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2002年09月30日(月) 日記ともだち。

久々にwhoismyを見たら、

私の日記を登録してくれてる人が増えてた。







正直、ビックリ。






同じジャンルの他の人の日記と比べるとドキドキも少ないし、

どっちかというと「恋愛」というより「日常」だったりするし

おまけになんか文章へたくそだし。はあ。

自己嫌悪に陥ることが多い日記。

唯一、ウソは書かないようにはしてきたけど。

ここは私の「本音」を残すところだからさ。

「ちょっと膨らました方がおもしろいかな?」とか思ったことはあるけど

それを始めちゃったら、自分にまでウソをつき始めて

後で絶対苦しくなると思ったからできなかった。



登録して下さってる人を見てみると

ジャンルが一緒でランキングもいつも上位の人だったり

全く違うジャンルの人だったり。

若いヒトだったり、年上のヒトだったり(あくまで推測)。

なんだか嬉しくて、でも気づいてなかったことが申し訳なくて

今日早速myエンピツに登録しました。

ありがとうございます。

感謝感激です。









ところで、私はエンピツでものすごい偶然に遭遇したことがある。

その人の日記は元は成人向けジャンルしかなくて

my登録するのにちょっと恥ずかしさがあったんだけど

彼女の文章から伝わる「好き」って言う気持ちが

何だかすごく共感できて、

嬉しい日記の時は楽しく、寂しい日記の時は寂しく読んでた。

そのうち、彼女は恋愛のジャンルにも日記を書くようになって。

たまたま彼女のページのアンケートに答えたら

それが、彼女の日記に取り上げられてた。

彼女が私に共感してくれたことがすごく嬉しかった。





ある時、エンピツを通してメールが来た。

開いてみると、なんとその彼女から。

その日書いた私の日記に共感して、思わずメールを書いたという

短いメール。

私も嬉しくて、すぐにお礼のメールを送った。

アンケートのあの文章は私が書いたんだよって言うことも添えて。




彼女はまたすぐメールを返してくれて

「日記ともだち(←勝手に決定)」

「エンピツの神様に感謝です」と書いてあった。







その後彼女は体調を崩し、日記が更新されなくなった。

彼女が心から愛してたヒトが一時代筆したときもあったけど

それも、ほんの数日だった。

エンピツという媒体で知り合った友達だから

エンピツでしか彼女のことを知ることが出来ない。

今どうしてるのか、体調はもうよくなったのか、とか。

知りたいことがたくさんあるけど、

それは不可能なこと。





唯一、何か出来ないかと思って

日記の横に大きなバナーをつけることにした。

クリック数によって企業が私に変わって募金をしてくれると言うモノ。

優しい彼女が、日記の頭にずっと張っていたHPのバナー。

「日記ともだち」の気持ちを

こんなことでしか表せないのは歯がゆいけどね。





と、いうことで、

エンピツの投票ボタンは押さなくてもいいから

<押してもらえたらとっても嬉しいけど。本当は(笑)


隣のバナーからHPへ飛んでもらえるととっても嬉しいです。

ちなみに、私のHPではありません。当たり前か。





元気にしてるのかなあ・・・


2002年09月23日(月) ネット恋愛。

ある人の日記を読んで、ふと思った。




やすくんと私は、「ネット恋愛」かな




って。

確かに私たちは、携帯がきっかけで知り合った。

説明するのが面倒なので

知り合うきっかけを人に説明するときには

「メルともだったの」って言うけど、

実際はメールで知り合った訳じゃない。

メールの交換もずっと後だし。

お互いに伝言を残しあうだけだったから、

厳密には知り合うために「ネット」は利用してないわけで。











おまけに。

私、やすくんに実際に会うまでは恋愛感情がなかったし。





電話から聞こえてくる声や

話す言葉や考え方はとてもいいなと思っていたけど、

だけど、それが恋愛感情に変わることはなかった。

実際に会ったときだって、つき合おうとかそう言うんじゃなくて

二人でご飯食べてファミレスでコーヒー飲んで、

ドライブしてサヨナラしただけだし。


もちろん、実際に会ったことで

それまで以上にやすくんと話すのが楽しくなっていたし

メールや電話を待ちこがれるようになった。

その頃、もしかしたら私の中で恋愛感情は生まれていたかもしれないけど

自分の思いをやすくんに伝えるなんてことは考えなかった。



やすくんが初めて想いを伝えてくれたとき、

私は即答できなかった。


いきなり距離があると言うことと

やっぱり、会ったことがあるとは言え、

たった1度しか会っていないことが頭の片隅にあったから。








今の自分があるのは

あの時、そんな不安がある私にやすくんが

「大丈夫だから」と言ってくれたことと

そう言ってくれてから今まで

本当に大切にしてくれてるから(ちょっとのろけ?)だと思う。










ネット恋愛だろうがなんだろうが

どういう形であれ

出会うべくしてであったのなら

それはそれでひとつの「縁」だと思う。

やすくんと私だって

縁があって出会ったんだけど。


でもさ、

気になるんです。










私たちは「ネット恋愛」と言えるんでしょうか?








2002年09月21日(土) コンビニのお寿司。

夜、二人で地域のサークルに行った。

正確には、見学。



地元の人たちと関わる機会がこれまでなかった私には

かなり新鮮な体験になった。

入るかどうかはもう少し考えようと思うけど

とっても良い時間を過ごせた。


帰り道、なんだかちょっとお腹がすいたから

コンビニによった。


私は、ヨーグルトとオレンジジュース

やすくんは、チョコチップクッキーとアイスクリームとお寿司。


「おでんも食べたい」と言ったら、

「人がおごってやろうと思うときに、あんまりがっつくなよ(笑)」

と言われてしまったので、我慢。

確かに、やすくんがおごってくれると思ったら、

ちょっと空腹加減が増したかも。へへ。



部屋に帰って、デザート類はとりあえず冷蔵庫へ入れて

二人でお寿司をつまむ。

やすくんはビールを、私はお茶を飲みながら。







へへ。なんか懐かしい。







こっちへ初めて遊びに来た日と同じ。









引っ越したばかりで

たくさんの段ボールに囲まれて

布団とテーブルとテレビしかないやすくんの部屋で

二人で食べたごはん。


久々のやすくんと一緒にいられる時間が

嬉しすぎて何だか照れちゃったのを覚えている。

当時は外食することが多かったから、

家でテーブルを囲んで食事をとるって言うのも新鮮だった。

当時は希望でしかなかった

一緒に暮らすという未来が想像できて

でもそんな想像してる自分が恥ずかしくてたまらなかったよ。うん。



今はいつも一緒にいて

眠るときも起きるときもいつもやすくんが側にいて

あの頃感じた幸福感がちょっと麻痺してるかも。

幸せに慣れて贅沢になってきたのかな。


コンビニのお寿司は

あの頃と変わらない。

ただ、

あの頃の自分を思い出したら

何とも言えない喜びがこみ上げてきて

お腹も気持ちもいっぱいになりました。



へへへ







2002年09月19日(木) タカラモノ




今じゃなかなかもらえない


私のタカラモノってなーんだ?













答えは、メール。


やすくんからのメールです。






今じゃほとんどメールを送ってくれることはないけど、


送ってきても、「これから帰る」とかいうのだけど


それでも私のタカラモノ。





離ればなれで過ごしていたとき、

お互いが言葉足らずなせいで、考え方がすれ違うことがあった。

やすくんは怒ると特に黙ってしまうから

電話の向こうでどんなことを考え、何を思っているかが分からないまま

その日の電話が終わってしまうことがある。


私の気持ちにまだ余裕があるときは

頭を冷やして、次の日にでも仲直りする事が出来るのだけど





余裕もなくてイライラしちゃうことだってある。




一度、私の方が先に怒ってしまったことがあった。

他愛もないことだったけど、

私にとっては許せない一言があったから。



次の日。



これまでにない長いメールが届いた。

1回のメールじゃ足りなかったようで

2通に分けて。




そこには、

初めてやすくんの気持ちが綴ってあった。

その時は分からなかった私の気持ちが

一晩考えてようやく分かったと。

最後に「ごめんな」と。




そのメールは私の一番のタカラモノになってる。





今、そんなステキなメールは残念ながらなくなってしまった。

メールで伝えなくても直接顔見て話が出来るんだから、

当然と言えば当然だけど。


でもさ、


たまにはあの頃みたいなメールが欲しいと思うのは、


無い物ねだりの贅沢ですかね?


2002年09月17日(火) 偽装遠距離疑惑?!

結婚式に招待した友人が

どうやら、私たち同様遠距離恋愛をしているらしい。


「『ききの結婚式を見たら、私も勇気が出てきた』とか言ってたよ」

という、別の友人の言葉。

「ふーん・・・」なんて思っていたら、

今日、その彼女から久々にメールが来た。



           『遠距離って辛いよね。
            ききはそれを乗り切ることができたんだよね。
            淋しさとか、不安とか乗り切ってすごいと思うよ。
            会えない時間とか、どうやって我慢してましたか?』


うーん・・・我慢かぁ・・・

彼女に「どのくらいの間隔で会ってるの?」と聞いてみた。

すぐに返事が返ってくる。

           『会えないときは、3ヶ月くらい。
            普通でも1ヶ月に1回会えるかどうかかな』


・・・3ヶ月!! その長さに正直驚いてしまった。





わたしとやすくんはどうだったか、

日記を読み返したり、当時の手帳を見たりして振り返る。


こっちに転勤になってからは、1ヶ月に1回だけど

やすくんが伊豆にいる頃は・・・1ヶ月に2回。

日数とすると7日くらい会ってる。


メールでそのことを伝えたら、

彼女はものすごく驚いて、そして

「それってさ、遠距離恋愛とかって言えなくない?」

と苦笑された。


・・・そうかも。

確かに、物理的な距離は初めからものすごく遠い。

何kmあったかは分からないけど、

伊豆にいる頃は車で4〜5時間。新幹線使っても4時間。

何かあってもすぐに駆け付けられる距離じゃない。





だけど、会ってる日数的に考えると、

同じ街に暮らしている恋人同士より下手すると会ってるかも。





私自身、学生時代はともかく、

社会人になってからつき合った人とそんなに会ってなかった。

仕事が忙しいとか何とか言って。

何とかして時間を作ろうと思っても、週に1度会えればいい方だった。



つき合いだしてすぐの頃、伊豆へは電車でばかり行ってた。

だけど、どうしても仕事を終えてからかなり無理をしないと

熱海に停まるこだまに乗れなかった。お金もかかるし。

会える日数も、当時はそんなに多くなかったけど

それでも全然平気だった。

むしろ会えないほうがよかった。

たくさん会えるようになると、

やすくんへの思いが押さえきれなくなりそうで怖かったから。


やすくんは車で来ることが多かった。

2連休がとれると、その前日の仕事が終わったら

その足で私の部屋に向かってくる。

私もやすくんと一緒に車で帰ってきたことがある。


そして、自分一人で運転して伊豆に向かうようになった。

やすくんが熱を出して、だけどそれをおして仕事に行ったと聞いて

いても立ってもいられなくなった冬の日が最初。

それからは、ほとんど車で行ってた。

休みの度ごとに。

やすくんへの想いが隠しきれないほど

「平気だよ」ってやせ我慢する事が出来ないくらい

私の気持ちがやすくんへ向いていたんだと思う。






私とやすくんの休みが合う、と言うことはほとんどない。

思えばそれが、

時間的距離を縮めることができた最大の理由。

一緒にいられる日数は多いけど、

一緒にいられた時間はかなり少ない。どちらかが仕事だから。

だけど、今になって思えば、その方がよかったかもしれないな。






やすくんが転勤してからは

会える日数はかなり減って、寂しい日もあったけど

不安になることはほとんどなかった。

やすくんも同じ。

「寂しい」「会いたい」って言っちゃうのも

出来るだけ我慢した。

やすくんも同じだから。

会えない日を悲しむんじゃなくて

次会える日までを楽しむようにした。

そう、まさに

〜会えない時間が 愛育てるのさ(by hiromi GO)〜状態。



どんなに頑張っても、距離は縮まらない。

どんなに頑張っても、会える日は限られてる。

どんなに頑張っても、寂しい気持ちはどんどん大きくなる。

だけど、

頑張れば、不安な気持ちは少し小さくすることが出来るんじゃないかな





そう、彼女にメールした。


もちろん、これって一般論じゃないと思う。

私だけかもしれない。




だけど。


距離は縮められる。


心は、

いつも

やすくんの隣にあるんだもんね。



そう、




今だって。


2002年09月16日(月) 妾もどき。

昨日やすくんの帰りは本当に遅かった。

夕御飯が、深夜御飯になって

食事を食べ終えたら慌ただしくお風呂に入って、

ほんの少しテレビを見て

布団に入る頃にはもう時計は午前1時をまわってた。


私は更に片づけをしてから眠ったので

さらに20分遅く眠った。







朝。







今日は早朝勤務。

5時半に目覚ましがなる。

やすくんは「準備しなきゃ」と布団を出て

私は「もう行くの?」とやすくんの背中に向かって言い

着替えを出しながら会話をする。


靴下を履くやすくんの後ろにまわって

わざと気取って

「今度は何時会えるかしら」

って、言ってみる。


「週末はいつもこんな感じね」

って、言ってみる。



やすくんはぽかんとした顔で

こっちを見つめて

数秒後に

声を出して笑ってた。



「確かに、最近会社の若い奴(しかも男)と一緒の時間の方が長いな」



準備が出来て玄関まで見送る。



ドアを開ける間際。

やすくんが




「また来るよ」




と言って笑顔で出ていった。























今度は私が

ぽかんとした。


2002年09月15日(日) 実は、スタート。




夕食の後、

机の上に大きな紙を広げて

二人である計画をたてた。




鉛筆で書き込んだり、

消しゴムで消したり。




やすくんが引いた線がきっかけで

思わず違う話に脱線して盛り上がったり。


私が消そうとした線がやっぱり必要だと

やすくんがまた鉛筆でなぞったり。


紙の端に私が落書きしたウサギが不細工だと笑ったりした。





計画、というよりちょっとした夢の話かもしれないけど

その一枚の紙の上には

やすくんがいて

私がいて

将来の家族がいた。







こうやって一緒に歩いていけば

近づいていくことが出来る

未来の私たちの姿。







離れていたときに

願っていたことがひとつずつ

現実になっている。

そして私は

一緒にいられるようになった今に満足していた。













だけどそれは大きな勘違い。












一緒にいられるようと願い続けてきたけど

それはあくまで

これから二人で歩いていくためのスタート地点なんだから。






紙に書かれた未来の設計図は

まだ線が歪んでたり

足らない部分もあるけど

私たちの

これからの目標になる。




2002年09月14日(土) オモイデ バナシ



久しぶりに開けた段ボールの中から

懐かしいモノが出てきた。








飛行機のチケットの半券と電車の切符。







やすくんがまだ伊豆にいた頃、よく新幹線に乗った。

こだまの11両目。たまに12両目。

2人で合わせると月に2度3度乗ってて

おまけに「今日は○番目のA席だったよ」なんて報告しあってたから

乗るたびにその席を捜して

「この前、やすくんはあそこに座っていたんだな」と

座席に座って缶コーヒーを飲む姿を想像したりしてた。





熱海の駅が近くなって、最後のトンネルに入る頃から

心臓が毎回ドキドキして落ち着かなかった。

駅で待つやすくんの姿を見つけても

すぐには駆け寄らなくて、わざと知らんぷりしたり。



やすくんに見つけてもらうために、わざと。



本当はすぐに手をつないでやすくんの手の温もりを感じたいのに

わざとよそよそしくしてしまうのも、毎回。

やすくんの目を見ると、手を握ると

会えない間我慢していた自分の気持ちが

一気に飛び出してきそうな気がしたから。




やすくんの車に乗って、アパートに向かう間も

変にテンション高くて、「全然寂しくなかったよ」なんて素振りを必死に見せてた。

そんな私に、変わらず優しい笑顔を見せてくれてたやすくんは

きっと

全部お見通しだったんだろうと思う。





やすくんが転勤になって



新幹線も東京駅で乗り継がなきゃならなくなってから

飛行機を利用することが多くなった。

仕事を早めに切り上げて、急いで空港へ向かって

ギリギリで乗った羽田行きの飛行機の中から見える

夕焼けと雲の間に浮かぶ富士山の美しさは忘れることが出来ない。










段ボールの中に入っていた思い出の切れ端。

今は飛行機や新幹線に乗る機会はめっきり減ってしまったけれど

あの時のドキドキは今も消えることがない。


数時間前に別れたばかりのやすくんが

家に帰ってきたとき、

未だによみがえるあのドキドキ感。



何時までも続くといいなあ











2002年09月12日(木) 迷う。【エンピツジャンル変更について】



ついさっき、日記を更新したら


ジャンルが増えてた。





これまで、迷うことなく


「恋愛」


ジャンルにいたけど


これからどうしようって


ちょっと悩んだ。








一番最初に浮かんだのは


「遠距離恋愛」。


その次に浮かんだのは


「静かな日常」。









で、結局。




「遠距離恋愛」に



変えてみることにした。




今私たちは遠距離恋愛ではないけれど


だけど、


遠距離恋愛があったからこそ


今一緒にいられる私たちだから。











というわけで、



どうぞよろしく。


2002年09月11日(水)  鼓 動。







やすくんの寝顔を見ていると


時々不安になる。







私が気づかない間に

一人で逝ってしまったらどうしよう







今の私には

情けないことにやすくんしかいないんだもの。

新しい街でスタートした生活に

何の不安もないのは



待っていたらこの部屋に

やすくんが帰ってくるから。

故郷や家族や友人のことを思い出す間もないくらいに

やすくんと一緒にいられる幸せを味わっていられるから。









人の一生なんて儚いモノ


いつどこで何が起きるか分からない


朝笑顔で出ていった人が

夜には冷たく悲しい姿になってることだってある


そんなに注意していても

その「時」は突然訪れるからこそ

一秒一瞬だって無駄に使うことは出来ない

特にやすくんと過ごす時間は。

何ていつも思っている。







だから、





身動きひとつせず、

息遣いさえ感じられないやすくんをみると



確かめずに入られなくなってしまう




心臓に手を当てて



生きてるアカシを刻んでいるかを






トクン トクン トクン トクン







指に伝わる鼓動を感じて






安心する。












今日も一人じゃないって









安心する。


















へんなの。


2002年09月10日(火) 体温。






忘れてしまったけれど

なんか変な夢を見た。





とっても悲しくて怖くて

とってもおかしくて楽しい夢だった。





ほとんど謎。







眠っていても自分の声が遠くから聞こえたほどだから

隣で眠っていたやすくんにも聞こえるほどの

声を出していたと思う。






何だか怖い瞬間があった。

それはほんと一瞬のことだけど

私は叫んでいた。それもほんの一瞬。





次の瞬間

グッとものすごい力で体が持っていかれる。



寝たままの私は(この期に来てまだ寝てる ^^;)

それも夢の中の一部分かと思った。






だけど


自分の体にはっきりと伝わる

やすくんの体温と

腕の力強さ。








これは夢じゃない。











人の体温がこれほどまで

自分に安心感を与えるなんて。






2002年09月09日(月) 100日。





突然ですが、


本日、結婚100日目なんです。


なんだか、めでたい。








結婚○○年目とかよく言うけど

あれって、結婚式を挙げた日からなんですか?

それとも、入籍した日?




やすくんと私は

諸事情の関係で

入籍と挙式の間が2ヶ月ほどあいてる。


・・・しかも、なにげに披露宴は2回もしてるし(謎)




100日というのは、その中で

結婚式を挙げて指輪を交換したときからなんだけど。

一緒にいられるようになって、

同じところに帰ってこられるようになって100日。






いわば、100日間2人で同じ時を積み重ねてきた

とも言える。





















結婚1周年記念のことを「紙婚式」とかいうらしいけど

100日目の私たちはどのくらいなんだろう。

髪の毛ほど?

蜘蛛の糸ほど?

まだ、そこまでには至っていないのだろうなぁ。







だけど






まだ実態はつかめないけど確実にお互いの間に

何かを渡し合って紡ぎ合っているんだろうな

と思う。

















100日、おめでとう。


これからも、よろしく。


2002年09月08日(日) 無理なお願い。




「もう行くの?」


「早く帰ってきて」





毎朝毎朝、繰り返される言葉。

そしてその後、必ず自己嫌悪に陥る。



やすくんを困らせてしまうことが分かっているのに

着替えて出勤の準備をしているやすくんの姿を見ると

言わずにいられない言葉。







やすくんは毎日同じように

ちょっと困った顔をしながら、ポンと頭の上に手を置く。


「できれば、そうしたいんだけどね」




やすくんの言葉を聞いて


やすくんの気持ちだけではどうにも出来ないことを

改めて気づいて、「ごめんね」と言ってしまう。






毎日。







なんだか、おかしな毎朝の習慣。

だけど、



とめられない。









朝早く出ていって夜遅く帰ってくるやすくん。


一緒に暮らしていると言っても

普段は寝顔と、何かを食べている顔ばかりを見てる

そんな気がするほど。


寂しいからこそ出てくる言葉なんだけど。








でも、もしかしたら


やすくんの困った顔を見るのが


そのあと頭にポンと手を置かれるのが


好きなのかもしれない。








忙しくてもやすくんが

私のことを思ってくれてることを

確認したいのかもしれない。









2002年09月05日(木) 自分の顔。

やすくんと暮らすようになって

つまり、「専業主婦」になって

外出する時間がめっきり減った。



「専業主婦」だからではないかもしれないな。

遠くへ来てしまったからかもしれない。

出かけるにも、友達もいないしさ。



まあ、そんなグチは隅へ置いておいて

外出が少なくなってから

バッチリ化粧をすることがなくなった。

もともとそんなに化粧をする方ではなかったけれど、

それでも人並みにはしていた。


今、そんな簡単な化粧でも滅多にしなくなっちゃったんだモンな。







久々に、証明写真を撮った。

そしたら、

ハリのない顔の女が映っていた。

ハリがないのは、歳を取ったからではない。


顔が、

いろんな表情をするために使う筋肉の力が

落ちてしまったからだ。


無表情な私の顔。





さすがに、これじゃいけないと思った。


30を過ぎたら自分の顔は自分で責任を持て

って、聞いたことがある。

20代までは親の顔と似ているとか、若さ故の輝きが

顔からにじみ出ているから

何も努力をしなくても、ある程度美しい女性の顔になるそうだ。

30からは自分の生き様がまざまざと顔に出てくる。

緊張感持って生きてる人は、それだけ緊張感が顔に出てくるだろう。


私は?









写真に写った自分の顔を見て、ゾッとした。

このままおばさんになっちゃうかもしれない。

初めて、そんな恐怖を感じた。



三十路まで後数年。

今の私の顔は、ちょうど自分の生き様が顔に出始めた頃かもしれない。




車で出かけた時、

車の中で、意識的に顔の筋肉を緊張させたりしてみた。

何がどう変わったかなんて実感は、今のところないけど。

口角をあげて運転してみると

何となく気分も明るく前向きになる。

頑張らなきゃ。


2002年09月02日(月) イトオシイ ヒト

いつもより早く帰ってきたやすくんが

疲れはてて帰ってきたやすくんが

夕食をとってすぐ、一足早く布団に入って横になった。

明日の予定を少し話して、まもなく寝息を立ててる。


本当は話をしたり、隣に寝ころがったりしたいけれど

やすくんの寝顔を見たら、何も言えなくなって

少しでもぐっすり寝られるようにと

暗くした部屋を出て、食器を洗ったり本を読んだりした。




本当は寂しいんだけどさ。


・・・かなり。










こういう時って、なぜだか眠いのを我慢してしまう。

我慢して我慢して、限界になるまで

寝室には入らない。


今日もそう。

TVをつけてても、ふと気づくとうつらうつらしてる程。

このまま布団に潜り込めば、

何分と立たない間に眠りにつける、そう思って

テレビを消して寝室に入った。
























やすくんは。














軽くいびきをかいて、

「寒いから」と、久々に出した掛け布団を

蹴飛ばして眠ってる。





伸ばした左腕が

私が横になったら、ちょうど頭が来る当たりに伸びていた。





「寝相が悪いんだから・・・」と

思わず、声を立てずに笑ってしまった。










ふと。










やすくんが寝返りを打った。

またものすごい体勢になったけれど

左腕はそのままで。

右腕は、更に私の布団の上に投げ出される。






ただの偶然なのかもしれないけど。






その姿にやすくんの心を見たようで

すごく嬉しかった。心が温かくなった。





深い眠りの中のやすくんが

愛おしくてたまらなくなった。








おやすみなさい



だいすきだよ


2002年09月01日(日) 手を つなごう

たまたまCS放送を見ていたら

ある女性アーティストの特集をやってた。


特徴のある甘い声。

彼女独特の歌い方。


唯一一枚CDを買ったときは

通勤の行き帰りの車の中で本当によく聞いた。


その番組はライブの映像が中心だったから

私が聞いていたモノと大きく違うアレンジになっていたけど

とっても気持ちよかった。



ある曲が始まってしばらくすると

なんだか、涙が出てきた。





   手をつなごう 手を ずっとこうしてたいの

   手をつなごう 手を ずっとこうしてたいの







やすくんと初めて手をつないだあの日のドキドキ感

発車しそうなバスを見つけて不意につながれた手に安心したこと

一緒にいる人たちに見つからないようにそっとつないだ手




いろんな場面が一瞬のうちに頭の中に広がった。




やすくんの手の温かさが好き

つなぎ方が好き

つないだ時の力加減が好き

何より

つないだ手から伝わってくる

やすくんの気持ちが好き








「手をつなぐ」と言うことは私の中では

もしかしたら一番特別なコトかもしれない。

キスするよりも 体を重ねることよりも。







昔、ステキな光景を見た。


冬の奈良。寒い中、お寺を見て回っていたら

前を歩いていた男の人が

さりげなく隣の女の人の手を取って

自分のコートのポケットに入れた。

手をつないだまま。



そうしたカップルが

今の私と同年代だったらそんな風に思わなかっただろう。



2人とも40代半ばの夫婦だったから。

ごく普通の、どこにでもいそうな夫婦だったから。





そしてそれが、








私の両親だったから。





はっきり言って、普段の両親はそんなこともしそうにない夫婦。

べたべた甘えるのが苦手な母。

人前で甘えられるのが嫌いな父。

そんな二人が自然に手をつないでる光景に


当時私はまだ子どもだったけれど


「きっと幸せってこういうことを言うんだなあ」って


感じたことを覚えている。










ねえ、私たちもあんな風になれるかな

いつまでも手をつないでいよう

おじいちゃんになってもおばあちゃんになっても


私はいつまでも

手をつないでドキドキしていられる心を持ってたいデス



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