Dynamite徒然草
Dynamite徒然草

2006年09月21日(木) その後、奥様の弁明。

昨夜の件ですが
実は2〜3時間どころか
一晩中停めていらっしゃいましたご近所さんでありましたが

まあ、それはともかく。

本日夕刻、お菓子持参で御挨拶にいらっしゃいまして。


軽自動車2台なら自分の家の駐車場でも入るけれど、娘が普通車が欲しいと強請るので購入し、旦那の軽自動車は外に追いやられるハメになったとのこと。で、本日近隣の月極駐車場に問い合わせてみたところ、何れも満車で新規の契約はしばらく無理だと言われほとほと困っている。今朝も早朝から巡回の車が廻っていたらしく、今後もヒヤヒヤして生活せねばならないとのお話をされていったわけでございます。


・・・・・・・・・・・。


大変ですね。


いや、嫌味じゃなくて、心から思いますよ。


我が儘な娘さんをお持ちでご苦労でございますよね。


┐(´ー`)┌


大変ですね、早く駐車場が見つかるといいですね♪と、にこやかにご挨拶をさせていただき、ありがたくお菓子を頂戴致しました。


最近は飲酒運転による大事故のニュースがメディアでも大きく取り上げられ、取り締まりの強化や罰則規定の見直し等が叫ばれるようになりました。先の道交法改正により駐禁の取り締まりも強化されたりと、猫も杓子も車に乗ってるこのご時世の末期症状のようなものが出てきておりますが、この車庫問題も今後大きくクローズアップされてくるものと思われます。


多少なりとも空いた土地をお持ちの方。
今ですよ、駐車場経営はヽ(゚∀゚)キタコレ



2006年09月20日(水) 車庫法なんてのがありました。

何人も、次の各号に揚げる行為は、してはならない。
1、自動車が道路上の同一の場所に引き続き12時間以上駐車することとなるような行為
2、自動車が夜間(日没時から日出時までの時間をいう。)に道路上の同一の場所に引き続き8時間以上駐車することとなるような行為


なるほどー。



ウチのご近所に日没時から日出時までの時間日常的に停めている車があるんですけど、これっていわゆる「車庫法違反」に該当するってわけですかしら?奥様。

別にそれほど邪魔ってわけでもないんですが
迷惑なことが発生しましたですよ。

昨夜、「違法駐車車両を至急移動させてください」なんていう広報車(警察と自治体合同)が住宅街を巡回してたわけですが、この広報車が通り過ぎた後、しばらくして向かいの方がインターホンをピンポン。「図々しいお願いで申し訳ありませんが・・・」と前置きして、うちの駐車場の空いてるスペースに、自分とこの車を警察がいなくなるまで停めさせてくれってんですよ。


・・・( ゚Д゚)ハア?


って本気で驚きました。


いきなりのことで「ダメです。お帰りあそばせ」とも言えず
「・・・え?」
とだけ言いましたが
向こうはすっかり停めてもらう気満々。


いや
別に減るもんじゃなし
うちの駐車場2〜3台ぶんはあるし
いいんですよ。いいんですけどね。

でもその車、たしかあなたのでなくて「ご主人の」でしたよね?
で、頭下げにきたのは奥さん?

ついでに言えば、あなたと私は引っ越してから別に顔みたら挨拶したり会釈する程度の、しかも付き合いは半年足らずのご近所さん同士ですよね?

なので、これまでは特に何の支障もなく愛想よく過ごしてきたわけですが、正直この突然やってきた「図々しいお願い」には開いた口がふさがりません。

そもそも
車2台もってて車庫1台分しかないて、激しくマズいのでは?


みんな車もう一台増やそうと計画した時点で庭けずったり玄関先つぶしたりして車庫スペースも増やしてんですよ。

ずーっと路駐されてるのもたしかにきちんと駐車場作って停めてる人たちにしてみれば不愉快だろうけど、それに関しては新参者の私としては、これまで特にどうこう思ったことはなかったし、うちが車停めるときに特に邪魔なわけでもないんで目をつぶってきましたが、「摘発がきたからかくまってくれ」ってないきなりの依頼はちょっと赤の他人様から突然言われたら、正直呆れるというか勘弁してくれというか。


世の中本気で図々しい人がいたもんです。



また広報カーがきたら同じこと言ってくるだろうなと予測されますので、次回はこのように言うことにいたしました。


「申し訳ありませんが警察の指導によりそれはできなくなりました」←そんなこたー指導されてない


今回の件でそのご夫婦が車庫借りるなり自宅に作るなりしてくれれば、一番めでたしめでたしなんですけどね。

いや
ぜひそうしてください。ホントに。



2006年09月18日(月) ひゅ〜るり〜ひゅ〜るり〜ららぁ〜

いやいや
そんな生半可な音じゃありませんでしたが。


昨夜、北部九州を台風13号が通り過ぎていきました。
我が家も転居初の自然災害であります。

夕方には雨戸を閉めて庭の植木を縁の下や玄関に避難させ、とばされそうなものは固定したり倉庫に片づけたりして準備万端。ちょうどいちばん風がひどかった午後7〜8時は、雨戸越しからでも凄まじい音がしまくっていたんですが、ニュースで福岡を通過したと聞いて一旦外を確認しに出ましたところ


おお?


庭へ入るところについている門が片方外れ
植物が絡んでいるガーデンアーチがぶっ倒れている模様。


暗かったしまだ風もあるので
とりあえず状況把握だけして家に戻り、今朝あらためて見てみました。




ばったりです。



母は入院中だし福岡にいる夫は県外出張中だし、家にいるのは左半身マヒな父と小学生息子だけだし。

肉体労働者はどうやら私ひとり。


片づけましたよ、四十路魂。
倒れたアーチもどっこらしょと持ち上げて元に戻し、応急処置として大きめの庭石をのせて固定。土台から外れて傾いていた垣根をグイと押し戻し、外れた門を取り付けなおし、そこらじゅうに散乱しまくっている枝葉を回収。倒れたその他の植木を元に戻して支柱を立て、風雨で汚れた上に葉っぱが押し花のように張り付きまくっている車を洗車し。



ひととおり片づけ終わって改めて実感しましたね。


・・・私って男手がなくても生きていける奴なのね、と。



ついでに損保にも電話しておきました。
どっか少しでもひっかかるところがあったら儲けもんですもの♪



まったくぬかりない私に自分で自分を褒めてあげたい。



結局この台風で一番心配しまくっていたのは
台風とまったく関係のないところへ出張中の夫だけでありました。
テレビのニュースみながらヤキモキして電話かけてきまくりなんですから。


夫、
あなたの嫁は銃後の守りもバッチリなので安心して仕事にお励みくださいましヽ(゚∀゚)



2006年09月16日(土) しあわせづくり。

姪が再婚した。

本当に本当に
心から嬉しいと思った。

若気の至りで周囲の反対を押し切りデキ婚ののち
若気の至りで離婚になった彼女もそろそろ20代後半。

今度こそは家庭をしっかりプロデュースして新しい家族つくって欲しいと願うばかりで。


姪は夫のすぐ上の姉さんの忘れ形見。
両親も兄弟も既に病で他界しており
離婚後、身内がいないことを理由に一人娘の親権も奪われ
数年前から、ひとりきりの生活を続けていた。


「私、再婚してもいいんでしょうか。幸せになってもいいんでしょうか」


再婚の決意をして私に相談しにきたとき
別れた旦那家族に引き取られた娘のことを心配していた。
娘が「裏切った」と思うのではないかと感じたらしい。


「離婚して一生ひとりきりで生きていく必要なんてない。それが娘を思ってのことだとしたら、そんな考えは娘にとってもきっと重荷になるはず。女として幸せに生きることで、彼女の手本にならなきゃ」


私は二の足を踏む必要も
後ろめたく思う必要もないと助言したけど
再婚相手も将来、
万が一娘が母親と暮らしたいと言ってきたとしても
自分の子として受け入れるつもりだと自信を持って言ってくれて
それも決意のひとつになったと
照れくさそうに、嬉しそうに話していた彼女。


今度はひとりで堪えてパンクするほどまで我慢したらいかんよ。
でも相手が優しいからって何もかもおんぶに抱っこじゃいかんよ。
おかしいと思ったことは放置しないで、膝つきあわせて話し合わんといかんよ。
二人でよーく話し合って将来の目標、未来の自分たち家族の姿をきちんと描かないかんよ。
それに向かって家族をきちんとプロデュースしていかないかんよ。
描いた理想は叶えるために努力せないかんよ。
今度の相手はきっとお母さんが引き合わせてくれた人やけん、あとは幸せになる努力をふたりで頑張ってしていかなね。


・・・ねえ、姉ちゃん
それぐらいでいいかいな?
あとは姉ちゃんが見守っててくれるよね?


私の母くらいの歳だった夫の姉は
生前、病気の体をゆっくりゆっくりと動かしながら病院からの帰り道
道端の雑草の中に咲く小さな小さな花を一輪摘んで
愛おしそうに大切そうに手の中に包み、持ち帰っていた。


あなたのあの笑顔につつまれて育った忘れ形見が再婚しましたよ。
個性的だけど生活力のある優しそうなお兄ちゃんでしたよ。

失敗は成功のもとですよね。
だから今度はもっと幸せづくりが上手になってると思います。


がんばれ夫婦。
がんばれ家族。

心から、おめでとう。



2006年09月14日(木) 年寄り一病。

本日無事手術終了。
魔術師手術中。←これは言いにくい


そんな早口言葉はさておき


母に施された単純子宮全摘出術(開腹)は
予定時間をオーバーしつつ無事終了しました。

術後、執刀医より母から摘出した子宮と卵巣の片方(大きく腫れていたため切除)を前に経過説明をしていただきました。取り出した子宮には特に腹腔の方向側に向かっておびただしい数の筋腫(筋層内筋腫および漿膜下筋腫)が育っておりましたが、とりわけ巨大だったのはやはり粘膜下筋腫。これまた烏骨鶏の卵サイズくらいはありそうなシロモノでありまして、ついつい「閉経から20数年たった人の筋腫がこれとは大きいですね」と言いましたところ、「実際生理があってた頃はもっと大きかったということですね」と説明されました。いくらもったいないマータイさんな母でもそんなもんまで後生大事に抱えてたなんて、まあ。



手術が長引いた理由は、なんと「私」でした。

40年前に受けた帝王切開の術後にそうとうな癒着があった為、それを剥がすのに手間取ったということであります。


おっかあ...オラを産んだばっかりにこんなことになっちまうなんて...(´Д⊂



浪花節はさておき


やはり40年前の手術だけに、当時はもちろん癒着防止材もなかったわけで、こうした術後癒着も今よりずっとひどかったんだろうと思ったりなんかするわけです。腹切ったから動かずに安静にしましょうという時代だったとも思われますし。


なのでこの度の手術では、もちろん突然の大出血の原因を取り除いていただいたことはもちろんでありますが、40年前の術後のメンテナンスもしていただけたという良い機会でもあったわけです。

また、これを機に病院嫌いの母も年1の検診に行くようになるだろうとも思うわけでありまして。


よく
無病息災

人は願うわけでありますが
結局は
一病息災
というのが現実なのやもしれません。


過信なさるな
過心(過剰な心配←私の思いつき造語)すぎるな


年寄りは
一病くらいあったほうが
無理や無茶をしないで良いのかもしれません。


母の退院予定は約一週間後。
それまで庭の緑を全滅させないよう
たまには水をあげておこうと思う次第。


あ、金魚にエサやるの忘れてた。
やばいやばい...



2006年09月13日(水) ありょーん

先週7日、いきなり母が大出血。
しかも午後六時にほど近い時間で
この近辺の大きな病院はどこも受け入れてもらえず

思いましたね。

あーあ
博多だったら近場に病院あちこちあるのにな、と。


ボヤいてる場合じゃないのでとっとと福岡の病院に連絡して受け入れてもらえるかどうか問い合わせ、ダッシュで連れていきました。

エコーと内診の結果では子宮に何かがあるそうで、とにかく出血がひどいのでそのまま入院。止血剤を点滴してもらいつつ、現在まで検査入院となっております。


本日、医師の説明がありまして。
病名:子宮筋腫(現状)
術名:単純子宮全摘出術(開腹)

おお。
68歳でも子宮筋腫による出血が。
45歳頃には生理はあがっていたご婦人が。
子宮筋腫ですとな。

と言っても
全摘して再度組織検査を行い
最終的な診断をしていただくことになるわけですが。


いやいや
悪性でなくて何よりでした。
先生はもー最初の症状からしてハナっから年齢も考慮するとこりゃいい確率でガンだよなという顔だったんですが、意外や意外血液検査と組織検査では悪性なヤツが見つからなかったというから驚きであります。

でも本当のところは腹開けてみて子宮取り出して全部切り刻んで病理検査しないと何が隠れてるかまだわからないわけですが。


なにはともあれ
明日の手術が無事終わりますように。


そうそう
開腹手術となると、母はまた私を取り出したときの帝王切開の傷の横を再度切られるわけでして。


・・・・。


「これで線路になるたい」



うっかり言い放ったのは私です。


悪性なのは私の性格のほうでしょう。ええ。


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書いてる人 : Dynamiteおかん