日々是迷々之記
目次


2005年11月30日(水) 仕事場見聞録

今日から働くことになった。本当は明日からなのだが、今日はひまなので研修のような感じで仕事を覚えて欲しいとのことで出社。

昨日、メンタルクリニックにいって薬をもらってきた。定時が10時から19時なので今年はもう行けなさそうだからだ。働く旨を伝えると、「がんばらないように。腹八分でやってくださいよ。」とのアドバイスをもらった。「がんばれ」と言う人は多いが、「がんばるな」と言う人は少ない。その方がずっと楽になれる。もし結婚するなら精神科の先生とするのが良さそうだ。(統計的にもうまくいっている夫婦が多いのではないか。)

さて、仕事。結果的に言うとがんばろうにもがんばりようがないので安心した。自社システムのマニュアルPDFファイルを読む。といっても12ページしかない。そのあと広い社内を案内される。トイレはここ、休憩はここ、アイスクリームの自動販売機がありますよとか、社員食堂はここですよとか、そんな感じ。

ブラインドタッチができるんですか?へーすごい!などと言われてしまった。いやはや、褒められると嬉しいがどう答えていいか分からない。昼過ぎに今日はこんなもんでいいので明日から仕事しましょう、と言われて帰っていいことになった。タイムシートは定時で書いていいらしい。緩いかんじで助かった。

今日案内してくれた社員の人は3人いて、全員がお笑い芸人の面影があるので何だかおかしかった。アイスクリームの自動販売機を教えてくれた人は中川家の弟、パソコンのシステムについて教えてくれた人は「おぎやはぎ」、別の支店から出向で来た人はケンドーコバヤシ風だった。

家に帰って弁当を食べ(作って行ったが食べなかった)、テレビを見ているとうたた寝してしまった。明日からどうなるんだろう。


2005年11月25日(金) 普通にあこがれて

金曜日の昼から派遣の顔合わせに行った。今日のは面接でなく顔合わせである。もう仕事することは決まっていて、その前に一度会っておきましょうということらしい。

十年前はほとんどこんな感じだった。今では競合(一人しか雇い入れないのに複数の派遣会社に声をかけ、誰を雇うか天秤にかける)は当たり前になってしまったが。仕事的にそんなに面白そうではないが、このだれっとした日常を打破したいという気持ちがあるので引き受けることにした。休みは日曜、祝日だけだが逆に余計なことを考えずに済むので気が楽かもしれない。

こども保険のコマーシャルで「ふつうが一番」と子供が言っているが、普通ってなんなんだろ、と思いつつも、やっぱ普通がいいかなと思う今日このごろだ。


2005年11月23日(水) きみに会いたい

そんな気がするが、その「きみ」っていうのが誰なのか具体的にはない。

ただこの空虚感を満たすまでは求めないけれど、静かに湿度を与えてくれるような、しっとりと底面を漂うような感情をくれる誰か。永遠を信じ合えるような誰か。そして私を失望させない誰か。

簡単なようで難しい。誰か一緒に積み木を積んでくれないだろうか。

生きてきて一体どんなことを身につけたのだろう。お金で買えないものばかりを求めてしまう。平和で静かな日常、明るく健全なこころ、誰かと繋がってると思えること。

失った物はよく分かる。希望、執着心、やる気、若さ、明るさ。

リセットボタンがあればいいと思う。しかも誰かにそれを押して欲しい。他力本願はよくないことのようによく言われるが、他力が働くからこそみんながんばれるんとちゃうかなと思う。地球の上でたったひとりで朝を迎え、ひとりで夜に眠って80何年生きられる人はきっといないはずだ。

だからきみに会いたい。

って何が言いたいのか我ながら不明。たまに考えてしまうことを文字にしてみたのだが。生きていることはかっこわるくて、死んでしまうのはみじめである。という歌があるのだが、この歌の言わんとすることは何なんだろう。

それでも明日はやってくる。何でやっ。


2005年11月21日(月) 小さく切り裂けて

先週は2件の面接に行ったが、今日返事があった。両方とも不採用。軽くショックを受け、熱いココアを飲みながら少しだけ泣いた。

今回はこっちからの条件は出さなかった。毎月役所にはんこをもらいに行くのは親戚のおばちゃんが嫌々ながら引き受けてくれたからだ。「どうして親に反対されたのに(今の相方と)結婚なんかしたの?こういうことがあるから、親と仲良くやれる人を選ばなあかんねんで。」と説教されるのと引き替えであったのだが。最近の私には怒りという感情はない。ただ、あきらめみたいなものが深く広がっている。何を言われても別にどうでもいい。ただ静かに悲しくなったり、落ち込んだりするだけなのだ。

話はそれたが、条件を付けなかったのに断られる、というのはひとえに自分の実力不足なのだろう。よく考えれば私は特に売りがない。何が得意ということもないし。

今日明るいところでふと鏡に映った自分の顔を見てびっくりした。目が充血して真っ赤だし、口の横に深いしわが目立つ。右目の下には大きなくまができており、笑ってみたが口角は上がらない。ああ、それなりに年をとったんだなぁと思った。それに少しも明るさがない。これでは初対面の人にいい印象を与えることは難しいだろう。そういうことを全部ひっくるめてなかなか仕事が見つからないのだと思う。

しかし、これは全部自分そのものなのだ。33年かけて積み上げてきたものだ。いくらそれが醜くてもそれを受け入れなければならない。

あと人生50年とかある予定なのだが、どうやって生きていくんだろう。貯金だってなくなるし、いつか相方もいなくなってしまうし、そこから先に何か価値なんかあるんだろうか。こういうことを考え出すと、後頭部の右耳の後ろが決まって重くなってくる。

寿命って40年くらいでいいんだけどなぁ。やりたいことは大体終わったし。


2005年11月19日(土) カレーうどん最強

金曜日の晩はカレーライスを食べた。

今晩は、そのカレーの残りを使ってカレーうどんにした。カレーが2センチほど残ったキャセロールにかつおだしを入れ、しょうゆ、みりんで味を調え、ざく切りにした長ネギとあげを投入。片栗粉でとろみを付けてうどんを別鍋で茹でる。

スーパーで売っている茹でてある麺がお手軽でいいが、冷静に考えると高く感じる。今日使っているうどんは讃岐うどんでかなりコシがある。これが5束入りで158円とかである。茹でうどんは3つで100円くらいだが、ふにゃふにゃである。私は猫舌なんで、食べるうちに麺が伸びる傾向がある。なので、ちょっとコシがあるほうが、私には良いのだ。

6分ほどでうどんがいいあんばいになった。丼にゆがいたうどんを入れ、カレーダシをかける。七味唐辛子を振っていただく。わっと汗をかきながらざざっと食べる。このざざっと感がやはりうどんの醍醐味だ。パスタなんかだと、ざざっとたべるのは何かマナー違反なかんじだが、うどんはざざっと頂くほうがいい。

鍋はきれいになるわ、おいしいわ、でカレーうどんはなかなかやるなぁと思った。が、しかし日記の目次を見てみたら、11月9日もカレーうどんを食べている。うーんメニューがパターン化しているようだ。許せ、相方よ。


2005年11月18日(金) 面接ですよ

こないだ書いた派遣の顔合わせに行ってきた。駅の4番出口で派遣会社の担当Fさんと待ち合わせ。電話では気のいい関西弁のおねえちゃんという感じだったが、実際に会ったら安野モヨコのまんがに出てくるキャリアウーマンみたいな人でびっくりした。髪の毛はひっつめ。ばきっと音がしそうなきっちりメイク。シンクロナイズドスイミングの人みたいだった。自転車でそこまで行った私とはちょっと女としてのレベルが違いすぎた。

面接前の打ち合わせでも、まるで教育ママみたいでびっくり。いや、アドバイスは嬉しいんやけど。「背筋を伸ばして。」とかって小学生ちゃうんやから。「いや、それ、背脂ですから。」とギャグの一つでも言おうかと思ったが、とてもそんな雰囲気ではなかった。

このFさんは35歳らしい。で、わたしは33歳なんでそれほど差があるようには感じない。が、「背筋を伸ばして。」の他に「もっと自分の能力をアピールするように、自信を持ってくださいね。」とか色々言われた。そんなにヘタレに見えるんだろうか。まぁ、確かにヘタレだけど。

面接自体は可もなく不可もなく普通。そのFさんのテンションの高さというか、ビジネスマナー遵守命のオーラが一番光っていた。まあ、ひじきマツゲの女と比べると絶対Fさんの方がまともなんだが、私には絶対できないきっちり感であった。面接の結果は月曜日とのこと。

こういう面接をするたび思うのだが、私は会社員に向いているんだろうか?いや、もう10年くらいやってるんだが。面接なんて15分くらいで職務経歴を説明するだけで何がわかるんだろう。最も派遣の場合ある程度能力で選別された人間が面接に来るわけで、人当たりなんかを見てるだけかもしれないが。

が、非常に醒めてしまう。事務系の仕事の場合、自分の仕事に意味を感じられない一瞬みたいなもんがあって、その積み重なりでモチベーションを保てなくなることがある。その点、配達屋さんだとか、デザイナーだとか、ライターなんかの仕事の場合、明らかに成果や達成感があり、モチベーションは保ちやすいように感じる。しかしまぁ、やる気なくても会社に来るだけで給料がもらえるのが会社員で、やる気なかったら一銭も手元に入らないのが体や頭を使う仕事なのだが。

もし何の仕事でもできるのなら、成果や達成感に溢れていて、ある程度収入に安定性があり、しかも休みが多い仕事がいいような気がする。そんな仕事思いつかないが。

とは言いつつももし男に生まれていたら、ボクサーか素潜り漁師になりたいなぁと思う。あ、宮大工とかプロのレーサーもよさそうだ。わがの能力で勝負するっていうのがかっこいい。

安定したものがいいと言いつつも、一発何かに秀でた物に憧れてしまう。それが吉と出るか凶と出るか、それはなかなかわかんないのである。


2005年11月17日(木) 日記書いて疲れた

なんかそんな感じ。昨日の日記を今読み返してみたが、くらいよなぁ。何かこの世の不幸は全部自分のせいよ、みたいなオーラが漂っている。

なら消せば、とも思ったが、今の自分にとって文字を綴ることが自分を助ける手段のひとつになっている。読み手にどう思ってもらいたい、とかはなくて純粋にキーボードを叩くことで過去に流すような感覚だ。

ミクシィの日記はあかるいほうの自分。だからつまらない日は書かない。エンピツの日記は何でもありの綴り場。そんな位置づけになっている。

5時に起きて相方を送り出してからまた寝たので10時間くらい寝た気がする。外は青空で鳥が飛んだりしていいかんじだ。おなかが空いたのでマクドでも行って栄養補給して来よう。やっぱエビフィレオとバニラシェイクSやな。


2005年11月16日(水) ウイスキー5cm分のたわごと

先日書いたように親の病院に行って来た。といっても行っただけで面会はしなかった。会うとくらい気持ちになってしまうから。つか、めんどくさいんだな、多分。郵便物を取りに来て下さいと今日の朝と昼に2回電話があった。何度も言わいでもと思うが、面倒見て貰ってるんだからと、外面の良い私がへこへこ夕方伺いますのでと言った。

そして病院で毎月一度の保険証提示、入院費用の支払いをするわけだが、事務の女性に何で住所が病院になっているのか、と聞かれた。役所からちゃんと住んでるところに住民票を移せと言われたから、病院のケースワーカーの許可を取ってそうしたと告げると、何でおたくの家に移さないんですか?と来た。事情があんだよ、そのへんは。嫌だから、と言いそうになったが、私は外面が良いのでテキトーに言葉を濁した。

東ちずるを20歳くらい若返らせたようなその女性は家族なんだからアンタの家に移せばいいのにと言いたそうだった。「転院の際にはちゃんと移動させていただけるんですか?」と来た。言われなくてもやるっての。「はい、その辺はきちんといたしますので。」と答える。何かこう世間のことなんか全然知りません!みたいな若くてモノを知らないけど私は正しいのよ!って思ってる人と会話するとマゾプレイでもしてるような気分になる。そっち方面あんまり趣味ではないが。(笑

んで、受け取った郵便物は大阪市長選挙のお知らせ。まあこれは良い。後は全部通信販売のカタログ類だった。変な健康食品とかババくさい服とか何かそういうのんのお知らせ。こんなもん捨ててくれていいんだけどさぁと思うが、病院側もそういうわけにはいかないんだろう。受け取るのがマジ恥ずかしいんだが。ばあさん向け衣料のカタログを見ていると、実家にいたとき、肌色と白以外の下着を禁じられていたことを思い出す。あと、ワイヤー入りのブラとかもNG。結局女としてもっさい部類の人だったのだ。

それと派遣会社から電話が2件。片一方は顔なじみの方で、仕事の話。もう一方は例のひじきマツゲの女のいる方で、いっぱい電話してくる割には1回しか仕事をしたことがない。社風か何か知らないが、「〜の方、してもらってよろしいですか?」みたいなしゃべり方をする。回りくどくて苛々してしまう。「〜して下さい。」「〜よろしくお願いします。」でいいんじゃないだろうか。

と、今日は携帯に4回電話があったのだが、バッテリーがなくなる寸前だ。今月で今の電話機は29か月目になるらしい。明細にそう書いてあった。バッテリーを買い換えるのも勿体ないし、大体ツーカー自体がなくなるわけだし、ここは潔くドコモでも買おうかなぁと思う。って1円の端末にするつもりだが。だんなの仕事の関係でカメラ無の機種しか会社に持ち込めないので、年末に出ると思われるカメラ無FOMA端末を狙っている。

というわけで何だか非生産的な一日だった。つくづく思うのは世の中ってやったもん勝ちなんだなぁということである。うちの母親なんか、自分の不摂生で勝手に倒れて、勝手に入院して、死にかけて、んで寝たきりで、他人に迷惑をかけながら生きている。親なんだからちゃんと面倒をみないとと言う人もいるが、親だといってもあの人の場合はかなり問題がある。

戸籍謄本を見て驚いたのが、私の生まれたとき、父親はまだ前妻と結婚していたのだ。んで父親と母親が結婚したのは妹が生まれる直前だった。私が5歳の時だ。子供の時、父親の妹(おばさん)に「私生児」と言われて意味が分からなかった。ま、今はわかるけど。小説かなんかでその意味を知ったと思うのだが、その時は地味にショックを受けた。蔑まれてたってことだからだ。事情は知らんが、もうちょっとちゃんとせーよと思う。野生の動物じゃないんだから。

その後母親も再婚で前の夫との間に娘(私から見たら姉)がいることが発覚したり。となんかもう全てがずさんで感動的だ。

そういうのを知ってしまうと、私はよく生きようと思う。だめでも鬱でもちゃらんぽらんなことだけはしないでおこうと思う。母親のような生き方は、生きる価値がない。その血すら絶えてほしい。というわけで私は自分の子供を持たないだろう。もし経済的に余裕ができたらどこかのかわいそうな子をもらおうと思う。そして今まで悲しかった分を取り戻せるくらい明るい未来をあげれたらすごいと思う。まあ、このへんが人生の最終目標かなぁ。

何者でもない私になりたい。見えないものに縛られるのはもうたくさんだ。


2005年11月15日(火) ダウン&アップ

昼から面接だった。今度は派遣でなく契約社員。ネットの求人で見つけた会社だ。朝から履歴書、職務経歴書を作り、用意する。

多分だめだろな、と思わせる面接だった。未経験者歓迎!一から丁寧に教えます!とか書いているわりに、職務経歴書を見て、畑違いですね、と言われた。まあ、ビックリマーク付きの宣伝文句を信じた方がオロカなのかもしれないが。

帰り道、バイクで走りながらだんだん鬱が入ってきた。なんかどこへ行っても品定め、選別されるような感覚がする。そしてアンタはダメよ、とみんな言う(ような気がする)。あるカリスマ的エディターの人が、自分の能力に行き詰まりを感じ、鬱入ってパン工場に勤めたが1日で辞めてしまう話を思い出す。そこで、俺は工場の仕事もできないんだよ、と余計落ち込む。

何が偉いとかないけれど、今の私はそれに近い感じだ。単純作業でさえ勤まらない。落伍者感覚。実は1週間ほど前にいつも行くブックオフでバイトを募集していたので思わず申し込んだ。が、それも断られた。土日祝は休んではいけないとのこと。バイトって大変や。。。

帰りにバイク屋に行った。主に会話するため。気心の知れたもの同士で話すのは楽しい。友人も来ていた。今日は新車の納車日ですごくうれしそうだった。ぴかぴかの赤いスポーツバイク。その気持ちわかるよ。いいなぁ。バイクが欲しいんじゃなくて、その楽しい気持ちがうらやましい。

「いいな、いいな〜」とまんが日本昔話の終わりの歌を歌いながら家に帰る。おいしいゴハンにぽかぽかお風呂は自分で用意しないといけないなぁと思いつつ。

帰ってミクシィをうろうろしていたら携帯が鳴った。母親の病院からだ。さっさと手紙を取りに来いとのこと。明日行きますととりあえず返事。こういう外面の良さを保とうとする自分が嫌だ。別に行く気もないのに明日行きますと答える。めんどくさっと思っているくせに、いつもお世話になってますという。誠意、まるでなし。

また電話が鳴った。今度は派遣会社からだ。来週から仕事どうですかとのことだった。何でも、前の担当者のTさんが私を薦めてくれたらしい。感謝、である。ちょっと気持ちが高揚した。まだ世の中から見捨てられてはいないようだ。落ち込んで、持ち上がって、気持ちが忙しい。

仕事がうまく決まるといいと思う。ちゃんと世間の流れに乗って生活したいと思う。平穏な心で淡々とした日常。こんなものを望むときが来るなんて、若い頃は思いもしなかった。

今日もオチはなしだ。


2005年11月13日(日) 紅葉、バイク、ラーメン

朝から気持ちよく晴れていた。空気が澄んで秋らしい。家事をさっさと片づけて10時すぎからバイクで六甲へ。

43号線→西宮大沢線で六甲入山→西へ→表六甲で下山というルート。山頂近くでバイクを停め、ちょっとトレッキング気分を味わう。名前は忘れたけど眺望のよい場所まで1キロとあったのでてくてくと歩き出す。

これが暑いんである。パッチまで履いて、冬用ジャケットに薄手のセーター。トレッキングの人たちは長袖Tシャツ一枚とかである。バイク乗りと登山を同時にやるのはビミョーだったようだ。

Autumn Leaves 2005

紅葉の写真を撮ってバイクのところまで下りる。膝が痛んできて参った。5年前に骨折してから山登りみたいなんは初めてだったので、膝が堪えているようだ。とほほ。

自販機でオレンジジュースをうぐうぐと飲み、ほっと一息。この辺から雲が出てきて寒くなってきたので、のんびり流しながら下山。

帰りは国道2号線から帰る。芦屋のラーメン激戦区でラーメンを食べるのだ。今日は日の丸軒らあめんという店。



ランチタイムなので105円で食べ放題という「豚菜ごはん」も注文してみることにした。それとレギュラーらあめん609円。

Regular Ramen 609yen

これが当たりだった。湯気も出ないほど脂で覆われているが、麺は固ゆで、キャベツ、もやし、きくらげなどの具であっさり頂ける。トッピングの揚げネギも香ばしくていい感じ。

Rice with veg and pork 105yen

ごはんは中華のちまきっぽい味だった。豚肉とタケノコ、人参などが入ったあっさり醤油味。テーブルの上のザーサイも食べ放題。大満足であった。

お店の気配りもイイ感じで、ジャケットを脱いだらすかさず籐のかごをもってきてくれて床に置いてくれた。そこに入れられるようになっていた。

今日はレギュラーらあめんを食べたが、他のお客さんはスペシャルとかネギトロらあめんを注文していた。今度は他のメニューにチャレンジだ!

帰りは43号線で一気に帰る。家に帰ったらまだ2時なんだが、おなか一杯でめっちゃ眠い。

幸せな事よ。いい一日だった。


2005年11月12日(土) 布団の中の二日間

先日「キッパリ!」をくさしたせいか、熱が出て寝込んでしまった。(笑
ほぼ2日間布団の中でじーっとしていた。寝たり、本を読んだり。大昔の少女漫画一気、とか、ねこぢる著作一気などをやっていたら、頭の中がふわふわしていた。そして最後に「自殺されちゃった僕」を読み返した。

この本は、友人二人(ねこぢる、青山正明)、そして奥さんを立て続けに自殺で失った人の手記だ。以前一回読んだのだが、あまりの重さに読み返すことはなかった。それを手に取ったのである。

やはり重かった。世の中には死ねる人と死ねない人がいて、死ねる人は死んでしまい、死ねない人が生きている。総じてしまえばそういう結論なんだが、私はどっちなんだろう。別に今死んでも構わないけれど、そうしてしまえば親のことを他人に押しつけることになるわけでそれは本意ではない。逆を言えば私が天涯孤独で寝たきりの母親しかいないという状況だったらとっくに死んでるってことだ。

親というのはくじ引きみたいなもんだと思う。大体あたりで一部はずれ。はずれを引くと一生引きずる。民法上扶養義務があるもんで、いわゆる絶縁や親子の縁を切るという法的手続きはできない。子供の頃、どんな不合理な仕打ちを受けても、ボケれば世話をしなければならない。それが日本の法律なのだ。

そんなわけで自殺というのは一つの選択肢なのかもしれない。あ、別に今すぐという意味ではなく、カバンの奥底にナイフをしまっておくと心強いみたいな感覚で言っているんだが。

夕方、起きられるようになったのでナンバに行ってきた。ジュンク堂で「完全自殺マニュアル」という本を立ち読みするためだ。が、しかし18禁らしくビニールでくるんであって中は見られなかった。私はどんなに内容が素晴らしくても、文体が気に入らなかったら読めないんである。まあいいか、と思い、西原理恵子の新刊を買った。

レジの近くに「キッパリ!」の著者の続編のようなものが出ていた。似たような表紙なんですぐにわかる。2匹目のドジョウとかそういう言葉を思い出す。腰に手をあてて、斜め上を向き、拳をつきあげれば元気になる、って平和なんだなぁと思った。

話は全然関係ないが、宇多田さんの新曲「Be My Last」をiTunesMusic Storeでダウンロード購入したんだが、あまりの暗くて深い世界に絶句してしまった。一体何があったんだ、と思ってしまった。大金持ちだろうし、才能もあるし、若いし、幸せなはずなのにあの歌詞の世界って一体…。「育ててきたものを壊さなければいけない」、「いつか結ばれるより、今夜一時間会いたい」って、どうしたんだぁと私が彼女の姉とかなら話を聞きたいと思ってしまった。

精神的に深い世界を意識して生きてゆく生き方というのは、日本ではしんどい生き方なのかもしれない。お金で買える幸せで本当に幸せになれる人にはいい国だけど。

んわっ。今日の日記はオチがないなぁ。


2005年11月09日(水) 「キッパリ!」ポジティブな生き方

最近ブックオフにちょこちょこ行っており、目に付いた古本を買い一日一冊くらいのペースで読んでいる。安いのでちょっと気になったらさっと買うため、家に帰って読み込むと「あれれ?」と思うこともたまにあり。今日はそんな本について書こうと思う。

「キッパリ!」(上大岡トメ著)という本である。ジャンルとしては自己啓発本だと思う。が、よくある「そのままの君でいいよ。」とか言われてもそれでいいわけないやろが、とか思う方なので、この手の本は傍観者的視線で見てしまう。その点、この「キッパリ!」はどうかというと、もう一つ自分から遠いところにある感じがした。

サブタイトルは「たった5分間で自分を変える方法」である。それらの方法は、半分が子供のしつけ的内容(靴をそろえるとか)、もう半分は私に言わせれば自己欺瞞だと感じた。

しつけ的内容に関してはうなづくところもある。靴をそろえる、洗面所の鏡を磨く、今日出したものは今日片づけるなど。まあ、実際はそうしているし。しかし問題は同居人がいる場合は自分のことだけやっていても全体の統制は取れない。その辺はどうなんだろと思った。他人の後始末も自分でやるのか、それとも従わせるのか、自分の分だけやればいいのか、いずれにしても「キッパリ!」とは行かないと思うのだが。

しかしまぁ、この辺はまだかわいいほうで、自己欺瞞的部分にはこんなことを書いたら著者の人間性まで疑われるのではないかという心配をしてしまう記述がいくつかあった。

何かを話すときに、「波風を立てずに嘘をつく。」んだそうな。「最低でもひとつは本当のことをおりまぜて話す。」そうすると「後ろめたさが少なくなる。」とのこと。んんんー、いいのか、人付き合いってそんなことで。それって水商売の話術ではないか。客が女の子に「昼間何やってんの?」とか、興味もないけどまあノリで…というレベルの会話ならそれで十分だと思う。

しかし、友達、家族相手にそりゃあかんのではないだろうか?相手は知りたいから訊くんだろうし、それにその手の不誠実な答えって…。答えたくなければ、「言いたくない。」って言えばいいんではないだろうか。その方が「後ろめたさ」は少ないと思われるのだが。

他にも、携帯のメールが来て返事を打つのがめんどくさかったら、とりあえず「うん」だけ書いて送るとか、「嫌ならやらなきゃええやんか。」と思わせる部分が多々ある。この作者のヒトは「なぁなぁも人付き合いのうち。」みたいな考え方なんやろなぁと思った。

携帯メールにしてもパソコンのメールにしても、めんどくさかったら返事しなければいいんではないだろうか。めんどくさいと思う時点でその話題には緊急性がないから後でいいやと思ってるわけだし。レスするのは後に会ったときでも、気が向いたときにでもいいではないか。とにかく「うん」てのはやる気なさが全面に出ていてまずいのではないか。返事が来ないことよりも数倍腹立つんだが。

という感じでこの「キッパリ!」という本では私は変わらなかった。でもまぁ、これが現代女性のポジティブな生き方ってやつかな、とは思う。若い男性の友人が、「女性が強くなったとか言うけど、キツくなってるだけっすよねー。」とか言っていたのと何かシンクロする。弱いより強い方がいいけど、嘘とかなぁなぁで渡り歩いてもつまらんだろうが。

というわけで、この本は「古本屋に売りに行く本」の箱に入れられることとなった。さらば。


2005年11月08日(火) 秋空、自転車、カレーうどん

今日も5時に起きた。すかさず自動的に弁当を作り、自動的にコーヒーも入れる。そして、送り出す。いつもこのあたりで睡魔に襲われるわけだが、今日は何故かそれがない。洗濯をして片づけ。まだ8時過ぎ。そうだ、今日は病院に自転車で行こうと決めた。

半年くらい前は会社帰りに自転車で立ち寄っていたので、別に取り立てて決心が必要なわけではないが、最近は精神が閉じているのでそれすら何か大儀な感じがする。シャワーを浴びて髪の毛を直し、出発。

マンションの桜並木の紅葉が始まっていた。iPodShuffleで音楽を聴きながら軽快に走る。神社の立木も紅葉が始まったところだ。歩道には銀杏が転がっている。いつも通る道だが、通る手段で感じるものは違う。

いつもより遠回り。信号が点滅しても立ちこぎダッシュもしない。ゆっくり適当に走る。カブ90で行くよりも時間が倍かかったが、15分が30分になっただけでのんきなものである。

病院は空いていて、週刊文春をぱらぱらめくっているとすぐ私の番が来た。私の話を聞いた先生は、あまり考えないこと、体調を崩さないように気を付けること、そして分け合うことを指示した。「分け合う」という言葉は意味深である。私と相方、という意味でもあるし、母親のことでもある。母親のことは近々奈良に住む親戚のおばちゃん(母親の妹さん)と話し合うつもりだ。もう、これ以上抱え込むのはしんどいと言おうと思っている。

病院が終わると、近くのタケウチというパン屋に行く。ここに来るのは半年ぶりくらいだ。おいしいパン屋さんで、天然酵母や果物、生ハム、ハーブ、チーズなどを使ったヨーロッパ系の素朴なパンが得意なお店だ。バゲット、生ハムをはさんだ天然酵母のパン、オレンジのブリオッシュを買う。

それからはタカムラという酒屋兼こだわりの食料品屋に行く。ここは一方通行の細い道のところにあるので、バイクやクルマで来るのがめんどくさい。瓶ものさえ買わなければ自転車が一番楽なのだ。ここで日本酒やらアンチョビペーストなどをカゴ一杯に買う。

カゴが重たいので自転車が漕ぎにくくなってしまった。でも、それほど苦痛でもない。天気もいいし、時間が迫っている訳でもない。自分のペースで漕ぐ。汗ばむほど太陽がまぶしい。途中でジュースを買って、公園で飲んだ。なんて平和なんだろうと思った。意味は分からないが、これが普通の生活なんだろうと思った。

家に帰ると、鍋に湯を沸かしてうどんを茹で、昨日のカレーに鰹ぶしのだしと、しょうゆ、みりんを入れ、片栗粉でとろみをつけてカレーうどんにした。関西系ワイドショーを見ながらそれを食べた。カレーうどんは胃にじんわりとおいしかった。

明日も今日と同じくらい平穏ならいいのにと思った。意味もなく悪いことばかりが気になる。


2005年11月05日(土) 秋のプチ旅

よく考えるとこの日記は旅のカテゴリに登録してある。なのに食べる話や管理人に憤る話など、9割は旅の話ではない。気を取り直して、今日は正しく旅っぽい話を。

朝5時に起きて、洗濯をし、「ズームインサタディ」、「ウルトラマンMAX」、「せやねん」を見て、軽く昼寝。昼過ぎからバイクで六甲へ。

途中、もっこす石屋川店でラーメンを食べる。相変わらずうまい。今日はかりかりニンニク多め。5時半に朝ごはんを食べたきりだったので、とにかく美味しかった。

紅葉狩りのつもりででデジカメを持っていったが充電が足りておらず写真は撮れず。携帯のカメラの10万画素じゃあなぁと思い、結局撮影できなかった。休日の六甲はクルマが多い。が、景色を見たいのでのんびり流す。でも、クルマの方は譲ってくれるので、しょうがなく(?)前へ出る。

写真を撮ることを考えると、中型より原付の方が良さそうだ。どこでも止まれるし、足つきが十分なんで坂道でもよたよたしないで済む。

近日中にカブ90を手放すことになりそうだが、また働きだしたら原付(二種)を買ってしまいそうだ。アドレスV100とかが現実的か。ホンダPS125とかあったら萌え萌えなんだが。

しかし紅葉はイイ感じだった。「秋の夕日に照る山もみじ」という出だしで始まるあの歌を思い出したが、あの歌のタイトルは「秋」だったか「もみじ」だったか。

明日は昼から多分雨。むむむ。

Autumn Leaves

ちなみにこれは去年の秋の紅葉。11月23日に奈良と大阪の県境で撮影したようだ。平地ならまだ数週間は大丈夫ってことかぁ。


2005年11月03日(木) 悩めるケータイ電話

朝から高野山方面にバイクで紅葉を見に行こうと思っていたのだが、起きると路面が濡れていた。Yahoo!のピンポイント天気を見ると高野山は雨のようだった。一気に行く気を失い、今日は電気屋めぐりに方針変更。

まず日本橋へ。メイドカフェが加速度的に増えている。メイドさんがお店の前をほうきで掃いていたが、「仕事をしている」感がすごくした。ふむふむ。iPodのオプショングッズを見たりしながら、ふらふらとビックカメラへ。携帯電話を見るのだ。

うちはTu-kaユーザーで近いうちに消滅することが決定している。ただいま乗り換えを検討しているのだが、どないしょーかなーという感じだ。乗り換えの条件はただ一つ。相方のんはカメラ無しにせないかんということだけである。

ヒミツを守らないといけない職場なんで、自前のパソコンとか、カメラなどを持ち込むのは禁止。抜き打ち検査で持っているのがばれたらクビらしい。パソコンのUSBポートなども封印されているという徹底具合だ。

というわけで、今流行のカメラ付きケータイは持ち込めない。そういう意味ではTu-kaはよかった。未だに新機種がカメラ無しだったりするし、機種も選べる。

他のキャリアはどうか。ざくっと調べた結果、ボーダフォンは全部カメラ付き、AUは型遅れのが1機種だけあり、ドコモのFOMAは全部カメラ付き、ドコモのMOVAは何機種かあった。

ということでドコモのMOVAになりそうである。ネックは使用料金がアップすることだが、Tu-kaが安すぎたのであって、これも時代の流れだろう。Tu-kaだと2台で6000円程度だったが、ドコモだと1台でそれくらい行きそうだ。もっともWebコンテンツが比べモノにならないくらい充実しているので使ってしまうというのもあるんだが。

まあ、来年春くらいかな。(ちなみにMOVAにするのは相方だけで、私はFOMAの予定。新しモノ好きなもんで(^^ゞ)


2005年11月02日(水) ジャンボなにがし

昨日の挽肉カレーの話を読んだ妹から、「あれはうちが貧乏だったからやねんなぁ。」というコメントを頂戴した。貧乏。貧乏とは何なのだろう。確かに裕福ではなかったが、本当に貧乏だったのだろうか。

貧乏というのは西原理恵子の「ぼくんち」に出てくるような、河原に吹けば飛ぶような掘っ立て小屋を立てて、「両手に持てるものだけ」を持って生きているような人たちのことを言うような気がする。10年前、我が家は3人のうち2人が収入を得ていた。そのうちの一人である私は家にお金を入れていたので、そんなに食えないほど貧しかったとは思えない。なんせ、10万円も入れていたわけで。

それで夕食代として500円しか渡さないのは単なる出し惜しみ、というか金の遣い方を知らないだけのような気がする。

私は結婚してから世間というモノを知った。カニ、伊勢エビ、てっちり(フグ)、ブルーチーズなどは結婚して初めて食べたのだ。実家にいたころは私が食事係だったので、自分で作ったモノしか食べない。芋の煮っころがし、わかめのみそ汁、挽肉の入ったオムレツ、れんこんのきんぴら。そんなものをずっと食べてきた。カニや伊勢エビをスーパーなどで見たことがなかった訳ではないが、「ふーん、甲殻類やな。」とか思うだけで買って食べようとは思わなかった。

というわけで、妹よ。うちは貧乏だったのではない。単に私のレパートリーが少なかっただけなのだ。どんどん外食をして色んなモノを食べておくれ。今からでも遅くはない。

で、今日の日記のタイトルの「ジャンボなにがし」だが、プロゴルファーのあの人のことである。ジャンボ青木か、ジャンボ尾崎かどっちか。私は運動音痴なので、このレベルのことが分からない。イーグルとかバーディとかロイヤルアルバトロスとか誰かに意味を訊いた気がするがもう忘れてしまった。

今日の日記、前置き長すぎである。


2005年11月01日(火) シチューと貧富

昨晩、「明日何食べたい?」と相方に訊いたら、「ビーフシチューとチーズとワイン」と答えた。「焼き魚とごはん」の方がコストが5分の1で済むねんけどな、と思いつつ。今日はシチューを作ることにした。ワインは買い置きがある。

肉屋に行き、角切りの牛肉を買う。100グラム200なんぼ。それを300グラム。次にスーパーに行き、チーズ、じゃがいも、タマネギ、弁当用の食材(シチューを弁当箱には入れられないからだ。)などなどを購入。全部で2000円ちょい。ママチャリで夕暮れの道をゆきながら、しみじみと昔のことを思い出していた。

実家にいたころは、母親と妹と3人暮らしだった。私が食事を作っていたのだが、母親に買い物に行くからお金ちょーだいと言うと、たいがい500円玉を渡された。そんな大昔の話ではない。10年くらい前の話だ。

買う物はたいがい、牛肉、豚肉ならこまぎれ、挽肉。鶏肉なら胸肉か手羽元。カレーやシチューでも角切り肉を使わず、細切れと挽肉を半分づつ入れて作っていた。確かにスープはよく出るのだが、固まりのものがじゃがいもくらいしか入っていない。で、翌日の弁当もカレーだった。まむしのうな重みたいに、弁当箱に1センチくらいのごはんを敷いて、そこにカレーを入れ、またごはんを1センチくらい敷くのだ。

こんな感じで500円で3人分の夕食と二人分の弁当を作っていたのだった。が、今はいかに贅沢をしていることか。たまに本当にこれでいいのかとすら思ってしまう。相方は普通の家庭にすくすくと育っているので、こまぎれ肉のカレーとか食べたことすらないらしい。なので、私がちょっとぜいたくなんじゃないの?と思うくらいで普通のようなのだ。

この金銭的感覚のギャップはいつか埋まるのだろうか。埋まらないまでもいなしてゆくことができればいいのだが。

キャセロールの中の角切り肉がまぶしい。(爆


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