★ 夏海の日記 ★

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2007年03月09日(金) 記念碑を建てるらしい

2007年3月9日 9:22

人を助ける行為は尊い。
咄嗟に瞬時に自分が動き出せるか?

少し前に、
死にたいと線路内に入った女性、
死ぬために線路に入った女性を、線路外に出す為に線路に入った警官が、そのまま電車に轢かれて亡くなった。
死にたかった女性は生き残り、
生きろと
(本当のところは判らないが。
 線路の外に出なさいと説得していただけかも知れない。)
説得していた警官が死んでしまった。

そのニュースを聞いた時、本当にそれで良かったのか?と私は疑問に思った。
死にたかった彼女は、死ぬことを許されず、
(なぜなら助けられた命だから。
 残った遺族の為やら、彼女の身内やらの思惑の為に。)
生きなくてはならなくなった。
彼女が望むと望まざるに関わらず。

死を選ぶ人は二通りあり、助かったことにより、目が覚めるタイプと
何度も繰り返すタイプ。
彼女がどちらに属するかは判らないが、
前者だとしても、重い十字架を一生背負っていかなければならない。
自分の為に死ななくても良い人が一人、この世から居なくなってしまったのだから。

死にたい人が生き残り、必要とされている人が死んでしまった。
それで良かったのか?と思った。

日本人は美談好きな民族で、自分の身を呈して他人の為に成す話が大好きだ。
素晴らしい行為だと絶賛し、その勇気を讃え、彼の人となりを過去に遡って紹介し、
いかに彼がその死を惜しまれる人物であるかを紹介していた。

私は、自分が招いた結果にしても、線路内でしゃがみ込んだ彼女に同情した。
助かってしまった瞬間に、彼女の人生が終わってしまった。
生きていたくないと思う程の悩みや傷を抱え、
逃げる選択も出来ず、
警官の命を背負う責務まで与えられてしまったのだから。


その昔、レオさんが出ていたタイタニックを見た。
彼女に生きろと告げて海の底に沈んでいった若者と、
生き残った彼女の話だった。
人の命を背負うことは重い。
自分が人の命の上に成り立っていると思うことは、私には重過ぎる。

例え恋人であっても、私の為に命を投げ出されたら、その思いは私には重過ぎる。
命懸けでと言われて感激したり喜ぶタイプではなく、
私一人遺されるくらいなら、二人で生きる方法を考えるか、もしくは。
いづれにしても、二人一緒が良い。
他人の人生まで背負いたくはない。
私の人生を他人に背負わせたくもない。


救助には成功したが、その為に死んでしまった警官が勤務していた交番の近くに、記念碑が建つそうな。
その美談は語り継がれ、彼女は一生非難される。
人に ではなく、(日本人は、忘れやすい民族でもある)記念碑に である。
奥さんや子供は 誇りに思うのか?
誇りに思わなければ やっていけないのが本音だろうね。
誰であっても、どんな美談であっても、死んでで欲しくはないのだから。

その記念碑の建立に誰も否とは言わない。
思っていても言えない。
だって、美談なのだから。

警官のご冥福と、
警官の命と引き換えに、生き残ってしまった彼女の幸せを願わずにはいられない。


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