日々想事ひびおもうこと...紫能神巳

 

 

キイ・ワードは『美しい人』。 - 2006年09月13日(水)

美しい人 櫻井敦司というキイ・ワードでこちらに飛んでいらっしゃる方のなんと多いこと…(笑)
日記は本当によく見て頂けているので(ありがとうございます)、アクセスワード解析を結構楽しみに見させてもらってます。
私のペンネームで探してくださっている方々もありがとうございます。
薬の名前はだいぶ減りましたね(笑)
最近すごいな〜と思うのが美形とか綺麗とか美しい容姿とかと、櫻井敦司で飛んでこられる方が実に多く!(笑)
いやはや、喜ばしいじゃないですか。
そのワードでここに辿り着くって、私一体どこまで絶賛しまくってるんだっていう。
いや、天井がない美に絶賛の言葉など思いつきませんよ追いつきません。
百万言を費やしても、あのたったお一人輝かれる方の美の形容にはとても追いつきません。逃げ足速いぜ櫻井敦司!

しかしね、そのワードオンリーでここに来てくださる方々に、言わせて頂く。
ご存知だろうが、言わせて頂く。

あの方のお美しいのは容姿のみならず、あの紡ぎ出される連綿とした美しい詞を内包する魂であり、またそれを過たず表現することのできる、深く麗しく蕩けるような唄声なのだということを。
あの方のお美しいのは、皮一枚の話ではないのですよ。
いや、あの皮一枚ったってそんじょそこらの霊長類とはレベル超えてるわけですが。
霊長類とも系統樹も一致しない、美の化身、櫻井敦司。別のレベルの超生物です。新しいタイプの超生物です。もう10年以上前に今井さんがおっしゃってるじゃないですか。

そういえばなー、暇があったら、『B−Tファンに100の質問』書き直したいなとか思ってます。
他の100質も書き直したいけど。

ああ、あっちゃん綺麗だったな〜、なんてつまらん言葉でしか語れない自分がアレですよ。字書きの看板背負ってて良いのかと。
だって百聞は一見に如かず。
全ての現象を言葉で語りきれるなら、他の芸術が存在する意味がない。
字書きの立場で言うのは失格かもしれないが、言葉で全てが伝わらないから、他の手段を模索するんじゃないのか、人間って。
バベルの塔が崩壊してから、人々は同じ言語を操ることすら失ったんだ(都合よく出てくる聖書)。
国も超え心者得て響くものは、文字かもしれない、たった一粒の涙かもしれない、そして見知らぬ誰かの歌声かもしれない。
私は文章でしか伝える術を持たず、しかもそれも下手くそで、どんどん汚れていく。
稚拙だったけど、心全部が絶叫しているようなダイレクトな、『心』そのものの『小説』を書けたのは、やはり思春期だったと思う。
大きなものを得て、そして大きなものを失った。
得て失って得て失って、手の中に残るものがあるだろうかと、もう私は私の『絶頂』を極めてしまって後は腐ってゆくだけなんじゃないだろうかとか考えながら、それでも本能のように、小説を書くことだけはやめられない。
最中は苦しくて吐きまくりで頭おかしくなってるけど、出来上がったときの快感の為に。それを解ってもらえて、素晴らしかったと、好きですと、見知らぬ誰かから暖かくて優しいメールや手紙や拍手を貰うたび、ああ、私にはまだ少し価値があるのかと、そんなことも考える。
その快感の為に、私はあまりに多くの犠牲を払う。
汚れたくない。
そんな夢は棄ててしまったと思いながら、そして今の私のどこが汚れていないんだと自問自答したら、綺麗な場所を探すほうが難しい。
物を作る。作品を作るのだと、大上段に構えるのでもない。
私の心を綴るのだ。それは、とても痛くて辛くて、まさに身を削る作業以外の何物でもないのに。
心のどこかから切り取ったものを物語りに織り交ぜて、私は少しだけ楽になる。言いたいこと、伝えたいことは、全て、小説で。そして、フィクションで。
フィクションを装いながら、創造したものには『自分』が入る。
みんなそうなのか、私だけがそうなのか、それは知らない。

話がぶっ飛びすぎて意味不明、と思われているでしょうが、私の中では繋がっています。
BUCK-TICKさんを好きな私、言葉を生み出そうと足掻く私、それは遠い記憶の中で『綺麗なもの』として、私の中に根付いています。
生存本能のような気がするよ。
言葉にすると薄っぺらいけれど、BUCK-TICKさんは、櫻井さんはああ言ってくださったけど、こちらの方こそあの素晴らしいバンドに出会えた奇蹟を人生の宝だと思っているし、もっと露骨に言ってしまえば、救命装置のように嵌った。
『そのとき』に、いつも、『ああ、そういえばツアー中…』そんなことでか?と思われそうだが、その『BUCK-TICKさんのツアー』で、命を救われた、心を掬い上げられたと正直に、思う。
あなたたちにとって私たちが宝なら、私にとってあなたたちは命の恩人だ。
生かしておく価値があるのかこの命、と何度も思った『そのとき』に、不思議なくらいうまいことツアーが重なったりして、そのために、結果として今ここに居る。
大好きですという言葉ではもう足りない。
助けて、と祈る相手のような。
遠く、受諾されない祈りを捧げる相手のような。
助けて、と縋り付くことを許してくれる人は居る。
それは現実で、それはとても何者にも代えがたく愛しくて、大切な大切な拠り所。
BUCK-TICKさんは、本当に…受諾されない祈りを捧げる相手、のように、遠い。それでも、気持ちが止まらない。色褪せない。
生命維持装置だから、とかじゃない。どうしてこんなにこの人たちだけが、と思うほどに。


支離滅裂日記でした。


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