11月も終わりそして12月へ突入する 一日の終わりのねぎらいは半身浴 母にがたがた言われないように気をつけながらではある 薬まみれで生活していた東京での日々が今となってはまるで幻のことのようだ 不眠症も治ってアレルギーもさほど気にならなくなって 今飲んでいる薬と言えばニキビ治療の薬だけ どうしてあんなに薬ばっかり飲んでまでして生活してたんだろう と不思議な気持ちにもなる
念願がかなうというのに何を惜しむことがありましょう
毎週水曜は町の病院へ通う為電車に乗る 職場はチャリで行けるところなので、月一回のバケーション以外電車に乗るのはこの時だけだ 最初は面倒くさかったが、このごろはいい息抜きになっている
町へ出るようになってから昔の彼氏の夢をよく見るようになって それはなんとも苦笑せざるを得ない 神戸に居るとは数年前に耳にした噂だが元気にしている事だろう 戻らない日々に後ろ髪を惹かれてる場合じゃない こういう夢はかなり迷惑でもある
家族の立てる物音にも敏感になってきた 足音もうるさく感じてしまう程だ こんなにも追い詰められてると実感できるのはいつぶりかと思う 再来年受験でいいのだと思っていたが事態が変化を見せ できれば来年のこの受験でうかってしまわねば色々と厳しいという現状に直面しているのだ 状況が変わるのは実家に戻った手前仕方ないことでもあるとはわかっている
当面は受験の事に関係することをたくさん書いてしまうように思う ヨユウがないからだ 追い込まれた焦りから脱却できることもなく 残りの時間でいかに点数稼ぎをするかのみ頭にある 今までさほど気にならなかった雑音さえもイライラを増長させるものになっている 相当追い込まれてきた 模試の結果は思ったよりよかったものの 安全圏にいるわけでもなく 解いてみる問題も回答とは程遠いレベルのものもある こんな状態で国立などうかるのかと苦々しい気分にもなる
かなりナーバスになってきた
最後の模試の結果が郵送されてきた 矢印がいっぱいついていた(ついているほど合格率が高い) 第一志望の学校がボーダー圏になっている 数学に絞り込んで奮闘してきた甲斐があり、 数学の成績も伸びている 英語は依然として伸びないまま 国語も数点程だが伸びていた 一回目の五月末の模試よりも合計70点も増えている 明らかに貢献したのは数学であるが、、
第一志望校も無理だろうと判断して受験しないつもりだったが ここまできたら駄目もとで受験してみようと思う次第である
随分久しぶりにユニクロなど行って、 長袖Tシャツなぞ買ってみた ばかにしたものでもない
来年受験である 1月なのでもう二月を切った 焦りが開き直りに早く変わってくれれば幾分か楽なのになとも思う
年を追うごとに堅苦しく生真面目な部分が顔を出す その回数が年々増えてばばくさくなってきているようにさえ思う 若さを保つ秘訣は幼い感性のままでいる事なのかもしれない そう思うと、年甲斐もなく視野の狭い人間のほうが若くいられるようにも思う 視野が狭く、そして計画性もなく ただ後先考えずに突っ走る そういう子は周囲には多いが
長らく地元を離れていると友達と呼べる気楽な存在と疎遠になっている 親友ともここ数ヶ月は連絡がとだえていた 身内の事で二三ヶ月は拘束されると聞いていたので連絡もしずらい環境下にあった 久しぶりに電話口から聞こえてきた声は元気がなかった なんだか気が晴れない日々が続いていたようだった 愚痴もたれながら、それでも少し楽しい話をして笑った 友人とは本当に大切な宝ものである
早々もう11月も後半 数学がようやっと終わりました
これからが大変なんだけど 総仕上げしてどれだけパーフェクトに近づけるか
このごろ見るドラマは二つ 黒皮の手帳と大奥
木曜のささやかな楽しみだ
町の皮膚科へほぼ毎週通うようになって、本屋で本を買ってランチというのが定例になってきた この間はオニババ化する女たちを読んで ふむふむと納得したものであった 今は嫉妬について書いてある本を職場のデスクの引き出しに入れて休憩時間なんかに読んでいる 本は心が静かになってよい テレビを見ているより本を読む時間のほうが長くなってきた
職場の子が視能訓練士の試験に合格した 来年から一年学生になるらしい 4年生の関西では有名な私立大学を卒業している彼女は お勉強大好きらしかった がんばってくださいねと言われた けど、そこまで勉強してこなかった経歴の私にはスタートから差があるので 苦笑した がんばってるよ そういう言葉にむかつきもしないほど
やっぱり思うね 怒る親ではなく叱れる親がいる人とは違うと
職場に親が教師だという子がいる 教師であるから常識を厳しくしつけられたんだろうなと思う けれど、哀れに似た感情を抱く その常識外の言動をする人を許せないわけである 許容範囲の狭い人間になってしまっている そしてそういう常識外の言動をどこかでうらやましくも思っているのだろう きっと親御さんは自分たちが世間にごちゃごちゃ言われたくないからという基本の元で子育てをしたのだろう 叱るではなくて自分を困らせる事をしないように怒って育てたのだろう 叱るは相手に主軸があって怒るは自分に主軸がある 小さなようで大きな違い
子連れの親を見ていると本当に子供は鏡だと思う 親を困らせない子供が良い子供だろうか 子供の唯一の味方でそして唯一認められたいの相手は親なのではないか 私の友人たちは叱れる親であってほしい
仕事してたり 通勤してたり ウィンドウショッピングしてたり ふってわいたように浮かんでは消えていく言葉たち 今日はこれを書こうなんてその時は思うけど 帰ってみたら今日は何かが浮かんだという事さえも忘れてしまっている そういう言葉たちを拾うような作業を前はずっとずっとしていただろうか
シフトに沿った休みとゆーものを経験している 今日は休みだったので部屋をちっと片付けた ひろくなった(w 床も数日ぶりに拭いてクリーンに光っている たっぷり寝たので精神的にもきれいにしようという感情の余裕が生まれたとみえた かばんを始末しなければならないなー ガラクタ鞄であんまり物の入らないものは廃棄したほうがいい 実用的な鞄をゲットしなければ
残る数学はこの数日と休みに必死をこいてみて残り20ページに迫った ただし、この残りのうち18ページは実践問題 毎度苦戦している仕上げ問題なので結構日にちを食うと予想される しかし、今月中にこの確率・個数の処理の実践問題を終えればいい予定なので大丈夫だ 完成度が大事なんだけど。。
おはようが先に飛んできたとき 譲ってもらったとき 道端の小さな名もなき花を見つけたとき 気遣ってくれる思いやりを感じたとき 笑顔がひとつでもおおいとき ちいさな山積みのこうふくかん
左目だけが乱視の影響を受けているのでちょっと見え方が悪い 乱視とは簡単に言うと黒目のゆがみで、近視とは見えない種類が違う 近視は近くで像を結ぶので遠くが見えにくいというもの 乱視は像が結びにくい構造で、視力検査などであいてる方向を調べる穴の開いた環(ランドルト環というもの)が上下左右斜めにぶれてあいてるところをふさいでしまったりしてぶれて見えないというものである 人によっては二重に見えるという表現をする人もいる 乱視は生理乱視と言って生まれつきほとんどの人が持っているもの ただし、見え方に影響するかしないかは人それぞれである というのが個人的に理解していることである 要するにまるきりきれいな丸の黒目の人はほぼ皆無に等しいということである データで調べてもさほどの乱視の数値は出ていないが左目は若干見にくい ハードコンタクトにしてみるときれいすっきり見えて爽快である が、ハードはまばたきのたびに上に一度上がって降りてくるのでまばたき時の即後の見え方が個人的には不満 風や小さなゴミがはいっても痛い 光にレンズの側が反射するフレアと呼ばれる症状も好ましくない ので、せっかく作ったが眠っている状態である まぁ13年もソフトレンズだったから装用感に敏感でもある 乱視のソフトレンズも入れてみたが、私程度の乱視の場合はさほど変化はないので近視用のソフトで十分なのでそのままだ
見え方をきっちりすっきり見たい人は乱視があるならやはりハードがお勧めだなと思う
カラーコンタクトは目によくない 酸素の透過は悪いし、装用感もよろしくナイ 色がついてるせいで反射して見え方もよくない レンズ自体の性能もよくない けど、違った自分がいいのかファッション性でうける
オバちゃんから見れば真冬のミニスカートみたいなものかな 寒いのに短いのはいちゃって〜みたいな
目に入れてさらによくないもの入れちゃって〜みたいな
私はカラーコンタクト持ってるけど眠ったまま どっちかつぅと反対派
最後の模試を終えた 集中できずに秋まで来た数学の追い込みをやっている 英語の成績はなかなか伸びず、国語もこれ以上のアップは期待できないであろう 点数稼ぎは数学のみ やったらやっただけ早期に実績が上がると思われる しかし、出題の範囲までまだ終わっていない 後60ページ それを終えたら頭から復習をしてほぼ完璧になると思われるが さてどうなるか 学校選択の迷いもあり、時間との戦いでもある
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