欲求発散
ということで。スッキリしようかと。 ネタがあれなの。見たくない人は見ないでね。
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男色史。
あの…帰っていいよ。ね。
いいんですか。そうですか。
どうせ読んでるんだろうから。誰かさんへ。 藤原頼長さんは有名な男色家さんだそうです。 男色史において『台記』は聖書だと。おい。 そもそも上流貴族の公卿日記というのは子供や孫に宮廷行事や人間関係の参考資料となるよう書き残すものだとか。 つまり頼長さんは恥とも思わずあの日記を子のため孫のため残したと。
この人おかしい。
絶対変だ。あそこまで事細かに書く必要がどこにある。 相手が父親のお古だとか正妻の兄弟だとか男だけの3Pだとか。
書いてるんだよ。日記に。
皆に見られることを前提に(相手も困るよな) しかしそんなことじゃすまないのが日本の平安時代。
貴族と武士は対立しているように見えるけど実はそうでもなく 院政期における武家の台頭は一面男色にささえられているとか。 木曽義仲のお父さんは頼長と関係を持っており(これは事実) 源頼朝も少年の頃、後白河院の相手をした可能性が高いと。 平家の方も平重盛とその子息の資盛、親子どんぶりで後白河院の愛人だったと。 そもそも平清盛のお父さんは白河帝に体を差し出し平家興隆のきっかけをつくったとか。
……武士って…?
雨森芳州。 江戸時代の外交史でちょこっと出てくる。 下記が朝鮮通信使との対話。
「日本は、大坂のような大都市もありすばらしいが、性的には乱れている。娼婦も多いし、民衆でも兄が死ぬとその未亡人を弟が妻にしたりする。(儒教文化が徹底している朝鮮では,同姓(同本)だと身内同士と見て、結婚しない。彼らからすれば日本は近親結婚だらけに見える)とくに奇怪きわまるのは 男色の流行だ。男女の情欲は 天地から出た生々の理であり、四海に共通したことだ。しかし世界に陽だけあって陰がなく、それで相感じ相悦びうることがあるだろうか」
(しかし、これは、ある意味正しい(笑))
これに対して芳州が笑って答える。
「学士は いまだ その楽しみを知らざるのみ」
最高だわ雨森芳州。 何がすごいってこの台詞言えること自体すごいわよう。 当時52歳ですって。芳州。
織田信長と前田利家。 …えと、そうらしいです。まあ。びっくり。 大河ドラマではもちろんそんなことになってないんだろうけど。 反町隆史と唐沢寿明。 ビジュアル的にスゴイ。
三代将軍家光さんは男色に耽って世継に困ったとか。
なんか。昔の人はホモっていうよりバイらしいですが。 日本史だけでばっちりお腹いっぱい。 同人誌いるのか、みたいな。
おしまいでした。
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