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穂高報告・新宿駅にて




穂高に向けて
23:54発の夜行電車に乗り込みます




降車は途中の松本駅
ねむりこけていて気がつけば白馬ということがないよう
気をつけなくてはなりません


というわけで、8月20日の夜から23日まで、お友達のたうまさんと涸沢テント泊、奥穂高岳登頂にチャレンジして参りました。新宿駅に降り立ち、ムーンライト信州発車予定5番ホーム先頭車両付近でたうまさんを待つ私。

ですが、いきなり後ろから“本名”しかもファミリーネームではない、親からもらった方の名前を呼ばれてびっくり。たうまさんとはNETお友達なので、いつもはHNで呼びあっているのです。

あれれ???と思いつつ振り返ってみると、そこには山メイトほっちゃんが、すっかり山の装いで立っておりました。
えええー?一緒に登る約束してたっけ???と思いがけない状況にすっかり取り乱す私。

一緒に夜ご飯を食べながら飲んで酔っぱらっているときに約束したのかと一瞬思ったんですよ。そしてその記憶を無くしていたのかと。まじあせりましたが、驚いていたのはほっちゃんも一緒でした。

すんごい偶然ですが、ほっちゃんもこの電車を利用して、お友達と白馬岳に登るんだそうなのです。いやいや、人生色々とわかんないもんだねー。しかし、やってきた電車に乗り込んで席を探しているときに、もっと驚く事態発生。なんと通路をはさんで、ほっちゃんと私、お隣同士の指定席だったんです。

ほっちゃんはもともとは旅お友達で、2年ほど前に彼女に強引に説得され、一緒に富士山に登ったのですが、その時に、今履いている軽登山靴を購入したんです。お店の人に「この靴は穂高まで登れるから」と太鼓判を押されていたのですが、その当時の私「穂高って一体どこだろ?多分一生登らない」と思っていたのですがねー。

その富士山でさんざんな目にあって、もう絶対二度と山なんか登らない、と思っていたのに、よりにもよって穂高に旅立つ今日、ほっちゃんと一緒の電車に乗り込むことになろうとは。そして、ビールのつまみに枝豆をわけてもらうことになろうとは。あ、これはどうでもいいのか。

そんなわけで、web日記にほっちゃんと出会ったくだりを書いてもいいか本人に確認をとったところ、

「ほっちゃんもちろんOKです。ついでにカレシ募集もお願いします」

というお返事をもらったので、ほっちゃん、一応のっけておいたけど、この日記、多分男の人は読んでないと思うので、カレシ募集についてはちっともお役に立てそうもないよ……。

2004年08月26日(木)

赤岳報告・下山





08:40、赤岳山頂到着。ですが、ガスっていて展望があまり良くなかったのが残念。あと30分くらい早く着けば、360度ぐるりの眺めを楽しめたかもしれません。まあいいさ、また来るさ。というわけで、とっとと下山開始です。下りは文三郎道を使いましたが、先刻登ってきたのに負けず劣らずの急な岩場です。少し降りたところでガスが晴れ、遠くに人里など眺めることも出来ました。

鎖が途切れることのない岩場を過ぎると、次に出てくるのは小石がごろごろした下り…。下っても下っても下っても、足下が悪いです。途中2回くらい、どてっとしりもちをつきました。振り返ってみると、赤岳山頂は大分遠くなっていますよ、淋しいなぁ。

このざれた道を下っている途中、遠くの方にゴロゴロと雷鳴が響いてびっくり!!!近くはなさそうですが、時計に目をやると、まだ朝の9時を少しまわった頃で、雷が鳴るには、時刻が早過ぎやしませんか?

ですが、お天気に文句を言ってもしょうがありません。落雷が怖いので下山の足を早めたい、のはやまやまなのですが、このザレ場で急いでねんざなどしてしまったら元も子もないし、っていうか、山、降りれなくなっちゃうじゃん……。などと思いながら慎重に下っていると、下から登ってくる登山者の中に、なんとなく見覚えのある男性二人連れの姿が。

「こんにちわ。朝方は道を教えて頂いてありがとうございました。もう下ってこられたんですか?早いですね」

礼儀正しく声をかけて下さったその方は、暗い林道で私に道を尋ねた、白いセダンの男性でした。いえいえ、決して早くないですよ。ほぼコースタイム通りに歩いてますよ。

私より、多分ちょっと年上の男性の二人連れですが、どうやらこの登りで息が上がってしまっているよう。
その方が次に口にされた一言は、

「あの〜、登るのって、楽しいですか?」

………楽しくなきゃ、一人で山に登りになんて来てませんよ。と、本当は言いたかったんですけどね。

「多分頂上に着いたら、きっと登って良かった、って思いますよ」

という言葉を残すに留めました。うーん、この先のザレ場もまだ厳しいですけどね。鎖の岩場も残ってますけどね。えーと、その先の下山道もまだ長いですけどね。大丈夫かな、心配だな。

と、ここで思い出したんですが、山に登り初めの20分くらいでザックおろし休憩をしていたこの二人、もしや、本気で疲れてあの時点で休憩をとっていたのでは?えーと、私の記憶によるとあれはまだ緩やかな山の道だったはずなんですが…。

ともかく二人の健闘を祈りながら、ザレ場を覆う長い階段を慎重におりて1時間ほどで行者小屋到着。なんだか、朝と違って人が多くてにぎやかです。山の上の方ではまだ時折ごろごろと不穏な雷の音がしていて、そのうちにぽつぽつと雨が降ってきました。

休憩を早めに切り上げ、雨と雷にせきたてられるように下山を急ぎます。って言ってもまだ10:00過ぎくらいなのですけどね。

下るうち、だんだんと雷の音は遠くなり、日射しも戻ってきました。12:00少し前に美濃戸山荘到着。ソフトクリームでお疲れ様と自分をねぎらって、林道歩きの1時間に備えます。

暗い中を歩くのが怖かった林道も、明るくさえあれば全然何ともありません。とにかく歩いて、バスターミナルがある八ヶ岳山荘前に到着したのは午後1:00を少しまわった頃でした。行者小屋からの下りを頑張ったので、コースタイムより若干早めに行動を終了することが出来ました。

立ち寄り湯でゆっくりしてから向かった茅野駅では、落雷の影響で、ダイヤが大幅に乱れていました。キャンセルの出ていたあずさの指定席をGETして、電車を待つこと1時間。やっとあずさが到着して、帰路につくことができました。

電車の中でほっと一息つくと、あの男性二人組が無事下山できたのかどうかが、妙に気にかかります。山が嫌いになっていなければいいのだけどな。

2004年08月19日(木)

赤岳報告・山頂に向けて




さて、行者小屋を後に赤岳山頂を目指します。山頂に通じる道は地蔵尾根を行くルートと文三郎道をゆくルートの二通りがあるのですが、ここではガイドブックに従って地蔵尾根を行くことに。最初は木々の間を行く、さすがに山頂を目指すだけあって勾配きついです〜、という感じの道。山頂で日の出を見てきたと思われる登山者の方々が何名か、登りの私に道を譲ってくださいました。

しばらく登り続けるうち、左右が切れ落ち気味の、ちょっと怖い岩場へと出ます。いきなり木立がなくなるんだもんなーっていうか、森林限界ってここなんだろうなー、としみじみ実感。

目の前の岩場にはハシゴやクサリが取り付けられています。私の中の山登りスイッチが、岩登りモードにパチンと切り替わった模様。

最初は右手でクサリを確かめつつ登っていたのですが、クサリのそばに適当なとっかかりがなかったのと、腕の内側の肉をクサリと岩の間にはさまれて痛い思いをしたので、クサリを放して適当に岩をよじ登ってみました。はっきり言って楽しいです。やっぱり好きなんだなこういうの。

クサリ場をぬけると次はハシゴ。この辺まで来ると右手にはもう稜線の上に建つ展望荘が見えていました。下を見下ろすと長者小屋がマッチ箱のように小さくなっているのがとても嬉しく。

少しの間立ち止まり休憩をしてまた岩場をのぼってゆくと、ひょこっというかんじで稜線到着。赤岳山頂はもうすぐそこに見えていて、後は稜線の道をひたすら進むだけ。その稜線を展望荘に向けて歩いている途中、下界ではたぶんありえない、ちょっと面白い体験をしました。

左側の山肌からはその時、すごい勢いでガスが上がってきていたのですが、そのガスというか濃い霧、なんだかすごく生あったかいのです。なので私の左腕は奇妙なあたたかさを感じているのですが、右腕は山の朝のまだ冷たい空気にさらされたまま。私を中心に、左と右で気温に差があります。ものっすごい妙な感じ。

雷雲って確か、暖かい湿った空気と冷たい空気がぶつかって出来るんじゃなかったでしたっけ?っていうことは、今私、雷雲が発生するその現場に遭遇しているってこと???なんだか理科の実験を実地でやっているようでちょっと面白かったですが、山の雷は怖いからな。ささっと登ってとっとと下らないと、というわけで多少足早に道を急ぎました。

展望荘到着。小屋の裏手で赤岳を眺めながらおにぎり休憩。お茶を飲んで一息ついて、ガレている斜面に備えます。あそこまで登りきったら少し下って、もう一登りで山頂のはず。ここから赤岳頂上小屋までのコースタイムは20分となっているのですが、そんな短い時間でいけるのかな。

登り始めてみると、ただ単に一面ガレているように見えた斜面にも、一応のルートがあることがわかりました。やがて出てきた岩場を前にして後ろを振り返ってみると、さっきおにぎりをぱくついていた展望小屋が遠くなっているのがわかります。
途中、中岳から阿弥陀岳に向かう稜線をはっきり見ることが出来ました。もし時間があれば、阿弥陀に行ってそこから行者小屋に下りたいのですが、無理かなー。

頂上小屋が近づくにつれ、斜度はどんどんきつくなっていきます。そんな登りの途中でも、岩の陰に可憐な高山植物の姿など発見すると、頑張らなくっちゃという気持ちがわいてきて、やっぱり花の季節に登るってとても楽しいですね。




途中、岩壁の前でルートを見失い、もしかしてこの岩登るの?クサリくらいつけとかないと危ないじゃん、という場所をよじ登り始めたところ、私の下を下山者が通りかかり、あ、あっちに道あるんだとすごすごと岩を降りるちょっと危ういシーンもありましたが、無事赤岳頂上小屋に到着。

赤岳には北峰と南峰があり、頂上小屋は北峰に建っています。お天気がよければ展望小屋や横岳を臨めたのですが、横岳方面、かなりガスってきちゃってます。テラスで休憩中の登山者の脇を横目で通り過ぎ、北峰へと向かいます。休憩は山頂標識の下で!とにかくあともう一登り!!!

2004年08月18日(水)

赤岳報告・南沢を行者小屋へ


北沢と南沢の出合いに建つ美濃戸山荘前に到着したのは、林道を歩き始めてほぼ1時間後のAM04:58。小屋泊まりの登山客が三々五々外に出始めています。登山道入口付近に目をやると、さきほど道を訊いてきた人たちかな、男性の二人連れが登山道に入っていくのが見えました。

私は早朝の澄んだ冷たい空気の中、とりあえずザックをおろしておにぎり休憩です。ごはんを冷たい緑茶で流し込んでいると、後ろから「阿弥陀だ、阿弥陀が拝めるよ」という声がしました。



山の夜明け

さくさく登って、てきぱき降りてこないとね。というわけで休憩もそこそこに、登山道に分け入ります。今日辿るのは南沢。直接行者小屋へと上がっていくルートです。
橋を渡ると、しばらくは沢沿いの緩やかな道をゆくコース。一人きりの山中ですが、もうそこそこ明るいので不安を感じることはありませんでした。20分ほど歩いた頃でしょうか。少し開けた沢沿いで、先程の男性二人が、ザックをおろして休憩しているのが見えました。彼らはここで朝ご飯なのかなー、と思いつつ通り過ぎます。



こんな流れを右手に見ながら

水音を聞きながら歩みを進めているのはこんな道。沢にかかる橋をいくつか越えつつ登っていると少しずつ勾配が急になり、大きな岩を巻いて進んでゆくうちに、道はごつごつの岩にかわってゆきます。

やがて、目の前が開け、春先に雪渓が残るとすればここかしら?と思うようなザレ場に辿り着きます。これで勾配が急だったりすると、足場が極端に悪くなるためにめげるところですが、山の中だというのに平坦な道のため、ちょっと小休止な気分で先を急ぎます。正面に見えてきたのは赤岳、かなぁ。
(正解は横岳でした)



多分あともう少し

表示に従い、また樹林帯へと分け入ります。この先も勾配はゆるやかで、歩くのが楽しい山の道。左手にヘリポートが見え始め、ヘリポートがあるということは、小屋はもう近いはず、と見当をつけて歩いてゆくと、AM06:00、難なく行者小屋到着です。小屋前のベンチにザックをおろして休憩。
これから登る赤岳や、朝、美濃戸口から見えていた阿弥陀岳の姿が青空にくっきりと。山頂、お天気良さそうです。展望が期待できそう。

行者小屋ではおでんやラーメンなどが食べられるようで、その看板を見ているだけでなんとも食欲をそそられます。あら、生ビールもあるんですね。でもまだ早朝だし、っていうか、これから山頂に向かおうっていうのにそそられている場合じゃないでしょ!!!下山後には、立ち寄り湯で温泉とビールが待っています。それまでの我慢だ。でもまだ先は長いなぁ……

2004年08月15日(日)

赤岳報告・暗闇の林道歩き




暗いよ… 怖いよ……

足を踏み入れた林道、当たり前のことですが真っ暗です…。
ヘッドライトの心細い明かりが道をぼーっと照らし出すのですが、思わず手探りで歩きたくなるような深い闇。

顔を上げてあたりを見るとヘッドライトの弱い光に照らされた杉木立がぼんやりと闇に浮かび上がります。何かが出てきそうで、思わずまた目の前の道に視線を戻します。

私、一体何やってんだろう……。思わず来たことを後悔しそうになりましたが、とにかく1時間歩けば登山口の美濃戸に辿り着きます。それまでの我慢。30分も歩けば、すこしづつ明るくなってくるはず。

途中、何台かの車が私を追い越していきます。いいな、車。私は徒歩で行くしかないものな……。

少し行くとまた一台の車が近づいてくる音が聞こえてきて、私は出来る限り道の端っこによけて車が通りすぎていくのを待ちました。私の横を白いセダンが低速で通り過ぎると、少し前で停車しました。も、もしかして乗せてくれるのかしら〜、と、ちらっと虫の良い考えが走ります。

助手席側の窓はするすると開き、推定年齢30代後半くらいの男性が、声をかけてきました。

「すいません、ちょっと道をお尋ねしたいのですが」

えっ?道??? 一本道ですけど、ここ…。
という私の懸念をよそに、

「この道をずっといくと、登山口に着きますか?」

というお尋ねが。
……。この道が登山口へ向かう林道でないなら、こんな時間にこんなところを歩いている私は、いったい何なんでしょうね、と思いつつ「私もはじめてなんですけど、多分この道で大丈夫だと思いますけど」と、返答すると、その彼はちょっとほっとした表情を見せ、

「そうですか。この上に駐車場ってありますか?」

と、再度の質問を口にされました。
……。調べてから来いよ、とは口に出さず、私も初めてだって言ってるじゃん、という思いも口には出してはいけません。
「確か、山小屋に併設されている駐車場があったと思いますが…」と、ガイドブックで仕入れていた情報を元に答えると、

「そうですか、ありがとうございました」

という言葉を残し、再びするすると窓は閉まってしまいました。走り出したその車は、事故らないで無事辿り着いてね〜、と思わず応援してしまうほどのおそるおそるな危なっかしさ……。上まで同乗しませんかと誘ってくれなくてありがとうね。その運転には、悪いけど、乗りたくないな〜。(←だから誘われてないって…)

やがて車が遠ざかり、テールランプの明かりも見えなくなると、でも、そうだよね、暗闇の中では車で行くのも大変だよね、と思うと同時に、また独りぼっちになってしまった…、という一抹の淋しさが胸中をよぎりました。たったあれだけのやりとりでしたが、実は、会話できるのが嬉しかったのかもしれません。私もそうですが、あちらも、先の見えない真っ暗な中を行くの、相当に不安だったんだろうな。

殆ど5分おきにちらちらと時計を眺めつつも、とにかく先へと行くしかない林道歩き。でも、30分もすると少しずつ明るくなってきて、ヘッドランプの明かりは不要になりました。

50分ほど歩いたところで、この辺で山小屋が出てきてくれると嬉しいんだけど、と思っていたところ、私の思いが通じたのでしょうか、小屋が、小屋が!!! 




人がいる、という気配を感じるのが、こんなに嬉しいものだとは。でも、この時は随分明るくなったと思っていたのに実際はまだこんなに暗かったんだな……。帰ってきてから写真を見てびっくりしました。

2004年08月11日(水)

赤岳報告・入山前





8月7日土曜日に、八ヶ岳の赤岳に登ってきました。前日6日の夜に赤岳の登山口、美濃戸から200m程下ったところにある宿に前泊。

日帰り予定なので行動はAM4:00開始というハードさでした。いや、自分で決めたことなのですけれどね。なにせ赤岳の標高は、けっこうそれなりの2,890メートル。

新宿発19:00のあずさに乗り、うなぎ弁当など食しつつ茅野駅迄の2時間ほどを過ごします。途中で大粒の雨が車窓を叩き始め、あら?と思って外を眺めると、稲妻がばりばり光っているのが見えました。大丈夫だろうか、明日のお天気……。
一人の心細さもあり、早くも不安が募ります。

茅野駅に着いてみると、多分明日の一番早いバスを狙うのでしょう。山屋カップルが駅前に銀色マットを引いて夜明かし準備をしているのを目にしました。いいですねそれ。タクシー代も宿代も浮きますね〜と、思わず羨ましくなりますが、朝一番のバスで行っていたのでは日帰りは無理だから、わたし。
ガイドブックによると、一日の歩行時間は10時間弱なんです。

今回は、8月のお盆過ぎに登る穂高の為の練習登山。
適当に鎖場や岩場があって、適当に標高差があって、という条件で探していたところ、ひっかかってきたのが赤岳だったのです。一人で行くということもあり、ある程度人のいる山じゃないと心配だったのですが、赤岳はその点も余裕でクリア。歩行時間が長いのだけが難ですが、この間の北岳に登ったときに、2日目を12時間かけて登って下りた経験が背中を後押ししました。大丈夫、体力的にはいける!!!

タクシーにのりこみ宿泊場所へ向かいます。時間にして30分ほど。暗い夜道を走っていると、山付近は雷がまだごろごろいっていて、時折走る稲光は、山を真横に走っているように見えます。えーと、ものっすごく怖いんですけど。

宿について、入口付近で「こんばんわ〜」と声をかけると、でていらした女将さんに「女の方だったんですか〜」とびっくりされてしまいました。宿の予約はメールでしたのですが、一人ということで、てっきり男性が来るものだと思われていたようです。

明日のお天気を確認すると、やはり午後からはくずれてくるということで、早朝出発を選択して本当に良かった、宿代無駄じゃなかったよーと思いつつお風呂を頂きます。

持参した缶チューハイをあけながら明日の準備を整え、早めにベットに入ったのですが、やっぱりうまく寝つけません。
最後に時刻を確認したのは1:00過ぎくらい。その後は、どうやら少しは眠れていたらしく、何故かザックの中にフライパンやらやかんやらをつめなきゃいけなくて、悪戦苦闘している夢など見てしまいました。

目覚ましが鳴ったのはAM03:20。
手早く朝の支度を済ませ、そっと宿を抜け出します。ヘッドライトで照らしつつ夜道を歩いてゆくと、登山道入口はすぐでした。ここからは1時間ほどの林道歩きです。予定通り、AM04:00、行動開始です。

2004年08月10日(火)

掲示板設置しました


こちらの日記が、ほとんど日記ではなくなってきたため、日々のつぶやきはここでしようと掲示板を設置してみました。右上のgo to BBSをクリックすると別ウィンドで開きます。

日記を始めた頃は、きちんと自分のHPを作って、その中のコンテンツの一つにこの日記しようと目論んでいたのですが、きっぱりすっぱりあきらめました。日記を書くのでさえいっぱいいっぱいなのに、コンテンツ作ってHP維持するなんてできるわけないじゃん、みたいな(涙)
旅記録とか、最近始めた山記録などをきちんとまとめたかったんですけでどね。

日記レンタルの更新期限が迫っていることもあり、何かと便利そうなブログに切り替えることも検討したのですが、また最初からいろいろ設定するの、面倒だろうな〜ということで、掲示板設置で再出発な感じです。

さて、明日は八ヶ岳に登りに行ってきます。初めての単独行。ちょっとどきどき。
8月21〜23日に、憧れの穂高にテント山行することになったので、その前の練習登山という位置づけです。けっこう標高があるので、高山植物も楽しめそう。

今日の夜は登山口近くの宿に前泊の予定なので、ザックに登山靴という姿で家を出たのですが、通勤電車内の人々の視線は痛かったです。仕事終わってから新宿へ向かう電車の中でも、きっと邪魔者扱いされるんだろうな、しくしく。

頑張って登って慎重に降りてきます。

2004年08月06日(金)

北岳報告・下山





すぐ下に見えている肩の小屋に向けて、とりあえずは下山を開始です。肩の小屋前には、2日ほど前までは確かに「キタダケソウ」が咲いていたという情報があり、散っていなければいいのだけれどと、はらはらしながら、ごつごつの岩道を下っていきます。

たどり着いた肩の小屋では、とにかくザックをおろして空身になって、デジカメ片手に足早なガイドさんの後を追っていくと、その先に……
ありました、まだ咲いていてくれましたよ「キタダケソウ

北岳登頂を果たした私たちへのご褒美のようなその可憐さ。風に揺られる清楚な美しい姿をいつまでもながめていたかったのですが、急いで写真に収め、すぐさまザックを背負いなおします。

この後は草スベリと呼ばれる急な道を下っていくのですが、しばらくはお花畑の間を進むような道で、とても気持ちが良いのです。ずんずんずんずん下山しながらふと振り向いてみれば、お花畑の向こうに、北岳山頂を見ることができました。自分が立っていた場所を仰ぎ見るのって、わたしにとっては初めての経験。達成感となんともいえない寂しさが入り混じった、複雑な心境。

急な道に難儀しながらも、見下ろす雪渓から流れてくる冷たい風を感じたり、木漏れ日をうけたりしながら黙々と下るのは、私は結構楽しかったような。

そのうちに、遠くに白根御池が姿を見せ始めました。見えてから先がまた長いのですが、とりあえず目標があると、降りている心の支えにはなってくれます。

そしてやっと、白根御池に到着。
まずは水場で冷たい水に手を浸し、顔を洗います。預かって頂いていた荷物を受け取って、あたり一面にザックの中身をぶちまけ、最初からパッキングしなおしていると、バットレス帰りの男性に、それじゃあ荷物多すぎだよと笑われてしまいました。でもその方も、山に登り始めた頃は、心配であれもこれもといっぱい持っていかれていたそうなのです。

不要なものをつめこんで重くなった気がするザックを背に、最後の樹林帯を下ります。草スベリからの下山とは違ってゆっくりゆっくりなペースなのですが、やはり最後の方は相当疲労がたまっていたよう。

頭では大丈夫だと思っていても体の方がついていっていないと言うか、斜面が緩やかになったところで気を抜いたりすると、途端に足がよろめいて、そしてよろめいた拍子に背中の荷物の重みにひっぱられて体勢を立て直しきれなかったり。すぐ向こうが切り立った斜面、というところでそんな状態になってしまった時は、一瞬滑落という文字が頭を掠めました。

それでも、どうにかこうにかPM4:00過ぎ、無事全員下山完了。
ガイドさんが駐車場に車を取りに行ってくださっている間、ほとんどへたり込んでいました。もう、歩くの嫌だ。

ガイドさんが、甲府の道はよくわからないんだけれどおっしゃりつつも、今夜の宿まで送り届けてくださいました。甲府駅から10分となっているのに、着いたところはえらい山の中。坂道をくねくねと車が登っていくのですが、自分の足で登っているわけでもないのに、坂道を登っているという状況そのものが、なんだかプレッシャー。坂道は、しばらくもういいよー。

温泉旅館の入り口に車を横付けしていただき、荷物を降ろします。そのまますたすたと「それじゃあ」と運転席に乗り込もうとされるガイドさんを、あわてて引き止める私。あの、まだガイド代お支払いしてないんですけど。

そこそこの構えの温泉旅館に、山帰りですみませんの泥靴でチェックイン。すぐさま大浴場に直行。汗を流して大きな湯船につかります。

し〜あ〜わ〜せ〜!!!

この後はお食事処でビールで乾杯。ほんとうにほんとうにお疲れ様でした。
今日一日行動食のみしか口にしていなかった私達、旅館のお食事に生き返る思いです。この後、貸しきり露天風呂につかってしばらくのんびりとしたあと、部屋に戻ると速攻でお布団にもぐりこみます。

北岳みやげの強烈な筋肉痛が、次の日から1週間も続く事になろうとはこのとき知る由もなく、この夜ばかりは幸せな眠りをむさぼりました。

2004年08月05日(木)

北岳報告・登頂



山の夜明け


大音量であたりを揺るがすいびきの二重奏に悩まされつつも、なんとか眠れてはいたらしく、人の起き出す気配に布団の中で時計を確認してみると、時刻は午前3:00。ザックと一緒に小屋の外に出て、身支度などを整えます。

とはいえ山中の外気温はとても低く、とてもじゃありませんが、氷のような水に手をひたして顔を洗う気にはなれませんでした。震えながらパッキングをしていると、ガイドさんがあたたかいお茶を分けてくださいました。あぁ、山の上で火が使えるってとってもうらやましいです。

必要のない荷物を小屋にデポして、出発したのは午前4:00。
ヘッドライトで足元をてらしながらの道行きとなりました。しばらく歩くとだんだんと体もあたたまり、白々と夜もあけてきます。朝焼けに染まる北岳をながめつつ、大樺沢二股にたどり着くと、雪渓を左手に、雄大な北岳バットレスの姿を右手に見ながら、もくもくと歩みを進めます。

八本歯のコルに向かうためには雪渓を渡らなければならず、軽アイゼンと格闘というワンシーンもありました。

八本歯にかかる梯子を次から次にこなしているうち、気がつけば、やがて稜線へと飛び出していました。お花の咲き乱れる斜面と、雄大な間ノ岳の山容が、急な登りに緊張がちだった気持ちを溶かしてくれましたよ。

ここで、少し長めの休憩。今回のお目当ての「キタダケソウ」を捜し求めますが、咲き誇っているのはハクサンイチゲの白ばかり。もう少し上に登った方が見つけやすいかもしれないということで、もうただひたすら斜面を登っていきます。

ここまで来るとさすがに酸素が薄く、酸欠のきんぎょのようにぱくぱくと空気を求めてしまうのですが、そんなつらさよりも、徐々に高度感を増してゆく光景を目の当たりに出来ることのほうが数倍嬉しいんです。

やがて北岳山荘への分岐点に到達。タカムラー的には、やはり「マークスの山」から下記の描写を抜粋しなければです。

稜線の吊尾根分岐に立ったのは午前6時半だった。左へ進んで山荘方向の縦走路へ向かうか、右へ進んで北岳の山頂へ登ってみるか、「どっちにしますか」と戸部が尋ねた。
合田は「上へ登ろう」と答えた。もし滑落などの事故にあっていなければ、水沢は頂上を目指したに違いないと合田は信じた。「マークスの山」単行本P438より

そんなわけで、私達も、もうあと一踏ん張り。山頂がすぐそこに見えているんです。このころには、空気の薄さもちっとも気にならなかったような気がします。だって、憧れ続けたあの山頂を、もうほんの少しで踏むことが出来るんですよ!!!

そして、10:20AM、とうとう山頂到着!富士山が目の前に!!!
着いたよ〜、やったよ〜(感涙)
展望は360度。どこをどう眺めても素敵な光景が広がります。以下はまた抜粋です。

無線が飛び交った。「発見!水沢を発見!北岳山頂。死亡」
「マークスの山」単行本P439より



じーんと、胸に迫るものがあります。ここで、水沢は……

山頂でゆっくりと「マークスの山」の世界に浸っていたいのはやまやまだったのですが、お山というのは、登ったからには降りなくてはなりません(涙)

時間はおしているのです。17:00迄に、とにかく下山して広河原を出なければなりません。そんなわけで、後ろ髪をひかれる思いで、山頂を後にすることに……

きっとまたいつか、この山頂に立ってやるさ!
感傷には、その時にまたゆっくり浸ってやるさ、ってことで、とにかく今は、急ぐんだ、下山を!!!

2004年08月03日(火)
FIRST NEW INDEX MAIL BBS