★ 夏海の日記 ★

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2002年01月27日(日) 伯父の死

春からのお付き合いの人は、もうご存じですよね。
そう、あの『お見舞いの後に、車をぶつけられた』三重県の伯父。
手術の後、何度も危ない橋を渡り、何度もよみがえって、秋には孫も生まれて車椅子に乗れるほど、回復した伯父が、今日亡くなりました。

今朝、伯父が危篤だと、母から電話がありました。
伯父は心臓が強いので、でも、「今日明日の問題ではないにせよ、覚悟はしておくように。」と、お医者さんから言われたと。

夕方、イトコから電話がありました。「父さんが死んだ。今から家へ連れて帰る」
連絡が取れない叔母に連絡を入れる為に、叔母の子供に連絡を取れないものかと聞かれ、私が連絡を入れると約束をし、電話を切りました。
叔母に連絡を取り、その後すぐさま母に連絡を取りました。
明日お通夜らしいこと。母は仕事があるので、2時頃まで働かなくてはならないこと。そして、私がずっと体調が悪かったので、私は無理しなくても良いよと言ってくれました。

私は、母方の伯叔父・伯叔母にとって、最初の子供です。祖父母の家に預けられていた私は、当時未婚だったみんなにとって、初めての子供(長女)という存在で、みんなにあやされて、育てられました。

伯父の長男は、1つ下の男の子。以下全員が男の子なので、私は特別な存在で、結婚してからもお墓参りに出掛けると、夫共々とても可愛がられました。漁師をしていた伯父を手伝って、ワカメを干す作業を夫として、一緒に浜辺でお弁当を食べたり、採りたての牡蛎を食べさせて貰ったり、捕った魚を桟橋でさばいて貰ったりと、伯父のとって、夫もとてもお気に入りで、息子のような扱いをしてくれたので、夫もショックみたいです。

明日、母の仕事が終わったら、車で出発します。(田舎なので、車じゃないと不便なので...)
長い 長い 2日間になりそうです。

お葬式の思い出は、弟のお葬式に直結します。
シンとした 菊のキツイ香りの部屋で、ぽつんと独りぼっちだった私。
その49日後に祖母が亡くなった時は、ずーっと祖父に付き添っていました。
そして祖父を見送り、同じ部屋で、今度は伯父を見送る。
また、間に合わなかったという思い。
もう少しちょくちょくお見舞いに行けば良かったという思い。
後悔ばかりで 辛いです。

せめて 天気だったら良いな
ポカポカで、伯父のように穏やかな陽気だったら...
入院中は、絶えず 家に帰りたいと言っていた伯父
やっと帰れたね。

哀しいです。
でも、まだ現実感がなくて...
頑張りすぎないように 気を付けて行って来ます。


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