THOKOの日々

2002年05月30日(木) 日本海へ

距離にして300キロ弱。
日帰りで行ってきた。
正直、運転がこれほど疲れるものとは身をもって知った。

シーズン前ゆえかダレもいなかった。

曇り空に水色の海。
きめの細かい砂は靴に入り込み
ひざまずく私を優しく包む
おかえりとささやく声が聞こえたような気がした



2002年05月28日(火)

あなたは私の唯一の味方だった
どんな時もいつもいつも
だから立っていられた
だから笑っていられた
だから頑張っていられた
彼女からどんな言葉をうけようと
どんな態度をされようと
忘れたフリをする事もできた
あなたは年を経てその歴史を後世に伝えようとする
あなたの生き様は私の尊敬するところであり
そうしてあなたの姿は敬愛するに値する
そうして彼女は幸せだと思う
あなたの謙虚さに甘えていられる彼女が少し羨ましくもある
彼女は私を否定し続け
そして存在でさえも恨んでいるようでさえある
この世に生を受けたことが彼女の人生を変え
望まざる方向へと導いたのだと
まさにそういわんばかりでもある
愛された記憶というものは
遠い昔でもあるほうがよいのか
ないほうがよいのか
あるからこそ渇きが心を蝕んでいくこともあるのだと日々知る
知るものの贅沢なのかと思うこともしばしば
彼女が外に救いを求めて染まっていく真実を
目の当たりにするとまるで存在を消したいのかとさえ思う
間違いだったのかとふと思う
自分以上に人を愛せない人間もこの世には存在する



2002年05月25日(土) レンタカー

ホヤホヤの免許証を胸に、レンタカー屋に電話した。
最初トヨ●レンタリースに電話したが、取得してほんの数日という事で丁重にお断りをうけた。これじゃ、ニッサ●もダメだろうなぁと思いつつも電話したところ、
免責の金額が初心運転者だと変わってくるという事だったが、それを了承すると快く貸してくれたのであった。と、いう事で運転免許取得して第一号マイカーはレンタカーながらSU●NYである。
一週間私のマイカーであります。
毎日出かけることでしょう(笑)



2002年05月24日(金)

8年越しの運転免許を取得した。
これで、どこかに出かけてもアシで悩むことはなくなるというわけです。
お祝いの言葉をくれた人、応援の言葉をくれた人ありがとうでした。



2002年05月18日(土) YASHICAエレクトロ35Gというカメラ

亡父が所持していたカメラがあったはずだ!
とふと思い出して遺品を捜してみる。
几帳面だった父のカメラは父のキャビネットの中にきちんと三脚とフラッシュといっしょに並べられていた。
聞いたこともない名前のカメラだなぁ。。。
てっきりキャノンとかニコンとかの古いのだったらなぁとワクワクしていたので
なんかちょっとがっかりした気分にもなったり、、。
でも、この名前からしてライカをもじった名前っぽいなぁとちょっとクスっと笑ったりもした。もしかして父もライカに憧れてた事があったりしてなんて思ってしまったのでありました。
出してみるときっとまだ動くはずだろうなと思うほど丁寧に大事に扱われていた形跡があり、どうせ誰も使わないんだから勝手にもらっちゃう私でありました。
調べた所、1968年頃のカメラのようです。。。
フィルムがどうやらはいっているようなんですが、
取り出し方がわからんという恐怖の事態に陥っております(笑)
何が写ってるんだろ。。。
年配のおっちゃんのいそうなカメラ屋にGO!



2002年05月15日(水) 達観への道

次から次へと色々な出来事が起こって行く
許せること許せないこと
それも人それぞれの許容範囲も違えば価値観も違って
一概にどれが悪いとはいえないけれど
悪意のない言動ほど人に大きな傷を生む事を忘れないでいたいと思う
それゆえに人との距離をうまく保てるようにしていかなければ
ならないと深く心に思うのだ



2002年05月14日(火) 親離れ

一生親離れがない人も居れば
幼い頃に必要に迫られてそういう環境におしやられてしまう人も居て
さまざまである
どっちがいいのかわからないが、
ある種の諦めに似た感情が湧いてきた
そう、本当の意味での家族離れをすべき時が
いよいよ近づいている事をうっすらと感じるこの頃である



2002年05月08日(水) いつか気付くであろう君へ

どういう形でそれに気付くのか
今はまだわからない
そしてそれを知った時に君がどのような傷を受けるのかもわからない
知っていて告げなかった事を怒るのだろうか
不信を向けるのだろうか
貝になってしまうのだろうか
それでもありがとうと思える人間に成長するのだろうか
自分だけ知らなかった事を情けなく思うのだろうか

できる事なら他人に責任を転嫁して自分を格下げて自分の中で自分を正当化させて納得するような形ではなく
潔く自分が未熟だったのだと思えるような形で一段落してもらいたいものだと
切に
切に
望むのである



2002年05月07日(火) 彼女

久しぶりに会った彼女は以前より増して美しかった
あれから8年の月日が経ち、
私たちの上に流れて行った時間は平等だったはずだ
私の姿態は衰えを見せ、
以前のような輝きを失って
別の意味での何かが備わった
どういう生き方がいいのかなんて
簡単には決められないけど
それでも彼女がきっと自然体で生きてきたという証なんだろうと
ふっとそう思った
君に幸あれ



2002年05月06日(月) 教習所に通う女

4年置きに教習所に通うのが趣味なんでしょ?
とトモダチにいわれている(笑)
今回で3度目であります。
2回とも期限切れを起こした始末(笑)
今回取れなきゃ一生取りません!



2002年05月04日(土) 月へ捧ぐ

寝床に入ってふと君の事を思い出したよ
もう2年も経つはずだね
元気にしているのかな
キライになって縁を切ったわけでなく
ただ単純に手に負えなくなって放り出したようなものだから
少し整理がついてくるとヨユウも生まれてくる
今更のようにただ君が幸せである事を祈るよ
人の力に甘えずに
人が動かしているその力を自らの力と勘違いせずに
自分で道を切り開くだけのものは君には充分あるのにさ
確かに面倒だよね
頼ってやってもらってりゃ楽だけど
それが消えたら自分には何も残らないよ
わかっているはずだよね
相手は君より2枚も3枚も上手だよ
染まってその中にいる君にはきっとわかってもらえないだろうね
うず巻く空気の勢いと独特な色に飲み込まれそうになりながら
無意識に気付いて這い出した
だからこそ見えるものがあるのさ
そのままで居るならそれでいい
ただ君の幸せを祈るのみ

だってあなたがいてくれたから
私は負け犬にならずに済んだはずだから



2002年05月02日(木) 楽器のココロ

バイオリンを買った。
やった事は一度もない(笑)
東京に戻ったら習おうと思っている。
ぎこぎこ教本を片手にひいてはみるが、
知識がひとつもないので、やはり習うコト必要と感じたのであった。

ピアノを何年ぶりかに開いてみる。
バイエルも開いて弾いてみる。
右手はまだしも左手が簡単な伴奏程度しか動かない。
悲しいものだ。



2002年05月01日(水) 家族が自分の家族でなくなったとき

ああもう私の家族ではなくなったんだなと思った
そこにはもう既に別に家族ができあがっていた
世間が見るところの家族ではない
同じ場所に住んでいなくとも
家族の機能を果たしている固体がそこには成立していた
このような気持ちをきっと何年も味わった人がいた
そのように思うともの悲しい気分にもみまわれたが
仕方のないこととはこのことだと思った
一人になりたかった
整理をつけるために
そうする必要があると思った
少しひとりでお茶をして
そうしてそれから何事もなかったかのように帰宅した

自分の居場所をどこかで確保しなさいとの啓示なのか


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