| 2006年03月01日(水) |
教育はサービス業か? |
先日の講演会で講師先生がおっしゃってたことが、ずっと頭に残っていたので、日記に書きます。 「いただきます事件」のこと。給食にお金を払っているんだから、いただきますという必要はないと、学校にいった親の話。 そこで、先生は言いました。「教育は、サービス業か?金を払ったらなんでもするのか?それは違うだろう!!」 ズーんと胸に刺さる言葉でした。 その後も、添加物のお話が続き、益々胸に響くのでした。 つまり、「サービス」に「業」が付くと、それはもう、ひとつの仕事なのでして、つまり、それで「利益を上げて生活する」ことなのです。 添加物がいい例です。安いものを求めれば「努力しました」といって、企業はやすくしてくれるでしょう。でも、「どこかを削って安く」してるのです。だって、ボランティアじゃないんだから、価格に見合ったものを作らなければ、企業が倒れてしまいます。そんなのは商売として成り立たないでしょ。 教育はどうでしょう?払った対価の分、教育したかしないか、そういう尺度は、学校にはないですよね。塾ではあるかも。でも、塾にいくら払っていますか?それを学校に置き換えたら、一体毎月いくら払ってみてもらっているのでしょう? あと、塾は「子供の特性を活かして、とか、生きる意欲を育てるとか、道徳とか、」は教えていません。そういう塾もあるでしょうが、オプション料金ですかね。塾は「勉強をすること」だけに料金を払ってもらっているのですから。やる気がないのは本人及び家庭のせい、となります。 私も含めて、今の世の中「サービスは無料で無限」的な感覚がある気がします。でも、それは見せかけで、どこかで差し引かれていることを考えなければならないし、良いサービスには、それ相当の価格が付くことも思い出さなければ。そして、本当にサービスしてもらったときには、そこに感謝する心が必要だし、「やって当然」という気持ちは、結果的に自分の首を絞めることになるなあと思いました。 今の教育現場もそうですよね。先生だからやって当然と感謝しないでいると、何だか変なことになってくる。 添加物から見えた、世の中のひずみです。そして、その責任は・・・反省。
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