朝TVで、原発関連の報道を見た。 現場の様子を収めた映像が公開されていた。 心がどよーんと沈んでしまうので、原発関連は見たくないのだが、主人が見ているので仕方なく付き合った。 番組の中で、これまでの原発事故の年表が出て来たが、何故か昨年のもんじゅの事故が書かれていない。 多分殆どの人は知らないだろう、今もんじゅがどんな状態かを。 それをTVでやってしまうと、パニックが起きるだろうから、意図的に年表から外しているのだろう。 基本的に全ての情報を公開すべきだと思うが、パニックとそれによる二次災害を避けるための情報操作は已むを得ないのだろうか。 そう思うと、複雑な気分になった。 地震と津波だけだったら良かったのにな。 日本から脱出したいわ。
旗日だが、主人は会議がある。 この出張のために、前泊で私も一緒に着いて来たのだ。 主人が仕事の間、私は1人で街をうろついた。 買い物の下見である。 先日割った小鉢の代わりを見付けたが、どれにしようか迷う。 私が好きなのを買っても良いのだが、やはり2人で使う物だし、主人の意見も聞いた方が良いだろう。 可愛い服にも目星を付けた。 会議が終わって主人と合流し、1人で回った所を今度は2人で回る。 主人が選んだ小鉢は地味な和風(5個セット2,100円)で、私が選んだ小洒落た物(5個セット3,150円)とは全く違う趣味だった。 正直、えーそっちなのー?と思ったが、壊れ物は高いのを買うと、割ってしまった時のショックが大きいので、心も財布も痛まない程度が良いだろうと思い直し、主人の選択に従った。 小鉢よりずっと高かったが、私の服も買って貰った。 既製服を買うのは、昨年の夏以来か。 普段着程度なら自分で縫えるので、普通のカットソーはもう買う気になれないが、一寸したお出掛け着はやはり嬉しい。 「一寸したお出掛け着」ぐらいが丁度いいのだ。 余所行きは元々着る機会が無い上に、田舎住まいでは更に出番が無いから。 このように一応主人にお伺いを立てる事もあるが、断り無く買う物もある。 それは趣味の道具と材料。 えへへー♪
今年の黄金週間は、我が家も飛び石連休である。 主人はカレンダー通りとプラスαの出勤だ。 丸々休めた昨年は特殊だったのだ。 それでも今年はまだましだ。 少しだとしても休めるのだから。 連休前日の夕方から出発して、2人で1泊旅行で温泉に出掛けた。 直前に決めたので、宿は選べなかったが、これだけ出すのだから当然それなりの部屋だろうと期待していたのに、見事に裏切られた。
クソったれだぜ。 部屋は割と広かったが、間取りが微妙だった。 畳は擦り切れて、裸足で歩くと足の裏に藺草が刺さった。 全体的に古かったが、趣は感じられなかった。 夕食は普通に美味しかったが、飽くまで普通だった。 主人に言わせると、郷土料理が最高だったらしい。これは他が不味かったのではなく、他が普通で郷土料理が飛び抜けて美味かったのだとか。余所者の私にはよく判らないが。 給仕も地元のおばさんなのか、プロの仲居さんと言う感じではなかった。 そして食後に、乱れ箱の入っている襖の扉を開けて、ふと上を見ると、押入れの天井にヒメマルカツオブシ虫の 抜け殻が……!
もう泣きそうだ。 嫌いなの。虫は駄目なの。 特に害虫なんて、絶対に連れて帰りたくない。 涙目で、一旦は中に掛けた衣類を全て引っ張り出した。 でも畳の上にも置きたくないので、テーブルの上を拭いて、その上に畳んで置いた。 翌朝の清算時、私は非常に機嫌が悪かった。 オーナーらしきフロントのジジイの態度も悪かったので、当然である。 この宿に2万5千円も払うぐらいなら、ラブホにでも泊まった方がまだましだったと思えた。 でもお湯だけは良かった。これが無かったらこの旅館潰れてるだろ。 昨年この近くに来た時に泊まった旅館はとても良かったのに、何故かそっちが潰れたんだよなあ。 逆だったら良かったのになあ(ブツブツ)
2011年04月27日(水)
名前を言ってはいけないあの病
登校中の小学生の列にクレーン車が突っ込んだ事故、あれだけ報道されていたのに、週を跨いだら全く聞かなくなった。 犯人の運転手は病気持ちだったようだが、TVの報道番組では何故か病名そのものを遣わず、 「痙攣を伴う発作のある持病」 という呼び方をしていた。 「癲癇」なら2文字、発音しても4音で済むのに、何故わざわざ長い呼び方をするのか。 考えられるのは、団体による圧力だ。 日本てんかん協会といえば、あの筒井康隆を断筆に追い込んだ団体である。 かの団体の主張に、当時はなんか面倒くせえ所だなという印象を持った。 今ネットで探して関連記事を読み返しても、やはり同じ印象しか無い。 普通の物書きなら面倒臭がって、嗚呼ハイハイと腫れ物に触るように当該箇所を削除したり訂正したりしてしまうものなのだろうか。政治家やTV局だと、あっさりそうするよね。 しかし筒井は違う。協会と断固戦った。 結局和解したようだが、それでも筒井は不満でブツクサ言っていたらしい。 あの断筆宣言から、もう20年近くも経つのだなあ。 圧力は無かったとしても、そんなてんかん協会が相手になる虞があるから、TV局も病名報道には慎重になったのだろうと思われる。 まあでも、普通に判っちゃうんだけれどね。癲癇だと。 個人的に、今回のような事故があると、やはり癲癇持ちにハンドルを持たせるのは怖いと思う。 ちゃんと服薬すれば大丈夫とは言うが、この犯人はそれを怠っていた訳だから、ちゃんとした人に合わせて全体のハードルを下げるという方法は宜しくないと思うのだ。 寧ろ、癲癇持ちの運転は基本的に禁止とし、厳しい条件をクリア出来た者にだけ免許を与えるというのはどうだろう。 病気持ちだから、障害者だから、と世間が甘やかしたのでは、本人にとっても社会にとっても益にならないと思うのだ。 癲癇から話は逸れるが、精神病患者でも医者の許しがあれば車を運転出来る。 ずっと前にも書いたが、知り合いの医者が、ハンドルを握らせるには心許ない患者にも、運転を許可していた。 同僚の医者も、あの人に運転は止めさせた方がいいんじゃないのと言いつつ、主治医なのでそれ以上の事は言えない。 何故運転を許可しているのかと問うと、その医者は答えた。 「だって、運転出来ないなんて、可哀相じゃん」 正直、呆れた。 自分の身内がその患者か或いは似たような状況の人間の車に轢かれない限り、この人は理解出来ないのだろう。 私はそういう人間ではないので判らないが、そういう人間は案外多いらしい。 片方にだけ入れ込んで、客観的に物事を見る事が出来ないのは、愚かである。 障害も病気も気の毒だが、差別と区別は違う。 悲劇を避けるためにも、ハードルはなるべく高く想定するべきだろう。
世の中が豊かになって、困っている人を助けましょうとか、他人に手を差し伸べましょうとかいうのが美徳であり、自分だけ助かればいいというのは利己的で人でなしだという風潮がある。 いやそれはその通りなのだけれど、緊急避難というのがあって、震災時はそれを適用して良い筈だ。 私の知り合いも津波で命を落としたが、どうやら伝え聞くところによると、近所の人の避難を手伝っていて逃げ遅れたらしい。 私なら、手伝いを乞われても、 「カルネアデスの板!」 と叫んで自分だけさっさと逃げるだろうが、彼女は親切心溢れる素晴らしい人だった。最後まで。 私のような人でなしが生き残って、彼女のような人が死ぬなんて、不条理な気がする。 世の中は、そういう風に出来ているのだろうか。 彼女のような人は、沢山いたらしい。 教え子を助けに行って津波に巻き込まれた先生とか、放送で市民に避難を呼びかけているうちに逃げ遅れた市役所職員とか。 マスコミは何故かそういう話を感動ストーリーに仕立てたがるが、遺族にとってはたまったものではないだろう。 他人なんてどうでもいいから、さっさと逃げて欲しかったと思うのではないだろうか。 少なくとも私ならそう思う。他人の感動のために死んで欲しくない。 身内の死を感動のネタにしているマスコミや第三者を見たら、巫山けるなと言いたくなる。 「命てんでんこ」というドキュメンタリーのダイジェスト版を見た事があるのだが、その中で津波の語り部の婆ちゃんが、大津波に遭ったという祖父ちゃんから幼い頃から言い聞かされていた言葉が、 「津波が来たら、命はてんでんこ」 であった。 「てんでんこ」というのは「銘々、それぞれ」という意味らしい。 津波が来たら親も子も無い、構わずに自分だけで良いから山に逃げろという教えである。 その話を聞いて、ロトの話を思い出した。 私の好きなロト6ではない。聖書の物語だ。 ロトは義人である。 世の中は乱れ、神はソドムとゴモラの町を滅ぼす事を決めた。 神は天使を遣わし、ロトに夜明け前に町を出るよう伝える。逃げよ、決して振り向いてはならぬ、と。 言われた通り、ロトは妻と2人の娘を連れて町を出る。振り向くなと言われていたのに、妻は言いつけを破ってしまう。残して来た物に未練があったのだ。 町を振り返った妻は、塩の柱にされてしまう。 ロトと娘達はそのまま逃げて、助かった。 というお話である。 まあこの後、近親相姦があったりと、それでいいのか聖書という展開だったりする訳だが、それは横に置いといて。 逃げる時は逃げなきゃ駄目なのだなあと思った次第である。 そう言えば子供の頃、避難訓練でモタモタしていた私は、 「ハイ、遅れて来た貴女、死にましたからね」 ハイ死んだ!と修造みたいに先生に言われた悔しい思い出がある。 当時は子供心に物凄くむかついたが、そういう思いをしたからこそ、現実の避難の際には貴重品だけ持ってさっさと逃げる事が出来たのだろう。 津波の被害者の中には、思い出のアルバムをとりに戻って死んじゃった人もいるとか。自分が思い出になってどうするよ。 思い出は二の次三の次、まずは自分の命、それから現金と貴重品である。
新しい趣味を始めた。 いや、今までと全く違う事を始めた訳ではないので、趣味の範囲を少し広げたと言った方が良いのか。 何れにせよ、酷く肩が凝る。 でもこういうの、大好きなんだよなー。そういう性分なのか。 先日、ずっと使っていた小鉢を割ってしまった。 因みに地震とは無関係で、単に私の不注意によるものである。 数年前に百円ショップで購入した安物なのでショックは無かったが、やはり無いと不便だ。 そこで同じ物を買いに百円ショップに行ってみたのだが、同じシリーズの茶碗や皿はあっても、小鉢だけ入荷していない……! 何分据わりが不安定な形状なもので、2度の大地震で棚から落下して壊れた後、震災による物流か製造の関係で入荷していないのだろうと思われる。 次の入荷はいつになりますか?と店員に訊いたところで、はっきりした答えは得られないだろうし、得られたとしても現在の生活が不便な事に変わりは無い。 気長に待つか〜と帰ろうとしたところ、ふと、ある物が目に付いた。 税抜き百円のビーズである。 その隣りには、レース糸とレース針とビーズ通し針まで置いてあるではないか。 当初の目的とは全く違う物を買って帰る事になった。 そんな訳で、ちまちまと趣味の手仕事をしている次第である。 目は疲れるし肩が凝る割りに、満足の行く仕上がりになるとは限らない。 気に入らなければ解いて編み直す(初心者なので大抵上手くいかない)ので、白かった糸が何だか黄ばんで見えるのは気のせいか。 でも楽しい。 うちの主人は、私が見て見てー♪と言って作品を見せると、上手に出来たねとかイマイチだねとか感想を言ってくれるのだが、私と同じ趣味の幼馴染の場合、ご主人に見て見てー♪とやると、 「……ヒマだね」 と言われるらしい。ひ、酷い……。 うちの主人にその話をすると、 「そういう発想はなかったなあ」 と驚いていた。 嗚呼うちの主人は私の趣味に理解があって良かったと私が心の中で感謝していると、 「でも」 と主人が言う。 「それって、シオンがでっかい角栓を取ろうと鏡の前で格闘しているのを見ている僕の気分と同じなのかも知れないな。うん」 ……いやいや、角栓と同列に語られても。 つまり人によっては、手芸なんて無駄としか思えないという事か。
2011年04月24日(日)
下手な考え休むに似たり
見忘れたけれど、ズービン・メータとN響がチャリティーでベートーベンの第9をやっていたらしい。 原発が危ないからと、決定していた公演をキャンセルする指揮者もいるのに(それはそれで仕方ないと思うので、非難はしないよ)、こんな時に日本に来てくれるなんて……有難うメータ。 原発、どうなるんだろうねえ。 私としては、秋までには何とか問題が無くなるように解決して欲しい。 今年の秋は、特別なのだ。 あの人が来てくれないなんて事になったら、発狂しちゃうかもよ。 原発に関して素人でも自分で色々と情報を集めて勉強している人達は、勉強熱心で偉いとは思うけれど、私は意図的に情報を遮断している。 自分が怠け者で不勉強なのは認めるが、単にそれだけではなく、自分の心の安定を守るためなのだ。 外野がギャンギャン言ったところで状況が良くなるわけでもあるまいし、原発の事ばかり考えて四六時中苛々して過ごすなんて、人生の無駄遣いだ。 因みに私は、原発には昔から反対だった。だっておっかないもん。 原発が無いと、今みたいな便利な生活が出来ないから困るという人がいるけれど、実際停電してもそんなに困らなかったよ? TVもPCも使えないから暇だったけれど、生活する分には、冷蔵庫とお風呂と便座分の電力があれば充分だと思った。 ただ、お仕事する人は、色々な機器が使えないと困るんだろうな。 それでも必要最小限で何とかならないものか。 大きな建物や電車の冷暖房も、広告の電飾も、何もかもが過剰だったのだ。 今まで無駄が多過ぎた事に、気付いて欲しい。 ところで暫く前の話だけれど、福島からの避難民に放射線検査を要求したとして、受け入れ先のどこか自治体が非難されていた。 でもそれって、非難されるべき事なのか? 福島への偏見を助長するとか言うけれど、それとは別の話だ。 元からいた人間を守るためには、仕方が無いのではないだろうか。 それを差別だの、人権蹂躙だのって、自治体を非難する側がおかしいだろう。 受け入れて貰う側なんだから、福島人も少しは我慢しろよ。 被害者だからって、どこでも王様扱いして貰えると思うな。 あんた達が強く出てもいいのは、政府と東京電力に対してだけだ。
わうわうで放送中の「クリミナル・マインド」を、毎週楽しみにしている。 いつもは火曜日の夜の吹き替え版を録画して翌日観るのだが、今日は昼間の字幕版も観てみた。 そうしたら、新しい発見が。 字幕で「別のプランを」と出ているのに、役者の台詞は plan B であった。 プランB。 昨年の夏、押尾学が死亡女性をどうするかでマネージャーだか友人だかとの会話で 「それは出来ない。プランBを考えてくれ」 と言い放ったという証言により、一部ネットで流行して揶揄された言葉である。 でもアメリカでは普通に遣われているらしい「プランB」。 そういや押尾は帰国子女だっけ。一応英語も出来るらしい。 つまり彼は、英語を直訳してしまっただけなのか。 お塩先生、あそこまで馬鹿にされる事は無かったのでは……と一寸可哀相になった。 まあ普段の言動がアレだから馬鹿にされるんだけれどさ(苦笑)。
時々お香を焚く。 昼間に居間で焚いてリラックスするのも良いなあと思っているのだが、食事する場所でもあるため、食べる時にお香の匂いがするのは嫌だと主人が言うので、大抵焚くのは寝室だ。 今日は風呂から上がったら、お香の匂いがした。主人が焚いてくれたらしい。 あっ、そう言えば。 一昨日私も焚いたんだっけ。 しかし今思い返すと、入浴前に焚いたのに、あの後お香の匂いを嗅いだ覚えが無い。 何故だ? 居間に入って、主人に訊いてみた。 「ねえ、お香焚いてくれたの? 私も一昨日焚いた筈なんだけれど、」 「今日焚いたお香がそれだよ」 ヤレヤレという口調で主人が言う。 「まーたちゃんと火を着けないでおいたんでしょ。端っこがちょこっと黒く焦げただけで、燃えてなかったよ。シオンってば、やってくれるよねー」 「違う! 違うよ! ちゃんと火が着いたの確認したもん! それからふって火を消して、大丈夫だなー匂いもするよなと見てからお風呂に入ったんだもん!」 と抗議したところで、事実火は消えていた訳だが。 「ハッ、まさか貴方、私がお風呂に入るのを見計らって、わざと消したんじゃ……」 「態々そんな事するかー!」 そうだよね、幾ら何でもそんな妻を陥れるような事はしないよなあ。 くそー、でも悔しい。
昨年、わうわうで放送されたのを観た。 漫画好きの父(遺伝なのか)が白土三平の忍者物を持っていたので、「忍者武芸帳 影丸伝」やら「サスケ」やら借りて、よく読んだものである。かなり古い本だが、まだ実家にある筈だ。 残念ながら「カムイ伝」と「カムイ外伝」は、全巻揃っていなかった。だから途中までしか読んでいない。 それでもカムイ大好き。超かっこいい。 なので、松山ケンイチが主役と聞いた時には、キャスト変更して!と思った。 だってイケメンじゃないんだもの。カムイ役なら当然もっとかっこいい俳優じゃなくちゃ! それに映画ポスターの絵、あれは「外伝」じゃなくて「カムイ伝」のタッチだよなあ。 原作は好きなので、観たいような、でも観たらがっかりするんだろうなあと思っていた。 実際観てみて、やっぱり一寸がっかりした。 でも、もっとがっかりすると思っていたので、これは別物の映画、エンターテイメントなのだと割り切れば、それはそれで良いのだろう。 頑張って作ったのだろうとは思うが、舞台が南の島過ぎた。 だってカムイって、寒くて痩せた土地を転々と逃げるイメージがあったのだ。 カムイに限らず、白土作品は全体的にそうだ。飢饉と背中合わせの北風の匂いはするが、暖かくて能天気な南風の匂いはしない。 一方、白土作品は全く知らない主人は、別の箇所で違和感を持ったらしい。 曰く、あの頃の日本には、弦で弾(ひ)くタイプの楽器は無かったんじゃ……撥で弾(はじ)く物しかなかったのではないだろうか、と。如何にも楽器オタクらしい感想である。 そんな全景的違和感はあったが、松山ケンイチは思ったほど悪くなかった。 本物のカムイのかっこ良さにはまだ遠いけれどね。 小雪の演じたスガル、私が読んだ白土作品では、数人の追い忍にやられて沼で死んだ筈。 日本脳炎を惹き起こす日本住血吸虫の恐怖を、子供の頃の私は「忍法秘話」で知ったのだった。 あの話で、田螺や蝸牛は怖い物であり触らない方が良いと学んだ。 それはさておき、「カムイ外伝」のスガルは「忍法秘話」とは別人らしい。というか、スター方式って奴なのか。 スガルの娘がカムイに恋をして、という話は、外伝の原作にもあるらしい。 結局、映画を観て、また原作を読みたくなった。 さて、その松山ケンイチと小雪が結婚したとか。 交際報道はどうせ映画の宣伝なんだろと思っていたので、本当に結婚したと聞いて、かなり驚いた。 一般的に、女の方が男より早く年を取るものである。 年上女房のパターンは近年多いらしいが、いずれ男がババアになった妻を捨てて若い女に走るのでは、と私は心配してしまう。 劇中では、小雪はカムイに恋する娘の母親だったが、実年齢は8歳違うのだとか。 SK−�競團謄蕕領呂魄覆討靴討癲△海虜△両�雪のお肌はハイビジョン画面では老化を隠し切れなくなっている。 それでも松ケンが押して押して押し捲ったとか。凄いな。 それだけの価値が小雪にはあるのだろう。 記者会見をちらっと見たが、松山ケンイチの朴訥さと誠実さが出ていて、高感度が上がった。 同時に、芸能レポーターとの噛み合わない質疑応答が笑えた。 「どんな指輪を贈ったんですか?」 「綺麗な指輪です」 恐らくレポーターは、どのブランドの指輪なのか、何の宝石が何カラットなのかを訊きたかったのだろう。 それを真顔で躱してしまう松ケンには恐れ入った。 「何か約束はしましたか、浮気はしないとか……」 「えっ、それは約束以前の問題でしょ、当たり前の事じゃないですか」 本当に、芸能レポーターって屑だなと思った。
幼馴染とは、共通の知り合いの近況から時事問題まで長電話をしたが、中でも1番の心配事は原発だよね、という話になった。 しかし、今話題の福島原発より、もんじゅの方が大変な事になっているのだそうで。 私はその話は全く知らなかったので、彼女からその話を聞いて、早速ネットで調べてみた。 確かに大変みたいだ、これは。 どうすんだよ。 事故が起きたら対処の仕様が無い原発は、やはり止めるべきだと、改めて思った。 しかし友よ、 「そのニュースを最近知って、凄くどよ〜んとした気分になったから、シオンちゃんにも不幸のお裾分け♪」 って。 確かに不幸な気分になったよ、有難う……。 勿論、帰宅した主人にも、漏れなくお裾分けしておいた。 「もんじゅ」で検索するといいよ。 ったく誰だよ、こんな物騒なの作りやがった奴は。
先週、東京在住の幼馴染に、子供の入学祝セットを送った。 中身は、キャラクターものの文房具と、私が縫った子供服。 本当は先月中に贈るつもりだったのが、地震による2度の停電やら葬儀やらで延びてしまったのだ。 それでも子供は喜んでくれたらしい。良かった。 お返し何が欲しい?物資不足で困っている物とか無い?と訊かれたが、お返しを貰えるほどの物は送っていないし、店頭に物も並ぶようになって来たし、大丈夫だよ心配しないで、と返事をした。 そしたら、お菓子の詰め合わせを送ってくれた。 田舎では到底お目にかかれないような、上品で高級感溢れる、自分では決して買わないであろう物である。 私が送った服を子供に着せて、 「これ、向こうの友人が作ってくれたのー♪」 とママ友に言ったところ、 「被災地の人に送って貰うなんて……普通逆でしょ」 と言われたんだそうな。 ええと……一応被災地扱いで、避難もしたけれど、うちは大した被害は無かったんだけれどな(汗)。 うはー海老で鯛が釣れた!と私がウホウホしていると、 「エビタイとか言っていないで、そんないい物頂いちゃったんだから、あと3回は無料で作ってあげなきゃ駄目だね」 と主人に窘められた。 た、確かにこれは、上げた以上の物を貰ってしまったな。 「ちゃんと電話でお礼言いなよ」 と言われたので、翌日電話した。 そしていつも通りの長電話。まあ予想通りである。 彼女は私とのメールのやり取りも、実家の親に話しているそうで、 「シオンちゃんが言ってた『オール電化なんてクソ食らえ!』ってのをうちの親が気に入って、父親なんて時々口ずさんでいるらしいよ。如何にもシオンちゃんらしい、って」 って……アンタそんな事、おじさんおばさんに話しちゃったの? 恥ずかしくてもうアンタの実家に遊びに行けないじゃないか……。
同じ福島県民でも、東京電力の原発の恩恵を受けていた自治体と、そうでない所の住民とでは、かなりの温度差があるらしい。 原発直ぐ傍の住民はずっと原発の恩恵を受けていて、今回も危険だからとすぐに避難して援助の手が差し伸べられたのに対して、20km或いは30km圏内の住民達は屋内退避で物資援助も無く、完全にとばっちりを食った訳である。 そのため、後者は前者に対して怒りを露わにしているのだとか。 その中にはやっかみも混じっているかも知れない。 そんなニュースをどこからか仕込んで来た主人が、 「酷い話だよなあ、同じ福島人なのにそんな事言うなんて!」 と、20〜30km圏内の住民を非難していたので、私は驚いた。 「へ? 何で? そんなのあったり前じゃん。周辺地域住民は地元にお金が落ちた訳でもなく、なのに放射能が危ないから家ん中に引っ込んでいろって兵糧攻めにされて、気の毒過ぎるわよ。そら怒る気持ちも解るわ。福島以外の東北人だって、福島に対して同じ気持ちを抱いてるんじゃない? お前等が東京電力の原発なんかを受け入れるから、東北全体が迷惑しているんだって」 と私が立て板に水の勢いで捲くし立てると、主人はぽかーんとしていた。 「シオンはそういう人なんだね……」 結婚してだいぶ経つのに、何言ってんですか今更。
録画していた映画を観た。 原題は「Drag Me to Hell」。 別に特別な呪文は出て来なかったし、邦題は「私を地獄に連れてって」でも良かったと思う。 私が観たくて録画したのだが、こういう逆恨み系の話は好きではないので、途中で止めて消そうとしたら、主人がPCそっちのけで画面に見入っていた。 まあいいけれど……。 主人はそれなりに面白かったらしいが、やはり私は理不尽物は好かん。 「『ロマ』ってなあに?」 と主人に聞かれたので、ジプシーの事だと教えた。 ジプシーは元が差別用語らしく、今はロマと呼ぶらしい。 「最近多いよね、そういうの。差別だ差別だって、いちいち煩いっつーの。まさかジプシー・キングズまでロマ・キングズに改名したりしないだろうな」 と私が案ずると、それはナイナイと主人に言われた。 「わかんないわよう。アホウドリだって、名前が差別的だってんで、呼び方を変えるとか何とか言っていたもの。メクラもだめだし、ツンボも駄目。該当者に面と向かって言う訳じゃないんだから、既に定着している呼び名まで変えちゃうのは行き過ぎよね」 とプンスカする私に、主人がのんびりと言った。 「じゃあメクラトンボも駄目なのか」 「『目の不自由な蜻蛉』とでも改名するのかしら。嗚呼面倒臭い」 「いや、メクラトンボは別名が既にあったような……何だっけな、忘れた」 「『聾桟敷』は何て変えるのかしらね。『耳の不自由な人桟敷』にでもするのかしら!」 「いやそれはおかしいだろ流石に……」 じゃあ『耳の不自由な方のための特別席』か。 うわあ面倒くせえ! そういやロマって、ディズニー映画「ノートルダムの鐘」にも出て来たな。 あの映画の題名は元々「ノートルダムのせむし男」なんだっけ。 「せむし」が差別用語だから題名を変えたのだった。 「せむしの仔馬」も題名変えちゃうのか。 別名「イワンの馬鹿」とも言うんだっけ。 あっでも馬鹿も差別用語なの……?
2011年04月16日(土)
NHKにはがっかりだ
NHK「マイケル・サンデル 究極の選択」大震災特別講義を見た。 日本、アメリカ、中国の一流大学の学生達に、ハーバードのサンデル教授が特別講義を行うという事で、割と楽しみにしていたのだが、日本チームの偏差値の低さにかなり失望した。 何を考えているんだ、NHKは。 日本チームだけは何故か大人4人が付いていたのだが、まるで意味がない。寧ろマイナス。 高橋ジョージ、高畑淳子、石田衣良って……民放のワイドショーかと思った。 しかも何故、ジャパネットたかたの社長がNHKに? NHK的に、民間の会社の宣伝に繋がるような事はNGなのでは? 義捐金5億出したとまで言っていて、これは宣伝にしか見えない。 学生達もゆとり揃いで、アメリカや中国と比べて、遜色が甚だしい。 何故、一体NHKは何を考えて、何を狙って、この人選にしたのだろうか。 「高橋ジョージやこのおばさんより、キッチュを出して欲しかったなあ。こういう番組には知的な人を出さないと意味がないよ」 と主人が言うので、私も同意した。 「松尾貴史か。あの人ならいいかもね。高畑さんは好きな女優さんだけれど、こういうのは向かないわ。こんな人達出すぐらいなら、私が出て、サンデル教授と直接対決したかったわ」 「いや、これは対決する番組じゃないから……」 講義では、日本では何故、ハリケーン・カトリーナの時のような暴動や略奪が見られなかったのか、という話が出た。 中国人学生から、それは日本だけではない、根底に儒教精神があるから中国だってそれぐらい出来ますよ、みたいな話も飛び出したが、概ね、日本人は統率が取れていて素晴らしいというような流れであった。 しかし、私が思うに、それは違う。 日本の田舎はムラ社会だ。 幾ら非常時でも、皆と違う行動を取れば、ムラでは暮らし難くなる。 人の目があるから、列ではきちんと並び、問題行動は起こさない。 今回の震災では、日本でも火事場泥棒が出た。だが恐らく、多くが余所者による犯行だと思われる。 自分の属するコミュニティでその様な事を行えば、今後そこでは暮らせなくなるからだ。 そんな事を考えながらTVを見ていたら、主人が、そうかわかったぞと言った。 何が解ったのかと思ったら、 「シオンの考え方は、西洋的なんだな」 と言う。 自分では保守派だと思っていたので、私は驚いた。 「どこがよ」 「シオンは他人は他人、自分は自分。自分の事は自分で何とかしようという考えでしょ。津波が来ても、他の人は放っておいて、1人ででも逃げようと思っているんだよね」 「そらそうよ。だって語り部の婆ちゃんが言ってたじゃん、『津波が来たら、命はてんでんこ』って」 それに私は行き過ぎた福祉は大嫌い。自分の面倒は自分で見ようぜ。 平等なんて幻想。余所は余所、うちはうち。 他人の評価を気にして生きていたって、楽しくない。 特に先月の大地震で死を身近に感じてから、その思いは強くなった。 評価のために周りを気にして生きるなんて、馬鹿馬鹿しい。 「それは個人主義だ。でも僕は、自分の居場所を獲得するために、自分が居心地良くいたいがために、他の人にも手を差し伸べるんだよ。これが日本的なやり方」 いつも通り言い包められそうになったので、慌てて反論した。 「待って。そこだけを取り出して『個人主義』と言われても困るんだけれど。私は個人主義者じゃないし、どちらかというと全体主義者だよ。自分だけが良けりゃ他人はどうでもいいなんて思わないし、略奪なんてしませんけれど」 「そうだけれどさ。でも大雑把に見て僕と比較してみたら、シオンはそういう意味で西洋的だと思ったんだ。僕達2人の考え方の違いが判って、スッキリしたよ」 主人は1人でスッキリして風呂に行ってしまったが、残された私は何だか釈然としないのだった。
1箇月ちょい前、長時間(と言っても1〜2分だったのか)に亘る人生最大震度を経験した私は、空腹中枢が一時的にいかれていた。 本当に、我慢している訳でも何でもなく、お腹が空かなかったのだ。 それなのに、今。 1箇月振りに体重計に乗ってみた。 や、やっぱり……。 美味しい物は生きている間しか食べられないのよ!と開き直ったように間食しまくった、当然の結果が出た。 「一寸、貴方!」 居間に入るなり、主人に食って掛かった。 「な、何」 何の前触れも無く険悪な雰囲気で声を掛けられて、一寸怯える主人。 「お願いだから、もう私に無理強いしないで。先月の大地震で私、何にも食べたくなかったのに、全くお腹なんて空いていなかったのに、貴方私に無理矢理食べ物を勧めたわよね」 「う、うん。だって食べないと倒れちゃうでしょ」 「いいの! 倒れて迷惑かけるような事はしないから、二度と!余計な事しないで。ダイエットの絶好のチャンスだったのに!」 と詰め寄る私を、主人は抱き寄せて、ヨシヨシしてくれた。 「そうかそうか、太っちゃったのか」 「そうよ! 貴方のせいよ!!」 「八つ当たりするなよ(苦笑)。ま、これでシオンも僕の仲間だね♪」 まさか、あれは仲間に引き入れるための陰謀……!?
ACのCMで、中居君がトランプおじさんになっていて吃驚した。 やはり、金持ちリスペクトって事なんだろうか。 ステロイドは使いたくなかったのだが、病院で処方されたロコイドを塗ったら、あっという間に良くなった。 凄いなこの薬! しかし同時に怖い。 一体何が入っているんだろう……(だからステロイドだって) 並行して抗ヒスタミン剤を飲んでいるから、どちらのせいかは知らないが。 序でに目の痒みも無くなっていた。 まだ手の湿疹は残っているが、早く良くなーれ☆ 反比例して、主人の体調は悪そうだ。 まさかこのまま死んじゃうんじゃ……。 困るよ、結婚して初めての誕生日に 「あと50回はシオンに『お誕生日おめでとう』を言わなきゃな」 って言ったんだから、長生きしてくれないと!
昨日は菅さんの記者会見を見た。 カミカミ過ぎて笑える。 そして、イントネーションが変。 選挙区は東京だった筈だけれど、東京人のイントネーションじゃないなあと思って調べたら、山口出身なんだとか。 どこの出身でもいいけれど、全国放送で演説するなら、イントネーションだけは標準語でお願いしたい。 聞いていて、とっても苛々するのだ。 外面的なことはさておき、この記者会見、本当に必要だったの……? 「この人の話は、本当に心に響かないな……ここまで響かない人も、珍しい」 と、主人と2人で呆れていた。 多分、菅さんは、トップに立っちゃいけない人だったんだと思う。 現場の最前線の方が、力を発揮出来るんじゃないだろうか。 という事で、原発の最前線にでも行って下さいよ。 タマミちゃんがいなくなって、改めてその存在の大きさに気付いた。 不便なんだよ……! 今は沸かしたお湯は500mlのステンレス水筒に入れているが、それでは足りない。 タマミちゃんには1リットルは入ったんだもの。 なので2代目を求めて町に出てみた。 主人は「今度は泣かないのがいい」と言う。泣くからこそタマミちゃんなので、新しいのには別の名前を付けないと。 出来れば1.5リットルはあると良い。 お店にあるにはあったが、展示品のみで、入荷未定だという。 展示品は何となく嫌。楽器だって展示品は劣化しているから買っちゃ駄目だし。 他にも欲しい物があったので店を回ってみたが、売っていなかった。 ある物はあるのに、無い物は徹底的に無い。どこの店にも無い。 それは、マイクロSDカード。 私は携帯を買い換えたばかりなので欲しいのだが、皆、津波でも録画する気なのか。 剃刀の替え刃も品薄で、私が欲しい物は置いてなかった。 ひょっとすると、販売終了なのかも知れない。調べなきゃ。 店舗で買えないとなると、ネット通販で頼んだ方が良いのだろうか。 帰りに、手芸店にも寄ってみた。 ここにも欲しい物は無かった。 やはりここも物資不足なのか!(もともと)
震災から1箇月、津波被害を受けた沿岸部では、あまり復興が進んでいない様子である。 前にも書いたが、被災者自身が足を引っ張っている面もあるのだ。 被害者を悪く言うなんて!と非難する人もいるだろうが、事実なのだから仕方が無い。 本当に頑張っている被災者もいるが、おんぶに抱っこで「自分は被災者なのだから」といつまでもお客様気分の人もいる。 TVのインタビューを見ていると、判る。 「東京の○○、迎えに来て下さい。寂しいよう」 と泣き崩れる老女とか、 「同じ場所で前のように家族皆で暮らしたい」 と訴える老夫婦とか、未だに避難所にいついてメソメソしている老人を見ると、現実を見ようよと思ってしまう。 そりゃあれだけの災害で、家も仕事も家族も全て失って、心身ともに想像を超えるダメージを負ったのは解る。 でも、泣いていれば町が元に戻る訳でもあるまい。 天は自ら助ける者を助く。 家族も家も流されて自身も被災者なのに、行政や医療関係者は現場を離れられなかった。 実際そういう人達を知っているだけに、飯はこれだけかと文句を言いながら食べて寝て垂れるだけの人間は、甘えんなとしか思えない。 瓦礫の撤去も進まない。 余裕がある豊かな生活の中では、個人の気持ちは尊重されて当たり前だったが、今は非常時なのだ。 いちいち個人の感情に配慮していては、先に進めない。 本当に町の復興を望むなら、割り切って合理的に物事を進めなければならないだろう。 同じ場所に町を作っても、どうせまた津波が来たら元の木阿弥なのだから、部外者の私に言わせれば復興自体が疑問だけれど。 いつまでも避難所で世話になっていても邪魔なんだから、さっさと余所の土地に移れば良いのにと思うのだが、先祖代々の土地を離れたくないだの、ずっと暮らした場所にいたいだの、私には不思議でたまらない。 津波で変貌した町でも、住み続けたいものなのか。 土地への執着など、幻想に過ぎない。 結局は、現実の生活が勝るのだ。 そうでなければ、北朝鮮人だって、脱北なんてしないだろう。 先祖代々の土地などと言うが、その先祖だって、自分の故郷を捨てて新しい土地に住み着いたのだ。 憲法22条に「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」とあるのに、土着の人間は出て行く者に対して、 「故郷を見捨てるのか」 「俺達を裏切るのか」 と言うのが好きだが、それは新天地を求める者へのやっかみの裏返しでもある。 勿論、そこに住み続けるのも彼等の自由だ。 しかし、危険な場所に住み続けるのは、公共の福祉的には如何なものか。 今まで何十年も大丈夫だったとは言え、それが数時間で壊滅したのだ。 次はまた何十年先かも知れない、明日かも知れない。 それは誰も知らない。 完全に安全ではない土地に住まわせるのは、行政としてそれを許可しては駄目だろう。 埼玉県久喜市も、まさに今それで揉めているではないか。 危険を承知で、何かあっても他に責を負わせない、その時は再建も自力でする、と希望者が確約しない限り、津波の町に人を住まわせてはならないと思う。
2011年04月11日(月)
発行手数料1万5千円
巨大地震から1箇月、また大きな余震が。 地震も津波も天災で、誰のせいでもないけれど、原発は人災だからなあ。 風向きだけはチェックしようとは思うが、部外者の素人が一喜一憂しても仕方ないので、私は静観を決め込んで、原発関連ニュースは余り見ないようにしている。 それで心配し過ぎて体調を崩したら、馬鹿げているからである。 東電と政府が下手打ったのは確かだけれど、俄かの素人があーだこーだと言ったって、何にもならないんじゃない? 関心を持って見守るのは大切かも知れないけれど、それで精神的に疲れてどうするのさ。 それで病院にかかったり寝込んだりしたら、それこそ無駄だし。 今更悔いても仕方ないが、早いうちに福島原発を東電から取り上げ、政府の管理下に置き、とっとと潰しときゃ良かったのに。 初動で対応を誤り、全てが後手後手になって、どんどん被害が拡大するなんて、下手な映画を見ている気分だ。 取り敢えず、政府は特別立法を作ってでも、東電幹部の私財を凍結すべきだと思う。 到底足りないだろうけれど、それを被害者救済に当てて欲しいな。税金から出すのはそれからだ。 ひとつの会社を潰して新しく建て直すのはコストも手間もかかるけれど、ずーっといい加減な事をやって、それを隠蔽して来た東電は、1度潰さないと駄目だと思う。 原発に関しては、最悪の事態も想定すべきだ。楽観的ではいられない。 政府も東電もそのつもりでやっているのか、疑問である。 最悪の事態……起こったらどうしようかね。 私は取り敢えず、逃げるわ。 国外逃亡も視野に入れている。 先週の大地震でも、持ち出し用鞄に旅券を入れた。 「私はいざとなったら外国に逃げるわ。英語自信無いけれど。あれ、貴方のは失効してたんだわね、そう言えば」 と主人に言うと、 「僕を置いて逃げる気か……」 とがっかりされた。 じゃあ早目に取り直して下さいよ、パスポート。
最近、お肌の調子が悪い。 薬が効かない。 外に出たら、鼻の奥、喉との間にイガイガとした違和感を感じた。 そして目が痒い。 この痒みは、アレルギーの症状だ。 一応掃除はしているものの、花粉症の主人のせいで、最近窓開けて換気していないから、ハウスダストだろうかと思っていたが、主人からまさかの一言。 「それって、花粉症じゃないの?」 ガーン! 私には無縁だと思っていたのに、そうなの!? 「目が痒くて、鼻や喉に違和感があるんでしょ。それって花粉症」 「でも、くしゃみも洟も出ないよ! 他のアレルギーなら兎も角、花粉症は嫌!」 と私が抵抗しても、 「シオンも愈々花粉症かー。うつしてやったぞ♪」 と何故か嬉しそうな主人。 人でなしだー。 明日は朝一で病院行くんだ。 んでもって、抗ヒスタミン剤出してもらうんだ。
ハイ、また停電してましたよ。 一昨日の夜、さて寝ようかねと思っていたら、揺れた。 これはでかい……! 先月の大地震を思い出した。 カウンターの上には、食器が出しっ放しだ。PCの電源を落とす前に、あれを片付けなければ。 食器に飛び付いたその時、室内の全ての光が消えた。 怖さより先に来たのは、 「またかよ……」 というがっかり感であった。 それでも切れたものは仕様が無い、私は食器を抱えたまま、しゃがんでもそもそとテーブルの下に移動した。 電気が消えるのと同時に、先に寝室に引っ込んでいた主人がドアを開けた。 「シオン、大丈夫か!?」 「大丈夫、生きてますよ〜」 と言っているうちに、揺れが治まった。 「またか」 「うん、まただね……」 主人がすぐに、懐中電灯を取り出してくれたので、私は立ち上がって、食器を仕舞おうと戸棚を空けた。 ゴチン。 「ギャー!!」 戸棚の中から焼き物のコップ(重たい)が飛び出し、私の踝にヒット! 油断した。仕舞う事ばかりに気を取られ、食器棚の中の様子まで見ていなかったのである。 「うう……痛いよおおおおお」 「煩い。静かにして」 何ソレ(怒)。 怪我人に対してそれは一寸酷いんでないの? 踝は腫れて血が滲んでいたが、それがクッションになったお蔭で、コップも床も無事だった。 嗚呼良かった!(無理矢理ポリアンナ) 先月の地震では真北に移動していた薬缶は北西方向にずれていて、前回被害の無かった食器棚の中では、今回グラスが2個犠牲になっていた。 落下したCDと本は、数は同じぐらいだが、CDケースの破損が目立った。 今回は、前回とは揺れ方が違ったようだ。 主人の同僚達も同じ見解で、TVが逆の方向に倒れたとか、前回とは別の棚が倒れたとか、先月以降対策を講じたのにも拘らず、悉く裏をかかれたそうである。 町に出ても、電柱は傾いているし、前回無事だったブロック塀が綺麗に倒れていたり、地割れしていたり、色々と大変そうだ。 電気、いつ点くのかな〜とのんびり構えていたが、今回は前回の半分の時間で復旧したのには驚いた。 正直、前回よりもかかるのかと思っていたので、これは有難い。電力会社が頑張ってくれたのだろう。 電気が無くても何とか生活出来たけれど、冷蔵庫が使えないのは一寸困った。 自宅で発電出来る自転車とかあれば、結構売れるんじゃないだろうか。 ダイエットも兼ねて!と宣伝すればいけるかも、と一寸思った。
普段は車生活だが、時には公共交通機関を使う。 運転しなくても移動出来るのは楽だが、どこの誰が何に触った手で触り、どこに座った尻で座った席かと思うと、ギャーとなる。 私はどちらかと言うとズボラだし、潔癖症だとは思わないのだが、人前でも平気で鼻糞をほじくるジジイとか見ると、死ねと思わざるを得ない。 いやホントに、いつだか電車で帰って来た時に、駅のエスカレーターで隣のジジイがよろけてたんだけれど、その直後に鼻糞ほじり始めたんで、ぎょええと思って後退りしてしまった。 エスカレーターで後退りは危険だが、そうせずにはいられなかった。 一寸アンタさっきよろけた時に、私のコートや鞄に触らなかったかい? よろけたのは鼻糞をほじくる前だったとしても、いつでもどこでも人前でも平気で鼻糞ほじくる奴は、その前にもきっとほじくっていたに違いない。 こんな鼻糞テロジジイは死刑でいいと思った。 鼻糞ほじくるのは、ジジイばかりではない。 若い女もいた。 しかしイマドキの美人ではない。 あれは患者だったのか、なんか変な感じの人だった。 手は傷だらけで、潰瘍のようになっていた。 やはり何かの病気なのだろう。 学校帰りの高校生も、平気でお菓子を食べていたりするので、勘弁して欲しい。 ポロポロ零れるスナック菓子、しかも私の嫌いなキムチの匂いだったりすると、殴りたくなる。 せめてどこの学校かが判れば、学校に苦情の電話でも入れられるのに、自分の育った場所ではないので、制服の見分けが付かない。男子生徒の学生服なら尚更判らない。 女性のマナーも酷い。 スカートを穿いているのに、何故脚を閉じないのか、同性としてかなり不思議である。 眠りこくって膝が開いてしまうのなら兎も角、起きているのに開いているのだ。 しかもそれが、見えそうで見えない。見ている方もかなりストレスだ。 しかし昨日は、それをかなり上回る兵がいた。 ショートパンツ(ホットパンツって言うの? よくわからん)を穿いた女性が、靴を脱いで、次に驚くべき行動に出たのだ。 さあ見よ!と言わんばかりの開脚っぷりである。 毛のお手入れもしていて、よほど自信があるのだろう。 残念ながら、彼女の向かい側には女性しかいなかった。男性諸氏に代わってあげたかったよ。 手に入れた新しい携帯で、つい撮ってしまった。 隠れて撮ってはいないし、彼女も隠していないのだから、盗撮には当たらないよね?
津波の犠牲になったお稽古仲間の葬儀に参列した。 気取ったところが無く、また邪気の無い人だった。 親に大事にされて、ちゃんとした教育を受けて、結婚してからは夫君に大事にされ、子供を大事に育てた人なのだと思う。 子供達が巣立ってからは、社会のために勉強して働くという、明るく活動的な人だった。 全く違うタイプの人間である私にも、裏表無く、優しく接してくれた。 そんな彼女には当然友人が多く、親戚やご主人の仕事関係者だけでなく、大勢が参列し、とても立派な葬儀が行われた。 何人かが弔辞を読み上げたが、1番上手だったのは、古くからの友達だという学校の先生。 文章もしっかりしていて、音読も素晴らしく、聞く者は皆感動した。 担当は国語科と聞いて、更に納得。 学校での勉強は大人になったら役に立たない、などとほざく人が時々いるが、そんな事は決してない。 母国語でちゃんと作文する事は、こういう時に役立つ。 特に義務教育で習う事は、大人になっても大切な基礎なのだ。 大人になって、恥をかかぬために、ちゃんと身につけておかなければならない。 次の人の貧相な弔辞を聞いて、私はそう感じた。 学校の先生の弔辞は非の打ち所が無かったが、その他の弔辞を聞きながら、 「下手糞だなあ」 「イントネーションがおかし過ぎるだろ。どこの人だよ全く」 などと、私は密かに突っ込みを入れていた。 葬儀が始まるまでは故人と無関係な話でひそひそと談笑していたのに、いきなり弔辞で感動して歔く一般席の人々にも、なんだかなあと思った。 そんな私に対しても、彼女なら 「やだもう、春さんたら」 と笑ってくれるだろう。 そんな人だった。 ちゃんとお別れを言えたし、ご家族にも挨拶出来たし、行って良かった。 葬式は、死者のためと言うより、生者のための儀式であると言われるのが、わかった気がした。 会場を後にして、ひとりになってから初めて、彼女のために泣いた。
そもそも服も小物も、黒いのは持っていないのだ。 黒は似合わないって診断されたんだもん。 似合わないのだから、黒い布も買わない。 私が持っているのだと、地味な色は、精々茶色かチャコール・グレーだ。 まずは靴だ。 花粉症の主人はお留守番で残して、単身大型スーパーへ。 靴売り場は2階だったっけ……と中に入ると、 まさかの2階封鎖中。 先月の大地震でぶっ壊れたっぽい。 どーすんべと思ったら、1階に急遽特設コーナーがちんまりと設けられ、靴はフォーマルスーツと一緒に並べられていた。 そうか、新入学の季節だもんな、フォーマルが無いと皆困るのか。 自分のサイズの靴を、片っ端から試し履きして、これならいいかなと妥協出来る物を選んだ。 一寸痛いが、肉刺が出来るほどではない。長時間歩き続ける訳ではないし、大丈夫だろう。 お値段はそんなに痛くないし、遠くの店まで買いに行っている余裕は無い。 よし靴は決まり。 同じ売り場に黒コートもあったのだが、こちらは如何にも安っぽ過ぎて、到底買う気になれなかった。 なので寂れた商店街に行ってみた。 色違いがあったら欲しいな、というコートはあったが、生憎黒が無かった。 おばさま御用達な雰囲気のお店にも行ってみたが、どうにも好みではなくてやめた。 結局コートは見付からず、途中の文房具店で香典袋と筆ペンを買った。 コートはいいや。 日中暖かければ、無くても大丈夫だろう。 あとは、袱紗か。 紫の布って、ニットしか持ってないや……既製品を当日に買うしかないか。 仏壇の無い家で育って、親はマナーを教えてくれなかったもんだから、私はこの歳になっても、冠婚葬祭にとんと自信が無い。 インターネットがあって本当に助かるわ。
津波で流された趣味仲間が、遺体で発見された。 近々お葬式があるので、一寸遠いけれど、交通機関も回復したし、他のお仲間と一緒に行こうと思う。 最後のお別れだもん。 なんかなー、まだ信じられない。 いや、本当の事だとは判っているけれど、まさかと言う感じ。 もっと色々な話をしたかったのに、聞きたかったのに、もう叶わないのか。 私に出来る事は無かったのだろうかと思うが、無かったんだろうな。 あるとすれば、もっとちゃんと連絡を取っておく事か。 友達関係は大事にしようと思った。 幸い私の友達は数が少ないので、大事にし易い。 そして現実。 喪服はある。多分入る。 半袖だが、セットの上着を脱がなければ、ババシャツは見えなくなる。 手提げ鞄もあった。ただ、小振りで財布と携帯ぐらいしか入らないので、マイバッグのような予備袋を持って行こう。 しかし靴が無い。幾ら探しても無い。 数年前に身内の葬式の時には履いていた筈。どこにやった。 記憶を掘り出す。マリ・クレールの箱に入っていた。 そうだ、あの箱は無い。 靴の寸法は表示上合っているのに、私の足には小さかったから、1年前の引越しの時に、服等と一緒に段ボール箱に詰めて、リサイクル店に持ち込んで処分したのだ。 黒い靴はあったが、金具が付いている。ネットで調べたところ、金具類はNGらしいので、これは履いて行けない。 買うしかないか……!(断腸) そういや春用コートも持っていなかった。 作るにしても、丁度良い布も時間も無い。 黒いコートも、序でに買って来るか。
2011年04月01日(金)
Bull Piss Organization
AC〜♪のCMより、更に苛つくCMがある。 それは、BPO(放送倫理・番組向上機構)のCMである。VIDEO これは震災のずっと前から放送されていたが、震災後はその出番が格段に増えたため、私をとても苛々させる。 何が苛つくって、台詞のほぼ全てにである。 平気で人の心を傷付けるし、嘘の情報流すし、子供達に悪影響を及ぼす番組を垂れ流しとるだろうがあ! それを、「してないですよね〜?」としていない事を前提にして同意を求める口調にムカつく。 そもそも「ないです」っておかしいだろうが。 正しい日本語として「ありません」って言え! そしてそれまでの深刻そうな調子から打って変わって、明るく 「一緒にTV、良くして行きませんかぁ?」 って、なんで勧誘口調なんだよ。 どうして視聴者が協力しなきゃならないんだ? まずはてめえで努力しろや! 図々しいにも程があるだろ。 普通に考えて、企業と顧客の関係として、おかしくないか?それって。 なーんか、どこまでもTV局ってクソだな……と思った。 ポポポポーンの方が、CMとして、ずっと楽しいよ。