寮にいながら仕事とは全く違う遊びをすることにした ここにきたらやりたいと思っていたことだ 私をさして知らない多くの人は休職して遊んでると思うんだろうな 別にいいや 私の人生だから
やりづらかったら私らしい場所が他にあるはずだ あの場所が言う「高み」が何なのかわからないが少なくとも私の重いとは違うとよくわかった 全身全霊で求めていくものでもないということも 決断はまだ夏の終わりだ それまで、迷路にいる事をいっそ楽しんでしまえと思う
もうじきまた1つ年をとる それでもまだ時期を待っている私 去年の誕生日は何をしていたのだろうか 銀座でおすしをご馳走になっていた気がする おととしは、寮で友達を呼んでパーティをした気がする その前は学校だったな その前も学校かな
今年は、1人で寮にいるのはなんだかあまりに忍びない かと言って、誰かを接待してただ飯を食らう心の余裕もない
あんまり資金もないけれど、去年友達と泊まった静かな海辺のホテルに2日ほど行くことにした 今自分と戦っていること、そしてこれからの再生への道を歩く自分へのエールとご褒美だ
谷川俊太郎の詩集を持参予定
その患者さんは、いつもスケッチブックとクレヨンを持っていた 少し歩けるようになると外の景色を描いていた 自分が掲載されている雑誌を見せてくれた時もあった 担当になった看護師の似顔絵を描いて、私にもくれた
「いっぱいしかられてすてきな強くてやさしい看護師さんになって下さいね」 薬袋の裏にそう書いて、退院の日私にくれた 先輩看護師に「いっぱいしかってやってね」と笑顔で頭を下げて退院した この地域では、その意図がわかりずらかったようで先輩は最初頸をかしげた 「色々と教えてやってね」の意味であると少しして先輩は理解したようだった その人はもう空になった それでも、その人の描いたものは手元にあって私を励ますことができる その人の想いは殆ど泣けなくなってしまった私をむせびなかせる程の力を持つ くじけてしまった私の心が奮い立つ為の一助となっている
看護師という職業からなのか、恩義とか義理とか情とかは早期に消失するようだ 似顔絵を描いてもらった先輩たちは2,3日は覚えていて丁寧に応対するものの、その後早期に手のひらを返していた 私はその薄情さに驚いた 同時に、国家資格の強さを実感したのだった 事務職や一般企業の職とは違って求人にはことかかず、ここをやめたら働けなくなるかもしれないといった危機感はない それが更なる身勝手を招いている一因とも言えるだろう そして、建て直しの早さが要求されるから冷淡になるほうが気楽でいいのかもしれない でも、私は冷淡すぎるのも自分が辛いし ぎりぎりのところではやはり心を見失いたくない
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