一年目に書いたレポートが帰ってきた。 戴帽の後、入学後約半年くらいの時に提出したものだ。
現役生と学び舎を共にして、自分の年齢に引け目を、学生生活に体力の衰えを感じる事も多かった。 「年齢が財産だと胸を張って言える生き方をしたい」と強く念じていたが、これでいいのだろうかといつも疑問を抱きながら時間を過ごしてきた。 自分のありたい姿と今ある姿とのギャップに苦しんでいた。 自分に果たしてNSという責任の重き仕事が勤まるのだろうか、と。 NSになる事は小学校からの夢だったが、それを叶えようと踏み出した事は、正しい事なのか。甘くなかったか。こんな自分でPTに接する資格があるのか。立ち止まっては一人悩む事が多かった。講義で習ったヒポクラテスの誓いなどを読み返し、迷いを打ち消していく日々だった。 「わが任務を忠実に尽くさん事を厳かに神に誓わん。わが手に託されたる人々の幸のために身をささげん。」 式が進む中、宣誓の言葉を述べながら受験勉強をしていた頃の事を思い出していた。伸びない模試結果に悔し泣きしながら、独学のプレッシャーにつぶれそうだった事。駄目なら来年予備校に行けばいいんだと言い聞かせ働きながら過ごした1年だった。投げ出さずに大嫌いな数学を着実にこなして、成績を伸ばせた事。受験時に今までの社会生活に未練はないかという質問に、NSになれない事のほうが後悔すると即答した事。そして、合格を勝ち取れて自信に繋がった事。入学後、終講していく授業が増え、時間に追われて疲れきって意志が砕けそうになった事。。。
人間は弱い生き物で、体調が変調をきたした時には、弱る気持ちも起こるものだ。けれど、人間はその弱さを受容して消化する強さも併せ持つと信じたい。 自分も、将来かかわる事のできるPTもそうだと強く信じる気持ちを持って進みたい。 NSを目指すと決めた事を思い出し、初心に戻って決意を新たにする。 更に自分を高め、NSとしての質を共に高める努力を自分に誓いたい。 己に勝つ、私のポリシーを胸に強く再び刻みつけた。
戴帽を終えて、決意固く情熱の限りを込めて奮い立っているのがよくわかる。 この時の想いは就職に連れて行こうと思う 見知らぬ土地で、頼る者も一人としていない場所で私は私を見つけ、自分と向き合い、思いやりを持ってPTに接しながら次の資格を得る為に進むのだ。
解答速報を片っ端からあわせていく 昨年は合格には72%もの正答率が必要だった。 例年だいたい6割〜7割なので、異常とも言われた。 今年はどうだかわからないが、足きり80%以上他問題75%以上であれば合格と考えていいだろう。と、成績優秀者たちと話していた。
と、いう事でサクラサクです♪
車買わなきゃな。。。
やれるだけの事はやってきた
国の正式な解答発表は実は3月末だが、各予備校が速報を出し始めている 足きり問題は、1問間違いという高確立でパス 第一関門には入れてもらえた
残る問題たちの正答率は、、、 明日わかるだろう
設問のうち、状況設定問題というものが60問ある 「○才の女性、夫と子供と3人暮らし。こんな症状で転倒してどこが痛くてどうなったので、入院した。検査の結果RBC○ WBC○ CRP○ X線写真にて○○を認め、結果■と診断された。性格はせっかちで、なんでも自分でしてしまわないと気がすまないほうである。 ○日後に△手術を全身麻酔下にて実施される予定である。術前の看護としてもっとも優先されるものはどれか。」 みたいな問題ですな。
このごろは訪問看護STの普及に伴い、また高齢者などの調査でも在宅で死を迎えたいという解答が89%という事と、医療費が30兆円を超えている事、病院での在院日数を減らすという総合的な目線から、在宅看護のニーズが高い。それに基づいて圧倒的に、高齢者と在宅の看護にからめた問題が多かった。 療養病床は現在38万床あり、そのうち25万が医療型・13万が介護型であるが、2012年までに介護型は廃止され、医療型も削減される。その効果は医療費3000億削減と国は打ち出している。その受け皿として期待されているのが介護老人保健施設である。
まぁそんな状況で、、 高齢者は身体的機能が加齢現象によって低下する為、複数の疾患を併せ持つという特徴がある。(だから内服薬1日21種類という受け持ちもいた。。)そして、その疾患の特徴的な症状が現れにくい。 その為、在宅では緻密な観察力と判断力と工夫できる力が必要になる。 病院とは違って医療用具がそろってない現場での看護になるからだ。 「末期の在宅療養者の家族、介護疲れが見えてきて「このまま死んでしまうんでしょうか。」と目に涙を浮かべている。適切な対応はどれか。」とか。。 コミュニケーションも勉強しているのである。
設問は、解剖生理学や薬理学、看護技術、法規や統計、出産や小児、循環器、消化器、泌尿器や運動器、血液、内分泌とりあえず、、、一通り国が定めている分野から出た。
体調不良だった為、しんどかったっす。 うかってますように。
応援するより応援されてる人のほうが好きだ
自分は応援するほうだった 持病があるから、結婚しておとなしく家にいて 愛するだんな様の一番のサポーターになろうと思って日々精進していた それが向いてるのに 20代半ばごろから応援される側になった 決意して、立ったからだろう
それからもう10年 近い目線だった友達も一人減り二人減り そう、結婚していくのだった 子供が存在すると選手を降板せざるをえない人がたくさんいた たちが悪いのは、選手のタイプでありながら 覚悟せず選手降板をした人たち 自分は何もしない癖に野次を飛ばす、 自分ができないから周りから刺激を与えて欲しがる そして挙句は愛情の必要な世代の子供を放って自分の私欲を満たす満足に捕らわれる 自分は身動きできないが、刺激は欲しい 目新しい話や、ゴシップ好きなのもその辺にあるのかもしれない
国民生活に関する世論調査で、家庭の役割について、 「家族の団らんの場」61.1%、「休息・やすらぎの場」55.5%、「家族の絆(きずな)を強める場」46.2%、「親子が共に成長する場」35.8%という結果が出ている。 中心は家族であって、女性ではない そこをきっちり分けて考えられてない人が生殖家庭を作ったという事実が多いのだろうか それとも、物質の多い世の中にあって誘惑が多すぎ、牽制してくれる何者をも持たないからか
仕方ないことなのかもしれないが、悲しいことだ
いわゆる試験対策講座というものを受講
講師が一言 「負けず嫌いで、がんばってる人は他人を自分のものさしで測って物を言っちゃいます。でも、仕事に入ったらそれはしないでくださいね。理由は簡単です。人間関係も給料のうちです。とばっちりは患者さんが受けるのでね。そんな事望まないでしょう?」
ごもっとも。 隣に座る学年NO1と顔を見合わせて苦笑いした。 彼女は、講義中のひそひそ話にも、「うるさい!」と言える人である。 そして「すみません」と頭を下げさせてしまうのである。 あんまり度が過ぎると「ちっ」と舌打ちまでしてしまう人である。(しつけがなってない若者に対してのみ) しかし、、、患者さんにはすこぶる情が深い。 大阪に帰ってきてから、私の話を涙目で聞いたのは彼女だけだった。 同じ実習先だったので、参考書の共有もしたしいろいろ教えてもらったりした。受け持ちの事で共に涙したり、悩んだりプレゼンのアイデアを交換したり、デモストレーションの物品を買いに行ったり、夏休みは一番しゃべった。 私たちは双方、他人に厳しいような気がする。 でも、他人が自分と違うから自分でいられるのだから、 そこはちょっと感謝すべきかもね、と言い合った。
模擬試験を受ける日々の中、 結果がoutな事が二回続き だいぶへこんでました。
足きりの制度が4年前から始まり、その足きり試験の結果8割取れていないと他の分野がたとえ満点でも不合格となる厳しいもの
他の成績は順調に伸び(伸びる幅があるという情けない事態)を示しているが、ここにきて肝心な足きり問題で8割を割るという事態が起こっている 問題解きすぎて、混乱し始めたっていうのが事実だとは思うものの、、 混乱する程度の知識だということになる
泣くくらい悔しい 実習で受け持たせてもらった人たちや指導くれた人たちに申し訳なくて涙が出る 実習中も、わからなかったりはがゆかったりして涙で目が腫れた事があったけど、それをいつも励ましてくれたのは受け持たせてもらった人たちだった
受け持ち期間を終了していたために、他界するのを傍観するしかできなかった事もあった 自分はもうだめだお前はがんばれと手を握って涙をこらえた人がいた 助けてくださいと家族に泣いてしがみつかれたこともあった 退院後の再発に恐れを抱いて苦悶の表情を浮かべる人がいた 食べる事が怖くて食事が進まずに栄養状態が低下してやせていく人もいた 進行していく病気の不安と笑顔で共存していく人がいた 30年病院にい続けて、家族の面会すらない人もいた 糖尿病で視力障害、神経障害を起こし別れ際にお礼を言ってくれた人もいた 洗髪の失敗を笑ってがんばりやと励ましてくれた難病の人がいた 私にはかわいくなかったが、母親には必死にお手伝いをしようとする小児もいた 脳腫瘍で回復し最後の挨拶時に拍手をしてくれた人がいた
きっとずっと思うだろう 天使はNSじゃない patientこそが天使に近い存在だと
この人たちの想いも引き受けているのだから 覚悟して走れじぶん
どうしてそんなにやさしくなれるのか 危機に瀕しているのはそっちなのに
きっと葛藤もありながら現状を受容してようとしてるからだ
私は身近にその姿を見ることなく育った だから受容して生きている姿にきっと敏感に魂が呼応するのだろう そして、人の美しさを垣間見たようで、ほっとするのだ 人とは本来このような姿のはずだ だから、私は遠くへ行きたがるのかもしれない 自分の思う「本来の姿」が外には普通にあるからだ
私は意志の弱いほうだから、 潔くない人のそばにはいたくない ダサい癖がうつるからだ
| 2008年02月09日(土) |
医療費 お勉強シリーズ2 |
日本の医療費は32〜3兆円ほど。1人当たり25万円程の計算になる。 日本は国民皆保険制度である しかし、アメリカは契約制度 高い保険料を支払えば、どこの病院でどんな治療を受けても保険は出るけれど、保険料の安いものを契約しているとどんなに重い病気でも保険はここまでしかおりないと決まっている。つまり自費分が多くなるという事である。 それなので、稼げないと医療もきちんと受けれない。それってどうなんだろね?と思う。しかし、一概にどうといえるだろうか。 なぜならそれによって平均在院日数が短いし、医療費でアップアップ言ってる日本とは違ってくるのだ。
日本の入院受療率 1位 精神および行動の障害 2位 循環器系疾患 である。(ちなみに外来受療率は1位が消化器系疾患(歯医者含む)2位筋骨格系および結合組織疾患である。)
精神領域での実習で、家族の受け入れさえ整えば退院できるという社会的入院を多く目にした。実際、平均在院日数を病床別に見ると精神病床327.2日、療養病床172.8日結核病床71.9日である。しかし、実際はもっと長く入院している人が多いと感じた。 しかし、ヨーロッパの某国では遺伝性のものとみなして大量に減らすよう対処した時期があり、そのおかげでその領域にかかる医療費を激減させたという例もある。それをいい事とは思わない。でも、家族に受け入れられることなく病院という檻に入れられて外を知らずに生かされる事は、どうなんだろうか。本人が選択できなければ仕方ないことなのか。
急速に少子高齢化し膨らむ医療費 病院がサロン化している 高齢者の医療費負担、小児の医療費負担 今の高齢者は戦争も経験し、日本の経済を支えて血眼で働いた人たちなのに老齢になっても冷遇されているように感じてならない
日本は方向を間違ったのだ 町に浮浪者がいないようにしようとして環境を整備したら、思わぬ速度で長寿国になってしまって対策が追いついていない そして、働かなくても食べるものにありつけるから浮浪者が増えた 失業者が増え自殺も増えた
長生きはするもんじゃないと祖母の言葉が耳に響く
| 2008年02月08日(金) |
死因 お勉強シリーズ1 |
日本の死因として、 1位悪性新生物(つまりは悪性の癌) 2位心疾患 3位脳血管疾患 4位肺炎 5位不慮の事故 6位自殺 7位老衰 8位腎不全 9位肝疾患 10位慢性閉塞性肺疾患 がある。
悪性新生物の中でも、 男性は肺(23%)胃(16%)肝(11%) 女性は大腸(14%)胃(14%)肺(13%)
こう見ると肺と胃が多いと考える。 しかし肺は増加傾向、胃はこの30年の間に半減し減少傾向を辿っている 胃がんは治る病気といわれるようになってきた。先日ピロリ菌の関与が発表され今後飛躍的に胃がんの改善が期待される。肺がんはやはり喫煙が大きな要因と考える。手術見学をした時、禁煙10年の人の肺を見たが黒かった。(本来はきれいな赤身)本人はいたって改善したと思っていたが、肺に入り込んだ有害物質はきっと排除されるわけではないからだろう。細胞がいくら生まれ変わってもそこには、有害物質が存在し続けるのだ。 大腸は食生活の影響が大きいと考える。野菜や魚から脂肪の多い肉食への変化が日本にも外国と同じ疾患の増加を生んでいる。 肺と大腸と肝臓は増えてきている。 心疾患も脳血管疾患も虚血(血液が足りなくなること)のおこる場所が心臓か脳かの違いであり、私には生活習慣による影響に思えてならない。生存年数が延びている事も関係あると思うけれど。
こういう日本の現在の死因から、各地にがんセンターや循環器センターが設置されているわけです。そして糖尿病も手がうたれているわけです。
たまには勉強しているところを披露してみましょう。
御飯は口に入ってモグモグかんで(咀嚼)飲み込み(嚥下)やすい形になり、 食道から胃に送られるわけだけど、胃と食道の間には噴門ていう締まってるところがあるので食べ物が胃に入ったら逆流しないという仕組みになっている。そして、胃は空の時はしわしわにしぼんでいるが、物が入ると2リットルくらいまでふくらむといわれている。
少しずつ進行していく体が線維化する病の人。 それは胃まで達し、かつ食道が潰瘍だらけという状態で口から食べられない状態だった。噴門も線維化し閉じない為、胃の容量を超えると逆流して嘔吐となる。栄養状態改善のために、胃までチューブを入れて液体化したものをそこから摂取した。痛々しいほどに努力家なその人は「口から食べる事をあきらめたくない」といい、口からの水分摂取量を伸ばした。それは、20分置きに水分を10ミリリットルずつ飲むといった根気の必要な作業だった。計算すればわかるだろう。1時間で30ml12時間で360mlだ。 毎日増減するグラム単位の体重に一喜一憂し必死だった。胃にチューブをいれた状態で帰宅を誰もが疑わなかった。 しかし、本人の諦めない気力が全てを変えた。主治医に質問し、自己管理ノートをベッド頭元において都度記載する。起床時間、服薬内容時間、排泄の時間回数、摂取したものとカロリー、体重、 体温血圧脈拍、訪室した人時間、見舞、気付いたこと。。頭の下がる想いだった。一日も欠かさずもう何十年もそうしているそうだった。 自分の体が時間の経過とともにいうことをきかなくなる。そんな恐怖と対峙していた。並の精神力でなせるわざじゃない。やせ細り、表情もままならないがいつも明るく笑っていた。その姿勢が関係者の心をとらえて離さなかった。みんなが励まされていた。みんなが協力したいと想い、主治医に断固訴えた。「あんなに頑張ってるんだからチャレンジくらいさしたげてもええんちゃいますの!センセは自分が大事なんですか。」応援団ににらまれて逃げ場を失ったセンセはたじたじしていた。そして口から摂取にトライする運びになった。 ゼリーのほうが飲めるかもしれないとの事で、ゼリーから摂取する事になった。その人は全身で喜び、嬉しそうにみんなに礼を言っていた。 その日の帰宅途中、ごっそり待ち受ける記録物(毎朝チェックされて、OKでないと実習に行けない=単位がもらえない=国家試験受けれない)に溜息しながらも、あちこち寄れるだけのスーパーやコンビニに寄り道した。 より少量でよりおいしくよりカロリーの取れるものを探す為だった。 結論、ウィダーインゼリーのエネルギーと、朝バナナが近いくらいカロリーがある。それ以上のものは市販品では見つからなかった。 翌朝、記録物のおかげで(寄り道するとその分睡眠が減る)目の下を真っ黒にしつつ、高カロリーゼリーの話にすっかり盛り上がった。 頑張って頑張って1日2本まで飲めるようになった。ババロアのような高カロリーの食事が出されるようになったが、ふとした時に「どんなんかあんたも知っとかなあかんで、ちょっと食べてみ。そしたらちょっとでもかせげるわ♪」と口にした事があった。 (「それじゃあ、意味ないじゃん。」心の中でそう思った)
摂取カロリーは必ず質問を受ける事柄で、本人の心情としては少しでも成果が上がっている事をアピールする必要があるのだ そしてそうする事で、自分にも言い聞かせているのだ「そう、大丈夫だ」と どんなに気丈にしていても食べれてうれしいと口にしていても、葛藤のさなかにいつもいる プライドがあるから、弱音を吐けない吐かない 口にするとそこで自分が崩れてしまいそうだから・・・ そう心中を察すると何も言えなかった
「自分が死んだら検体に出す。こんなにしんどかったんだって知ってほしいから。」 病でしんどいのに、気丈でいるのもまたしんどい 周りに協力してもらえる自分でいるのもしんどい しんどいだらけだ でも、逃げ出せるわけでもない 忘れたように暮らせるわけでもない それが本人の現実だ
結果、口から食べるという本人の希望通りの状態での帰宅となった。
自分を叱咤激励してこれからも生きていくのだろう それが自分が自分であることの証明なのだろう
切ない程に美しい魂 私は、ひとときでも弱音を吐いてもらえるようになろう
いよいよ国家試験も今月末 昔と違って新聞に合格者の名前が掲載される事もなく、 当人の報告がなければ合否も不明という個人情報保護の法則(?)が成り立っている
就職先から、社員住宅の書類が送られてきた 驚いたのは、、選択肢が10箇所もあってしかもめちゃくちゃ概要だけの紙の中から選べというものだったこと 普通はどういうものかわからないが、横柄すぎてびっくりしたのだった 他の就職先の寮に入る子は施設見学の時に寮も見学している 私たちは、、、時間がなくて敷地内の寮も見学していない
どないせーっちゅうねん 何年かは住むつもりの場所で、補助があるっつったっていくらかお金は払うわけで、お役所体質バレバレやな。。。とぼやきながら間取り図をゲットすべく電話すると「もう帰りました。月曜には来ます」
・・・・・・・・・・ 田舎って、、お役所体質がきついのね。 ふんぞりかえってるのね
やってけるのかしらアタシ ケンカしてやめたりしないかしら そういう心配が押し寄せてきた今日この頃
やっぱりそこそこの街で働くべき?!
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