THOKOの日々

2018年12月26日(水) 年末の残念さ

年末の何が残念って、
たいしてテレビを見ない私であはるが
特番ばっかりで、しかもあまり興味をそそられない番組がずらずらっと並ぶからだ

ちょっと残念だね



2018年12月25日(火) 誕生日

とてもおいしいサラダに救われたことがあって、その人の今日は誕生日
長らく会っていなくても
今後会う事がなかったとしても
あの頃救われたのは事実
誕生日おめでとう

昔想像もしなかった幸福を手に入れる事ができて良かったね
別の不具合もあるようだけど
今手に掴んでいるいくつかの現実の中で
心が喜ぶ出来事にこそたくさんスポットライトをあてて
これからも時間を積み重ねて、さらに素敵な人生にしてください



2018年12月24日(月) イベント

助かったなぁと思う事は、同居人がイベントに興味がない事
そして、子供のころから誕生日含めて実家ではそういった贅沢ごとは一切なかった事だ
イベントと言えば稼ぎ時と考え、しこたま働いてきた私にとっては
普通にクリスマスがやりたいとか
誕生日祝いが欲しいとか
もうあんまりない

ロマンチックな出来事はずっと若いころに一通り経験して
ちょっとやそっとじゃ
驚きもしない
マニュアルに書いてそうな『女子が喜びそうな事』は本当男子たちがこぞって実践してくれたので、未経験の事をあぶりだすほうが厄介だと思う
ちょっと小ぎれいにして、若くて人によく出会う場所に行ってれば
まぁ誰だって同じくらいの経験は積めると思う
今思えば

壮大な景色の中で
静かな星空の下で
シャッター音だけが響く自然の中で
カメラをかまえていたい
と思う



2018年12月21日(金) 生存確認

件の友達をやめた人からラインが入っていた
自分からは連絡しないと言ったのに、なぜしてくるのか不明
自分から連絡しない、と言ってから確か東京に来る前だから1年以上前になるが、一度着信があった
もちろん出ない
掛けなおしもしなかった

なぜなら、そうなる前に一度電話があって掛けなおしたら彼女は言った
「かけなおしてきてくれるんやって思ったら安心した。」
私は思った
7年以上も愚痴を聞き続け、変わり映えのない話をえんえん受け続けた
それは、友情という名のもとの思いやりでもあった
私にとっては
でも、私が仕事で忙しくしていたりしても、配慮をくれなかった
まるで、私がホステスをやめると決意した時に、一緒に夜の世界で遊ぼうぜと言い続けてきた客と同じだ
いや、客ならまだいいほうなのかもしれないお金になるから
でも、友達は違うはずだった
しかし、彼女はもう進もうとする道の邪魔をする存在でしかなくなっていた
かなしいことだ

もし今かけてきても、番号は既に消しているので誰かわからない
登録してない番号はもちろん出ない
LINEも別にブロックはしていなかったが、既読がつくか試しているように思える
そういう所がどうも好きじゃなくなってしまった
昔は、あまのじゃくな子だからと許していたけど
なんだかそれも違うと思った

そう、とっくの昔に私は彼女に愛想をつかしていたのだ
だけど、長い付き合いの友達を大事にしたかったから、繋がっていた
でも、別にこの年になったって友達はできる
付き合いの長いだけのそりの合わない友達が何人いたって、そこに価値がないように思えた
LINEはほとんど使わないが、しれっと元気ですか?みたいな内容でも面倒臭いしで読まずに削除した
未読マークがついてるのも目障りだから
「自分からは連絡しない」
と言ったなら、してはいけない
あの言葉を聞いた時、私は心のどこかでほっとしていた
それが本心だったのだ

偶然どこかで会ったとき、話すなら自然だろうけど
しないと言ったならそれは守るべき所で
せめてそういう人であってもらいたかったものだった

私の中では、もう完全に冷め切ってしまった
環境が変わったなら、それを尊重しあいながら付き合える人が好い
疲れるから

そして、おそらく何よりも
そんな扱いを受けながらも付き合いにすがってきた自分がみじめに思える
それが耐えがたい現実なのだと思い知らされる
ちゃんと、自分を大事にしようと思う
きっと、私と出会い別れた人たちは男女問わずそういう心持だったのだろうと
改めて深く思う
申し訳ない事をした
でも、その時はそれが精いっぱいだった
おそらく彼女もそうなんだろう
けれど、私には荷が重すぎる
おそらく私と縁を切っていった人たちもそうだったのだろう
その人たちの現在が幸福なものであるよう願う
そして、自分も
自分で自分を貶める選択はしないようにしよう



2018年12月20日(木) 出かける理由

都心へ出かける理由になっていた、通学の講義がすべて終わった
残念のような
ちょっとほっとしたような
さぁ今年度中に単位すべて取れるかな
地域包括のレポートはちょっと難儀だったが、文字数も丁度よい塩梅で書き上げる事ができた
残りのオンラインのレポートと、1月のテストを乗り切るだけ

冷戦中の同居人とも、それなりに話し合いはしたし
ずいぶん反省してくれたようなので、様子を見る事にした
年上の世話焼きの女性が周りにいるとそれが普通になる
私はそれはしないよとも伝えた



2018年12月19日(水) 電話

電話のある日は重なるもので、なんか一息ついた時に親から電話
周りを巻き込んでここまで来て、結婚しなかったなんてのはどうのこうの
という話になり、先行き怪しいと思っているのに周りを巻きこんだんだから結婚しましたけど、すぐ離婚しましたなんて、周りはいいかもしれないけど当人には時間のロスでしかない
と語気強く言った
価値観がやはり合わないが、もうあきらめた事なので別に良い

その後久しぶりに、NS学校時代の友達と電話した
面白いもので、起こっている問題は違えど
思う所は同じ
ただ、私のほうが考えが強いだけのことだった
職場の人間関係に好きな人が絡んで、傷つく言い方をされたようだった
職務を円滑に回していくために付き合いしておこうと自分が思うならすればいいけど、別になくてもかまわないと自分が思うならしなくても良いと思う
しかし、そこらへんをきつく言われたようだった
見ている世界が違うという事だし、好きだからってなんでも許容する必要もないと思う
という話に落ち着いた
どっちも頑固だと、いつかは位置を分かつだろうし、正直色々聞いて話を3分の1にしても、自己管理不足で起こる病気を持ちすぎだし、年齢の割に物事の見え方が偏りすぎ、かつそれに気付いていないという感じだし、友達としてはお付き合いを進める気にはならないお相手なので、どっちかと言えばそこで足止めしといたほうが正解だと思うのだった
まあ、ただの老婆心だけど
でも、友達に理解を寄せずに頭から説教するだけのおじさんなんて、ただの介護が近いだけの人だと思うから



2018年12月13日(木) 揺らぎとかなしみ

偶然目についたコメントが、妻が浮気したというものだった
ずっと、展開を見ている

条件のすこぶる良かった元カレの事を思い出す
別れた妻との間の傷から、立ち直れていなかった
ある程度の所までは来ていたが、その傷は深かった

ふと思う
男のほうが弱いんじゃないだろうか
浮気に関して
だとすれば、妻が貞操を守るという事は最低限男が男として自尊心を保っていられる最後の綱なのかもしれない
お金しか愛せない男を除いて
恋人として付き合っていての浮気よりも、やはり精神的にきつい事はまぎれもない事実なんだろう
だからといって、男が浮気して良いとか
女は浮気されても強いという事ではない
事実それで己を漂わせたままの女性もいるのだから

伴侶となったら、やはりそれはしない事だ
お互いに



2018年12月08日(土) 楽しい事

サロンが楽しくて、久しぶりにほぼ半日ネットをした
同居人とまるきり話さなければ、今の私には声を出して話す相手はいない
買い物をした時に、レジの人にお礼を言うくらいだ

さぁ、肩がこる
背中がはる

使ってるイスとデスクがこういった作業にはあまり適していないというのも
こうなる理由のひとつかと思われる

昔、スウェーデンだったかヨーロッパのほうの国の介護状況なんかを勉強会で見た
車いすに座っている時の姿勢についての講義だった
その国の介護施設の個人の部屋には、驚くほどの数の椅子があった
テレビを見る時の椅子
書き物をする時の椅子
食事をする時の椅子
日向ぼっこをする時の椅子
などなど
使用用途によって必要な姿勢やその姿勢を保持する時間が違ってくるわけだ
それに合う椅子をその数置いているわけだ
それによって、骨盤が必要以上に前傾しないようにする
そうする事で、他の関節への負担が減る
その施設にいる人たちは、確かに年なりには高齢には見えるものの座位や立位の姿勢は良かった
椅子を使用用途ごとに分けたことで、姿勢が改善して腰痛が殆ど消失した人もいるそうだった
まぁ、改善できる程度の振れ幅なら、それだけでも改善できるだろう

そういった意味でも、これは買い替えしたい所なのである



2018年12月04日(火) プライバシー

子供の写真をある時期から、表に出すのをやめた友達
ふとした時に、どうしたのか聞いてみた
子供にもプライバシーがあると思ったから、やめたとのことだった
まぁ確かに、誘拐とかも怖いしね

そんな時代なんだねぇ
なんだかちょっと寂しい気もするけどね
まぁ、でもそれで良いのかもね




2018年12月03日(月) 不協和音がきこえる

本を買う癖?をどうにかしたほうが良いのかもな
などと
思いつつ、学校帰りに書店にふらふらと寄ってしまう
最近は自発的に読みたいと思う本らしい本は見当たらない

ある人のおすすめだった『運を支配する』くらいか
写真関係の本は、技術の基礎見直しの為に買ったな

ほりえもんの著書は時々書店で流し読みする事もあったし、買って激しく同意だと思いながら読んだこともあった
絵本作家にもなった吉本芸人西野亮廣にちょっと興味があったので、ほりえもんとの共著を買う事にした

一見切れ味ざくざく
だけど、自分のコンプレックスと戦っている戦士のようにも感じるほりえもん
冷酷な人のようで、問題意識が高いだけの本当は熱のある人
のようにも見受けられた著書
これは、西野氏との共著だから奏でられた作品だなぁと思った

強く同意できる部分があり、現状私がかかえていた問題の根底をぐさっと刺した部分でもある
横に書きなぐりノートとペンを用意して読み進めた
人の思考に刺激されて、自分の中がすっと整理されていくようだった

やりたくないことは、やっぱりやらないでおこう
不協和音が聞こえるから
誰かのためであったとしても、「しよう」と自発的に思えず、どうしてもそれをしなければならないのだとしたら、
その路は自分にとっては断っても良い道だと思う

私にとっては結婚も同様

人生は時間の集まりで、時間の中にいつも選択肢がいくつもあって
自覚してなくてもわずかな事まで人は毎日選択して時間を紡ぐ
それが日になり週になり月になり年になる
そしてやがてはそれが人生になる

自分に偽って生きるのはしんどいだけだ
ただ、人は日常の中で自分の本当の欲求を見失いやすい
それに甘んじることなく

ただし、自発的にここは耐えどころだと思えばそれは耐えればいい
あくまで、自分の心に問いかける事だ



2018年12月01日(土) どこにいこうとも

進歩しているのは、頭に来たからと言ってすぐに大脱走しなくなったことだ

一昔前なら、貴重品持ってすぐに家出して、たとえ後ろ髪惹かれてもそのままさようなら
それが普通だった
断ち難き思いもありながら、それでもやはりそうしていた
なぜならそれは、私にとっての危機だったからだ

そして、そんな事になる前には必ずきつい口調で訴えているのだ
何回も
それなのに聞き流している側にも問題はある
そうやっておざなりにされたという記憶は、深い悲しみや怒りの感情とともに記憶される
そして、やはりその相手といる事によって繰り返し繰り返し脳裏に刻み付けられる
これ以上ない傷を負った上に、それを何度も何度も繰り返し思い出させられるのだ
それは拷問と呼ぶのではないか
それが頭に浮かぶから、その危機から自分を救う為に脱出するのだ
きっと、他の色んな人もそうなのだと思う
きっと、男性よりもそれは女性に多い
一つの出来事を見ても、それを受け取るときの情報処理に働く脳の部分が違うからだ

ややもすれば繊細と表される私
いつでも逃げられる場所をやはり作っておかねばなるまい
そのために必要なのは、お金だ


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