THOKOの日々

2014年03月29日(土) 一周忌

祖母の一周忌だった
今回も遠路、祖父方の縁戚が来ていた
昔から血筋にうるさい母はここぞとばかりに私を売り込んでいた
とてもへたくそに

祖父方の血筋は地域では名士の家柄らしく、お屋敷は石垣の上にあるそうな
昔そこに嫁ぎ話も出ていた母は名士で裕福で金に困ることのない生活をしているその親戚を羨ましそうに見ていた
しかし戦後のもらわれっ子時代に育った祖母が、母の嫁ぎ先にそこをおす事はなかった
勤まらない事を見越していたのだろう

茶道、華道、日舞、裁縫、文楽、歌舞伎、琴、短歌、俳句、着付け。
普通に生活するには役に立たないものばかりを備えた上、お勤め経験なし
人の顔をたてるという事も知らず、本当にお嬢様に育ってしまった
姑の面倒なぞ見れるはずもない母は、本人の言うところの格下に嫁いだ
時代は、長男の嫁に財が継がれるというものだった

祖母70代の時、私にあてた手紙が出てきた
私の境遇を嘆き、そしてとても詫びていた
それでも祖母は、母の離婚を許さなかった
母に行くところはなかった
どれだけ虐げられようとも帰るところはない
結局芯の弱い父がいなくなった

それぞれの立場と
それぞれの想いと
私の見合い写真を撮ろうとせっつき始めた母
持病があるにも関わらず、ウソをついてでもどこかへ押し付けようと必死
30を過ぎて未だに母に養われている弟は、逃げれていいよなと口にする
どこかで、報われたいと救われたいと願っていた己の愚かさを笑う



2014年03月06日(木) 冬眠

専門だと、つぶしがきかない
追加学習と過酷な勤務で周りも続かず、人が辞めていく
そして残っている者は余計に過酷なシフトとなり道は二つに分かれる
体調不良になるか、上司もしくはDrの機嫌取りになり優遇されるか

療養に近い個人だと出口のない仕事にうんざりする
仕事は単調だが、バイトDrも多く夜勤務では指示が危ない
受け持ち数が多く、ケアが多いので足腰を痛める
免許剥奪のおそれに晒される

診療所だと、正社員でない事が多く午前と夜の時間に分かれている場合が多い
仕事は単調だが、仕事の日は丸一日つぶれる挙句朝も早く夜も遅いという生活になる

透析だと、給料は悪いほうではないが急変リスクが高すぎて仕事中極度の高緊張になる
針も献血より太く、シャントを作ってあるとはいえシャントは永久ものではない為刺すのが困難な場合も多々ありリスクが高い割に給料が安い
透析はほぼ永久なものである為、Ptからの意味不明なクレームも多い

施設だと、Drが常駐しているところは少なくNsの数が少なくその責任は重大
認知症の人数が多く、転倒骨折や危険行為のリスクが高い
介護度も当然高く、これもまた足腰を痛める
そして、何かあって入院になるとここぞとばかりに家族がでてきてクレームの嵐

精神だと、暴力にあうリスクが高い
Ptは薬を毒だと認識する者も多く、拒薬の為暴力に出る事が多い
無断離院し、看護責任問題になる


まぁ、どこも患っている事にかかわるわけだからリスクはあって当然な仕事
どのリスクを取って、どうストレスと付き合っていくのかが大きな課題になる

自由を手に入れようと思い、かえって軟禁にあいに行くような仕事を選んでしまったというわけだ
したい生活と、そぐわない仕事

何を守り、何を捨てるか
もう三月なので、冬眠から目覚めなくてはならない



2014年03月04日(火) たとえば一年前

こうやって、日記ならぬエッセイを書いてあるから振り返る事が容易にできる

この時どういう状態だったのかが、よく思い起こされるから

基本的に、よくブレていて補正したいのに次の方向性を見つけるのに随分苦労している
シンプルに行けばいいのに、物事を複雑視しすぎている

色んな方向から物事を見れるのは、悪いことだとは思わない
けれど、そのせいで選択に時間がかかりすぎている事がうかがえる

年を重ねるという事はそういう事なのかもしれない

一番大きくは、現在の交流関係が昔のものとは大きく色が違う点だろう
よしあしではない

けれど、このままではいけない
だからどこを補正する必要があるのか模索はまだ続く

できれば、、、
もう少し狭い範囲の探し物だと助かるのだけど


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