moonshine  エミ




2005年01月16日(日)  ブラボー! ラデツキー行進曲

12時半ごろ起床。牛乳をあっためてミロを飲みながらネットサーフィン。今日と明日の休みでしたいことをリストアップしてみる。一週間分の家計簿をチェック、その後、きなこ餅を作って食べる。1個の予定が、「あら、まだ食べたいわー」と思ってもう1個。大根をいちょう切りにして塩もみし、レンジで少しチンしてポン酢をかけたものも一緒に。これがおいしい。

雨の中、天神へ。まず向かうのは紀伊国屋。雑誌をたくさん立ち読みする。料理モノ、タウン情報モノ、ファッション誌、日経WOMANなど、立ち読みするだけでもけっこう有益である。なんとなく前向きな気持ちになる。買ったのは、福岡のCAFE本。知らなかったところにも、これから時々行ってみよう。岩田屋で人へちょっとしたプレゼント、ソラリアのバーゲンで歩きやすそうな靴を購入。

そして、かねてより狙っていた、ウィーンフィルの『ニューイヤーコンサート2002』DVDをついに購入。小沢征爾が指揮をしたものである。しん氏が初任給でプレゼントしてくれた(っていつの話だ・・・)音楽ギフトカードを使った。なにか特別なものを買うときに使いたかったので、ぴったりのものが見つかってとても満足。

スーパーで買い物して帰り、さっそく見始める。クラシックなんて門外漢だからやたらと感動するのかもしれないが、もう、すばらしさのあまり何度も涙。ぐっとこみあげてくるものがある。小沢氏の指揮の、なんと自由自在なこと! 世界最高峰のオーケストラなんだから、演者ひとりひとりが一般人には想像もできないようなテクニックとか音楽的背景とかプライドとかをもっているんだろうと思われる。それを東洋人がまとめあげるっていったら、まあ単純に考えてもものすごい実力だけでなく、団員に敬意を払われる人間性とかだって持ってないといけないんでしょうね。ああ、小沢さん、かっこいい。笑顔は少年のようだ。

牛肉とごぼう、しいたけ、ほうれん草を照り焼きソースベースで煮込んで、溶き卵を散らしたもので夜ごはん食べる。昼の大根がおいしかったので、また作った。

無印のミルク入浴剤を入れて長々とお風呂に浸かりながら読むのは、もちろん『ボクの音楽武者修行』(小沢征爾 新潮文庫)です。再読ですが、あの指揮っぷりを見た後ではひときわ心に響く。1959年、24歳のときにフランスはブザンゾンの国際指揮者コンクールで一位になったときから彼の輝かしい活躍は始まっているのだから、まったく非凡としかいいようがないね。

同書の中で、彼は指揮について、桐朋学園で斉藤秀雄先生に教わった基礎的な訓練が「世界的に類を見ない」ほど素晴らしく、自分の礎になっていると書いている。

『具体的に言うと、斉藤先生は指揮の手を動かす運動を何種類かに分類して、たとえば物を叩く運動から来る「叩き」とか、手を滑らかに動かす「平均運動」とか、鶏の首がぴくぴく動くみたいに動かす「直接運動」というような具合に分類する。

 そのすべてについていつ力を抜き、あるいはいつ力を入れるかというようなことを教えてくれた。その指揮上のテクニックはまったく尊いもので、一口に言えば、指揮をしながらいつでも自分の力を自分でコントロールすることができるということを教わったわけだ。言い方を変えれば、自分の体から力を抜くことが、いつでも可能になるということなのだ。これはちょっと考えてみると、妙な理論かもしれない。

 しかし実際に皆さんがおやりになるとわかると思うが、力を完全に抜ききるということが、どのくらい難しいことか、それはインドのヨガや、いろいろな健康法でも、ときどきこのごろ言われてきていることだ。力を抜くということ、自分の筋肉の力を抜ききる状態をつくることが、指揮のひとつのテクニックだとぼくは思っている。』

力を抜くというテクニック。含蓄のある言葉だね。

そしてそのとおり、小沢さんの指揮は、腕や指先はもちろん、全身がよくしなる鞭みたいにしなやかで、ダンサーみたいに柔軟だ。そして表情がこれまた豊か。伝統的なクラシックを愛する人の中には、大げさなパフォーマンスだとして眉をしかめる向きもあるようだが、何も知らない私が見ると、やっぱり彼の指揮はなんとも魅力的。

でも、ふと思ったんだけど、彼のやり方は、やっぱり日本人だからというのもあるんじゃないかな。何しろ、何十年も昔に、たった一人で異国に渡って、最初は言葉も満足に通じないまま、指揮をしなければいけなかったんだから・・・。全身で指揮をすることで意思を伝えるという方法を選んだのも、まったく頷けるような気がする。

そしてDVDを見ながら思ったのは、年齢について。オーケストラの団員は30代とか40代くらいの若い人も見られるけど、大半が50代、60代、もっと上とお見受けする人もいる。小沢さんだって、この2002年当時で67歳か68歳くらいのはず。日本でOLとかやってると、何となく、「女26歳、花の盛りは過ぎはじめ・・・」て気がするときもあるけど、やっぱり、ピークはもっと先にあると思いたい。というか、そういう人生にしたいなあー、なんて思いながら、お風呂のあとは、ちょこちょこと勉強など。明日も休みだけど、ドラクエはちょっとにして早めに寝よう。





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