矛盾スルニモ程ガアル
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2007年08月17日(金) そばにいたいんだ。

何もなければ、何もないままでいいのに。



忙しくて、追われて、それでも大事なものって何。教えてよ。




頑張れなんて無責任な言葉、いつからか言わなくなった。




他に何も要らないのに、君が。






君だけいればいいなんて言ったら怒られちゃうから、





世界を狭くしないために、




君がいてくれればいいな。




いいな。



2007年08月14日(火) 嬉しかったこととしんどいこと。

※何も考えずに吐き出してみたので、見たら不快になる恐れがありますので、どうぞ「戻る」ボタンでお戻り下さい。気にしない方のみご覧ください。



・・・・・・・・・・・・・・・


前のパート先のBさんが、私が仕事を辞めても一緒にお茶したりしようと言ってくれたこと。



AさんもBさんも、「ぼむさんがいなくなったらどうしたらいいの、仕事分からないよ」と言ってくれたこと。(実際はそんなことないんですけどね)




例の境界性人格障害(注:本人がこれは言っていたので、私がそう決めた訳じゃないです)の友達が、あるきっかけで私を攻撃しだして、私も悪かったんだけどその攻撃に耐えられなくなって彼女からも絶縁宣言があったので着信拒否をしたら、私との共通あるいは共通じゃないけど連絡先を知っている友達全員に連絡して私の悪口を言って云々ということがあったんだけど、その時の友達は皆、

「○○(さんって人)から、ぼむちゃんに連絡取れないって連絡があったんだけど、何かあったの? 大丈夫?」


という反応で、事情を全然知らない子でも「ぼむちゃんが着信拒否するなんて、よほどのことだと思って」って言ってくれて死ぬほど嬉しかったこと。



今回のことに関して、私の友達誰も私を責めたりしないこと。
体調大丈夫? と気遣ってくれること。




多分皆さんざん言われたような私の欠点とか分かった上で、目をつぶるなり気にしないなりして私の長所も、きっと見てくれているであろうこと。(希望的観測)




高校・大学と随分恵まれた環境だったのかもということ。




・・・・・・・・・・・・・・


私のようなのでも、片隅で生きていけたもんなあ。



どうして賢い人ってこんなに賢いんだろう。




早く子供作れとか、貴方の旦那さん出世しそうねとか、人に嫌がらせしたりとか、パチンコとか風俗の話とか、そんな人いなかったよ今まで。



高校や大学の友達って、皆尊敬できる人で、人に不必要な干渉はしなくて、「人は人」って割り切ってて、自分の考えと違うからって人を批判したり、見下したりしなかった。



むしろ私がしてた。(←ダメだろそれ)



だけど皆思い遣りがあって、優しくて、表に出さないけど色々考えてて、私はそういう人になりたくて、ちょっとずつだけど以前より考えるようになった。




選民意識、とかいけないことだと思ってたし決していいことじゃないけど、最近考えてしまうこともある。




差別じゃなくて区別。



「早く子供作りなさいよ!!」って言ってくる人と、何も言わず黙って見守ってくれる人は、違う。


前者とうまくやれなくて気が合わなくて、何が悪いんだろう。


そういう人ともうまくやれって、皆そうしてるって、「皆がそうしている」ことに何の意味があるんだろう。
皆と比べて何になる。私は私だ。と、そこまで思えたら良いのだろうけどそれも出来ない性格だから厄介なんだろう。





世の中ってそういうものと言われるのならば、今の私ではそういう世の中を受け入れられない。


根本的に分からん。嫌がらせとか。



だけど私のレベルでは賢い人の世界にはいけなくて、こういう世界で生きていかなくちゃいけない訳で、そもそも基本潔癖で極端な性格を最近やっと自覚してきた身としてはそれってとても辛いことで、そんな私に出来ることは、なるべくそういう人を避けて生きること。ではないかと最近思いだした。



避けるといっても、私は一応前の職場の使えない上司に説教したりしたし、要するに悪意を持って攻撃されるのに弱い訳で、そうじゃなければ割とストレスになってもトラウマにはならないから大丈夫、だと思うのだけれど…。



※上司説教例

ある日、上司が私に「これ、預かったから出しておいて」と申請書類を渡しました。
私はその日のうちに郵送し、そのあとその書類を預けた人から連絡がきました。

その人「あの、そろそろ出来てますか?」
私「あ、今日郵送しましたよ」
その人「今日!? 2週間前に出したんですけど!? 何をやってたんですか!?」


ちなみに何の書類かと言えば、健康保険証。

その場では「すいません私も今日預かったので、ごめんなさい至急処理してもらうよう連絡しますから」と平謝りし、その後上司にことの次第を聞き説教。元々、書類とか溜め込む人だったけど、よりによってその申請書類を預かったまま2週間とかありえない。という訳で、

「私達の仕事は、お客さんというよりも社員についての仕事じゃないですか。社員に対して、迷惑をかけることがあってはいけないと思うんですよ。ましてや健康保険証なんて、本当に大切なものですよね。それを2週間も放っておくなんてどういうことですか!?」

と、入社2年目(その仕事は1年目)の春、30分ほど腹に据えかねて言いました。

だけどその上司って、「うるさい! 黙れ!」とか逆切れ攻撃タイプじゃなくて、「だって、でも…」とぐずぐず言い逃れ言い訳最後都合が悪くなると不貞腐れて黙り込みタイプだったんですね。

毎日こんな感じで、ストレスも沢山あったし痩せましたが、それでも辞めなかったのは上司が後者のタイプであったからだと思います。
これが前者だったら私、多分辞めてましたね、私…。


※例終了




悪意は怖い。


どうして自分がこんなに怖いと思うのかといえば、それは自分の性格にあると思う。


例えば意地を張ってしまう性格のように、例えば無理をして頑張ってしまう性格のように、例えば必要以上に人に気を遣ってしまう性格のように、自分の性格であり人格であるところによると思う。



長くなってしまったので、次回。



2007年08月11日(土) 旅行総括。

という訳で、本日でイタリア旅行記も終わりです!!

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!!


という訳で、今回の旅の印象なんかを適当に書き出してみたいと思います。
ちなみに、ツアーは8日間で全食事付き、にしては安めの料金でした。



・それもそのはず、ホテルは基本郊外(でもまあまあ良かった)、そして食事がしょぼい!! しょぼい!! しょぼいい!!(連呼)

・1日に2回はトイレ休憩を兼ねて提携のお店に連れて行かれる。

・ぎっちりの予定のため、各地で自由時間があっても1時間半とかで、それが数回。

・ただし、観光は確かに充実気味。青の洞窟・ピサの斜塔・最後の晩餐が全部入っているコースは少ないのです。

・ツアーの人が旅慣れている!! 


そんな感じでございました。

って言うか、本当に今回は「ヨーロッパ初めて〜わくわく」みたいな新婚旅行と違って、「イタリア『は』2回目」「毎年海外に行っているよ」みたいな人が多くて、超落ち着いていて行動も早くて分かってる感がバリバリありました。


結構ツアーって、そのツアーの人と話をするのも面白くて醍醐味だと私は思っているのですが、基本的に聞くのは「どちらから?」と、「旅行は何度目ですか?」だけだったツアーも私は初めてでした。(しかも、今回は旅行は何度目と言うより、イタリアは何度目ですか? みたいな感じで…世界が違う…)

お上品な感じで素晴らしかったです。


ちなみに、旅慣れてる方に「今まで行った中で何処が良かったですか?」と聞いたところ、



「うーん、そうね、ポルトガルは良かったわ」



とか言われてびびりました。

私はスペインに行きたいと思っていたので、隣の旦那にやっぱりスペインと一緒にポルトガルも!! と言っていたら、「別々に行けばいいじゃない」と言われました。セレブの感覚は違うぜ、おい…。


あと、ドバイの7つ星ホテルが良かったと仰っていました。

調べたらヨーロッパに行けるぐらいするんですよね…。しかも、ほぼフリータイムで6日間とかで…。



後それから、私個人的に苦手なんですが、ひたすらビデオをとりまくっている人がいました。

いや、観光地観光地で、ポイントを抑えて撮るならまだしも、明らかにずーーーーっと撮ってるんですよね。

この人、自分の目でほとんどイタリアを見てないんじゃない? みたいな。


まあそれは別に人それぞれでいいと思うのですが、ビデオをずっと撮られてると、注意力も全然ないし(歩きながら撮ってるので本当に困る)、何かその中に入らないように気を遣うし、本当にお邪魔で。

新婚さん(?)だったのですが、ビデオに気をとられている旦那さんに、奥さんがつまらなさそうな顔してくっついて行ってたときとか何度か見ました。


新婚旅行にもいたんですよね…こういう人…うーん。



さて、そんな感じですが、イタリアは良かったです。

暑かったですが…大変でしたが…けど、やっぱり私はヨーロッパが好きだなあとしみじみ思います。

イタリアは、暑くて、エスプレッソが美味しくて、ピザとスパゲティがあって、建築技術が凄くて、実は(実はって何だ)カトリックで、世界遺産が一番あって、街で全然表情が違って、とっても素敵な国でした。





それでは、次回より超日常に戻ります。


ギャップがね…ありますよね本当…。



2007年08月10日(金) やっと終わるよイタリア旅行記��

こんばんは、ぼむでございます。

前回の検査結果の話なのですが(←イタリアは!?)、今回は血液検査に異常なし、でした。

が。しかし。


私もう、ネットで調べまくりまして、親にも「子宮内膜症かもしれないって言われた」と報告とかしたりして、その結果「血液検査の結果で白だったとしても、子宮内膜症であることもある」という事まで調べちゃったりしてて、何ていうか不安はそこまで取り除かれず…。


んでまあ、母親に一応結果を伝えたら、母親も新聞の特集記事で子宮内膜症のことを読んでいたらしくって、


「その新聞のデータがあるやつを印刷してもらったから、送るから!」


と私よりも行動が早い。さすが母。

っていうか、最近私、母親に似てきました…。


この「気になることはすぐ調べる」っぷりが、絶対そっくりです(涙)



それはともかく、そんな訳でしばらく「経過観察」となりました。

やっぱり、色々考えますねえ…。


まあそんな考えたこととかは後日。
ともかくもイタリア旅行記最終日でございます。





イタリア・ミラノ。最終日のこの日は朝から自由行動でした。


郊外のホテルだったので、電車で地下鉄の駅まで行き、そこから地下鉄に乗り換えです。ちなみに、1ユーロで75分間乗り放題(?)で、電車から地下鉄にも乗り換え可能な、カードのような切符です。


ガイドさんと丁度一緒の電車になって、「ダ・ヴィンチ博物館に行くんです」と言うと、「地下鉄を降りてからの道が分かりにくいかも」と、地図にマーカーで線を引いてくれました。


そして、地下鉄。


乗換えがさっぱり分からなかったので、ひたすら駅員さんに駅の名前連呼(笑)
ただ、通じていたかは分かりません。思い切り地図を出してますし…(遠い目)


とりあえず言われたとおりの所で待って、電車の行き先も確認していたら…。


何か、目つきの悪い男性二人組がいる…。


なんというか…色黒の、彫りの深いアラブ系(?)の男性です。


んで、その二人が明らかに私達の事ガン見しているわけですよ。


すんげー見てるんですよ、マジで。


そもそも地下鉄はかなり治安が悪く、帰りは乗らないほうがいい、と言われていたのですが、行きで既にこの状態です。


怖かったので、旦那を引っ張って行って車両を変えました。


勿論、バッグなんか片時も手を離しませんでした。って言うか両手で持ってました。




そして、駅に到着し、迷いつつも何とか無事に博物館へ。


結構大きい博物館で、数多くの展示物があります。が。



説明が イタリア語なんですよね。ほとんど…。



英語の説明も少なくて、さっぱり分からず。


ただ、この人本当に万能なんだなーという事だけ分かりました。


何でも出来すぎですよ本当。


因みに、レオナルドが名前で、ダヴィンチっていうのは「ヴィンチ村の」ってことらしいです。なので「ダヴィンチさん」ではなく「レオナルドさん」らしいのですけどねえ。初めて知りました。



ぐるーりと回り、堪能して(←さっぱり分からなかったくせに)出ました。その後また地下鉄に乗り、スフォルツェスコ城のミケランジェロの未完のピエタ像を見てからまた地下鉄に乗り、ドゥオモへ。


ここでタクシーに乗って、集合場所のホテルへ帰ろうという計画です。


とりあえず、ドゥオモをバックに写真を…!!


と思っていたのですが。


実は、事前に「いきなりマメを差し出して来る人がいて、それを手に受けると広場にいるハトがバーっと寄ってきて訳が分からないでいるとお金を要求されるから気をつけて」と言われていたのですが、いきなり遭遇。


またもやアラブ系(?違ったらごめんなさい)の男性です。怖いよ!! 本当に怖い!!(涙)


必死で「ノー! ノー!」と言って断りましたが、受け取ってしまって写真とか撮ってもらっている人もいました…いくらぐらい請求されるのか…くわばらくわばらです。




命からがら、白人の夫婦に写真を撮ってもらうとドゥオモあんまり写ってない(しゃれか)し、でももう怖くて諦めました。(でもいきなり頼んできた怪しい私達に、写真を快く撮ってくれてありがとうございました)←ここで言っても。


んで、そばのバールでエスプレッソとカプチーノ、パニーノ(パニーニは複数形だそうで)を頼んで食べました。


本当にこの国は、エスプレッソに外れが無いですね…(しみじみ)。


私は旦那のを貰っただけなのですが、美味しかったです。
そのままじゃ苦くて飲めませんが、砂糖を入れると本当に美味しい!!



それからタクシーでホテルに帰りました。


ちょっと時間が余ったので、近くのスーパーへ。


すると、シャッターガン閉まりで。


そこにいたおばさんが、「何とか〜」とイタリア語で教えてくれますが、私達さっぱり分からない。


すると時計を指して、3時30分だよと身振りで教えてくれました。


ありがとうおばさん!! と、あと10分ぐらいだったので待ちました。

が。時間になっても開かない。


するとおばさん、「アレ クアットロ クアットロ」と言いながら去っていきました。


クアットロって…? っていうかおばさん、英語使ってくれ(涙)

と思いつつ、私の持っていたガイドに乗っていた数字、「クアトロ」は「4」だと。「40分ってことなのかな?」とか言いながら待っても開かない。


仕方ないので、その辺にいる人に聞きました。


すると、何か「今日はもう開かないよ」というジェスチャー。

更に、「ドマーニ ドマーニ マティーナ、ドマーニ」と。


そこで、旦那がイタリアの新聞で天気予報をよんでいたため、

旦那「ドマーニって明日のことじゃない? マティーナって確か、午前中だった」


と。



ちなみに、英語で聞いたのですが回答はイタリア語です。


私、正直に言えば、イタリア人は皆英語が話せるもんだとばかり…!!

っていうか、イタリアに限らずヨーロッパの人は皆英語が話せるものだと思ってました!! 違うんですね!!(←超バカ)




そうかーとがっかりしながら、そして、同じツアーの人がスーパーに来いていたので、それを伝えました。


だけど残念だなーせめてエスプレッソでも飲むかと思って、スーパーの隣のバール(タバッキだったかしら)へ。


そこでもう一度旦那が聞いてみたら、今度はジェスチャーで時計を指差し、「4時」だと…!!



なぬ!? と思いましたが、ふと地下鉄で帰る方法をガイドさんが話しているときに、「地下鉄の行き先は最低3人の人に聞いてください。皆それぞれ違う事言いますから(笑) 電光掲示板の表示も間違っていることがあるんで、気をつけて」と言っていたことを思い出しました。


そうか、こういうことか…!!


しかも、確か昨日イタリア語で「ore」は「時」ってことだと習ったのに!!

私はあれを「オレ」と読んだんだけど、あのおばさんは、「アレ」って言ってたってことは「アレ」って読むのが正しいのかも!? っていうことは、「4時よ」って教えてくれてたんだーと。衝撃でした。


そして、とりあえず同じようにバールに入っていたツアーの人には教えて、時間まで待ってみることに。


4時過ぎに、従業員の人がやってきて。


4時8分ぐらいに、スーパーが開きました。



イタリア時間ですよ…。


ちなみに、確か3時間ぐらいの昼休憩時間だったと思います。(←店内に看板があった。っていうかそれ店外に出してくれ)


素晴らしい…。残業も全然ないらしいですしねえ、こっちは。

そんで昼休憩もたっぷり…。バカンスは4〜6週間…。


旦那がひたすら「日本もそうするべきだ」と言っていました。


私も、ダラダラ働くよりきりっと働いてしっかり休む、そっちがいいなあと思います。(イタリア人は午前中は日本人と比べて1.3倍の集中力だとか。っていうか1.3倍って…そしてその数字は何処から…)


まあ、そもそもこちらの人は「休むために働く」という意識で、「仕事は生活の糧でそれ以上でも以下でもない。休みが人生」みたいに思っているらしいので、「仕事=生きがい」みたいな価値観が多い(のかな?)日本とは全然違うなあというのが私の感想でした。





そんなこんなで、やっぱり得るものや思い出って沢山あって、いろんなことがありながらもイタリア旅行は終わりました。


ちなみに、帰りの便の12時間、私、食事の時間以外寝てました。


旦那は3時間ぐらいしか寝られなかったらしいです。ごめんよ旦那…。



次回は旅の総括です〜。



2007年08月09日(木) そろそろ終わるイタリア旅行記��

こんにちは、ぼむでございます。

過去が現実に追いつかない…!! という訳で、早いとこ完結させてしまいたいと思います。あと二回で終わる予定です。


そんな訳で、イタリア旅行。


観光7日目は、ミラノ観光でした。

その前に、「ロミオとジュリエット」のモデルとなった町、ヴェローナに立ち寄りました。

おまけみたいにしてついてきていた観光のような気がしましたが、ヴェローナ、良かったです。

熱があったのでちゃんと見られませんでしたが、町も綺麗で建物も雰囲気があって、居心地のいい町でした。


ジュリエットの家とされているところにいって、ジュリエットの胸に触ると幸運が舞い込む(だったっけか)とされているとのことで胸に触りながら撮影。

広場に行って、15分のフリータイムの後、ミラノに向けて出発しました。



ミラノは本当なら、とても混んでいる町、らしいのですが。

私達が行った8月はバカンスシーズン。



町、ガラガラでした。




お店が多少閉まっているという不便はありますが、この交通渋滞が無いというのは凄く良くて、ミラノ市内がスイスイでした。

有名なスカラ座、ドゥオモ(改装中のためでかい看板?が…微妙…)の内部の見学、アーケードを見て、本日のメイン、「最後の晩餐」へ。


この最後の晩餐、完全予約制で15分で15人しか見られないという素敵な代物。

また、夏のベストシーズンは予約がいっぱいで、9月とか10月まで待たなきゃいけないとか。


こういうのが、さっくりと見られるというのがツアーの長所ですよねえ(しみじみ)。


ツアーの添乗員さんも現地のガイドさんも、かなりこの時間に遅れないように気を遣っていて、少し早く着いたので、サンタ・マリア・デレ・グラツィエ教会をちょろっと見たりしました。(最後の晩餐は、この教会の隣の展示館みたいな所にあります)


このグラツィエ教会、入り口(?)を向かいにして見ると、何だかのっぺりして簡単で、今までの教会とは違う印象でした。


が、しかし。後ろは全然違って凝った作りになっているようです。面白いなーと思いました。←小学生の感想文か。



そして、時間が来たのでいざ、最後の晩餐へ。

完全予約制のせいなのか、あたりにあんまり観光客もおらず、今までの美術館はわさわさ観光客がいて並んでいたりしたのでギャップを感じながら中へ。

いくつかガラス板で仕切られた部屋を通り(外の汚れた空気に余り触れさせないようにしているらしい)、一番奥の部屋が最後の晩餐でした。



感想。




でかい!!

っていうか、壁画!? 壁一面に絵!? 額に入っていないのね!?

美術の教科書と全然違うじゃん!!

やっぱりかなり傷んでるんだなあ…。でもこれでも修復したんだよねえ。当時の姿が見たいなあ。

つーか、昔は食堂に繋がる壁にこれがあったとかって、その食堂のドアを広げるために、キリストの足を取っちゃったらしいけど…何ちゅーことをするんだよ全く。当時、レオナルド・ダ・ヴィンチはそこそこもう有名だったんじゃないの!? 違うの!? にしてもよりに寄ってキリストの足をさあ…ありえん…。

まあぶっちゃけ、この絵って足があるんだね…知らなかったよ…。
だって教科書で見る絵はテーブルで切れてるもんなあ…。
やっぱり、現実に自分で目にしなきゃわかんないことってあるんだなあ…。


(感想終わり)


ドアから入って右手に「最後の晩餐」があり、左手(「最後の晩餐」の向かい)には別な人が書いた絵がキリストの絵があるんですが、これがまた、「最後の晩餐」を見てから見るもんだから、もう子供の落書き(無礼)ぐらいにしか見えなくて…!!



いやしかし、「最後の晩餐」良かったです。


絵に描いた人物が、喋りながらご飯食べてて、そしてキリストが「この中に裏切り者がいる」って言った瞬間の様子が何か動いて見えるようでした。


あー、天才って、芸術って、こういうものなのかな、本当に凄いなあと。



ジーンとした何かが心の中に残って、多分一生忘れられないものとなりました。


激しい感動よりも何というかこう、もっと凄い奥の方に「来た」みたいな…。



空間、時間、世界の広がりを感じさせるような名画でした。


旦那もこの絵は凄く良かったみたいで、帰国してからも「『最後の晩餐』良かったよねえ…」「本当、良かったよねえ…」と二人して話しております。


その後は監視員に促されて、15分で退室の後、出口にあった小さな売店でグッズを買い込み(といっても手持ち現金が少なかったので、気持ち程度ですが)、教会を後にしました。



いやあ、死ぬ前に一度拝めてよかったです。





そうしてもう、明日は帰国の日となるのでした。


ただ、ラッキーなことに直行便で、夜に出発なので、なんと翌日の夕方4時半までフリータイムがありました。


これって、要するに8日間だけど9日間分ってことですよ…。

普通は、残りの2日って朝・ホテル移動→昼・飛行機へ→翌日朝・日本着 って感じですもの…。


翌日は何処に行く? と言う話で、私としてはミラノのドゥオモに登ってみたいなーと思っておりました。

が、しかし、旦那がそれに興味が無いのは明白。


調べてみると、「ダ・ヴィンチ博物館」なるものがあることを知りました。

旦那に聞いてみると、興味がありそうな感じです。


しかしここにきて私、行く? と聞いて旦那をその気にさせながらも、「でもやっぱり大聖堂にも行きたいなー」と言い出してしまいました。すると旦那、

「えー。じゃいいよ、そうしよう」

と。


この人は!! また無理をして!!(←お前がさせてるんだよ)


と思った私、慌てて


「譲った!? 譲ってくれたんだよね、今。だけど、この旅行って私が全部つき合わせている訳だから、最終日ぐらいあなたの好きな所に行こう。私が間違ってた、ごめんね。博物館にしよう」


というと、「いいの?」と旦那。「うん、行こう行こう」というと、嬉しそうで、目に見えてわくわくし出しました。(可愛い…)←旦那バカ。


しかーし、基本的に他人と意見がぶつかったら自分が譲るって…それが、無理なく出来ているのならいいのですが、旦那の場合は「無理」だったんですよね…。しみじみ分かりました。

私も今後は、自分のことだけじゃなくて、旦那の気持ちもよく見ていかないといけません。

旦那が別にどっちでもいいときは、私の意見を通してもらってもいいと思うのですが、旦那がやりたいという意思がある時は良く考えないと…。



そんな訳で。その日、ホテルに帰った旦那が意気揚々と、



「明日が俺達の旅行一日目だ!!」



というのを聞いて、




激しく意気消沈した私なのでした。






アンタ…今までの旅は一体…。



そんな感じですが、旦那も楽しそうなのでいいか、と思うことにしました。



そして帰国日となりました。(続きます)



2007年08月08日(水) 人生変えちゃう夏かもねッ。(閑話休題)

こんばんは、ぼむでございます。

書こうか迷ったのですが、まあとりあえず正直に今の気持ちを書いてみちゃえ☆ということで書いてみます。



旦那と付き合って3年3ヶ月の本日22日(日記の日付とは違っておりますが)、私、産婦人科に行って参りました。




そして問診。



そして内診。





結果、










子宮内膜症の疑いあり







とのことでございました。

只今血液検査の結果待ちでございます。

以下、生理などの話が出てきますので、苦手な方は「戻る」ボタンでお戻りくださいませ。



ここ2〜3年ほど生理痛が強く、性交痛もあり、もしかしてとは思っていたものの、かなりの可能性を指摘されると凹むものでございます。

私、暗い顔で診察室から出て、付き添っていた旦那(そもそも旦那の通院の機会に、自分も受診してみようと思い病院に行ったので、旦那もいた)に「子宮内膜炎か、子宮内膜症かどっちかだって。子宮内膜症だったら、不妊になるかも…」と告げました。

すると旦那、のほほんと

「いいじゃん。大丈夫だよ」

と。


勿論私の不安感を抑えるために言ってくれているのです、それは分かるのですが何か言い方からしてコイツ、症状が不妊だけだと思ってやがるいるな? と思いました私、病院から出て


「あのね、子宮内膜症ってひどかったら手術しなきゃいけないんだよ」


と言って、子宮内膜症について多少説明を加えましたところ、


「手術!? なにそれ、ぼむがそんなのするの心配だ(←と言われても…)。しないで。(←もっと悪くなれってことかい)
え、そんな病気なの」


とひどく取り乱しまして、もうそこから、言われた本人よりも落ち込み、動揺し、物凄い状態(ちょっと大袈裟)に。





そこで私、気付きます。(遅い)




しまった、この人うつだった。




悲観的になって止まらないのがうつ病の症状!! まさに今それ!!
っていうか、こんな深刻に話すんじゃなかった!
しかしそれにしても、本人よりショック受けられてもなあ…いや、それはそういう病気なんだからだけどさ…。



などなど、最初は「しまった」と「けど私ではないかしら、辛いの」など不満もよぎった私でしたが、物凄く動揺して辛そうな顔になる旦那を見て、


それどころじゃなくなりました。



「そか、そか、ごめんね、こんな風に言ったら辛くなるよね。大丈夫だからね、悪性の病気じゃないんだし、死なないんだから。ね」


と必死にフォロー。しばらくは旦那も辛そうで、その時のことを

「うつでやっぱり朝が辛くて、今日もそうだったんだけど、病院出てからはその10倍くらい辛い」

と言っており、あああ〜ごめんよ〜、しかし嘘を言う訳にもいかないし…などとまどいながら、自分もそれなりに凹みつつ(またこれが、帰りの電車で向かいにいる女性が赤ちゃん連れで。それを見てズキッとしたり。絶対今後子供の話を、不妊かそうでないかに関わらず、子供のいない女性に自分から振ったり、あと報告ハガキもやめようと決意)、ショックでちょっと頭がぼーっとしていました。


それから、少し落ち着いた旦那に、

「ごめんな、一番辛いのはぼむなのに。悪いことを聞いたら、もう全部悪い方向に行くように思えて、悪いことしか考えられなくて」

と言われ、


「ううん、それは症状だからね。それを知ってたのに、ごめんね。私もショックだけど、でも私の人生、貴方がいるから。貴方には私がいるし。だから大丈夫。子供はできるかどうかわからないけど、できなくても二人でいようね」


と答えました。


ちなみに旦那も前日受診しており、「症状はよくなっているみたいだから、もう少し適量までお薬を増やしましょうね。大分表情も違ってきてますね」とお医者さんに言われました。



そのせいか、今回も割と回復も早く、私の言葉に「うん」と嬉しそうに頷いてくれました。




まあなんていうか、私は旦那も心配して自分も心配して、旦那は私を心配して自分も辛くて、てんやわんやです。

しっちゃかめっちゃかでございます。


何ていうか、立て続けにこういうことは起こるのだなあ、と…。



しかしまあ、私実は昨年から性交痛で3回、それぞれ別の病院に行っているのですよ。

まあ、主訴がこれだけではない時もあったのですが、なんとどこも

原因不明

で「これで様子見て」と適当に薬出しておしまい。


生理痛が強いのは高校のときからずっとなので、最初は気にもしてなかったんですが、ここ2〜3年で、明らかに痛い時期が延びている&生理2〜3日前から痛み出すという状況 で。


調べて分かったのですが、この病気、結構診断が難しいみたいで。

あいまいな場合確定診断は、手術しないと分からないという…。


あるサイトでは採血はあんまり当てにならないと書いてあったのですが、それでは私の血液の意味は一体…。まあ、別な病気が見つかるかもしれないしいいと言えばいいのですが…。


更に、原因不明で、絶対的な根治療法は今の所、なし。

手術をしても再発の恐れがあり、閉経まで付き合わなければならない病気であると。
(ただし、ピルを使えばある程度抑えられますし、悪性ではないので命は大丈夫です。詳しくは本やネットで)



先生の話では、この病気であるとなってから、治療をしましょうと。半年でガツッといきます、みたいなことを仰っていました。


それから、子宮頚管が曲がっているとも内診の時に言われました。ま、曲がっているって一体…?

私、体が歪んでいるので、そのせいでしょうか。内診のあとの説明では何も言われなかったので、謎です…。




私、こういう病気、他人事ではないと思っていた反面、自分はならないんじゃないかと漠然と思っていたところがありました。矛盾しておりますが…。


けれどもはっきりした可能性があるということで、本当にあるんだなーと。女性の10人に1人がなるという病気です。更に、この病気の20〜50%が不妊の症状が現れるとか。(数字に幅があって謎なのですが、色んなサイトをざっと読んでその中より)



っていうことは、乱暴な理屈で素人論理で、全然違うかも知れませんが、100人いたら2〜5人が子宮内膜症理由の不妊、という計算になる訳ですよ。


それだけでも多いのに、これが理由の不妊じゃない人ももっと沢山いる訳で…。



そりゃー、多い筈だよ…と一人で納得しております。


自分は子供を持てないかもしれない、と思ったときに、深い静かな悲しみが沈み込むような感じでありました。


それだけでも、それは、凄く凄く深いものだと感じました。



そして私は、




とりあえず母親に説教もう一度しておこう




と思いました。(※我が母は孫コールが凄いので私が何度か怒り、大人しくなったもの時々まだ言う)



まあ授かりものというのでどうなるかは分かりませんが、「子供が望めないかも知れない」と思っただけであの悲しさ、絶対に忘れないようにしたいと思います。




まあ、そんな訳で旦那とは二人して仲良く通院夫婦になりそうで、けど何というか、「ああ、この人がいてくれて良かったなあ」と、本当に夫婦は「支え合い」であることを実感している今日この頃です。





病める時も健やかなるときも。


共に、一生。



2007年08月07日(火) まだまだ続くイタリア旅行記��

こんばんは、ぼむでございます。
只今、延々今月初めに行ったイタリア旅行のことを書いております。

以下のカッコ書きが前置きとなります。毎回うざいことこの上なくついてくる予定ですので、一度読んだよって方はすっとばしてやってくださいませ。
多少突っ込んだ我が旦那の「うつ状態」は、旅行記�,暴颪い討�ります。


「当初、普通の旅行記を予定していましたこの日記、出発直前に旦那がうつ病と診断されたことにより、何ていうかそのことに対する記述も出てきます。

 すっきりさっぱり楽しい旅行☆ みたいには多分なりません(涙)ので、うつ病に対する話題に敏感な方、また、私はどちらかと言えば今回うつ病を「受ける」立場ですので、うつの方に対してあまり面白くない記述もあります。そのような方はどうぞ、「戻る」ボタンでお戻りくださいませ。」



という訳で、観光4日目です。(着いてからは5日目)

この日は、「ヴェニスに死す」で有名なヴェネチアへ!!

いやー、ここも行ってみたかったんですよね〜。

そもそも、海の上に町を作るっていう発想がありえなくて好き。


ゴンドラ乗って〜、あれしてこれして〜、とかって思っていたのですが。


考えてみたら、海の上に作られた町。(何でも、無数の杭を打って作ったとか…)


移動は船です。


バスで、一番近くの駐車場まで行って、そこから思いっきり船。


私、船酔いするんですよね…(遠い目)


なので必死に酔い止めを飲んでいきました。



そうして、船に乗ってヴェネチアへ。(英語ではヴェニスになるそうです)

結構揺れます。海だから当たり前と言えば当たり前なのですが…。



船からヴェネチアの町が見えて、ほおお〜と感動しました。

本当に、海の上にたってるんだなあ、と…。


まあその横で、船の中でも日差しで死ぬ旦那がいたわけですが。ええ。

もう本当、いちいち書きませぬが、この旅行中基本的にずっと旦那の「日差し」にはすげー気をつけておりましたので、行間で(笑)読んでやってくださいませ。


そのような訳で、サンマルコ寺院とかドゥカーレ宮殿とか見学して、ベネチアングラスのお店に寄ったのですが…。



ぶっちゃけ、旦那の興味を引くものが何一つ無かったのです。

旦那、もうお店に行った時には死にそうでした。


今まで書いておりませんでしたがこの旅、やたらと提携のお店に連れて行かれることが多くて。
トイレ休憩も兼ねているのですが、一日2回ぐらいそれがありましたねえ…(遠い目)


特にこのお店は、ベネチアングラスが置いてあるいくつかの部屋があって、それぞれの部屋にこう、団体様が詰め込まれ、熱くそこの人から説明をされるのですね。こう、言ってはなんですが、○○商法の集団心理の催眠術みたいな、なんというか人を「これは買わなきゃ!!」みたいにするトークをするのです。
いや、別に悪いことだとは言っていないのですが。

んで、そのお店で解散後自由行動という感じなのですが、私達、本当こういう提携のお店に行ってはいの一番に出て行っておりました。


本当はね〜、私としては、こういうお店もちょっと見てみたいなーとか思うんですよね。まあ、そうやって「買わないつもりが店員が出てきて説明されてこんなに説明してくれたんだしみたいな罪悪感が出てきて品物を買わされる」みたいなことになるのですが(分かっているならやめておけ)、お店ってあんまり自由に行く時間がない(特にこのツアーでは…)ので、目の保養というか…。しかし旦那が一切興味ないんですよね…。


まあ、ぶっちゃけこういうお店は、「日本人価格」で市場の4倍ぐらいの値段ついてたりとか、そこから値引きして「安いよ」とかやってるんで、そこを納得した上で買った方がいいというか、まあそういうお店は日本にも支店があったりとかアフターケアの点では利点も多いし、個々の判断だと思うのですが、ね。


しかし、観光しててもちゃんと用意されてる以外のフリータイムなんて、「じゃあここで15分フリーでーす」「お写真だけ5分止まります」みたいな感じなのに、こういうお店は30分とか時間が用意されてるんですよねえ…(しみじみ)

まあ、こういうお店のディベートで、ツアー代金が安くなっているんでしょうから、旦那と二人して「まあこの時間はツアー代を安くするための労働だと思えば」とかって言っておりました。←可愛くない。


そんな訳で、特にその時は旦那の具合が悪く、自由になった途端とっとと私達だけそのお店を出て、日陰で休憩。サンマルコ広場はハトが多かったです。


が。


実はこのとき、私も異様に疲れてたんですよね…。

半分ぐらい、「もう帰ってもいいかも」と思っていたぐらい。


「何この疲れ!? 何か変に疲れてるんだけど!? もしや旦那の病気が私にも!?(←酷い)」とか思ってたのですが、翌日判明。ただの風邪でした。


お陰で、翌日のロミオとジュリエットの舞台となったらしい町、ヴェローナがちゃんと楽しめず、勿体無いことをしました…。この時点で風邪だと気付いていたらなあ…。1〜2年前から私、明らかに風邪が喉から来るようになっていたんですが、最近「喉がちょっと痛いかな?」程度の自覚症状で熱があったりとかして風邪だったりとかして、ちょっと使えないことになっております。という話はさておき。



まあそんな感じで、それでも何とかヴェネチアングラスのお店には行って、怪しげに日本語を喋るイタリア人に、まんまと「これ値切るよー」とか色々言われて逃げられなくなって、嗚呼日本人(濡れ衣)という感じで、不思議なベネチアングラスの時計を買っておりました。


ほとんどお金を使わないようにしていた私達の中では結構したのですが、一応これを義理の両親へのお土産にすることに。

っていうか、新婚旅行のお土産より高かったのは何故でしょう…。(新婚旅行は他にも買っていく人がいたので…。今回はもう自分と職場と親ぐらいだったんですよね)

しかもその時計、電池は日本でも買えるのかということを確かめた私ナイス!(死語)とか思っていたのですが、日本に帰ってから


動かし方が分からない


という痛恨のミス。


「どうせ時計屋さんに行く用事があったから、これも一緒に持っていくわ」と穏やかに仰るお義母さんに、平謝りでございました…。(←逆に迷惑をかける女)



そんなこんなで、1時間半のフリータイムが終わると、最後にゴンドラに乗って終了でした。


ゴンドラ楽しかったです。家の感じとか、水面あたりに玄関があったりとか(玄関普通に水と直結)、「うわー皆ここで生活してるんだなー」って感じで。


町がいくつかのブロックみたいなのに分かれていて、それを繋ぐのが太鼓橋みたいな橋なのですが、そこの通る時は、船頭さん(?)も屈むんですよね。
家と家の間を通るので日陰だし(最後はちょっと大きな海に出るので日向に出ますが)、もう別世界バリバリで。(ただし、水は…あんまりキレイとは…その…生活ですもんねえ)



良かったです。



帰りはまた、船で数十分かけてバスの待つ駐車場まで。

風邪引いてたせいか、もう疲れて疲れて爆睡でした。


私その時ありえないぐらい疲れていたのですが、もしかして、旦那はいつもこんな感じなのかなーと。

だったら、すぐバテて「とにかく休憩したい」みたいになるのも、分かる気がするなーと思いました。

っていうか、普段このぐらい疲れるって、なんて人生だよと。

毎日風邪引いてるようなもの(しかも他人には分からない)だと思うと、本当に今まで大変だったんだなあと思いました。



この日は、郊外の綺麗なホテルでした。


何か、スウィート並みに部屋が広かったです…。


隣がぶどう畑で綺麗でした。そこで作っているという白ワインが、なんと本気で水より安く、話を聞いた時から飲みたいなーと思っていたので、渡りに船と頼みました。

あっさりしていて飲みやすく、美味しかったです。

あんまり二人とも飲まない(私の方が飲むぐらい)なので、ハーフ(375ml?)で丁度良かったです。



この辺りから、やっと、「飲み物は夫婦で1つ頼めば多少安く上がる」ということに気付いた私達。(遅い)


最初は全然分からなくて、一人一つずつ頼んでいたのですが、それだと本気で水に2〜3ユーロ(日本円で400円くらい、一人当たり大体で)かかるんですよね。

かといって、酒類やジュース類は5ユーロぐらいするんですよ〜。800円のジュースって…しかも、350mlとか、250mlとかの缶一本でです。


なので、なるべく節約のために、お水ばっかり飲んでいたので、ワインはまた美味しかったです。(←みみっちい話ですみません)



普通にビールとかジュースとか頼む皆様を見ながら、「お金があるって、いいなあ…」としみじみ思う私。


旦那も同じことを思ったみたいで、それまで「お金とか別にいい」とか言っていたのが、旅行後には「やっぱり世の中お金だねえ」になりました。気付くの遅いよ旦那。



そうして翌日は、最終宿泊地、ミラノでした。


(続きます)



2007年08月06日(月) まだまだ続くイタリア旅行記��

番号かぶってないかしら…。


こんばんは、最近毎晩旦那の話を聞いているカウンセリング(偽)状態のぼむでございます。
うつ病と診断されてから、よくよく聞いてみれば出るわ出るわ旦那のうつエピソード。

只今、就職1年目〜現在 を大方聞いて(まだあるとは思いますが)、大学院時代に移った所でございます。
一日、寝る前に2〜3時間程度。



お前どれだけ我慢してたんだよ



と突っ込みたくなるほどの我慢、無理っぷり(謎)でございます。


何ていうか、私、結婚してもう1年半を超えたのに、この人のこと全然知らなかったんだなあ、と…。

でも、早めに知ることができて良かったなあと思っています。



そんな近況でございました。
以下、イタリア旅行記の続きでございます。

以下のカッコ書きが前置きとなります。毎回うざいことこの上なくついてくる予定ですので、一度読んだよって方はすっとばしてやってくださいませ。
多少突っ込んだ我が旦那の「うつ状態」は、旅行記�,暴颪い討�ります。


「当初、普通の旅行記を予定していましたこの日記、出発直前に旦那がうつ病と診断されたことにより、何ていうかそのことに対する記述も出てきます。

 すっきりさっぱり楽しい旅行☆ みたいには多分なりません(涙)ので、うつ病に対する話題に敏感な方、また、私はどちらかと言えば今回うつ病を「受ける」立場ですので、うつの方に対してあまり面白くない記述もあります。そのような方はどうぞ、「戻る」ボタンでお戻りくださいませ。」




「無理しなくていいよ、休もう」と私が言い、ゆっくり話す中で旦那はとりあえず「明日いけるかも」と。

そして迎えた観光3日目。フィレンツェ&ピサの斜塔観光。


お天気は、晴天です。




が。意外にフィレンツェは建物が高く密集しており、割と影が多かったので、かなり助かりました。

また、事前に私が購入していたUVカットの折りたたみ日傘が大活躍。
ちょっとでも日向に出ると発動しておりました。多分、傍目には必死で日差しを避けまくるおかしな夫婦だったと思います。

けどこっちは必死ですよ!! 旅が快適になるかどうかは、


旦那が日陰に入る割合


によっている訳ですからね!! ちくしょうめ!!



けれども、この日は主な観光はウフィッツィ美術館。

有名な、ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』を見てきました…!!


この美術館、良かったです。全然歴史にも芸術にも詳しくない私ですが、メディチ家すげーなって思いました。


他にも、ここはレオナルド・ダ・ヴィンチの『受胎告知』がありまして。

あの驚きを表す左手の上がり具合と、冷静に「わお」って言ってるみたいな表情と、天使の持ってるユリの花が好きなんですよね…。(←芸術台無しな感想)


美術館でしたから何とか日光も避けられて、旦那は基本「天才」が好きでダヴィンチがとても好きなので、この美術館は楽しかったようでした。



そしてピサの斜塔。ここも、ピサの斜塔までは15分ほど歩くと聞いて、蒼白になる私。(と旦那)

けれども、行きの一番暑い時間帯に、うまいことシャトルバスに乗れたので楽でした。

そしていざ、ピサの斜塔へ。



これ、写真で見るのと全く(ではないけれど)同じでした…!!←どっちやねん。


本気で傾いてる!! 凄い!!



旦那は熱くガリレオ・ガリレイについて何やら考えているようでしたが、洗礼堂やドゥオモ(←現地にはピサの斜塔だけじゃなく、この二つが傍に建っている)の見学の後、からくり写真を撮りに!!


もちろんここでも日陰、日陰LOVEでございます。


基本的に待機スタイルは日陰。旦那が我慢せず、しんどくなると「ちょっと日陰に入ろう」と言うようになったので、何だか良く分からないけど長く続いている反対側の建物に待機しつつ、二人でからくり写真撮りまくり。


ただし、これ、結構難しいんですよね…。(←新婚旅行のエッフェル塔でもやった)



コツは手の角度を大体撮る側が指示したら、写真を撮るほうが位置を変えることだそうで。



写真タイムいっぱいに撮って、なんとかそれらしいものが撮れました。




これで、午後の観光は終了。帰り道で普通のイタリアのお家のお庭に、



ピザ焼き釜



があることを説明されてびっくりでした。
最初犬小屋かと思いました。




庭でピザパーティーですか…すげえよイタリア…。



けど、イタリアってどこでもピザとスパゲティがあるのかと思ってましたが、スパゲティがあるのは主に南の方なんだそうです。

何ていうか、日本と同じで南北に長いので、気候も全然違って、町も全然違うんだそうです。


イタリアでは、「イタリア人」という意識の人はほとんどいなくて、「私はミラノ人」「私はナポリ人」「私はフィレンツェ人」とかほとんどの人が思っているのだそう。



初めて、イタリアを「イタリア」じゃなくて、「イタリアという、いろんな人がいて色んな町がある国」だと認識した旅になりました。



(続きます)



2007年08月05日(日) そんな訳でイタリア旅行記��

こんばんは、ぼむでございます。
以下、カッコ書きが前置きとなります。毎回うざいことこの上なくついてくる予定ですので、一度読んだよって方はすっとばしてやってくださいませ。
多少突っ込んだ我が旦那の「うつ状態」は、旅行記�,暴颪い討�ります。


「当初、普通の旅行記を予定していましたこの日記、出発直前に旦那がうつ病と診断されたことにより、何ていうかそのことに対する記述も出てきます。

 すっきりさっぱり楽しい旅行☆ みたいには多分なりません(涙)ので、うつ病に対する話題に敏感な方、また、私はどちらかと言えば今回うつ病を「受ける」立場ですので、うつの方に対してあまり面白くない記述もあります。そのような方はどうぞ、「戻る」ボタンでお戻りくださいませ。」




ローマ、トレビの泉を経て、現地の暑さに本気の本音でへばった旦那。

うつのせいか、もう物凄く悲観的になり、
「こんなのが続くの!? もう、俺ついていけないよ」
と、本気で言い出しました。


正直に言えば何でイタリアくんだりまできてそんなことを言うのかと、腹が立ったりもしましたが、旦那も辛いんだと思いな直し、私。



翌日の予定、全部諦めました。



さよならフィレンツェ!!&ピサの斜塔!!

ドゥオモに登って「ひーとみーをとーじてー」とかやりたかったし、ピサの斜塔ではからくり写真(斜塔を支えるみたいに撮る写真)が撮りたかったけど…。

青の洞窟と違って、きっと君達は行けば会える(意味不明)よね。
また会う日まで!!


明日から連泊だから、ずっとホテルに残っていても置いていかれる心配もないし、迷惑もそんなにかけない、筈。


そんなことを考えて。


旦那に言いました。


「明日は連泊だから、無理しないでホテルにいよう。暑いのに連れてきてごめんね。明日も歩いての観光が中心だっていうし、多分暑いから、辛いのに無理することないよ。
 あのね、楽しくないのに、楽しまなくていいんだよ。楽しくないなら楽しくないでいいんだよ。楽しい楽しくないは感情なんだから、『楽しくない』って思うものを楽しいなんて思えないんだから。ムリしないで。楽しくないでいいじゃん」



そうすると、旦那。



「そうなのか…。実を言えば、新婚旅行の時もちょっと無理してた。周りが楽しそうだから、そういう雰囲気を壊しちゃいけないと思って、楽しい振りをしたり興味ある振りをしたりしてた。そういうの、しなくていいのかな」


と。


私、

「そっか、ずっと無理してたんだね。もう、無理しなくていいんだよ。楽しくないのに楽しまなきゃいけないなんてことないんだから。楽しくないのに、楽しむ必要なんてないんだよ。辛い時は私に言ってね。我慢しないでね。無理しないでいこう」


と。




それからも色々話して、すると旦那、徐々に「明日、大丈夫かも…」と。



どうやらやっぱり、私の予測が当たっていたみたいで、

「行かなきゃ、楽しまなきゃ」

と思うから余計辛くなっていたみたいです。


そんなに無理していたなんて、知らなかったよ、ごめんね。



そんな感じで、翌日はフィレンツェ観光でした。



(続きます)



2007年08月04日(土) そんな訳でイタリア旅行記��

こんばんは、ぼむでございます。
以下、カッコ書きが前置きとなります。毎回うざいことこの上なくついてくる予定ですので、一度読んだよって方はすっとばしてやってくださいませ。
多少突っ込んだ我が旦那の「うつ状態」は、旅行記�,暴颪い討�ります。


「当初、普通の旅行記を予定していましたこの日記、出発直前に旦那がうつ病と診断されたことにより、何ていうかそのことに対する記述も出てきます。

 すっきりさっぱり楽しい旅行☆ みたいには多分なりません(涙)ので、うつ病に対する話題に敏感な方、また、私はどちらかと言えば今回うつ病を「受ける」立場ですので、うつの方に対してあまり面白くない記述もあります。そのような方はどうぞ、「戻る」ボタンでお戻りくださいませ。」



そんな訳で、観光2日目。
この日は、ローマ市内観光→移動 という素敵スケジュールでございました。(格安ツアーのため移動が多い)


まだ楽勝かと思われたのです、が。


ローマがですね、とてもバスの乗り入れ規制が厳しくて。

観光地まで、バスを降りて歩く、歩く、歩くといったらもう。


おまけに天気は昨日から引き続き晴天。

雲ひとつ無い青空です。暑いです。


つまり当然、暑さに弱い我が旦那、「暑い、暑い」と半端じゃなくへばっております。(以下旦那台詞)


「何なんだこれは。修行か」

「何で、仕事を休んでこんな目に」

「皆本当に楽しいの?」


など、数々の弱音を聞き、私、旅行気分台無しでございます。


っていうか、夫婦二人で2回目のハネムーン、なーんてネ☆ ウキウキイタリア旅行の始まりだよ☆ なんぞというのと真逆の事態です。

だけど、旦那がうつ病で、それを理解しようとしている時、この「悲観的になる」という症状を批判することはできません。


だけどだけど、これがこの旅行中ずっと続くのか…と思うと私だって気分も落ち込みまくりです。

私に対してもある意味修行でございましたが、ついにこの日、

バチカン市国(ここは、旦那が流石に教会の大きさにちょっとびっくりしたみたいでした)→コロッセオ(旦那「ふーん」)→真実の口(旦那「暑い。暑い」←結構歩いた)→トレビの泉 という流れだったのですが、ここで衝撃。


トレビの泉まで、なんと歩いて15分!!

しかも、坂道を!!

日差しカンカン照り!!

日陰(湿気が無いので日向と日陰で5度ぐらい違うらしい)帰り道はほとんどなし!!



という事態に。

そもそもトレビの泉も「ふーん。写真で見るほうがキレイだなあ」とか思っていた旦那(実は私もちょっとそう思った訳ですが、まあしっかりコインは投げて帰りました。けどなんていうか、写真でしか見たことの無い場所に行った感動とか…って、そういうのを求めてもいけないんですよね。感動できない、楽しめない病気なんですから…)、この「地獄の真夏行脚」で、限界に達したらしく。



「もう俺、出来ないよ。こんなのがずっと続くわけ? やってられない」



と、素敵な仰りよう。ええ、旅行3日目にして。はるばるイタリアまで「楽しみに」やってきてこれ。(まあ、暑さは計算外だったので、申し訳ないとは思っていたのですが)



けれども私、ここでぐっとこらえました。


これは、旦那の意思じゃない。病気がさせていることなんだ。

旦那だって折角の旅行、楽しみたくない訳がない。

だけど病気のせいで、悲観的になって、苦しくなっているんだと。



そう思って、私、言いました。


(続きます)








2007年08月03日(金) そんな訳でイタリア旅行記��

こんにちは、ぼむでございます。
以下、カッコ書きが前置きとなります。毎回うざいことこの上なくついてくる予定ですので、一度読んだよって方はすっとばしてやってくださいませ。
多少突っ込んだ我が旦那の「うつ状態」は、旅行記�,暴颪い討�ります。


「当初、普通の旅行記を予定していましたこの日記、出発直前に旦那がうつ病と診断されたことにより、何ていうかそのことに対する記述も出てきます。

 すっきりさっぱり楽しい旅行☆ みたいには多分なりません(涙)ので、うつ病に対する話題に敏感な方、また、私はどちらかと言えば今回うつ病を「受ける」立場ですので、うつの方に対してあまり面白くない記述もあります。そのような方はどうぞ、「戻る」ボタンでお戻りくださいませ。」


そんな訳で続きでございます。


私、気付いたのです。ツアー参加者の、異様な落ち着きに。


えええ、新婚旅行とか、他のツアーのときでも、何ていうか、何人かは早速カメラとかビデオとか取り出して、撮影してたよ?

けれど、今回そんな人0。


全くいない…なんつーか、皆、「ふう、やれやれ早くホテル着かないかなー」みたいな感じです。



今回のツアー、この時期のイタリア旅行で、尚且つあれこれ詰め込んである旅行にしては、確かに格安でした。

つまりそういう旅行を選ぶ人って、「旅慣れてる」人が多いのか…!! と、私初めて気付きました。

すげーの。何か、優雅なの。私なんて、一応2度目のイタリアにも関わらず、早速興奮してあわよくば窓の外の写真とか撮りたいなんて思っていた訳ですが…そんな雰囲気じゃないし…。


まあとにかく、この日はローマ到着、そしてホテルで寝るだけの日。

翌日の予定は、ナポリまで行って、カプリ島、青の洞窟観光というスケジュールでした。

このツアーの添乗員さんが、バスの中で次の日の予定を読み上げます。


「モーニングコールは5:15、出発は
6時です」


と…。


隣で聞いていた旦那、蒼白です。

私は「やっぱり早いなー。でもそんなもんかな」とか思っていたのですが。



そしてホテルに着いてから、いきなり旦那が

「っていうか何であんなに朝早いの!? これからずっとこんなスケジュールなの!? 俺、ついていける自信ないよ」

と悲鳴をあげました。


…。…。…。


黙る私。


そしてシャワーを浴びた旦那、


「シャワーが固定式で使い辛いし、何なのこれ」


とまたイライラしながら文句。



……。……。……。



私、葛藤です。

はっきり言って、旅行初日からそんなことを言われて、物凄く気分が悪いし、ある程度この日程を見たら朝が早いのなんて分かってることだし、そもそもホテルを9時には着いてるんだから、文句言わずにとっとと準備して寝たら6時間くらいは睡眠も取れるし、ホテルなんて水がちゃんと出て不具合がないだけありがたいんだし、何が不満なんだよこの野郎…。

だけど、「悲観的」「イライラする」なんて、思い切りうつの症状で、折角それを我慢せず私に出してくれるようになったのに、「そんなこと言わないでよ!!」なんて言っちゃうと、また旦那が我慢して…という破目に陥ることはわかっていたので、言えませんでした。


旦那がうつ病だとわかっていなかったら、私も「初日から何それ!!」と喧嘩していた可能性があって、それは良かったと思うのですが、結構こういうイライラを受けるだけ、というのもしんどいと…その時思いました。そして、その後何度かそのような思いを私もすることになります。
本人が一番しんどいだけに、難しいですね…。



まあ、もう一つ旦那が泣き言を言うのには理由があって、それはバスの中でガイドさんが言った言葉、

「ヨーロッパは今年は猛暑でしてね、先週はイタリアも42度までいったんですよ。今週も暑くて、まあ、36度とか、39度とかですね…。先週よりはおさまるらしいんですが」

という暑さに関するお話。



うちの旦那、半端じゃなく暑さに弱いです。


私が平然としているときにすら、「暑い、暑い」と言い、もう私が「暑いなー」と感じる気温の時には「あつい。あつい」と死にそうになっています。もう本当、何も出来ない状態になります。くたばるって感じでございます。



そんな訳で迎えた、カプリ島出発の日。



お天気は、晴天。


青の洞窟にも入れそうというこの天気を、喜んでいなかったのは、きっとツアーの中でうちの旦那だけだったことでしょう(遠い目)



朝、「皆集まっているよ!!」という旦那の声にせかされていつもギリギリの私が出てみれば、なんと集合10分前には全員集まっており、5分前に出発という早さ。

ガイドさんも大変感心していらっしゃいました。


バスでまずはローマからナポリへ。
それからの手続きもかなりスムーズに進み、カプリ島まで40分ほど船、そこから15分ほど小さな船、やっと青の洞窟の入り口にたどり着いた時… 呆 然 でした。


私、青の洞窟って、もっと普通に入れて普通に出られるもんだと思っていたのですね。

が。


入り口って、海面から1mしかないんです。

幅も、人が手を伸ばしたぐらい(?)か、もっと狭いかで、とにかく小さな手漕ぎボート1台しか通れない。


そしてその!! 手漕ぎボートに、何とか4人+こぎ手が乗って!!(小さな船からダイレクトに移動です。怖かったです…)


船のへりより頭を出しちゃだめ(ほとんど寝そべるような格好)で!!


波の満ち干きを読んで!!


こぎ手の男の人が、リンボーダンスするような感じで、「今だ!!」って感じで中に入るんです。



洞窟の入り口には、何艘もの手漕ぎボートと、40人くらいが何とか乗れるような小型船がいくつか。待ち時間は15分くらいと言われました。


ガイドさんいわく、これは凄くラッキーなんだそうで、普通、待ち時間が15分とかで青の洞窟に入れることは無いのだそうです。


最高で3時間だか5時間待ちだったとか…。


そもそも青の洞窟に入るのも、天候とか波の関係とか色々あってこればっかりは運で、特に冬場は確率が低いので、ここに行くのなら夏が良かったっていうのもあるんですよね…。(というか、どうせ夏に行くのならここに行けるツアーを! と選んだのですが)



そんな訳で、リンボーダンス(本気ですぐ上が岩場で、めちゃ怖い)を経て入った青の洞窟。




すごーーーーーーーい、綺麗でした。




真っ青な感じかと思ったら、光が入ったところが青く光っていて、普通の青じゃないんですよね。


暗闇で蛍光塗料を塗ってて光るやつあるじゃないですか、あれを青にした感じで、何ともいえない光るブルー。(←語彙が無くて言うに事欠いて蛍光塗料って…)



ああ、こういう青もあるんだ…って思いました。



ゆっくり洞窟内を一周して(数分です)、外に出る…つもりが、何だか波が高くなってて出口が混雑しています。っていうか、出口も入り口も同じなのですが…。


その分洞窟を堪能できてよかったのですが、「こ、このまま閉じ込められちゃったらどうしよう…」とちょっと焦りました。


しかし、百聞は一見にしかずとはよく言ったものだと思います。


全然、本で見るのと実際に自分が入るのじゃ違いました…。


大体、どこのガイドブックにもリンボーダンスなんて書いてなかったですし。



そんな訳で、青の洞窟を出たまでは良かったのですが。



帰りの船あたりから、旦那がダウン…。


「うーってなる」状態になってしまいました。


最初は私も分からなくて、イライラしたりして、嫌になっていましたが…しばらくそのままにしておくと(勿論、その間は写真も撮れないし旦那との会話もロクにできません)、旦那が、写真を撮るためにバスを降りたあたりで、「撮る?」と。


自分もしんどいだろうに、そうなってしまって私に申し訳ないと思ってくれたのか、私の事を気遣ってくれる態度でした。


それで、旦那の話を聞いて、「うーってなってた」と聞いてああそうだったのかと思い、「うん、分かった。あの時、私に気を遣ってくれてありがとう。だけど、無理はしないでね」といって、その日は終わりました。



そして次の日は、ローマ市内観光。

ここでもまた、色々ありました…。(続きます)



2007年08月02日(木) そんな訳でイタリア旅行記��

こんばんは、ぼむでございます。

当初、普通の旅行記を予定していましたこの日記、出発直前に旦那がうつ病と診断されたことにより、何ていうかそのことに対する記述も出てきます。

すっきりさっぱり楽しい旅行☆ みたいには多分なりません(涙)ので、うつ病に対する話題に敏感な方、また、私はどちらかと言えば今回うつ病を「受ける」立場ですので、うつの方に対してあまり面白くない記述もあります。そのような方はどうぞ、「戻る」ボタンでお戻りくださいませ。

そんな訳で、旦那のうつ病発覚と共に幕を開けたこの旅行。(どんな旅行だ)


うちの旦那がうつ病の症状として訴えていて、私にも傍で見ていて分かるのは、

・疲れやすい(もう異常なほど)
・やたら悲観的
・どうしても動けない時がある
・変なことでいきなりイライラする

というものでございました。

性格だと思ったら病気だったんですねえ…。
そして、これらの症状は、「気の持ちよう」なんかではなく、本人にもどうしようもない、むしろ本人だってどうにかしたくて苦しんで自分を責めたりしているということを、周囲もしっておかなくてはなりません。

頑張りたくても頑張れない、楽しみたくても楽しめない、本人の意思ではそれがどうにもならない病気ですので…。



さて、そのようなことを踏まえつつ、ついに日本から出発いたしました。

12時間30分のフライト。運よくローマへの直行便でした。

長ーい長ーいフライトを終え、そして何とかローマ着。


ツアーの人数は、なんと40名弱!!

今まで私が参加したツアーの中で、最多です。



イタリアをほとんどバス移動で回るこのツアー、早速バスへ乗り込みホテルへ。

到着は現地時間で19時頃だったのですが、まだ周囲は明るかったです。

車窓を流れるイタリアの風景。うっとりする私。


が。


私、あることに気付きます。



「このツアーの人…なんか違う…」



何が違うか?



そう(←誰も聞いてないです)、到着してすぐに、写真を撮る人がいないのです!!



(続きます)



2007年08月01日(水) 旦那が受診。��

さて、昨日の日記から続いております。


私が適応障害(うつ状態)になる→旦那、私の症状にことごとく共感→つーかお前の方が重症じゃねえかと旦那受診、という経緯でございます。


そんな訳で診察室。

あんまり詳しく覚えていないのですが、

・大学院ぐらいからずっと体がだるくて、汗が止まらない、トイレにも行けないなどの症状があった。

・今はトイレには行けるが、とても疲れやすく、ずっと体がだるく、一日のうち気分のいい時間が数十分〜数時間ほどある。それ以外はずっと気が重い。

・やろうと思っても仕事が手につかなくてうーっとなる。

・ちょっとしたことで物凄くイライラする。

・物事に興味・関心がほとんどない。全然楽しくない。

・過眠ぎみ。


などなど。
これは私が旦那から話を聞いて、まとめたものなのですが、それを提出した上で

・職場で話が合わないのが苦しいのではないか

・研究職が志望なのに、機械の点検とかが主な仕事だからいけないのではないか


などなど私が思いつくことを言ってみたり、先生からの質問があったりしました。確か、どんな仕事なんですか、とか休日はどうですか、とかいくつかあって、


先生「仕事には行けてるんですよね…。○○(←何かテストみたいな問診表)の点数もそんなに高くないし…まあ、これはあくまでも自己判断なんですけどねえ…」


と。



この時点で、私も旦那も「あれ? これって、もしかして大したことじゃない? 思い過ごし?」などと思います。



しかしその次の先生の言葉。


「SSRIじゃなくて…SNRIでいいと思いますね。一日2回、朝と夜に服用してみてください。これは副作用が少なくて…」


と、何故か薬の説明に。




私と旦那、軽く混乱。んでもって、私が


「先生、これは気分変調症なのでしょうか!?」


とお聞きした所…先生は困りつつ、言いにくそうに(うろ覚えの私の記憶ですので、説明違っているかもです)、


「あ〜、気分変調症はですね…一日のうちにいいときとそうでないときとあって…それがある日と無い日があって…うつ病っていうのはずっと下がっている感じで、これ(旦那の症状)はですね…うつ病エピソードっていうのがあって…それをですね…満たしているんですね…
うつ病に入ってますねえ」




しかしのほほーんと(そんな口調の先生なのです)、そう言われました。





それを言われた旦那、事態を理解しておらず「?え?え? 何、どういうこと?」という表情。

そんな旦那に思わず、本当に思わず「うつ病じゃーーん!」と突っ込む私。



しかし、二人ともちょっと事実をのみ込むまで時間がかかりました。




結果、旦那の診断はうつ病。


2週間に1度程度病院に通うことに。


お薬、朝と晩に飲むことに。(効果が現れるまでは時間がかかるそうです。なので、勝手に薬をやめないことが大事。薬の量が増えますが、それも最初は少なめにして副作用とかを見ているので自然なことなんだそうです)


先生は、「薬を飲めば、元のもっていた状態まで戻ると思いますよ」と言ってくださいました。

そして退室。





凄いどんでん返しもあったものです。


「うつ病かも!! 病気かも!!」と騒いだ私は適応障害で(適応障害も舐めたらいけないと思うのですが)職場を辞めると言ったら通院不要、薬もなし。「つーか俺その症状いつもなんだけど」と言った旦那が本気でうつ病。通院、薬必要。





人生…分からないものです…。





けれど本当に、今となっては私が適応障害になったことも、大騒ぎして旦那に症状を訴えたことも、良かったなあと思います。


はっきり言って、旦那の症状を、私は「性格的なもの」だと思ってましたし、当の旦那もそう思っていたそうです。一応、うつを疑ったこともあったらしいのですが、「まあそんなことないか」と打ち消していたそうで。


うつ病の人は、自分の症状を具体的に、人に訴えたりすることも少ないことがあり、また、周りも「性格的なもの」とか「気のせい」とか思って真剣に受け取らないことも多く、本人もそうだと思ってしまって余計訴えないとか。



どーーーーーーりで、やたら私より疲れやすいしすぐ疲れるとか、なんでもないことでいきなりひどく怒りだすとか、物事に異常なほど興味がなかったりとか、だるいだるいって言ってる筈ですよ…。


私はそれを、職場が合わない、向いてない仕事をしているからだと思っていたし、疲れやすい人だなあと思ってたのですが、そういうのもあるかもしれませんがこれってがっつり病気だったんですねえ…。



結構反骨的なことを言うので、大丈夫だと思っていたのですが、話を聞けば聞くほど「この人、めっちゃ生真面目で人に気を遣って生きてる人なんじゃん!!」とびっくりしました。

結婚して1年で…やっと。


優しい人で、自分よりまず人を優先できる、とても尊敬できる人だと思っていたのですが、どうやらそれをやりすぎてしまう、不器用な人でもあったみたいです。(私と足して2で割れればいいのに…)



私が、うつ状態と言うものを体験しなければ、お恥ずかしながら旦那の症状に気付くのは、もっともっと遅れていたか、下手すれば取り返しがつかなくなるまで気付かなかったと思います。


けれど、うつ状態というものを体験したことで、それの辛さ、苦しさを垣間見て、それが通常の精神状態とどう違うかも分かった上で、

「俺、いつもそういう状態になるんだけど」

という旦那の言葉にやっと「それおかしいし!!」と言えたのです。



うーってなって動けない、本当にその時は苦しいのですが、そんな状態が一日に何度も、何時間もあるという旦那。


自分の気持ちが上向いた隙に、今だ! と無理して仕事をするのだけど、それをやると後でもっとしんどくなると言っていました。


この土地がいけないのかな、とか、何度か町に出れば気分転換になるかな、とか、私が考えていたことは、それまでそんなことでした。

私の周囲の人と、全く一緒です。


旦那がいつか、働けなくなって、うつと診断されて、初めて気付いていたら、私もその病気を理解するのに凄く時間がかかったと思うし、思うように動けない旦那が一番辛いのに、その旦那を見て「もう! どうして動けないの!!」ともっと苛立ったと思います。


だけど、うつ状態を経験した今は、「動けないもんは動けないんだ。それは仕方ない。だって本当に動けなくなるんだもん」と思います。

苦しくなるのも、楽しめないのも、全然旦那のせいじゃない。

旦那は、病気なんだ。病気だから、動けないのは仕方ないことなんだ。


すとんと自然に、そう思います。
ただ、そうやって経験していても、実際に苛立ちをぶつけられたり、辛い、辛いといわれたりすると自分も辛くなるのですが…この辺は旅行記の方で書きます。




まあそんな訳で、病院を出てからも、旦那は何度か


「俺ってうつなの!?」


と聞いてきていました。

その度に私は、

「いやー…うつなんでしょ。(あっさり)けど、薬で元々持っていたものまで治るって言ってたし、大丈夫だよ」

と答えておりました。


後でネットで見たら、こうやって患者さんに事実を普通に認識させて、薬で治るよということを伝えることが大事だと書いてあって、ほっとしました。



そんな訳で、旦那のうつが判明した後の、イタリア旅行となったのでした…。(続きます)


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