輝いた、最高にリアルな火星SF。「最高の火星植民小説」とA・C・クラークが激賞!

(下巻扉より)
火星の地表には数多の巨大テント型居住施設が完成し、地球の各国から数千数万の植民者が送り込まれてきた。また人と資源の移送を容易にするため、火星上空の衛星にまで達する人類初の宇宙エレヴェーターの建造も着手される。だがこの星は地球の延長ではない。国連火星事業局と超国家企業体の軛に対抗したいというのが火星の願いだ。そしてある日、革命が勃発した。各地の植民都市が決起し、ついには宇宙エレヴェーターが衛星軌道から落下しはじめた!エレヴェーターは巨大な鞭さながら、赤道上にぐるりと巻きつき、創りあげられたすべてのものを薙ぎ払ってゆく。空前の崩壊劇!

【内容と感想】
 近未来、火星へ植民し開拓していく様子を非常にリアルに描いた、三部作の内の一作目。『レッド・マーズ』(本書)、『グリーン・マーズ』、『ブルー・マーズ』と続いている。

 2026年、国連火星事業局(UNOMA)は、100人の科学者を乗せた宇宙船〈アレス号〉を打ち上げた。彼らは火星への最初の移住者で、厳しい選抜審査を受けて選ばれていた。アメリカとロシアの発言権が強く拮抗していて、メンバー構成もそれを反影したものとなっていた。

 選抜審査のひとつとして行われた一年間にわたる南極での協同生活から、メンバー間の駆け引きは始まっていた。100人は、四六時中顔を突き合わせているのである。さまざまな力関係や感情のもつれがあり、政治的な思惑もからんでいた。特にロシア側のリーダーのマヤは気性が激しく、彼女をめぐる恋愛関係のもつれもあって、ジョン・ブーンとフランク・チャーマーズは友人同士でありながらも張り合っていた。

 この作品は、人間同士のそういった駆け引きや感情、心理的な考察といった部分が細かく描かれていて、等身大の人間のリアルさを感じさせる。三人称で構成された文章だが、章ごとにメインとなる人物が変わり、なかば一人称のようにその人物の視点で描かれている。〈最初の百人〉の中には精神科医もいて、メンバーの性格分析が面白かった。性格を〈安定/不安定〉〈外交的/内向的〉で分類していて、マヤなどは外交的で不安定なタイプとなる。

 〈最初の百人〉の地球とのかかわり方もそれぞれだった。地球の決定事項に強く反対するアルカディイ、トランスナショナルと呼ばれるようになった巨大化した地球の企業の顧問を始めたフランクやフィリス、人間の到達する前のそのままの自然を愛し火星の緑化を阻止するために活動し始めるアン。また、ヒロコは火星に定住するための独自の計画を持っていて、密かにそれを実行に移していた。彼女は一種の宗教のように、自分の思想に賛同する者達に大きな影響を与えていて、火星の地で増え広がろうとしていた。

 10年が経ち、火星の緑化のための試みは、遺伝子の研究を大きく進歩させた。それにより老化のメカニズムが解明され、老化防止の試薬が開発される。〈最初の百人〉の間でひそかに広まり始めたその処置は、人間の時間に対する在り方を変え、人口が爆発寸前の地球の社会状勢を大きく変えていく引き金となっていった。火星に対する地球の圧力は増し、完成した軌道エレベーターを通って大量の移民が火星へと押し寄せて来始めた。そして革命が起こった。


 近未来が舞台となっているため、社会状勢なども実際を踏まえながら詳細に描かれていて説得力がある。様々な緑化や地熱上昇のための試み、困難、課題、火星での生活に伴う避けがたい事故、地球との政治上の対立、メンバー間の恋愛や不和など、植民に伴い直面するであろう様々なことが描かれていてリアルである。現在の延長線上にこういう時代が来るであろうことを感じさせる。

 しかし、マヤやフランクなど主な登場人物の何人かが不安定な激しい性格で、少し疲れる。タイトルも『レッド・マーズ』となっているように、その象徴するところの「闘争」がテーマとなっているのかもしれない。革命で起こる大災害も、地表での延命が難しい火星ならではの大惨事で迫力がある。表紙扉にも書かれているが、何せエレベーターが火星を二巻して落ちて来るのである。最近のハリウッド映画にうってつけなので、そのうち映画化されるかも知れない。

 SFファンにはうれしいことに、各地につけられている名前が、バロウズ、クラーク、ブラッドベリ等、火星ゆかりの作家の名前となっている。実際、月や火星に新しい街に名前をつけるとしたら、SF作家の名前は選ばれそうだ。



2002年05月25日(土)
〜 更新履歴 〜 「DiabloFriend」追加

「ギャラリー」に、イラスト「DiabloFriend」を追加しました。


2002年05月12日(日)
〜 更新履歴 〜 「ギャラリー」作成

ギャラリー 」のコーナーを作成しました。
私の描いたイラストや、ビーズで作ったアクセサリーを紹介しています。
それにしても、SFとビーズアクセサリーという組み合わせのギャップがすごい気はしますが(笑)。


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