moonshine  エミ




2004年03月02日(火)  思い出すたびに色づくような

「アンタのことだから、どーせ何か失くして泣くのがオチよ、そんな人ごみ。
 財布とか鍵とかキャッシュカードだとか」
と、小憎らしくも的を射た会社の人の忠告にあっかんべーして(死語?)
仕事を終えたその足で冷やかしに行ってきた、岩田屋新館オープン。

伊勢丹傘下に入った岩田屋は本館・新館と二館が隣り合って営業することになり、
“第4次天神流通戦争”とやらが始まった(らしい。)
今後1、2年の間に地下鉄が延伸し地下街も延びて、
天神の集客戦はさらに加熱することになる(らしい。)
ちなみに、第3次は1997年の福岡三越オープン時。私は大学1年生だった。
そのとき臨時で警備のバイトをしていた級友ダンノ氏(=現在は在愛媛)
を思い出し、メールしてみた。夜な夜な泳いでいるそうだ。

百貨店のオープンに行くなんて自分の行動でないようで、我ながらおかしい。
エヘンと立ち並ぶ二館の前、スクランブル交差点がすごい人だった。
客の多くが、館内案内のリーフレットを手にしている。
エスカレーターの脇にはいちいち社員さんが立っていて、
「こちらは新館2階、バッグ売り場でございます!」
てな具合に声を張り上げている。
それが、きれいなお姉さんでもかっこいいお兄さんでもなく、
オープン時の盛況も過ぎれば、そうそう現場には顔を出さないのではないか?
と思われるような、それなりの役職についているだろうおじさんたちなのが、
いかにも「特別な日」という雰囲気をかもしてる。

その華やぎに、かつて自分が関わったオープンが思い起こされた。
大学時代にバイトしてたレストランが、天神の真ん中へ移転したときのことだ。
パートやアルバイトも新しくたくさん雇って、従業員は100人を越した。
オープン前の店舗で新旧混じって研修をした。
オープンの日には、本社のえらーい人たちもやってきた。
1ヶ月くらいは、行列に次ぐ行列だった。
連日むちゃくちゃなシフトで入って、文字通り座る間もないほどきつかったけど、
私は前の店からの移転組だったので同僚とは仲が良かったし、
大学の長い夏休みだったから、まるでフリーターのように熱心に働いた。
今ではもう考えられないくらいだが、私は接客業の鬼だったのだー!
前向きな忙しさには張りがあり、バイト仲間とは戦友みたいにがっちり結ばれたものだ。
箱崎で一人暮らしをしていて、実質はしんちゃんと二人で住んでいて、
若者らしい天衣無縫な生活であったことよ。

・・・と、在りし日のことを思い出しながら
(その店は、私が大学(と、店)を卒業して1年後、閉店したのだ・・)
階から階を行き、お財布は一度も開かず、
隣のビルに入っている無印良品でのみお買い上げして、つつがなく帰宅しました。

今日の夜ご飯は、讃岐うどん、鶏肉とピーマンのグリル、大根と小松菜とベーコンの煮物、ほうれん草のおひたし。
なかなかヘルシーで、品数も豊富じゃないの。

さて、傍らの梅酒も飲み干した今は、24時35分。
明日のお弁当の下ごしらえもすんだし(塩ゆで野菜にバジルディップ!)
今日は早く寝られそうだな。
日曜日の夜に『太公望』(宮城谷昌光)を読み終わって、興奮冷めやらず、
ゆうべは著者の他作品で、太公望とその周辺についての記述箇所を探し読みしてた。
好きなことに関しての派生事項を調べるのって楽しいんだよねえ。





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