moonshine  エミ




2003年03月25日(火)  あなたのことを驚かせたい

 驚かせること、けっこう好きだ。
 びっくりするその顔が見たくて、人にしてみりゃつまらないことをギリギリまで延々と内緒にしてみたり、どういうふうに切り出すか考え込んでみたりする。
 うふふ、と心の中でほくそ笑みながら。

 日曜日にしんちゃんへのおセンベツを買った。
 社会人記念で、ネクタイ・・・?と思ったが、その発想がなんかイヤだったので、そういうのはやめて。
 腕時計がないのでこの機会に買いたい、というのも聞いていたが、なんか毎日つけるものをあげるのも、ちょっとどうかと思って(いかにも、という感じがいやだった。)やめて。
 クリスマスとかバレンタインとか、ことあるごとに贈り物をしあう習慣がない私たちなので、受け取るしんちゃんにとってだけでなく、贈った私のほうにも何か意味のあるものにしたかった。
 といっても、そんなに深ぁく考えたわけではないけど・・・。
 検討の結果、洗いざらしでも着られそうなシャツにした。
 スーツのときにはちょっと無理だけど、ちょっとだけおしゃれしてお出かけ、とかいうときにちょうどいいようなやつ。お休みの日に、楽しい気分で着てもらったら、私もうれし楽しいな、と思って。
 とても気に入ったものが見つかった。

 しんちゃんは卒業式、その後は当然、飲み会だ。
 私は仕事を七時半で切り上げて、電車に乗って箱崎へ。
 合鍵は持っているけど、予告なしに家へ行くことはほとんどない。
 まさか、今日、プレゼントが届くとは思っていないはずだ。
 アパートのドアへたどり着く。
 部屋の電気はもちろん消えている。
 こっそりと鍵をまわす。

□■ □■ □■ □■
 ドアを開けると、片付いてモノが少なくなってがらんとして、
 段ボールがいくつも重ねられている。
 胸をしめつけられるような気持ちになりながら、 
 部屋の真ん中に紙袋を置く。
 持参したカードにその場で短いメッセージを書いて、横にそっと添えて。
 家主のいない部屋は呼吸を止めたように静まり返っていて、
 一人でいると悲しみが堰を切ってあふれ出そうだ。
 帰りを待っていたい気持ちを振りきって、すぐに部屋を出て鍵を閉める。
 無言できた道を引き返す。
 帰ってきた彼は、びっくりして「ナ、ナニ?!」と思ったあと、
「卒業おめでとう。」なんて、
 したためられたカードを見て、包みを開けて、ほっこりするだろう・・・。
□■ □■ □■ □■


 ・・・・・・・・。

 と、いう脚本家エミの筋立てだったので、ある、が。

 がちゃがちゃ、と鍵を開けて、手探りで玄関の電気をつけて真っ暗な部屋に踏み込むと、
 むっくりとベッドから半身を起こして、こちらを凝視している男がひとり。
 そう、しんちゃんだ。
 いた。

「な、なんでおると〜〜〜〜?!」

 式や研究室の飲み会のあと夕方にいったん戻ってきて、夜の飲み会までの間、しばし寝ていたらしい。(そして、私が行かなかったら寝過ごして飲み会を逃すところだったらしい・・・。)
 へっぽこ脚本家の書いたビックリ劇は、大失敗に終わったのである。
 しかも、部屋はまだまだモノだらけ。
 申し訳程度に段ボールがぽこん、ぽこんと置いてあるくらい。
 がっくし。
 びっくりさせるつもりだったのに、こっちがびっくりしちゃったよ。
 ま、しんちゃんに会えたのは、うれしいオドロキだったんだけどね。 

 プレゼントを渡して喜びの反応を堪能し、使用上の注意などを与える。
「ああ、もう、行かなきゃ」 
 と、やや急ぎながらしんちゃんが着替えたり準備をしたりタバコを吸ったりしている間、いつものように他愛ない話をして調子っぱずれた鼻歌を歌ったりしながらも、心はどこか波立っている。
 もう、この部屋に来ることはないんだ。
 思った以上に悲しかった。
 うーむ、と思った。
 これくらいのこと(と、敢えて書く。)でこんなに悲しいなんて。
 これからの人生、きっともっともっと悲しいことがたくさんあるんだな。
 誰もがみんな、もっともっと悲しいことを経験しながら生きているんだな。
 でも、とにかく今、この、今が悲しいな。
 しんちゃんは、
「片付けてたら、ずっと前にもらった手紙がいろいろ出てきたよ」
 などとニヤニヤしている。
「げっ。」
「あんなにかわいいときがあったんやね〜すごくかわいいこと書いてたよ。」
「げっ。もうそれ以上言わんでいいよ、こっちは何を書いたかなんて、忘れとうっちゃけん。
 あー、だから手紙なんて書くもんじゃないよね、ずっと残っちゃうからさ。あー、やだやだ」
 厳しく二の句を制するも、
「でも、なんか、怒られてる手紙ばっかりだったような・・・」
 と首をかしげるしんちゃんである。

 一緒に部屋を出て、しんちゃんのアパートの目の前にある正門からキャンパスに入って、いつものように学内を突っ切って地下鉄の駅まで歩いた。
 歩きながら、「今のが最後だったね、部屋に入るの。」と言う。
 部屋を出る前に言ったら泣きそうだった。
 そして、
「手紙って、どんなふうに書いてた?」
 と、やっぱりちょっと探りを入れてみる。
「『ラブラブラブレター!』とか。」
 カーーーー、アホばい。
 もうほんとにそれ以上言わなくていいよ。つーか捨てて。
 しんちゃんは地下鉄で天神へ。私は博多まで乗るので、中洲川端駅で乗り換える。
「乗り換えるんだったら、この辺から乗ったらいいよ。あんまり歩かなくてすむから。」
 導かれた車両に、一緒に乗り込む。
 今朝のJRがまたまたまた遅れて超ムカついたことなどをペラペラしゃべる。しゃべるのだが、やっぱりどこかソワソワする。
 明後日に部屋を引き払って、彼はもろもろの荷物と一緒にいったん実家の長崎に帰る。明日は私は仕事だし、しんちゃんは夜に録音の続きがあったりで、会えない。
 次に会うのは、見送りのときか。ほんとに最後だな。
 とか、考えるのは不健康なのだが、やっぱりなんとなくそんなことを考えながら電車に乗っていた。

「んじゃね」
 と一人で降りた。
 降りた足元に、もうエスカレーターが伸びていた。
 わお、と驚く。なんだか切ない。





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