誕生日が過ぎてなんだかようやく部屋も落ち着きそうだ やっとこ誕生日をかっこつけて家具を導入して部屋も念願の部屋にできそうだ
今年の自分の誕生日は思い入れの特別に深いものであった キリがいいというものと、 以前から30の誕生日はこんな感じと乙女ちっくな夢を見ていたのだった 実際は仕事をして終わった実にサイアクな日だった 過去最大にやりきれない気分満載だったその日にたった一つだけ救われたことは 花が届いたことだった 色々と好みにうるさい私ではあるが 心から悔しくやりきれない気分で過ごしたこの日にたった一つだけ大きく心に響いたこの出来事を私は一生忘れない もちろんその花の贈り主は私の人生においても大切な人物であることは当然のことである 全く心にくい演出とはこのことだ
しばらくばたばたしてやってないとすっかり忘れるもんだ。 ネットにはまって毎日やってた頃と違ってこの頃はリアルのほうが多忙を極めてしまい疲れてパソコンの機械音が騒音にさえ聞こえる 去年の五月には一月休みをもらって実家で自動車免許を取得したりとちょっと休めたが今年からはそうはいかず、けれども体は相当きているようだ 倒れては運ばれ倒れては運ばれ、自分をだましだましやっている 精神的にはなんとかなっても肉体的にはいう事をきいてくれない 持病が進行しているそうだ 自分的には深刻な話だが、誰しも寿命はあるのでその時期がきたら仕方ない話だろうとは思う 父が亡くなってから時々命について考える事がある それまでは当たり前のように明日がきてのらりくらりと過ごしてきたが、 いつまでも生活や仕事に追われて生きていくのはまっぴらだ どんな仕事がしたいかとか何をやっていきたいかなんて日によって違って結局ちゃんと見えてきているようでいいかげんだ けれどひとつ思うのは自分の体のことを考えてもいつまでも元気で仕事をしてられる立場でもない でもビンボーはいやだ となるとひとつ見えてくる過ごし方としてはアメリカ人ちっくなスタイルだ。 とっとと目標をクリアして自分なりに優雅な老後を手に入れることだ そう思ってる間に人生が終わりを迎えたらそれはそれで自分の寿命だと思うしかなかろう
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