| moonshine エミ |
| 2004年11月22日(月) 激流にあっても未だ角はとれず | ||||
| 何か一品でも手作りのものがあるとうれしいお弁当。かぼちゃの煮物、重宝します。って自分で作ったんだけどさっ。 今日はお給料日。繰り返しますが基本給だと手取りで15万円未満の私ですが、今月は20万円をゲット。ええ、残業代です。これでも三六協定を逆手に取られてがっぽり削られているのだ。このオトシマエ、きっちりつけてもらいますよ。(と鼻息は荒いが所詮しがない雇われの身、闇に葬られる予感はあり。)これはお金だけの問題じゃないんです! そりゃあ時間内に仕事を終わらせるのが理想であり基本です。でも、現状の戦力と納期でいい仕事をするためには時間にかまっていられないのもまた現実。もちろん私はバイトじゃないんだから、労働を時間に換算してお金をもらうことに汲々としてるわけじゃありません。ただ、仕事をがんばりたいだけなんです。がんばるためには動機が必要です。 私の仕事は面白い。専門的だし、やろうと思えばどこまでも勉強できる奥深い世界です。会計を通して企業の姿、ひいては世の中を見ることができるのは、情報を集め、分析して悦に入るのが好きな私にはある意味向いています。時価評価、キャッシュ・フロー計算書、税効果会計に減損会計。社会や経済情勢に合わせて刻々と変化していく会計のトレンドだって体で感じることができます。(一方で、小学生のころから苦手な算数を克服しなければならない辛さはありますが・・・。それもまた一興。)上司は優秀で人間的にも面白みのある尊敬すべき人物で、私のことを(多分それなりには)認めてくれている。(というより、現状、認めなければ彼も仕事が進まない。) そういう意味では私には立派な動機があります。だからこれまで頑張ってこられたんだと思います。でも時々、もうなんもかんも投げ出して、会社のサーバーを金属バットで殴って壊してトンズラしてえー!と思うときがある。それは、自分が、あるいは上司が、ひいては自分の部署および管理部門全般が、正当な評価を受けないどころか、ネグレクト状態におかれ、むしろ時には社内のスケープゴートになっている、と感じるときです。それを推奨しているのがまぎれもなく経営陣であるということです。 偽装事件や隠蔽事件など企業の不祥事が頻発する世の中ですが、これらに共通して言えるのは「内部統制やコーポレート・ガバナンスに問題がある」ということ。(ちょっと、私のATOKは“内部統制”も一発変換してくれないわよ。頼むよ!) 内部統制は社内の仕組みやプロセスのことを言いますが、その根幹は「人」への意識づけです。これは経営者の重要な仕事です。(と、ここは本からの受け売り。てへ。) 監査は営業活動の阻害でしょうか? 決算書や有価証券報告書を作るのは、机上の空論にすぎませんか? 社宅を手配したり給与を計算したり契約書に不備がないかチェックするのは下等な仕事でしょうか? 私は、会社の業務の全て、目的はひとつだと思います。株式を公開して誰にでも売買ができる以上、社会に対して企業の健全性をアピールしなければいけないのは当然のつとめです。そのために監査があります。確かに莫大な監査報酬を払っていますが、それは株主から預かったお金で払っているようなものです。監査法人は敵ではありません。確かにそのうざったさは、監査の窓口である私も感じるときは多々あります。でも、彼らを言いくるめるのが目的ではあってはいけません。 「監査法人は、何様だと思ってるんだ。そんな要求、笑止千万!」と激した担当役員は私の上司に噛み付いていました。もうね、アホかと。笑止千万なんて時代がかった語彙を日常で聞けたのはある意味貴重な機会でお笑いでしたがね。そんな暴言を大声で垂れ流す無能ぶりには呆れるばかりです。どんな仕事も基本は誠意と誠意でやるものです。そして正当な知識と裏づけに基づいた行動が必要です。減価償却費が回収にあたることも理解できない頭だからって、監査に来た会計士に自分は一度も顔を見せないで、ひとり矢面に立って根気強く働いている部下に対して放つ言葉がそれか、と。そんなに気に食わないなら自分で行って交渉しろ、ばか! その前に勉強しろ。 おっと、話が逸れましたが。 監査証明を出してもらわなければ、株式に対する信頼は損なわれます。商法、税法、証取法のトライアングルで成り立つ会計の世界をきちんと理解した者が決算をやらなければ世間様に対して正しいディスクローズはできません。給与の遅配なんてことになったら従業員のモチベーションはボロボロです。審査に抑制機能がなければ、疑問を持つことすらなく怪しい案件が成立してしまいます。不備のある契約書をお客さんに持っていくことはできないでしょう。 実際に頭を下げて案件をもぎとるのは営業の人間です。だから営業に対しては常に敬意を払わなければいけないと思っています。私は営業手当には大賛成で、必要なものだと思っています。でも、それ以外の仕事も、会社に必要だから存在しているのです。収益はすべての部門の努力で上がっていると認識して欲しい。もちろんこれは理想論です。でも、経営者や上司と呼ばれる人たちは常に、理想を忘れずそれに基づいて動いてほしい。個人は日常、自分の部門、自分の仕事をまわすので精一杯です。大局が見られるのは上に立つ人間だけです。 あの残業代が知られることなく闇に消えれば、私のモチベーションもまたひとつ葬り去られる。 ある人が言いました。「今は、すべてを確立させてから走り出す時代じゃない。とりあえず立ち上げて、走りながら考えるんだ」と。それはきっと正しいのでしょう。しかしうちの会社ではPlanとDoだけで、そのあとに最も大事なSeeとActionがない事柄がもりだくさんです。会社でたった4人だけに適用されている変形労働時間制、それも作って施行されただけ。その後のヒヤリングなんて一切ありません。もし今、「変形労働時間制、どう?」と公式に聞かれれば、私は答えるでしょう。「ないほうがずっとマシです。一年を通して同じ日数の休日があればそれでいいというのは、人間の心身にそぐわないやり方です。業務上繁忙期があるのはしかたがない。ならば、忙しいときのことを評価されて、閑散期にむやみに休まず、その時期の仕事のあり方を再考したほうが、モチベーションの持続にはよほど効果的です。」残業の超過分、休みをとれなんて言い出したら絶対また抗議するぞ! 有休は充分に余ってるんです。 さて今日は、仕事を8時前に切り上げました。「もう帰るの?」「今日は早いね、良かったね」とまたも不本意な言葉を浴びながら向かったのは魚と天ぷらのおいしいお店。4ヶ月ほど前に転職した、前の部長(といっても、それ以来、私の部署には部長がいません。いったいナンなんだ!)にお呼ばれしたのです。捨てられたことを思えば、座って食べる寿司を奢ってもらってもまだ足りない気分ですが、おいしかったのでよしとしよう。一応、忘れずにいてくれたのね、と思うとやはり嬉しいものです。 新しい会社の若手社員さんも来ていました。彼は一時期、うちの会社に出向していたこともある人です。お坊ちゃんらしい言辞がいろいろ飛び出すのも面白い。部長も、「へえーおまえ、そんなこと思ってたのか」なんて意外そう。直属の部下だった頃は萎縮するばかりだった私も、今では部長なんて全然怖くありません。 酔っぱらってイロイロ喋る私に、 「成長したねー」「しっかりしたもんだねー」「あなたを主計に連れてきたのは自分だけど、こうも頼もしくなってくれるとは、いやはや」なんて連発していましたが(そういう相槌うつしかないんでしょうが)、そりゃ月日に揉まれれば成長もしますよって話です。あげく、帰りに「うちの会社にこない?」なんて冗談めかして言われたけど、おまえが帰って来いっつーの。 それにしても飲みすぎました。足下おぼつかない私を連れて帰ってもらってありがとうございました。 |
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