天下無敵な過ごし方
ああ、今日も今日だねぇ。
ここんとこの円高のおかげで薔薇が安いのはありがたい
2006年09月28日(木) の?

この間の宴会。
某Cちゃんとその前に落ち合って、プレゼントの花束を準備した。
で、早いのを承知で店に行くと本当に早すぎたらしく、
0次会もあと15分過ぎないと無理と云われた。
それならば、そこら辺をちょちょ〜っと散歩ついでに何かお買い物は?
と、用事を云い付けて貰った。
「他の店で飲んできちゃだめだよ」
という台詞と共に。
で、まだ酔ってもいないので、アタクシと某Cちゃんは、
歌も歌わず、手も繋がず、スキップもしないで歩いていた。
とある分かれ道で、某Cちゃんが
「左へ行くと行きつけの飲み屋があるから、右にしよう」
と提案してきたので、二人でそうだねそうだねここで飲んじゃだめだからねと、
右の道をご機嫌よく歩いていたら、角の突き当りで
「そこのおじょうさん、奢ってあげるから一杯付き合って」
と、見るからに出来上がっているおっさんに声をかけられた。
奢ってくれるなら寄ってくかと、
さっき言い付かったこともわざわざ道を選んで通ったこともぶっちぎって、
いすに座っちゃったりした。

で結論から言うと、
おっさんは、人の話をきかないけど、約束通り缶ビールを奢ってもらった。
が、その缶ビールは某Cちゃんの好きな銘柄ではなかった。
その店の主は、若くていい人っぽかった。
おっさんにメイワクそうな顔を14%ぐらいしていた。
ちゃんと買い物はした。
飲んじゃったことは告白して、生ビールを飲みなおした。
やっぱり生ビールのほうが好き。

おっさんとは、もちろんその時初対面。
これからも初対面のまま行き過ぎたい。

某Cちゃんと一緒にいると、こんなことが多々ある。
顔に何か書いてあるのか?一緒にいると変な電波が出てるのか?



2006年09月27日(水) 結局足がもつれるから前向きに直る

更に仕事の話。これ書いたら寝る。

普段仕事をする前に、スケジュール帳のその日のページに、
しなければならない仕事やするべき仕事やした方がいい仕事やしようと思っている仕事等を書き連ねる。
余裕があれば、それに優先順位もつける。

で、仕事をする。
手帳に書いた仕事をしたらチェックをつける。
書いた数の3割を越したら、よしにする。
それは、打率。決して降水確率にしてはいけない。
さらに、大概書いていない仕事を言い付かることが多い。
それが短時間に終らせることが出来たり、
数量が多かった割に残業しなかったりしたら、それは安打。

とすると、結構気楽。

で、今日は割に朝からさくさくと仕事をする気になって、
手間が掛かるものもさほど不機嫌にならずに終らせられた。
その時点で 予定の3割を超えた。
さらに、予定外の書類も飛脚の回収に間に合った。

これは 首位に君臨出来るぐらいの仕事ぶり。
ってことで、お祝に飲みにいった。社長のうちに。

で、さっき帰って来た。
白黒君、不機嫌。


うははうはは すまぬ。

おやすみぃ〜。



2006年09月26日(火) 危ないから横向きに変えてカニ歩きしてみる

って、今日も今日とてお仕事。
当たり前田のクラッカー。
は、該当世代ではないのだけど、知らぬが知ってる日本人。

何からおっぱじめようかとPCをONにしたところで、
「あのさ〜、○○って書類ある?××で欲しいんだけど」という質問。
それに関しましては500万回ほど ある と答えましたし、
プリントアウトして訂正してもらったり、
どっかへ送ったりしたことも300万回ほどありますが。

その質問には軽やかな笑顔であると答えると、
今度は「△△現場の書類って出した?」ときたもんだ。
すみません、それについては今日はじめて聞きますよ。
現場の書類を出すには、
現場名・元請名・直請け業者、職長や代理人を決めないと、
只の白い紙に判子を押すだけで、そんなものを出した暁には、
嫌味炸裂雨あられなんざんすよ。
と、多分ここんとこ毎回のように云っていますが、
大丈夫でしょうか?という台詞をみぞおち当たりでぐっとこらえて、
「その(手に持っている、先方からきた)書類を下さい。
職長は誰ですか?
メンバーはどうしておきますか?
提出は何時までですか?」
と一通りの質問をして答えを貰い、席に戻った。
これで最低限のが作れるってもんで。

最近、それまでスムーズにいっていた業務が、変な質問で滞ったり、
差し戻されたりで、微妙に不安を感じたりするのだけど・・・
ダイジョウブカカンサマハソレトモアブナイノハアタクシカ?

さて〜とやる気の炎を点火して、弱火に調整したところで、
「そそ、担当する職人の検便いるんだわ、どうするんだろ」
それはお初。アタクシも知らん。
ということで、まずはそれから取り掛かったさ。

それも無事に段取がついて、さてさて。

というところで、リース屋から請求書の下打ち合わせがファックスされてきた。
こっちが先か。

何時の間にか机にうっすらと書類の山。
帰るまでには片付くさ。



2006年09月25日(月) 背を向けて後ろ向きに歩く

どっぷり。

アタクシの本業は事務員。土建屋の。
総務って云えば体裁がつく感じもするけど、
所詮、云われたことを何でもやる係。
後輩も部下もいないので、命令系統の末端にいるわけなのだけど、
態度は何となくでかい。

それで、色々な仕事があるうちに、好きなものと嫌いなものがあるわけで、
嫌いなのは、云われてする仕事。
「〜やっておいて」「〜連絡しておいて」
ってな感じの。

そんなこと 自分でやって

と、呪文のようにココロの奥の隅の暗いところで唱えてから、
どっこらそ っと云う感じでする。
そんな風では楽しくないのだけど、嫌いなのでしょうがない。
気分がいい時はいいんだけど、基本的に機嫌が悪いので、
そうは問屋が卸さない。

で、さっきまた言い付かったのだけど、
どうにもこうにも気分が乗らないので、ここに書いてからすることにした。

結局何だかんだいってやらないとね。
あぁ、後輩か部下が欲しい・・・。



2006年09月15日(金) 上げ浚い〔番外編〕たけぞ氏がご機嫌だった訳

今日、昼ごはんを食べていたとき。
「そういえば、京都ではたけぞ〜ちゃんは随分と笑っていたわね。
この人(かん様)も上機嫌だったけど、たけぞ〜ちゃんもにこにこしてて、
あれ?このコこんなに明るいコだったかしら?って思ったわよ」
と、ゆ〜こさんがおもむろに言った。
「そ〜いえばそうだよな!あいつプロレスの話もニコニコしてたよ!」
と、京都で皆で泊まった旅館が大部屋で、まるで修学旅行のようだといって、
始終プロレスやろうぜ!!枕投げしようぜ!(結局酔っ払いすぎてしなかった)とはしゃいでいたかん様も同調した。
「あぁ、すんごく楽しみにしていた上に、直前2日徹夜明けでナチュラルハイだったんじゃないですかね〜」
とアタクシ。

長野でもそうなんだけど、京都でも何気に人気があるたけぞ氏。
喋ったり笑ったりでさらに好感度アップなのか?



丁度忙しい時期と重なってしまったので、休みを取るためと云っても、
土日を完全に休みにするために、前日までガンガンに働いていて、
開放されたと同時に新幹線に乗って京都へ。

行きの車中では、アタクシの手作りのサンドウィッチと缶ビールでいい気分になり、
先斗町に着いたら、手土産にしてもらった鱧料理、一切れ1000円ぐらいする鱧寿司、出前してもらった野菜あんかけ、うなぎの釜飯(とても美味しかったのだそう)、出し巻き卵を食べ、長竹の抹茶カキ氷を食した。美味しい焼酎もたらふく飲んだ。
そして翌日の午前中、呉服屋さんについてきてくれて、本当はアタクシの着物とたけぞ氏の着物(出来上がりの安いの)を買おうとしたら、
たけぞ氏の背が高すぎて既成のサイズでは寸足らず。
結局、アタクシのを止めてたけぞ氏の着物を大島で作ることにした。
作るとなったら、少し気が大きくなってしまったのさ。
反物や羽織の裏地、角帯、羽織紐、半襟などをたけぞ氏が自分で選んでうほうほ。

昼は、京名物にしんそばを生まれて初めて食し、八坂神社も初めて行った。
原了郭で黒一味と山椒を買った。
その間、アタクシは昼も食べず(気分的に食べられず)、昨日日記に書いた通りなのだけど。
夜は料亭の料理に舌鼓を打って、またしても先斗町のお姐さんの店で旨い焼酎を飲む。
ついでに、細目うどんというお出汁のうまいおうどんを出前してもらって、上がりに食べた。
宿に帰って、さらにビールを飲んで、軽く反省会?

翌日は、雨が降っていたけど、散策中はさほどでもなく、
知恩院を詣で左甚五郎の残した傘を見上げて、
平野屋本店で芋棒を食べ(夏は芋棒はお勧めでない。なぜならえび芋でないから)、
銀閣寺へ行き侘びさびの原点ともいえる庭を堪能し、
哲学の道を歩いて、ここで雨と遭遇するもその降り方がさほどひどくなく、
逆に風情を感じ、珍しい招き猫、なぜか顔だけが横を向いて愛嬌がある、を古美術屋で発見し、
南禅寺の山門に上がって「絶景かな!絶景かな!」とやり、
駅に戻って、柿の葉寿司やらビールやらおつまみやらお土産やらを買って、
東京に戻ったのだ。


これでご機嫌でなかったらどうよ?


着物が出来上がってくるのは、早くてもひと月半先の話。
是非それを着て、浅草仲見世、渋谷、銀座、深川を練り歩いてもらいたいものである。
もちろん、その時はアタクシも着物。



2006年09月14日(木) 上げ浚い

他の和事がどういう言葉を使っているのか知らないけど、
所謂「お浚い会」とか「発表会」とかそんな感じ。
それを料亭の広間で金屏風の前で緋毛氈の上に座ってやる。
今回は鳴り物(鼓や鐘)が入り、「一軍さん」と呼んでいる古いお弟子さん方、
最低でも5年ぐらい続けてるどこぞのお店の旦那(社長)やら先生(教授?)が一緒に演じた。
一軍さんは8月に既に自分たちの会での上げ浚いは終わったとのことなので、興という感じ。

画録帖にもアップしたけど、午後早い時間に料亭に着いて、最後の稽古。
この時初めて鳴り物入りの本番仕様の稽古をした。
アタクシ以外の方々は皆「唄い」さんなので、おっしょさんと奥さんの二丁三味線と鳴り物さん(とはいえこの方もお師匠クラス)、
アタクシは三味線なので奥さんの唄いになる。
番組(プログラム)順に淡々と稽古を進め、いよいよアタクシの番。
譜面を見るかどうするか尋ねられるも、昨日自分でした稽古でもそらでOKだったので、見ないほうを選択。
緋毛氈の上に座って三味線を受け取った瞬間に、頭の中が空っぽになっているのに気がついた。やや焦る。
その様子に気がついたのかおっしょさんが
「どうしたの?」
と尋ねられたので、
「頭の中が空っぽです。譜面も何も浮かびません」
と答えると
「大丈夫、ゆっくり弾きなさい」
とだけ云われた。
今年の目標は「見た目かっこよく」
ひざの先1mの畳を見つめ、目を泳がせないように注意。
DVDで見た去年の様子は、頭も目もふらふら動いて、とても格好悪かったのだ。
ひざの先1mだと、左手が視界の隅に見える。
その目線だと弦を押さえる位置を把握できることは個人の稽古で確認しておいた。
息を整えて、よ〜いと小さく掛け声をかける。
手は勝手に動く。頭の中にはぼやけた譜面が浮かんでは流れる。
が、何もかもが薄皮一枚外のような雰囲気で、自分の音は間違えたときにしか聞こえてこない。
去年はあんなに引っ張られたおっしょさん以外の声の唄も鳴り物も
不思議なくらい気にならない。
神経を三味線に集中しようとすると譜面が体から消える。
自分の体の中も空っぽになった感じだった。
時折、手も止まるが、判るところまで追いついてそこで弾き始める。
後半は半分ぐらいがそんなへっぴりな感じで、
弾き終わった時あまりの出来なさ加減にショックを受けた。
おっしょさんは、それもさして気にしないで、
「も〜っとゆっくり弾かないとフォローできないでしょ。
ゆっくり弾けば大丈夫」
とだけおっしゃった。
ふらふらになって自分の席に戻ると、先斗町のお姐さんが飛んできて
「にごちゃん、すっごく良くなった」
と褒めてくれた。
去年に比べて格段に姿勢と音が良かったんだとか。
弾ける弾けないは関係ないらしい。
出演者全ての稽古が終わって、会が始まるまで休憩になった時、
おっしょさんがアタクシのほうへやってきて
「どう?」
と聞かれた
「ぜんぜん真っ白で判りません。弾けない気がします」
と答えると
「大丈夫。
本番はゆっくり弾くこと、それから順番が来るまで悪あがきしてなさい。
それが効くから」
とアドバイスしてくださると何処ぞへ出掛けてしまった。
1時間ぐらいただひたすらにMDで曲を聴きながら、目で譜面を追う。

お客さんたちも次々とお出でになり、かん様の挨拶で会が始まった。
おっしょさんは緋毛氈の上からアタクシに
「悪あがきしておきなさい」
と目で合図されたので、他のお弟子さんの演奏中も目は譜面を追い続けた。
一人終わり二人終わり、いよいよ・・・。

ご挨拶代わりにお辞儀をして、おっしょさんたちの真ん中へ座る。
三味線をアタクシに渡しつつ
「悪あがきはどうだった」
と微笑みながら尋ねる
「悪あがきでしたけど、よくわかりません」
と半分テンパってて意味不明な答えなのに
「じゃあ、大丈夫ね」
と返ってくる言葉もさらに意味不明。
そして、稽古と同じようによ〜いの掛け声で弾き始めた。
稽古ほどではないにせよ、相変わらず自分の三味の音が聞こえない。
けれど、左から
「4、7、6、2の1」
とおっしょさんが音を誘導してくれる声がはっきりと、
というより、それだけが聞こえてきた。
声を頼りに弾いているも、頭が半分テンパってて半分真っ白なので、
時折その声の意味すら判らなくなる。
それでも頭を動かさず目を動かさずじっと畳を見つめていた。
ら、わからなくなったところで瞑ってしまった・・・。
稽古と五十歩百歩状態で、ようやく最後の部分にさしかかり、
なんとか締めることができた。
正直、心底「終わったあ〜」とほっとした。
お客さんから暖かい拍手を頂いて席に戻ったら、
そこにはアタクシ以上にほっとした顔のたけぞ氏がいた。

気が緩んだこともあって、後半は眠たいのを我慢するので精一杯。
全てが無事に終わって、いよいよ楽しい美味しいお食事会。
宴の最中に、おっしょさんをはじめ、お世話になったおくさん、
鳴り物のお師匠さん、お客さんたちにご挨拶をして回る。
(先斗町のお姐さんからの指示)
奥さんと奥さんのお友達はアタクシのテンパり具合をお見通しで、
「ぼろぼろだったね〜!
でもね、上手くなったから欲や色気が出てきてテンパっちゃうのよ。
それを超えて毎回弾ければプロだから」
と激を飛ばされたような励まされたような。
大概の方々には
「上手になった。よかった」
と褒められた。
が、先斗町のお姐さんとゆ〜こさんの前に来たとき、
皆さんから褒めてもらった嬉しさと、
テンパることを見越せない自分の甘さからきた失敗とが
ごちゃごちゃになって悔しくて、涙腺が緩みそうになった。
くそ意地で緩ませなかったけど。
お姐さんはもう一度
「弾く格好が悪いと音が良くないけど、
にごちゃんは弾く格好がちゃんとしてるから
これからもっと上手になりまっせ」
と褒めてくれた。
ゆ〜こさんも
「よく出来ました!」
と褒めてくれた。


で、一息ついてたけぞ氏からの昨日書いた台詞。
ま、あれで上がってしまったら本人が一番納得できない。

たけぞ氏は聴く耳を持っているので、稽古の時でも曲になってないとか音がちゃんとしてないとかちゃんと感想を言ってくれる。
おっしょさんは、三味線を弾いている姿を見ているだけでも勉強になる上に、
弾き方の技術から理論から長唄を含めた日本の歴史だとか和事の美しさだとか惜しみなく色々教えていただいている。
そんな恵まれた環境にいるんだからもっと精進しないとな。
あんなに悔しい思いはもうしたくないし、
やっぱり演奏して拍手してもらうの気持ちがいい。
なら、出来るだけ上手に演奏したいしな。

以上が今年の上げ浚いだったさ。







2006年09月13日(水)

無事、上げ浚いが終った。
結果から云えば、その日初めて袖を通した着物が似合うってことを含め、殆どの人から誉められた。
が、着物は別にして、納得いってない人が3名。
アタクシとおっしょさんとたけぞ氏。
たけぞ氏は
「他の人はこれで上がっても良いと思うけど、君のは上がってないね」
と、手厳しい批評。
それを聞いたおっしょさんも
「たけぞの云う通りだね。そう思うでしょ?」
(おっしょさんは機嫌が良いと気に入りの人の名を呼び捨てにするが、それが失礼に聞こえないのが不思議)
と、賛同。

詳細は後日記すとして、今はほっとした様ながっかりした様な、イベントが終って抜け殻な状態。

そんなアタクシの状態は棚網に載っけちゃって、とにもかくにも、日々留守番をして不機嫌極まりないうちの白黒殿の御機嫌をとりまくりちよこさん。
今日もしつこくさっきまで遊んでいて、ようやく夕御飯が食べられた。
寝ている隙にこうしていたら、ほらおもちゃくわえてやってきたよ。

また遊ぶんですかい?旦那。
分ったから 鳴かないで。



2006年09月08日(金) 行楽の秋なのね

まだ夏みたいに暑いけど、
小さん襲名の前夜祭に行き、長崎から友人夫婦が遊びに来て、宴会して、二日酔いになって、二日酔いのまま柴又帝釈天で、寅さん記念館にも行って、有楽町あたりでウマいもの食べて、飲んで、ちょっと二日酔いになって、今日はこれから京都。二度目のちもと。美味いもの三昧。うひゃっひゃ。この際、上げ浚いの出来不出来は気にしない方向で。


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