「硝子の月」
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2002年04月26日(金) <伝説> 黒乃

(…まあ、お嬢ちゃんには分からねえか)
 グレンは、少女に見えない位置で小さな苦笑を浮かべた。
(厄介だよなあ、大人未満のくせに、意地でも大人になろうとする…それも、今すぐにでも。できるわけねえのに…さ)
 自分がそうであったように。
「もっとも、すんなり認められれば…苦労はしねえか」
 ため息を含んだ独り言の後、苦笑は別な表情に変わった。それはセピア色をした優しい笑みだった。
「何か言った?」
「うんにゃ、なにも」
 怪訝な顔のルウファの前でひらひらと手を振る。
(無力だろうさ、今は。広い世界に出て一番先に感じたのは、多分それだろ? 子供のままじゃ届きようもない。探し物に近づくことすらできないで、半病人のお荷物になってるのが現実。
 だけどそれでも、どうしようもなく求めちまうから、ああして飛び出すしかなかったんだな。きっと)
 ルウファの優しさとグレンの林檎は、癒しと同時に別のものも与えたのかもしれない。
(動けない以上、余計に考えるしかない。そして、それに耐えられなくなった。…そんなところか)
 揃って戸口から出ると、そこには嫌味なほどの完璧な晴天があった。
「じゃあ、私はこっちを探すから…一応これ、お願い」
積み上がった木箱にめり込んだまま伸びている『これ』を軽くこづいて、後は知らんとばかりに歩き出す。うめき声がしたからじきに目を覚ますとは思うが…。
遠ざかる華奢な後姿を見ながら、グレンはしばしの間、思案した。
(一体何者なんだろうな、こいつと…)
 ルウファ・ルール。
 ティオとさして歳も変わらぬはずの…けれど、不惑の強さを備えた少女。まるで己の運命を知り尽くしているかのように、その言動は勝気な自信に満ちている。
現に、いつの間にか一行の主導権は完全に握られているではないか。
 ティオとは対象的とも言える。意地や負けん気は良い勝負かもしれないが、内包する脆さは比べるべくもない、心の空洞を無理に張り詰めて覆い隠した、砂の壁。今、それは限りなく不安定になっているはずだ。
 そしてふと、真顔になってこう思った。
(だとしたら、この中の誰よりも硝子の月に近いのは…ティオあいつかも知れねえな)


紗月 護 |MAILHomePage

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