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2002年02月08日(金)
□【エルキュール・ポアロ・シリーズ】★★★★★

著者:アガサ・クリスティー  出版:早川書房  [MY]
【シリーズ紹介】
 ミステリの女王アガサ・クリスティーが生み出した名探偵エルキュール・ポアロの活躍する有名なシリーズ。有名所の何冊かは読んでいたのだが、読む本がなくて困っていたため本屋でずらりと並んでいるこのシリーズに目をつけて読み始めた。


 主人公ポアロは第一次世界大戦の時イギリスに亡命してきたベルギー人で、ロンドンで私立探偵を開いている。彼の外見はかなり特長がある。小男で少し太め、卵形の頭に、黒い髪、熱中するときらきら光る緑の眼。中でも極めて目立つのが特長のある口髭で、大仰に横に張り先が上向きにカールしている。毎日の髭の手入れには余念がない。

 身だしなみにもうるさく、きちんとプレスのきいたズボン、先のとがったエナメルの靴、きちんと撫で付けられた髪型と、お洒落に気を遣う。他の人から見れば珍妙に見えるだけなのだが、あくまでも自分流にこだわる。そんな外見やフランス語交じりのしゃべり方も手伝って、彼はいかにも変わった外国人としてうつるようだ。またポアロ当人もそれを計算して振る舞っている。

 ポアロが自分の頭脳を「小さな灰色の脳細胞」と表現するのは有名である。その言葉どおり、彼の手法は観察に基づく論理的な推理が中心となっている。性格は非常に几帳面で、正確である。幾何学的な物や整然とした秩序を愛す。乱雑な部屋や磨いた靴についた埃などはポアロを苦しめる。曲がって置かれているものは直さずにはいられない。そうしていて重要な手がかりを見つけたりもする。時間も正確で、毎日の日課などもきちんと決まっている。実際に一緒にいるとくたびれそうである。


 脇役として共に事件に関わりポアロの活躍を紹介するのが、親友のヘイスティングズ大尉である。お人好しで女性には特に弱い彼は、時には犯人にうまく利用されたりもする。しかし何気ない一言でポアロにインスピレーションを与えたりして推理を支えている。また、自惚れ屋のポアロは彼が自分の推理に素直に感嘆するのを見て、謙遜しながらも喜んでいるのである。シリーズの中でヘイスティングズは、恋に落ち結婚する。ところどころで見えかくれしながら彼の人生が少しずつ語られている。平凡で善良な彼の普通の生活は、ポアロの個性を引き立て、また安らぎの部分となっている。

 その他の定番の登場人物としては、警視庁のジャップ警部、スペンス警視、女流推理作家のオリヴァ、完璧で有能な秘書ミス・レモン、完璧な執事ジョージなどがいる。また、ポアロの双児の兄が登場する作品もある。


 このシリーズは本格推理小説として、トリックや小説上の様々な試みなどが秀逸である。ちょうど本格推理小説が読者に対する作家の挑戦といった性格を帯びていた時期で、意外な結末が求められていたのだろう。ポアロは「小さな灰色の脳細胞」をフル回転させ、推理を構築していく。 何気ないけど普段とは少し変わった出来事、言った当人も意識せず語っている小さなヒント、その人の性格にそぐわない違和感のある行動。こういった他の人が見過ごすような小さな材料をパズルの様に組み立てて、真相を推理する。

  また、人の心理の観察にも優れている。性格や行動パターンは一貫していて、それから外れた行動は取らないというのが彼の持論である。容疑者の性格を分析し、起こった事件の性格と照らし合わせて犯人を導き出す。そして推理を裏付けるために、関係なさそうな雑談の中に罠を仕掛けて油断させる。自分の推理を途中で披露するのは嫌いで最後まで明かさない。時折漏らすヒントは事件とかけ離れたものに見える。全ての謎がポアロの中で明らかになったところで、関係者一同を集めおもむろに推理が披露されることとなる。古き良き時代の本格推理小説の黄金のパターンである。


 だがトリックの面だけが優れているのではない。彼の推理の根本には、人間の行動への飽くなき好奇心と優しさ、正義感がこめられている。地位や外見で人を判断せず、有能な人、知的な人、強靱な精神の持ち主、私利私欲で動かぬ自己犠牲の持ち主などに敬意を表する。

 殺人も、細心の注意を払って計算されタイミングをうまく捕らえて大胆に実行に移されたものは、芸術的と敬服する。しかし根本に「殺人は犯罪であり犯人は罰せられるべき」という信念があり、あくまでもその姿勢は貫き通す。ただし犯人が他人のために止むに止まれず殺人を起こした場合や、どうしても公にできない事情がある場合などは、自害などの代償とひきかえに真相を闇に葬る時もある。


 ほとんどの作品は質が高く粒が揃っている。特に有名なものとしては、映画化されそちらの出来も優れていた『オリエント急行殺人事件』『ナイル川の殺人』、処女作で高い評価を得た『スタイルズ荘の怪事件』、計算され尽くした書き方が秀逸な『アクロイド殺し』、書き上げて保管されクリスティーの死後出版された『カーテン』などがある。いずれも新しい試みにどん欲に取り組み、試行錯誤されている。

 当時の紀行書のような役割も果たしていたようで、ポアロは休暇で各地に出かけていっては事件に巻き込まれている。他にも当時としては目新しかったであろう機器類を使ったトリックなども試みられている。ただ現代ではそれが通用しないためネタが割れてしまっているのがもったいない。

 『スタイルズ荘の怪事件』でスタイルズ荘から始まったポアロとヘイスティングズの事件だが、『カーテン』で再びスタイルズ荘にヘイスティングズとともに戻って来る。そしてポアロは命をかけて自分の信念を貫き通し、幕を閉じる。通して読むと感慨深い。はずれというものはシリーズを通してあまりない。

 映画やドラマ化されたものも多く、そちらを観る機会も多いかと思うが、やはりまずは小説で楽しみたい。もともとが小説として趣向を凝らしたものであるだけに、映像では表現し切れない仕掛けがあり、自分なりのペースで犯人を当てる楽しみもある。特にこの時代に書かれた推理小説は作者が読者に対して挑戦しているものが多く、自分の推理が見事にあたった時は爽快である。



【エルキュール・ポアロ・シリーズ(ハヤカワ・ミステリ文庫)】
(『満潮に乗って』巻末の著書リストより)

『スタイルズ荘の怪事件』(1922)★★★★☆/『ゴルフ場殺人事件』(1923)★★★☆☆/『アクロイド殺し』(1926)★★★★☆/『ビッグ4』(1927)★★☆☆☆/『青列車の秘密』(1928)★★★☆☆/『邪悪の家』(1932)★★★☆☆/『エッジウェア卿の死』(1933)★★★☆☆/『オリエント急行殺人事件』(1934)★★★★★/『三幕の殺人』(1935)★★☆☆☆/『雲をつかむ死』(1935)★★★★☆/『ABC殺人事件』(1935)★★★★☆/『メソポタミヤの殺人』(1936)★★★☆☆/『ひらいたトランプ』(1936)★★★★★/『もの言えぬ証人』(1937)★★★★☆/『ナイルに死す』(1937)★★★★★/『死との約束』(1938)★★★☆☆/『ポアロのクリスマス』(1938)★★☆☆☆/『杉の柩』(1940)−/『愛国殺人』(1940)★★★★☆/『白昼の悪魔』(1941)★★★☆☆/『五匹の子豚』(1943)★★★☆☆/『ホロー荘の殺人』(1946)★★★★☆/『満潮に乗って』(1948)★★★★★/『マギンティ婦人は死んだ』(1952)★★★★☆/『葬儀を終えて』(1953)★★★★☆/『ヒッコリーロードの殺人』(1955)−/『死者のあやまち』(1958)−/『鳩の中の猫』(1959)★★★★☆/『複数の時計』(1963)−/『第三の女』(1966)−/『ハロウィーン・パーティー』(1969)−/『象は忘れない』(1972)−/『カーテン』(1975)★★★★★
(星印は読んだ当時つけた評価。−は当時の評価が抜けていたため不明)


【お勧めコース】

●本格ミステリコース:『オリエント急行殺人事件』『ナイルに死す』『アクロイド殺し』『ABC殺人事件』『ひらいたトランプ』『満潮に乗って』
●ほのぼのヘイスティングズコース:『スタイルズ荘の怪事件』『ゴルフ場殺人事件』『ビッグ4』『邪悪の家』『エッジウェア卿の死』『ABC殺人事件』『もの言えぬ証人』『カーテン』
●わくわくトラベルコース:『オリエント急行殺人事件』『ナイルに死す』『メソポタミヤの殺人』『青列車の秘密』『白昼の悪魔』『死との約束』


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