| moonshine エミ |
| 2004年08月22日(日) のんびり日曜日 | ||||
| ゆうべから村上春樹の『村上ラヂオ』(新潮文庫)を再読して、さっき読み終わりました。私は“村上朝日堂”シリーズを書棚に揃えているくらいなので村上さんのエッセイは(どちらかというと彼の書く小説よりも)好きなんですけど、とりわけこの本が大好き。とりたてて目新しいことも有益なことも感動的なことも書かれてないけど、なぜか読んでいる最中、読み終わったあと共に、幸せな気分になるのです。この幸福な感じは、吉本ばななのエッセイ集『パイナップルヘッド』(幻冬舎文庫)と似ている。私は小説家の書くエッセイというものが基本的に好きなのでけっこういろいろ読んでいますが、この感じは今のところこの2冊にしかないんだな。 ・・・と思ったら、そういえば両者にはある共通点が。どちらも、雑誌「anan」の巻末に、一年間にわたって連載されたものなのでした。なんかすごい。ananは、私なんかでは言葉にするのが覚束ない、この「特にどうってことないけど、何となく幸福な」感じで書いてください、というようなことを、明確に作家に指示したのか? あるいは作家のほうで雑誌の要望を敏感に汲み取ったのか? 吉本ばななと村上春樹の書くものに共通点があるということなのか? 吉本ばななは村上春樹が好きみたいだし・・・。うーん、不思議。ananの巻末エッセイ、今は誰が書いているのかな。覚えてる最新のでは林真理子でしたが、それももう何年も前のことだったはず。今度(できれば明日)見てみよう。 さて、今日は朝から(昼だけど)ヌードルな食事でした。というのはインスタントラーメンのことです。残っていたキャベツを全部入れて、小松菜とわかめのおひたしを添えて野菜摂取に努めます。ラーメンといっても味のマルタイの「長崎チャンポン」なんですけど、野菜は各自で入れてくださいね、というものですから、ラーメンといえば豚骨スープが当然な博多っ子にとっては、ただのラーメンとあんまり変わりません。麺だって、ラーメンをきもーち太くしたようなものだし。でも、たまに食べるとインスタントラーメンはやっぱりおいしい。日本の文化の味がしますね。余談ながら、味のマルタイは福岡に本社を置く「即席めんのパイオニア」(公式HPにそう書いてあった)ですので、そのCMも九州でしか放送されていないかと思料しますが、これがどれもいいんです〜。 ◆マルタイラーメン (夫)「おい、あれ(取って)」 (妻)「『あれ』じゃわかりません、私はあなたのお母さんじゃないんだから」 ◆マルタイ皿うどん (子供)「もーう、残った野菜なんでも入れるのやめてって言ったやろ〜」 こんな感じ。身に覚えのある食卓風景をさらっと描写していて、くすりと笑えます。 さてさて、自転車のタイヤがスカスカだったので、ご近所のかしわいさん(くりっと男らしく髪を切っていた)ちで空気入れをお借りして、今日は赤坂方面へと向かいました。 一番の目的地は本屋で(またかよ!)、けやき通りの「キューブリック」というお店です。前にも書いたと思うけど、それはそれは素晴らしい本屋さんなんです。一冊一冊が「店主の目で選ばれた」という感じがひしひしとするんです。小さな本屋さんなので、欲しい本が必ずしもあるとは限らないのですが、「何か本が読みたいな〜」というときに行くと、興味をそそられるものに必ず出会えます。紀伊国屋とか丸善とかくらいになると、大きすぎていろんなコーナーをまわるのが大変だし、駅前の本屋さんとかだと新刊や雑誌や売れ筋中心で味気なくなる中、ここの品揃えはとにかく素晴らしい。わずか15坪ほどの店内に滞在して気の向くままに手に取りぱらぱら読むこと一時間以上、ようやく目当ての本を手に入れるべく、レジで尋ねてみました。 「あの、ちょっと探してる本がありまして、小泉今日子さんと、こぐれひでこさんの・・・」 店員さんに尋ねるのはちょっと勇気がいるもので、もじもじと私が言い終わらないうちに、お姉さんも、オーナーと思しきおじさまも共に優しく頷いて曰く、 「あ、対談ふうのやつですね。ありますよ」 ううっ、素晴らしい! さっと選び取って渡してくれました。感嘆する私に、 「いやー、在庫はだいたい、把握してますから」 と、小さな微笑みで謙虚におっしゃるオーナーさんでした。すばらしい、すばらしい。なんだかこれだけで心あったまりました。 さてさてさて、夜ご飯は豚肉のパン粉焼きと(またしても)小松菜とわかめのおひたしでした。本では香草パン粉焼き、になってたけど、香草はなかったので省きました。食べながらぷちっとテレビをつけてみると、「新選組!」をやっている。 堺雅人が演じる山南敬助が切腹する間際。彼を逃がそうと入れ替わり立ちかわりやってくる隊士たち、その意図を察して時間稼ぎに加担する土方、「暗いけどほんとは人情ある奴」感をびしびし出すオダギリジョーの斉藤一、みんな、泣けるけどちょっと笑えて、三谷さんらしかったなあー。源さんが食事の膳にさりげなく握り飯を包んだものを置いて(つまり、これを持って逃げなさい、ってことだったんだろうね)るのを、「これは持っていってください」と言ってさらりと返すとこなんて、ウマイッて感じ。馴染みの芸妓(恋人だったんでしょうね)明里さんとの別れのシーンも良くて、というか、明里役の女優さんがすごく上手で、ほろりと泣けました。 もうすぐ杉田かおるがゴールしそうだな、でも、もうちょっとかかりそうだな・・・と思ってザッピングしていると、教育テレビで(何か教育テレビばっかり見てる人みたい)狂言をやっている。そこで懐かしい人と出会いました。茂山逸平くんです。NHK朝の連続テレビ小説「オードリー」に、主人公の弟役で出ていたかわいい彼は、狂言師茂山一家の生まれなんです。「オードリー」、大学生の頃にやってたので、ほとんど欠かさず見てました。こないだも、しんちゃんと「オードリー(岡本綾さん)は、最近見ないけど、何やってるんだろうね〜」と話してたところです。凛として、しかし地の顔がちょっと悲しげな彼女、好きだったんだよねえ。 さても逸平くん、まあまあ立派になっちゃって、としばらく見ほれていて、はっとチャンネルを戻したら、折しも杉田さんがゴールを果たして、松本潤くんにひしと抱きついた瞬間だった・・・。ああいうことしたあとって、やっぱり人間性の本質的な部分が出る気がするけどどうでしょう。西村知美とか研ナオコとか、泣き崩れてた印象があったけど、杉田さんはすごくしっかりしてて且つすごく素直で、なんか好印象だったわ(戦略に嵌ってる?)。胴上げを拒んで「いや、ビール浴びたいです」なんて、番組にそぐわないことを言ってしまうところが他人のように思えない。 それはそうと、「サライ」がこの番組のテーマソングになったのって、もうけっこう昔ですよね。最初は、サライというのがそもそも何のこっちゃわからんし(今でもわかってないけど)、詞もメロディーも予定調和ぎみだし、感動をあおりたい意志を直球で出してるアレンジもどうかと思って引き気味でしたが、こうして月日が経つと、この歌でしか番組が締まらない気がしてくるのが不思議だ。 この、「最初はイマイチと思ったけど、だんだん良くなってしまいには絶対的価値を感じるようになる」感は、美空ひばりさんの『川の流れのように』と通じるものがある。こんなこと言うと不謹慎みたいだけど。だってね、ひばりさんがあと20年くらい健在で歌い続けてたら、他にいろんなヒット曲が出て、こうまで評価されなかった歌じゃないかと、ひそかに思っているんです、今も。でも、あの曲を最後に若くして亡くなったことで、何度も繰り返し流れて、歌がもつメッセージも、(またも不謹慎ながら)奇しくも最後にふさわしいもので、やっぱり何だか特別な歌だと感じるようになった。 さてさてさてさて、愚にもつかないことをつらつらと書く日記、今日はことさらに長いですね。明日も休みなんですもの。今夜アテネで女子マラソンが行われることを思うと、この休日はランナーのはしくれである私のためにしつらえられたようなものですな。偶然だけど。 |
||||
| << | □ | >> | ||||