月と散歩   )   
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2003年10月05日(日) ワンダフルライフ III



 あなたの人生の中から

   大切な思い出を

 ひとつだけ選んで下さい


―――


人は亡くなったとき、天国の入り口でそう言われる。

選んだ思い出だけを持って、天国で永遠の時間を過ごすために。



…そういう映画があった。


僕が選ぶ『思い出』は、いつだろう…?

―――

ずいぶん昔、初めてその映画を観たあと
僕は、ひとつの『思い出』に囚われて しばらく前に進むことが出来なくなった。

それは
くすぐったい、浮かれた気持ちと
ちょっと触れただけで崩れてしまいそうな脆さと
なによりも、強い後悔で縁取りされた
夕暮れの砂浜。
背中合わせのふたり。

思い出すたび、風に飛ばされたその時の砂粒が 奥歯でじゃりじゃりと音を立てた。


いま思えば辛いだけなのに、そのときはそれしかないと思っていたんだ。

―――

そんな僕も、いろんなひとたちに支えられて なんとかここまで来た。
たぶん、前に進んでるはずだ。
『思い出』の選択肢も、ずいぶん増えた。

それこそ、抱えきれない思い出を持っていつか『そこ』へ行ったとき
たったひとつに絞ることなんてできるだろうか。

いやまあ、なにもいまから選んでおくこともないんだけど。


…でももし、そのときが来たら
僕は胸を張って

「選びません」

と言うだろう。


たったひとつの思い出に生きる、地獄のような天国なら
消えて無くなるほうがいい。


いいことも、いやなことも
どんどん思い出の増える、今現在こそが天国だ。



いま、強く そう思えた。



                          『ワンダフルライフ』 by 是枝裕和


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