20010911 - 2002年09月11日(水) リアルタイムであの時も日記を書いた。 ああもう一年経ったのかと、まだ一年しか経ってないのかと、何だかぼんやり思う。 あの事件に関していろいろ思うことはあるし、多分言ってしまったらはっきりとある思想の持ち主であるという分別札をぺたりと貼られちゃうよな〜と思うこと、もある。 何より事後処理とか対応とか、とにかく後の経過で納得いかず、一体どっちが被害国なのかと思ったりする。政治的な意味合いで。 でも、そうではなくて。そんな事は関係なくて。 思想的に無色透明の人たちが、たくさん殺された。 ソレしかなかったのかと思う。 『戦争』という『有事』を日常的体験してる国の人たちは、おそらく毎日思ってることなのかもしれない。 それとも、もうそういう非常事態の中では、『何故』とか『どうして』とかじゃなくて、もっと単純な二分化思考になってしまうんだろうか。そうかもな。『アレは敵』とだけ思っていないと、狂ってしまうかもしれない。 だから、『そうでしか手段は無かったのか』と思う私のこの気持ちは、『平和な国』でのほほんと生きてる、『有事』の際には何の役にも立たない綺麗言でしかないんだろうな。 ……ソレしか、なかったんだろうか。 さっきから、書いては消して、書いては消してる。 何を言っても、不遜だなあと思う。じゃあ書かなきゃ良いんだと思うけど、書かなきゃ私が耐えられないようなカンジだ。 のほほんと生きてる私。 昨日も一歩間違えたら交通事故で呆気なく死んだだろうが(こっちが青、あっちは赤、だったのに推定80キロくらいで車が突っ込んできて、幸い接触もしなかったが、私があと一秒早く発進してたら、私の運転席にその車は突っ込んできただろう)、それでも全く無傷だったりする。 でも明日、宗教がらみで殺されるかもしれないし、思想もなく理由さえなく殺されるかもしれないし、ソレは誰にも解らない。当たり前なんだけど。 あの中で、みんなが下に向かって逃げているときに、上へ上へと上がった消防士たち。階下に先に部下を逃がして、自身は逃げ遅れてしまった日本の銀行の上司。 こういう人が、こういう人たちが、居るのに。居たのに。 死は何もかも呆気なく奪う。 リセットなんかではなく、ゲームオーバーで、やり直しも効かない。セーブも出来ない。 死は何もかも、呆気なく奪うのだ。 それだけを考えた。筆舌に尽くし難い思いの中から、選りすぐったみたいに。 -
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