彼女の言動に関しては驚くまいと思っていたのだが…… またやってくれた。
休憩時間や、仕事を終えた後には、わたし以外は、休憩室で煙草を一服する人が多い。 何故か、喫煙派が圧倒的に多いので、却って非喫煙派の方が肩身が狭いくらいなのだが……まあ、それはいい。 天然娘がまだ十九であるにも関わらず、煙草を喫うのも、まあ、よしとしよう。 わたしは、警察官でも、親でも、彼氏でもないのだから。
「今日、遊びに行くんで、着替えてもいいですか?」
と、煙草を喫いながら言うので、ああ、いいよ。それくらいの間なら待っていてあげるよ、と応えた。 倉庫街とは、こういう場所をいうのだろう、というくらい、周囲には倉庫しかなく、ひと気の無いところで仕事をしているので、暗くなってからのひとり歩きは危険なのである。 しかし、見かけによらずおっとりした彼女が煙草を喫い終わる頃には、喫煙組も含めて、帰り支度が出来てしまった。 それで、彼女は、「あ、やっぱりいいです。帰りましょう」と言って席を立ち、倉庫の外に出た。
が、もうひとりの男性が、来ない。 彼女が、
「ちょっと着替えてきます」
と、いうので、休憩室に戻るのかと思ったら、会社の門の傍で、いきなり脱ぎはじめてしまった。 こ、こらっ。
「あ、大丈夫です。トレーナー脱いで、ジーンズからスカートに履き替えるだけですから」
だから、それが問題だろう。 確かに、寂しくて人通りは少ないが、車は通るし、一緒に帰ることになってる男性はいつ来るかわからんだろう。 それに、まだ秋とはいえ、寒風吹き荒ぶ中、なんで外で着替えるんじゃ。
とりあえず、彼女が着替えてる前に立って、だれも来ないか見張る。 暫くして、
「あ、もういいですー。ありがとうございました」
振り返ると、紫のセーターに、ミニスカート姿になって、腰にベルトを巻いているところだった。 それから、持っていた紙袋から更にブーツを出してスニーカーと履き替えている。
きっちり着替え終わるまで、だれも来なかったが……いいのか。これで。
彼女の行動が理解できないのは、ジェネレイション・ギャップじゃないよなぁ。絶対。
2001年10月29日(月) |
習慣というのは凄い。 |
今日で終わるはずの仕事が、今週末まで延びた。 これから年末に向けて、いろいろと物入りなので、引き受けた。 加えて、派遣会社の事務所に給料を取りに行ったら、来週から、年末いっぱいまでのパソコンのキー入力の仕事を持ちかけられた。 既に、朝から夕方まで仕事することに関しては余り苦痛を感じなくなっているので、引き受けてしまおうか、とも思った。 が、「十二月二十八日までは『絶対に』土日以外休めない」のと、「今より出勤時間が一時間早まる」というので、やめておいた。
来週からは……来週考えようっと。
2001年10月28日(日) |
珍しく、ふたりで買い物 |
中華街に行くつもりでいたのだが、天気が悪いのでやめた。
ランディが、ビールを買いに行きたい、と言い出した。 その前に、ブックオフに行きたかったのだが、駐車場がいっぱいだったので、無印良品と、少し遠いところにあるデパートで買い物し、蕎麦を食べた。 中国茶器の蓋碗(蓋つきの湯呑み)が欲しかったのだが、一種類しか置いてなかった上に、その柄が余り好きではないので、三個目の茶壷(急須)を買おうと思ったのだが、そっちは種類が多くて目移りしてしまった。
「買えよ。さっさと、好きなのを。早くビール買って帰りてぇんだよ」
「うぅ……これもいい、これ可愛い……これ好きだけど、ちょっと大きすぎる……ああ!いっそ全部買い占めたい!」
「馬鹿か」
迷いすぎて、結局買えなかった。
その後、書店で、ランディが「怪奇大作戦大全」などというマニアックな本を見つけてきた。 結構高いので、自分の小遣いで買え、と言ったら、今財布を持ってないという。 じゃあ、貸してやるから帰ったら返せ、と言ったら、「うん、そのうちね」などとぬかす。 貴様はお母さんと買い物にきた子供か。 思わぬところで思わぬものをゲットして、ランディほくほく。 茶器が買えなかったわたしは不機嫌だった。 ビールを買った帰り道、車の中で、八つ当たりし、無理矢理遠回りしてもらい、ブックオフに向かう。 時間も遅かったせいで、今度は駐車場スペースが空いていた。
「俺、疲れたから車で待ってる」
と、言うので、ひとりで店内をうろうろ。 PSソフト「マリオネットカンパニー」「プリンセスメーカー」「デザエモンプラス」、「警察機動パトレイバー」21巻、福武文庫の「新編・鬼の玉手箱」をゲットして、打って変わって御機嫌で帰宅。
2001年10月27日(土) |
恒例の整体に行った。 |
身体が軽くなったついでに、頭も空っぽになったのか、文章が組み立てられない。 お茶飲んで寝る。
2001年10月26日(金) |
やっぱり大人になれない自分 |
昨日の日記で、自分が、少し大人になった気がする、というようなことを書いたが、やはり妙なところでわたしは子供であるらしい。
例の天然娘は、今日も絶好調だった。
「あのー、ずっと知りたかったことがあるんですけど、訊いていいですか?」
どうぞ、と言うと、
「関西人にも、暗い人っているんですか?」
わたしは、敬語は標準語で喋ることができるが、くだけた標準語は使えないので、普段は、関東人に判る程度の関西弁を使っている。 わたしは、どちらかというと、人見知りする方なのだが、こういう質問が出るところをみると、彼女は、わたしを明るいと思ってくれているらしい。
「……そら、暗い奴もいてるよ」
此処で、『わたしみたいにね』と付け加えたら、彼女の中にあるだろう、関西人=お笑い芸人という印象が強まるだけなので、ぐっと堪える。
「いくら関西人だって、それぞれ個性はあるでしょう」
と、仕事しながら聞いていた男性が激しく突っ込み、旅行好きの女性も大笑いしている。
「えー、だって、わたし、暗い関西人見たことないー」
陰気な関西人もいるし、洒落の通じない関西人もいるし、納豆好きの関西人も多い。 きっと、いつも憂鬱なイタリア人もいるし、リズム感のない黒人もいると思うよ、ということで、その話題は終わった。
そして、「幽霊って信じますか?」と、いう、昨日の話のつづきになった。 わたしが、いくつか、自分の体験を話した後に、「でも、基本的には、信じてない」
と言ったら、
「なんでですか?体験してるじゃないですか。絶対いますよ。いなきゃおかしいもん」
と、必死になっている。
「金縛りは、身体が寝てて、頭が起きてる状態らしいし、人間って、幻覚も割と簡単に見るらしいし」
奇妙なことに、霊体験したことのあるわたしが信じてない、霊感皆無と自認する彼女が信じてる、と主張しあうことになってしまった。
「霊が存在しないっていうなら、だれもいない廃墟に、夜ひとりで行けます?」
「信じてるのと、怖いのは別でしょ」
「別じゃないですよ。いないものを怖がるなんておかしい!いないっていうなら、いないものを怖がらないでくださいよー。いるんですってばー」
「だれもいない夜道は、だれでも怖い。でも、そこに痴漢や強盗がいるとは限らない。いない可能性の方が高い。でも、たとえ、そこにだれもいなくても『いるかも』と思うだけで怖いでしょう」
それでも「ほら、『いるかも』と思ってるじゃないですか」と、納得しないので、心霊と超能力が死ぬほど嫌いらしい、上岡龍太郎氏の言葉だが、と、断って、それを請け売り。
「じゃあ、日本の球場で、アメリカ人選手は何故ホームランが打てるんだと思う?」
「?」
「アメリカの空襲のせいで死んで行った人たちが日本中に大勢いるよね。死者の魂が存在するなら、アメリカ人が、日本に入ってくること自体許せないだろうし、ましてや、アメリカ人選手が、日本人投手と対決して、ホームラン打つなんて許せないんじゃない?」
「……………………………………………………」
非常に長い沈黙の後、彼女は言った。
「それは、全員、成仏してるんです!」
全員、大爆笑。
その後、「そういえば、縄文人とか弥生人の幽霊って聞かないよね」とか、「原始人の幽霊がいるとしたら、なにを恨んで出て来るんだろうね」とかいう笑い話になった。
うーん。いかん。 わたしは、いろいろな人が、いろいろな考え方を持っている、ということを理解するのが大人というものであると思っている。 だから、「霊は存在してもしなくてもいい」という姿勢でいようとしてるのに、ついむきになってしまった。 彼女が「いないと思うなら何故怖がるのか」という言葉も尤もであり、実際見たときにはビビりまくったにも関わらず、大人げないことをしてしまった。 本音のところは、「こんな年下の子に、口で言い負かされるわけにはいかない」であったことを否定できない。
ああ、精進が足りない。
2001年10月25日(木) |
ほんの少しだけ自画自賛。 |
今日もお仕事。 毎日、マウスだのケーブルだのを梱包している。 単純作業のため、慣れてくると眠くなる。 グループの中の、一番の古株の男性が、 「黙々とやってなくていいですよ。なにか、話しましょうよ。眠くなってきた」 と、言い出した。 昼食後で、みんな眠かったので、その意見に乗って、とりとめもない話をした。
「幽霊を見たことがあるか、幽霊の存在を信じるか」 「UFOを信じるか」 「好きな芸能人はだれ?」
などなど、一昨日の日記に書いた天然娘が、ありがちだが、確実に暇の潰せる話題を出してくれた。 もちろん、全員、手元は、しっかり動いている。 そのうちに、それぞれに、印象に残っている旅行の話になった。 天然娘は、「今度、岐阜に行くんですよ」と明るく言う。
「ああ。岐阜。いいね」
と、旅行が趣味だという女性が言う。
「お父さんに逢いに行くんです」
ああ、お父さんと一緒には住んでないんだな。
「逢っても顔判らないかも。十年ぶりくらいなんです」
おっと。
「お母さんに内緒で」
完璧にわけありか。 でも、彼女はなんでもないことのように、寧ろ、うれしそうに言った。 話をしよう、と振った男性は、固まって沈黙したが、わたしと、旅行好きの女性は、
「いいねぇ。楽しみだね」 「お父さんも楽しみにしてるだろうね」 「最後に逢ったのが十歳やそこらだったのが、こんなに大きくなってたら驚くだろうね」
などと、平然と話が出来た。 ついには、
「十年分のお小遣い貰わなきゃね」
などと、冗談混じりに知恵をつけてしまった。
自分が、いつまでも子供のようだと思って自己嫌悪に陥ることが多かったが、こういう話をうろたえずに、普通のこととして聞けるようになっていたのを知って、なんだかうれしかった。
結婚を約束した当時から、殆ど肌身離さなかったプラチナのリングが、抜けなくなったので、デパートの宝石店で、切って貰ったことがある。 ランディに、サイズ直しに数日かかると報告したら、ランディは、
「いいけど、いくらかかるの?」
と尋ねた。 プラチナの地金と、手間賃を含んでいると思われる金額を言うと、
「馬っ鹿だな、おまえ。そんなにかかるなら、新しいの買えば良かったじゃん」
確かに、その通りであった。 が、しかし、ものは結婚指輪。 キリキリと切断して、そのまんま、宝石箱に入れて置くというのは、余りと言えば余りだろう。
サイズが直ってきたのを見せたら、ランディは、面白半分に、自分の左の薬指にはめて見せた。
「うわー、俺でもはめられるじゃん」
ランディの方が1サイズ大きいので少し緩いが、わたしがランディの指輪をはめても、差し支えなかった。 指輪を取り替えたまま、お互いにそのことを忘れていたのだが……
今日、ランディは、帰ってくるなり、
「なぁ、俺の指輪知らねぇ?」
知らない、と応えると、
「そうか……やばいな。仕事場で無くしたかな……」
なんだと?と眉を顰めると、
「いいじゃん。また買えば」
確かに安物だが、そういうことではないだろう。
「多分、会社で軍手つけたり取ったりしたときに抜けたんだと思うんだけどなー。軍手の中見てみなきゃな」
結婚指輪を無くしたということよりも気になったことが…… ……こいつ、もしや、サイズダウンしたのか? わたしが今しているのより、小さいサイズのはずなのに、手袋の着脱くらいで外れただと?
今、わたしがつけてる指輪は、気がついたら馴染んでしまっている。 大きめだったはずなのに……
やばい。
追記。
丁度日記を書き終えたときに、ベッドの下からランディが結婚指輪を発見した。 寝ている最中に落ちたか、それとも無意識に外して捨てたのか知らんが、追求しても面白く無さそうだし、見つかったので良しとする。 ランディのはめていた、本来わたしのものであったはずの指輪をはめてみる勇気はないし。
今日で、仕事はじめて一週間である。 来週の月曜までなので、約半分来たことになる。
現在、同じ会社から派遣されているスタッフの中で、わたしと同じ作業をしているのは、わたし含めて四人である。 単純作業ゆえに、仕事中は話をすることはそれほど多くないのだが、行き帰りや、休憩時間はそこそこ雑談するようになった。
ひとりは若い男性。 残りふたりは、十九歳と二十代後半の未婚の女性たちである。 正直、最初、顔を合わせたとき、十九歳の女の子を見た瞬間、内心、「げっ!」と思った。 金茶色の髪、灼いた肌、ごってりつけたマスカラ、持ち物はピンクか、そうでなければ豹柄。 携帯なんかも本体はピンクで、プーさんのカバーをつけていて、中身の文字盤は豹柄だった。 ああ、好きなんだろうな、と判りやすい。 が、べつの意味では、わたしには理解不能な趣味である。 ギャルだ。 余りにも判りやすいギャルだ……。 これは……下手すると割を喰いそうだ、と秘かに憂鬱になったものだった。
が、先入観に騙されてはいけなかった。 彼女は、たまに敬語の使い方を間違えるが、言葉遣いは丁寧だし、仕事熱心で、几帳面だったが、仕事以外では、物事に拘らない、鷹揚な性格だった。 他のスタッフが休憩時間に恋愛話や、会社の悪口を言っているのにも入って行こうとせず、わたしや、もうひとりが本を読んでいる横で、退屈だろうに静かにしている。 今日などは、鼻はずるずる、咳はこんこん、顔色は真っ青なのに休まずに出てきた。 仕事は速いペースで進んでいるから、ゆっくりやればいい、身体が辛いなら手を止めても構わない、と言われたにも関わらず、物凄い勢いで手を動かしていた。 「大丈夫?帰る?明日は休んだら?」と、言っても、 「全然平気です!明日も絶対来ます!」 お金が欲しいから、と言っていたが、それでも偉い。 第一印象があてにならないものであることは多いが、これほど顕著な例も珍しい。
いい子である。 いい子には間違いないが、彼女は天然系なのではないかと思っていた。 前にも、彼女が毎日電車を乗り降りしている、地元駅のすぐ近くの派遣会社の事務所の場所を覚えていなかったりしたが、まあ、数ヶ月前に引っ越したばかり、ということで納得した。 だがしかし、そこまで一緒に行ったあと、ビルの前で別れようとしたら、 「あの、わたし、原付を駅の近くに置いたんですけど……どっちでしたっけ?」 駅から、その原付を横目に二分ほど歩いて事務所に来て、三十分後に外に出てきたら、もう判らなくなったらしい。 わたしも地図が読めないくちだから、方向音痴については、人のことは余り言えない。
今日、彼女は天然系なのではないか、という疑問は、確信に変わった。 確かに、風邪でぼーっとしていただろうし、恐らく熱もあったのだろう。 が。 彼女は、帰り道、わたしが、乗り換え駅のホームで、瓶入りの、ウェルチのグレープジュースを飲んでいるのを見て、おそるおそるという感じで、 「なん…ですか……?それ?」 と尋ねた。 「え?ジュースだけど。葡萄の」 と、応えると、彼女は、
「あ、びっくりした。血かと思った」
……彼女は、わたしが、自販機でそれを買ったのをしっかり見ていたはずである。 彼女は、間違いなく天然だ。
7月14日に、ランディが買ってきた5kgの塩は、殆ど減っていない。 当初、料理に使っていたのだが、やはり、味が違う気がして、いつも使っている自然塩を買ってきている。 で、件の塩は、漬け物に使っているのだが、当然ながらなかなか減らない。 今日は、小さな茶碗いっぱいくらいの量を風呂場に持って入って、疲れた足と、ついでに全身に擦り込んでみた。 心なしか、肌がすべすべしてるような気がする。
この使い方もありだな。
2001年10月18日(木) |
己のへたれっぷりに涙目 |
バイトから帰ると、ランディがお風呂を沸かしてくれていた。 タイトルも知らない演歌の「お酒飲まなきゃいい人なのに いい人なのに」という歌詞を思い出す。 じんじんする足の裏と、浮腫んだふくらはぎを湯船で揉みほぐし、はぁぁぁぁぁぁぁ〜〜っと、何度もためいきをつく。 風呂から上がったら、「どっちの料理ショー」をやっていた。 博多ラーメンと札幌ラーメン対決。 見ているうちに、やたらとラーメンが喰いたくなった。
「……行こうか」
と、いうことで、どっちが勝ったのかも確認せずに、一番近いラーメン屋に。 ランディが味噌チャーシュー、わたしが塩チャーシューを注文。
「ビール、飲まないの?」
酒やめてるのを知ってるくせに、待ってる間にそんなことを言い出す。
「いいじゃん。仕事してんだから。身体動かしてんだろ?一杯くらい平気だよ」
いい、いらない、と言ったものの、結構込んでいるためか、ラーメンはなかなか来ない。 仕事で疲れきった後の、風呂上がり。 熱々のラーメンの上には、分厚い焼豚六切れが載っているだろいう。
…………
二分後、テーブルの上には、スーパードライの中瓶一本と、お通しの豆腐と、グラスが各ふたつ……
わたしは本来、ビールは好きではないのだが…… 美味しかった。 めちゃくちゃ美味しかった。
後二日で禁酒二ヶ月だったのに、またゼロからスタートである。
昨晩は、久々に仕事をして、ひどく疲れていたので、早く寝るつもりだったのだが、何時間も眠れずに苦労した。
どうやら、疲労回復効果があるからと毛蟹茶を飲み過ぎたせいらしい。 寝る前にカフェインを摂ったからといって、眠れなかったことなどないのでびっくりした。 疲労回復効果と、覚醒効果で、元気いっぱいのまま、ベッドに横になっているのは少々辛い。 案の定、寝不足。 しかし、このお茶の効果を利用しない手は無い。 水筒にあたたかい毛蟹茶を入れて持って行ったお陰で、なんとか終業まで持ちこたえた。
しかし、あったかいお茶が美味しい季節になったもんだー。
2001年10月16日(火) |
1600のマウスと格闘 |
数年ぶりに、仕事してみることにした。
今日の仕事は倉庫で、1600個のマウスをパッケージから出して、別の袋に入れ直すという単純作業である。
扱ったものは、少し前から、欲しいと思っていた光学マウスだが…… もう、暫く見たくないと思った。
でも、明日もこの作業。
2001年10月12日(金) |
いつか必ずやってくる日をシミュレイションしてみた |
どんなきっかけだったか忘れたが、ランディと、このまま一緒に暮らしていけば、いつか、どちらかが先に死ぬときが来る、という話になった。 このまま、人間の家族が増えることがなければ、ふたりのうち、残された方が喪主であろう。
「俺やだよー。喪主の挨拶とかできないもん」
「立派なこと言わなくていいと思うよ。長い挨拶が出来ないなら、泣き崩れながら『ありがとうございました。故人も喜んでいると思います』でいいと思うよ」
「やだなー。『式』のつくような畏まったこと嫌いだもん」
「わたしだってやだよ。まあ、最近はお葬式も自宅じゃなくて葬祭ホール借りることが多いから、昔ほどは大変じゃないと思うけど……でも、あなたは断ったり、値切ったりするのが苦手だからねぇ」
「あ、だめだ。絶対に葬儀屋の言いなりになって、物凄い金額になる」
「わたしら、披露宴も周りに任せっぱなしで暢気だったもんねぇ。葬式も喪主ってのは名ばかりで、実質親に仕切ってもらうことになるかも」
妙に具体的な話になってきて、気づく。 順当に行けば、わたしたちが死ぬ頃には、親はいない。 全部お任せで、みなさまのよろしいように、というわけにはきっと行かないだろう。 「やだ」とは言えないことになっているのだ。 そして、お互いのうちどちらかが死ぬ頃までには、幾つもの死に出逢い、やるべきことを学ぶことになっているらしい。 しかし、それでも、相手の葬式を出す煩わしさを考えると、お互いに、自分が先に死にたいと思っている。
やっぱ、先に死んだもの勝ちだな。うん。などと思ったが…… 試しに、自分の葬式を想像してみる。
疲労と悲しみと緊張と多忙のために呆然とするランディ。 通夜振る舞いの酒を、参列者にすすめるついでに返杯を受けまくり、自分が一番酔っぱらって、管巻いて、棺の中で横たわるわたしの顔を覗き込んで、
「おらー。おまえも飲めよー!おめーのためにみんな集まってくれてんだからよー。なにー?ビールは飲めねー?ったくよー、贅沢なんだから。おーい、だれか、コンビニでサ○トリーのカクテルバー買ってきてー」
とか無茶を言うランディの姿(生え際後退or少々白髪混じり)が頭に浮かんだ。 だめだ。 そんなことになったら、左前の死装束姿で、起き上がって奴の頭をひっぱたかなきゃならんではないか。
……やっぱりわたしは先には死ねないことになっているらしい。
最近、友人たちが、中国茶にはまって行っている。 はめているのは、だれあろうわたしである。
実際に、飲んでもらうのが一番ってことで、茶藝館に引っ張っていくか、なかなか逢えない人ならば、「白牡丹」か「毛蟹」あたりを送る。 どっちも、お気に入りのお茶なのである。 以前、「白牡丹」を送った友達を更に銀座の茶藝館で軽くはめた。 彼女のお母さんが、最近台湾に旅行して、そのお土産に茶器をくれたらしい。 で、茶器の手入れの仕方を教えてあげたら、それを、彼女が更にお母さんに伝えたらしく、感謝され、そのお母さんが買った高山烏龍茶を送ってくれるのだという。 同じ茶葉でも、等級や茶樹の品種によって値段はピンキリだが、台湾のお茶屋さんで一番高かったやつだというので、非常にうれしいのだが、畏れ多い。 そんな良いお茶が届いたら、思わず茶葉に向かって平服してしまうかもしれん。 茶葉より先に、友達のお母さんに御礼すべきだな。 また中華街でお茶屋めぐりしなきゃ。
……こうして、人をはめた分だけ、自分自身もはまっていくのである。
以前、何度か、夢をネタに日記に書いたことがあった。 なかなか受けが良かったので、暫く夢ネタで日記が書けるかと思ったが、ネタになるような夢は、見ようと思っていると見られないものである。 そうでなければ、結構見るものなのだが……
まあ、それは置いといて。 9月8日付の日記に書いた夢などは、割と評判が良かった。 が、この日記についているアクセス解析によると、『日帰りバスツアー』や『松茸』を検索して、見に来てしまったお客さまが、最近ちらほら見受けられる。 まさか、某友人の如く、あの日記の一行目を読み飛ばしてしまったために、あれを実話と思い込んだまま最後まで読んで怒るような方はいらっしゃらないでしょうが……
しかし…… おそらく、御家族や友人同士で行くレジャーの計画を立てようと検索なさったのであろうに、あんな馬鹿な日記を読まされる羽目になる方がいらっしゃるとは……気の毒なことこの上ない。
2001年10月08日(月) |
こんな風になれるなら老いるのもまた良し。 |
この連休は、ランディの実家に遊びに行ってきた。
ランディのおばあちゃんの誕生日が近かったので、和菓子を買って行ったら、ありがとうね、と、何度も言われて、却って申し訳ないような気になった。
そして、思い出した。 こないだ、非常に申し訳無かったのだが、風邪で苦しかったので、ランディの実家のイベントをパスさせてもらった。 ランディが、赤飯と、梨をお土産に持って帰って来た。
「梨は初物で、仏様にあげたやつだし、赤飯は、おばあちゃんが、敬老の日に、米寿のお祝いとして、区から贈られたものだから、縁起がいい。これ食べて早く治してまた遊びにおいで」
で、とランディに伝言してくれていた。 その御礼を言い忘れていたが、なんとなく、言いそびれたまま、一緒にお茶を飲み、和菓子を食べた。 なんだか、言いそびれたままでも良かったような気がする。 それは、判ってくれてるだろうという、こちらの甘えなのだろう。 わたしを可愛がってくれた祖父を思い出した。
年老いた人って、どうしてこんなにやさしいんだろう。
今日、旧友から電話があった。
「わたしも足の指骨折したー」
と、笑いごとじゃないのに笑うので、笑いごとでないのを判っていながら、ついつられて笑いながら、
「どーした?」
と尋ねると、
「足の上にアイロン落としたー」
痛みの余り、脳内麻薬でも出てるのか、あははははーと爆笑しながら言う。
「ところで『わたしも』ってなんだ?」
「いやー、これじゃ義弟を笑えないよー」
「ありゃー……あの人、またやってたんかい」
少し前に、彼女の義弟が、職場で仕事中に、足の上に鉄骨を落として骨折したのだという。 数ヶ月前には、その義弟が、立て続けに二回交通事故を起こしたと聞いていたので、半ば呆れながら同情したものだったが……。 それだけでなく、交友関係於いても、彼の周囲にトラブルが絶えることは無かったらしい。 その余りの不運を大笑いしていたら、今度は彼女が足の指の上にアイロンを落として亀裂骨折。 不運とは、人の不幸を笑うものに伝染するものなのだろうか。 もはや、笑えるレベルは超えているのに、彼女は爆笑している。
電話を切ってから、はっと気づく。 これは、奴の仕掛けた巧妙な罠だったか。 わたしも思い切り笑ってしまったではないか。
……電話でも不運が感染するか否か、戦々恐々である。
おた画伯の絵が、monoマガジンに載ったらしい。 早速コンビニに見に行った。 おお!確かに載っている。 疑いようもなく画伯の絵である。 画伯の絵を凝視し、何度も画伯の名前を確認した後、閉じて棚に戻しておいた。
べつに、画伯が雑誌に載るのがはじめてというわけでもないし。 見たことのある絵だったし。
友達甲斐の無い奴と思う向きもあるだろうが、我が親愛なる画伯は、わたしがそういう友達であるということを理解してくれるであろう。
今日の更新。 Ki−tanに「隻眼の神」第43回アップ
2001年10月02日(火) |
なんでもないようなことが幸せだったと思う |
どう見ても、日本人なのに、感覚がラテンな修理人さんが、
「すみません〜。ちょっと前のところで時間取ってしまったので少し遅くなります」
と連絡をくれて、約束の時間から一時間弱遅れて電話を届けてくれた。 早速繋いでみる。 鳴らない。 正常である。 ACアダプタを繋いでも、狂ったように泣き叫ばない我が家の電話を見たのは数カ月ぶりであろう。 確認のため、修理人さんが携帯からうちの番号にかけて、呼び出し音がちゃんとなることを確認。 ずれた日付まで訂正してくれた後、修理人は帰って行った。 修理報告書によると、親機のメイン基盤をそっくり交換したらしい。 つまりは、わたしは「ハズレ」を買ってしまったということか。 でも、メーカーも、ラテンな修理人も、非難することはできない。 結局、保証書は見つけられなかったのに、修理費はいらなかった。
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